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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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6.希望をくれた人

 遠征出発当日、調査隊は西門の内側に集められた。門の前は大人数が集まれるほどの広さがあるが、見物人もいたため広間は人で埋め尽くされていた。

 以前までは調査隊や見物人も少なかった。だが人員の増加と今回の遠征の目的が街中に広まったことによって注目を浴び、これほどの人が集まってしまったそうだ。


「今回はたくさん来てるねー」


 規模も注目度も大きい今回の遠征に加わったというのに、ウィストは呑気な声で言った。何度も思うが、その精神力を見習いたい。


「見たことのある人がたくさんいるなー。冒険者以外の人もいっぱいいるね。あ、お姉ちゃんがいる。おねえちゃーん」


 ウィストが人混みに向かって手を振っている。セイラさんが居るみたいだが、人が多すぎて見つけられない。よく見分けがつくな……。


「初めての遠征だというのに随分とリラックスしてるな。普通の冒険と勘違いしてないか」


 隣にいるオリバーさんが感心する。オリバーさんも今回の遠征に参加していた。僕等と同じく初めてらしく、そのせいか表情が固かった。


「ウィストはそういうのと無縁なんですよ」

「羨ましい性格だな。大物になりそうだ」

「ただの冒険好きの女の子ですよ」

「ただの冒険好き、か。ほんと、羨ましい性格だ」


 オリバーさんの表情には哀愁が漂っていた。達観したような言い方に年季を感じさせる。この歳になると「冒険が好き」という理由だけでは、冒険者を続けられないという人を何人も見てきた。オリバーさんもその一人かもしれない。


「そろそろ出発の時間だ。準備を終わらせておけ」


 集まっていた冒険者達に向かってルカが言う。彼女も遠征の参加者で、今回が二回目だそうだ。

 『英雄の道』は今までの遠征でも多くの冒険者を派遣している。今回の遠征も例外ではなく、しかも遠征に参加できる人数が増えたため、今までで一番多くの団員が参加していた。

 しかも今回、近年ではあまり参加していなかった団長のロードさんもいる。そのためか団員達の様子がピリピリしている。そしてなぜか団員以外の参加者もどこか緊張しているように見えた。『英雄の道』はエルガルド最大規模のクランだ。そこの団長の前でへまをして目を付けられたくないからか?


「めちゃくちゃ遠いから頑張らないとね。私達は徒歩だから気を付けないと」

「拠点に着くまでに大怪我したり死んだ奴が出たこともあったからな」


 一部の冒険者と冒険者以外の参加者は馬や馬車に乗って移動するが、大半の冒険者は徒歩だ。今までよりも安全な道だと聞いているが、目的地まで遠いので体力配分や道中のモンスターにも注意しなければならなかった。


 全員が準備をして時間になると、今回の遠征のリーダーに任されていたロードさんが門の前に現れた。


「此度の遠征は、過去の遠征とは違う。知っての通り邪龍の件だ」


 ロードさんが話し始めると、途端に周囲が静かになる。皆が話に耳を傾けていた。


「邪龍はまだ死んでいない。奴らの因子が残っており、これを消さなければ近い将来、再び我らに危害を及ぼしてくる。つまり此度の遠征は、我らの未来を守るための闘いでもある」


 脳裏に邪龍の姿が浮かぶ。いつかあれが復活すると考えるだけで恐ろしい。邪龍と対面した僕はそれを一番よく知っていた。


「邪龍を討つために、《マイルスの英雄》であるソランが命を賭けた。彼の命を無駄にしてはいけない。世界の平和を維持できるかは、我らの力にかかっている。そのために君達の力が必要だ。この遠征で存分に力を奮ってくれ」


 ロードさんが話し終えると団員らしき人達が大声で「はい!」と返事をした。気合の入った声と統率力に改めて感心した。

 『英雄の道』は個々の実力だけでなく組織力もある。おそらくそこらの兵団や傭兵団よりも強いだろう。それだけに、実力はあれど協調性が無さそうなエギルが団員であることが不思議だった。


「ヴィック、そろそろだよ」


 大きな音を立てて西門が開く。西門の先の外地にも多くの見物客が来ていた。彼らは道の端に寄って、調査隊の道を開けていた。


「出発!」


 ロードさんの合図とともに調査隊が進みだす。僕達は列の真ん中に位置していたので、前の人達が動き出すまで待っていた。その間に深呼吸をして気を落ち着かせる。


 これから向かうのは未開拓地だ。大勢の味方がいるとはいえ危険なことには変わりない。だから緊張するのは仕方がない。

 だが恐くは無かった。


「楽しみだね」


 隣にいるウィストが笑う。その顔を見るだけで勇気が持てたから。




 外地の大通りの周りには人が集まっていた。内地から出てくる冒険者達を一目見ようとしているからだ。大勢の人たちが大通りの端に列を作って並び、大通りを進む冒険者達を見物する。なかには彼らを鼓舞する者達がいた。国民の平和は彼らにかかっているからだ。それに期待するのも不思議ではない。

