5.頑張れ
「エギルには関わらない方が良いよ」
フィネとウィスト、そして居合わせたセイラの四人で食事をしているときだった。ウィストが案内してくれたのは美味しい肉料理を提供している店で、街の大通りから離れた場所にあった。そのためか大通りに面する店に比べて静かだった。
運ばれてきた料理を待っている間にギルドで起こった事を話すと、ウィストがそう答えてくれた。
「私達と歳はそう変わらなくて凄く強いんだけど、問題をよく起こしてる人なの。そのうえロードさんの後ろ盾があるから誰も歯向かえないの」
他人との関わりが少なかったとはいえ、二年もいたらそういう情報は伝わっていたそうだ。エギルという人物があまり好ましく人物であるということを。
「だからほとんどの人はエギルに近づかなくて、よく一人でいるよ。たまに団員の人とか女の人と一緒にいるけど、チームは組んでいない感じかな。けど苦労はしてないみたい」
「ソロだと大変じゃないの?」
「あの人、史上最短の速さで上級冒険者になったんだって。過去十年でシロギダンジョンを踏破した唯一の冒険者で、闘技場の『デッドライン』の最多勝記録を更新してる。滅茶苦茶強いから大丈夫みたい」
闘技場では色んな種目の競技が行われる。そのなかで最も危険で難関な種目が『デッドライン』だ。順番に登場する様々な種族のモンスターをたった一人で相手にして、何体まで勝てるかを競う種目であり、その中には上級モンスターも含まれる。その危険性から何人もの死者を出しているが、闘技場で一番人気な種目となっている。観客からすれば賭けやすくて分かりやすい競技性と、挑戦者からすれば自分の実力を周囲にアピールできる競技だからだ。エギルはその種目で最も多くのモンスターを討伐できた人物のようだ。
「そんなんだからソランさんと同じか、なかにはソランさん以上に強いんじゃないかって言ってる人がいるほどだよ。だから今となっては、エギルが最強の冒険者ってことになってるかな」
僕と歳が近いのにソランさんと同等以上の実力者だと言われているエギル。ロードさんが彼の後ろ盾になっているのもそれが理由なのだろう。それほどの実力者なら、ある程度の優遇はするだろう。
それでも、僕はエギルを認めたくなかった。
「実力さえあれば良いってもんじゃないよ。人格も備わってなきゃ誰もついてこない。ソランさんだってその辺は努力してたんだからさ」
ソランさんは英雄と呼ばれていた。そしてその役割を全うしようとして振る舞って人望を手に入れて人気者となった。窮屈な生活だったかもしれないが、人々のために力を尽くしたソランさんを僕は尊敬していた。
そんな立派な人を知っていることもあり、実力があるのに自分勝手に振る舞うエギルが気に食わなかった。
「まぁそういうのが性に合わない人だと思うよ。私だって自由に冒険したいなって思うし。あそこまではできないけど」
「他人に迷惑かけなきゃいいよ。相手が悪かったのならともかく、なんの非もないフィネを恐い眼に遭わせたんだ。あんなのとソランさんが同等って言われてたなんて納得できないよ」
「けど突っかかるのは止めた方が良いよ。楯突いてきた冒険者を潰したって噂があるくらいだから。職員や冒険者以外にも評判悪いんでしょ」
「あの後先輩から聞いたけど、深く関わるなって言ってた……」
「関わるなって言っても難しいかな。一緒に遠征に行くらしいし。拠点もそんなに広くないから嫌でも顔を合わせちゃうし」
騒動の後、ギルドでロードさんから遠征の詳細について発表された。参加者は二百名で史上最大規模の人員だ。出発は明後日で、期間は三ヶ月の予定だが、進捗具合によってはそれ以上の長さになるとのことだ。
時間がかかればかかるほど、報酬は増えるがエギルに関わる機会が増える。報酬は惜しいが、ストレスを溜めるのは体に毒だ。なるべく早く解決できるようにしよう。
「向こうではできるだけ避けるようにするしかないか」
「気を付けてね。未開拓地は危ないから」
元気のない声でフィネが言う。あの時のショックがまだ尾を引いているのかもしれない。
どうにかして元気づけられないかと考えていると、そのタイミングで料理が運ばれてきた。熱い鉄板に乗せられた肉がじゅうじゅうと音を立てている。思わずつばを飲み込んだ。
「とりあえずご飯食べよっか」
食事を終えてから、僕はフィネと一緒に路地を歩いていた。途中まではウィストも一緒だたが、ウィストとセイラが住む冒険者寮とは別方向だったので途中で別れて、僕がフィネを送り届けることになった。「しばらく会えなくなるから、少しでも長くお話すれば?」という二人の気配りもあった。
「三ヶ月、会えなくなるんだね」
歩きながらフィネが言った。「そうだね」と僕は返す。
「もしかしたらさらに長くなるかもしれないけど」
「調査も兼ねてるから仕方ないよね。けど、知り合いも少ないから寂しくなるんじゃない?」
「大丈夫。僕もウィストも、そういうのには不安は感じないと思う」
元々孤独には慣れている。人と話せないことにストレスを感じる性質ではないのでその辺の心配はしていない。ウィストはすぐに他人と仲良くできるので、拠点でも話し相手くらいはすぐに作れるから大丈夫だろう。
だけどフィネは少し悲しそうに「そっか」と呟く。
「私だったらちょっと不安になっちゃうからさ。二人は強いね」
「まだまだだよ。全然足りない。もっと強くなりたいって思ってるよ」
「ううん、強いよ。そうじゃなきゃ遠征メンバーに選ばれないし、行こうって思わないよ。昔よりもずっと強くなってる」
いつもの元気な声と違い、周りの喧騒に消されそうなほどの声だった。夕方以降ずっとこの調子だ。食事中も無理して声を出しているように思えた。
この調子のフィネを置いて行けない。何とかして元気にしてあげたい。だけどその方法が思いつかない。
何をしてあげればいいのか。何て言えばいいのか。そんなことを考えていると人通りが少ない路地に入っていて、フィネの住むギルド職員の寮が見えた。
「ここまででいいよ。明日も冒険に行くの?」
「いや、明日は遠征の準備にあてるから」
「じゃあ次に会えるのは三か月後ってことなんだ」
三ヶ月。その間この街に帰って来れない。つまりフィネとも会えなくなる。
そう思うと途端に寂しくなった。同時に一つの答えが浮かぶ。
「フィネ、ちょっとごめん」
僕はフィネの返事を待たず、フィネを抱きしめる。フィネの体はすっぽりと僕の両腕に収まった。小さくて柔らかかった。
「ヴィ、ヴィック? どうしたの?」
さっきの話は僕とウィストのことだけだと思っていた。だけどそれはフィネにも当てはまることだった。
「ごめん。急に寂しくなったから」
「……そっか」
小さい声でフィネは返事をする。その後、フィネも僕の背中に手を回してギュッと力を入れる。胸にフィネの顔が当たって、少しくすぐったかった。
フィネはエルガルドに来たばかりで、この街の知り合いが少ない。その数少ない知り合いであるベルク達も、冒険で忙しくてフィネとなかなか会えないだろう。つまり僕達が遠征に行っている間、フィネはほとんどひとりぼっちになる。その寂しさを、少しでもいいから紛らわせたかった。
フィネのためだけじゃなく、僕のためにも。
「しばらく会えなくなる。だけど絶対帰って来るから」
「うん」
「前よりも強くなってくるから」
「うん」
「だから待ってて」
フィネが顔を上に向ける。そこには満面の笑みがあった。
「頑張れ。ヴィック・ライザー」




