3.英雄の道
エルガルドにはいくつかのクランが存在し、規模や目的は様々である。上級冒険者に昇級を目指すため、効率良く稼ぎを得るため、ただただ強さを得るため。だが冒険で命を落とすことや、新たに移住する冒険者が多いことから、頻繁にクランの結成や解散が起こっていた。そのためクランを数年単位での維持や規模を大きくすることは難しかった。
そんな数多くのクランがあるエルガルドで、『英雄の道』は百人以上の人員を擁しつつ十年以上も活動し続けているクランであった。
『英雄の道』はクランの規模だけではなく構成員も優秀である。人員の三割が上級冒険者であり、毎年必ず上級への昇級者を出している。冒険での死亡率は低く、依頼達成率も高い。さらには危険指定モンスターの討伐を果たした者も多かった。
それほどの実績があるため、『英雄の道』に入ろうと訪れる者は多かった。だが入団するには厳しい条件があり、さらには街の治安維持も務めているため性格も見られる。それ故に入団できるものは少なく、そのせいで妬まれることも多いそうだ。その一方で冒険者ギルドからは絶大な信頼を得ているため逆らえるものは少なく、エルガルド内で強い力を持っていた。
そんなエルガルド一のクランの団長が僕達を呼び出した。いったい何の要件なんだという疑問が浮かぶ。『英雄の道』との関わりはルカ以外にない。それだけで呼び出される理由にはならないだろう。もしあるとすれば……。
「やっぱ邪龍と鬼人族のことかなぁ……」
退院したその日に、僕とウィストは『英雄の道』の拠点に向かった。人通りが多い区域から少し離れた場所にあり、冒険者ギルドの次にエルガルドで大きい建物のため遠くからでも視認できた。ここから十分もしないうちに着くだろう。
「けどそれならヴィックだけしか呼ばないんじゃない? 私、邪龍も鬼人もあまり知らないから」
ウィストは鬼人について詳しくないし、邪龍についても見ただけの知識しかない。とはいっても僕もそこまで詳しいわけじゃない。ギンから聞かされた程度の差しかない。
「けどそれ以外だと何があるんだろう……。しかもギルドじゃなくてクランの団長に呼ばれることなんて、想像がつかないなぁ」
「もしかしたら良いことかもしれないよ。捕まってた人の中に団員がいて、それを助けてくれたお礼を言いたいのかも」
その可能性はある。鬼人族は腕のいい冒険者を捕えていた。そのなかに優秀な冒険者が揃う『英雄の道』の冒険者がいても不思議ではない。しかし、そんなことのためにいちいち呼び出すのだろうか。
いったい何が待ち受けているのか。不安を抱きつつ歩いているとじきに拠点に着いた。中に入ると冒険者ギルドのような受付と待合室のような空間がある。十を超えるテーブルとイスがあり、そこでは冒険者達が話し合っていた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
受付の女性に話しかけられる。ギルドの職員のように丁寧な言い方だった。
「こちらの団長に呼ばれて来ました。ヴィックとウィストです」
「ヴィック様とウィスト様ですね。承知いたしました。ご案内いたしますのであちらで少々お待ちください」
待合室の空いていた席に座り、案内人を待っている間に周囲を見渡してみた。壁際には資料のような紙束が置かれている本棚や、依頼書が貼られている掲示板がある。ここでは冒険者ギルドを通さずに依頼を受けることもあるようだ。冒険者達の装備は、上級冒険者達が身につけていたのと同じ素材を使われていて強そうに見えた。
「なんかギルドみたいだね」
ウィストの感想に僕は頷いた。ここは依頼を受け付けており、冒険者を支援するための設備がある。エルガルドに初めて来た冒険者を連れてきて「ここが冒険者ギルドだ」と言ったらそのまま信じてしまいそうなほどだ。
故意なのか偶然なのか、そんなことを考えていると一人の女性が近づいてきていることに気づいた。スラリとした体型の長い銀髪の女性。その女性は僕達の近くで立ち止まると緑色の瞳を僕達に向ける。
「ヴィック様とウィスト様ですね。お待たせいたしました。エリー・ローズです」
ヒランさんを思い出させるような丁寧な口調だった。彼女と違うのは眼つきだ。凛とした強さが印象に残るヒランさんに対し、エリーさんの視線は柔らかくて優しそうだった。
「お二人を団長の下に案内させていただきます。着いて来てください」
彼女の後についていき、受付の横にあった階段を上る。二階、三階、四階まで上り、廊下の奥まで歩かされる。その先の両開きの扉をエリーさんがノックする。
「ロード様、ヴィック様とウィスト様をお連れしました」
「入れてくれ」
中から男性の返事がするとエリーさんが扉を開ける。広々とした部屋で、中央には一対のソファとその間にテーブルが置かれている。その奥には書斎机があり、そこで中年の男性が僕等の方を見ていた。
「よく来てくれたね。ヴィック・ライザー君とウィスト・ナーリア君。私が『英雄の道』の団長ロード・ウォーカーだ。以後、よろしく頼む」
ロードさんが僕達の前まで来て右手を差し出す。僕は右手を出して握手をした。一線を退いたと聞いていたが、未だに冒険者を続けているのだろう。そう感じさせるほどの力強さがあった。
僕に続いてウィストとも握手をすると、「では座ってくれ」と着座を勧める。僕とウィストがソファに座ると、ロードさんが反対側に座り、エリーさんはそのソファの後ろに立った。
「君達はマイルスの冒険者だと聞いている。生まれもマイルスか?」
「いえ、僕はサリオ村で」
「私がロティア町です。で、マイルスで冒険者になりました」