 少年もその一人だった。


 少年は人混みを強引に進む。少年の体は同年代の者の体よりも小さい。対して人混みを作るのは大の大人達。彼らの隙間を掻き分けて進むのには一苦労である。

 それでも少年は、列の先頭に出たかった。


 列の前に出た少年は、すぐに調査隊の人達に目を向ける。すでに何人かは少年の前から通過していた。通過した人達のことは諦め、後から来る者達の中から人を探す。視線の低い少年は、反対側の調査隊員の姿は見えない。少年は、彼女が見える位置にいることを祈った。


 願いが通じたのは間もなくだった。調査隊が歩いて来る方を見ると、目当ての女性が少年側から歩いて来ていた。オレンジ色の髪に、年上なのにどこか子供っぽさを感じる容姿。見間違えるはずが無かった。隣に一度だけ見たことがある相棒らしき青年がいるのが、少年の確信をより強めた。


「ウィストー! がんば―――」


 彼女を応援しようと大声を出したとき、後ろから服の襟を強く引っ張られた。首がしまってしまい息が苦しい。だが少年を引っ張る者は遠慮なく引きずっていき、大通りから離れるように人混みから出た。その間、荒れた地面を引きずられていたため少年の体には小さな傷ができていた。


 人混みから離れて建物の陰にまで連れて行かれると、その者は少年を壁に投げつけた。


「がっ……ごほっ、ごほっ……」


 痛みと息苦しさに酷く咳き込む。苦しみ悶える少年を、ここまで引きずって来た人物は見下ろしながら声を掛ける。


「どこほっつき歩いてんだ、クソガキ」


 聞き慣れた嫌な声だった。姿を見なくても、引っ張られた瞬間から、その人物の正体は判明していた。


「孤児になったお前とお前の妹を引き取ってやったのは誰だと思ってる。俺だろ。なのに何勝手に出歩いてんだ」

「食事は用意していたはずですけど……」

「飯だけがお前の仕事か? 俺が家に居る間は俺のためだけに働くのが仕事だ。それが何もできなかったお前を預かった俺への恩返しだ。そうだろ?」


 少年の両親は冒険者だった。だがある日、両親の同僚から二人が死んだということを聞いた。身寄りを無くした少年と妹は、両親と付き合いのあった同僚の冒険者に引き取られた。

 預けられたときは不安こそあったが、じきに両親が死んだことも受け入れ、妹と共に引き取ってくれた男性の下で過ごせていた。当時は内地で住んでいたこともあったので、平穏な日々を過ごせていた。


 しかし男が怪我を負ってしまった日に、平和な日々が終わりを告げた。

 以前のような冒険ができなくなった男は稼ぎが減り、家賃を払えなくなってしまった。家賃の安い外地に引っ越したが、少年達を養うには稼ぎは少なすぎた。


 日が経つにつれて食事の量が少なくなり、男に覇気が無くなる。そして徐々に荒んでいき、その感情が少年達に向けられるのは時間の問題だった。


「家事をしろ。金を稼げ。俺ために尽くせ。それができなければ妹の番だ」


 それが男との約束だった。あまりにも一方的なものだったが、妹のためにも呑むしかなかった。

 少年は男に奴隷のような扱いを受けた。男のために世話をして、男のために殴られて、男のために金を稼ぐ。それができなければ妹に危害が加わるので耐え続けていた。妹のために、唯一残った家族のために。


 明けない夜が続いた。少年の夜には陽が昇らない。真っ暗闇な人生を過ごしてきた。

 そんな絶望の日々が続いたある日、少年はウィストと出会った。


「お腹空いたの? これあげるね」


 労働を終えて家に帰る途中、あまりにも疲れすぎて道の端に座り込んでいた。真夜中だったこともあって人通りは少なく、数少ない通行人も少年を気に留める者はいなかった。

 だが唯一の例外がウィストだった。


 彼女は少年を気にかけ、持っていた食料を渡してくれた。長らく触れてこなかった優しさを与えてくれた。その後も何度も会ってくれて、話をしたり、一緒にご飯を食べた。そんな日々がとても嬉しくて、温かかった。

 闇夜に光が差し込んできた。彼女の存在が日々を生きる活力になった。生きることに楽しさを見出し始めていた。


 そんな彼女が相棒と再会できたことを嬉しそうに話すのは、話を聞いていた少年も嬉しかった。だが同時に嫉妬もした。彼女が少年から離れていくのではないかと感じたからだ。


 彼女がいなくなったら前のような生活に戻るんじゃないのか。またあの絶望の日々を過ごすことになるのか。


 不安に頭を支配されることが多くなった。後に調査隊として遠出すると聞いて、さらに心配事が増えた。せめて最後に一目見ようとしたが、それも出来なかった。


 太陽が離れていく。それを強く実感し始めていた。


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