「なるほど、そうか……」
ロードさんがじっと僕達を、というか僕を見ている。何か変なことを言ったつもりはないのだが……。
「僕達の出身地に何か気になることがあるのですか」
「いや、たいしたことじゃない。ただの確認だよ」
そう言ってロードさんが一息吐く。何やら気分を落ち着かせているようにも見える動作だ。
少し間を置いた後、「君達を呼んだのは」と話し始める。
「君達に遠征に同行してほしいからだ。可能ならば参加してほしい」
「遠征?」
初めて聞く言葉に思わず首を傾げる。「遠征」という言葉からどこか遠くに行くことは想像できるが、なぜそれに僕達を誘うのか。二つの疑問が思い浮かんだ。
その一つの疑問をウィストが答えてくれた。
「エルガルドの西におっきい山があるでしょ。オーリグ山脈っていって、あの向こう側をたくさんの冒険者と一緒に調べに行くのが遠征だよ。人が住んでない未開拓地で、こっちにはいない知らないモンスターがたくさんいて危険だから、冒険者ギルドが選んだ人達だけしか行けないの」
ウィストは僕より長くエルガルドに居るだけあって、遠征については詳しかった。選ばれた人しか行けないのなら、エルガルドに来て早々の僕が知らないわけだ。
「けど山を越えるのが難しいから、いつもはほとんど決まった人達しか行けないって聞いてるんだけど……」
「その問題はつい先日解決できました」
ウィストの言葉をエリーさんが継いで話し始める。
「鬼人族の情報提供により、今までよりも遥かに安全なルートを確保できています。これにより従来よりも多くの人員と資源を用意して遠征に出られるようになりました。次回の遠征は、史上最大規模のものになるでしょう」
つまり遠征に連れて行ける人員が増えたから、僕達を加えようとしているという話だ。
未開拓の土地やダンジョンの調査は予測できないことが多いためかなり危険だ。そのため本来ならば特級や一部の冒険者しか調査はできないとされている。その人員に選ばれるのはとても名誉なことだ。
しかし、気になる点はある。どうして僕達が選ばれたのかということだ。
「なぜ僕達が選ばれたんですか? 実績も実力も僕達よりもある冒険者はいると思うのですが」
ロードさんは僕の質問に、また少し間を置いてから答える。
「君達は邪龍の生態を知っているかい?」
予想していた言葉だった。なので時間を置くことなく「少し」と答えた。
「昔大陸で暴れて多くの被害を出したモンスターだということは……。それくらいです」
「では邪血晶のことは知らないか」
初めて聞く言葉に僕は素直に頷いた。
「邪血晶は邪龍が死の間際に放出する血の塊のようなものだ。それを取り込んだ生物はいずれ邪龍にへと変化してしまう」
「邪龍に……!」
鬼人村で見た邪龍の姿を思い出す。僕よりもはるかに大きく、別次元の生物だと感じるほどの禍々しいモンスター。ソランさんが命を賭けてまで倒したあの化け物が、また生まれるというのか。
「その邪血晶が七つ確認され、そのうちの四つがオーリグ山脈の西に向かった。今回の遠征はそれらを見つけ出し、破壊することが目的だ。だが邪血晶を取り込んだモンスター、通称『邪龍体』を見つけ出すのは難しい。判別する方法としては、体の一部が邪龍のような体になっているかどうかを視認する以外にない。だがそれだけだと見落としが発生してしまう。そこで君達の力を借りたい」
「何をすればいいんですか?」
「邪龍体はまだ邪龍になっていないとはいえ、その異質性は健在だ。近づけば他のモンスターと違うことを感じ取れる。それは邪龍と直に対面した者ならば確実に分かるほどだ。その役目を君達に任せたい」
「つまり怪しいモンスターに近づいて、邪龍体かどうかを判別してほしいってことですか」
「そういうことだ。遭遇したモンスター一匹一匹を入念に調べていたら時間がいくらあっても足りない。だが君達がいればその時間を短縮でき、捜索の助けとなるだろう。もちろん報酬も出る。エリー、依頼書を」
エリーさんが遠征の依頼書をテーブルに置く。報酬金は僕達が一月で稼ぐ金額の三倍だった。依頼書に書かれている内容も、ロードさんが説明したものと同じだ。
呼び出された理由が分かり、内心ほっとした。未開拓地に行くのは怖いが、その役目ならば僕達だけではなく他の冒険者と一緒に行動するからだ。安全ではないが、許容できるほどの危険度だと思う。
それに多少危険でも断る理由はない。
「受けようよ、ヴィック。未開拓地だよ。さいっこうに冒険できるじゃん」
ウィストの言葉は予想できたものだ。この話を聞いてウィストならそういうと思っていた。
そしてその時の僕の答えは、もう決まっていた。
「そうだね。行こう。今までで一番冒険できるしね」
未知なる土地での冒険。踏み入れた者が数少ない未開拓地の冒険に僕の心も躍る。
それに再び邪龍が君臨する事態も防ぎたい。ソランさんの死闘を無駄にしたくなかった。
「この話受けます。よろしくお願いします」
「分かった。遠征の詳細は三日後に伝えよう。それまでは普段通りに活動していてくれ。改めてよろしく頼む」
ロードさんが立ち上がって右手を出し、再びウィストと握手をする。その後に僕に右手を出してきたので、応えるように握手をする。だが最初の時よりも力強く、長い握手だった。
驚いて思わずロードさんの顔を見てしまう。ロードさんの翠色の瞳が、僕の顔をじっと捉えている。
その両目に違和感を、いや既視感を抱いた。
「あの、どこかで会ったことありましたか?」
僕が訊ねると、ロードさんはスッと力を抜いて手を離す。
「いや、今日が初対面だ」
そしてロードさんは、落ち着いた様子でそう答えた。




