2.呼び出し
入院してから五日経った。入院中、何人もの人がお見舞いに来てくれた。ウィストやフィネはもちろん、ベルク達や同室のハルトも来てくれた。ユウもシオリに連れられてきて、オリバーさんも手土産にお酒を持ってきてくれた(すぐに看護師に没収されたが)。
そして退院日を明日に向かえた今日も見舞いに来てくれた人が居た。だがその人は僕の知り合いではなく、名前も知らない人だった。
「セイラだよ。私と一緒の町に住んでたお姉ちゃんみたいな人だよー」
その人はウィストと一緒に来ていた。肩まで伸びた黒髪の青い眼の女性で体はやや細め、凛とした顔がなんとなくヒランさんに似ている。歳はウィストより二つ上だそうだ。
しかもセイラさんは僕達と同じ冒険者らしい。
「凄いよね。ロティアにも冒険者ギルドはあったのにいきなりエルガルドに来るなんて」
「いくつものダンジョンを踏破したあんた達と違って、私はまだ一つも中級ダンジョンは踏破できてないけどね」
彼女はウィストがマイルスで冒険者になったときと同じ時期に冒険者になったらしい。だがその街で冒険者にはならず、すぐにエルガルドの来たという話だ。そしてエルガルドでできた仲間と一緒に冒険しているらしい。
「来てくれてありがとうございます。会ったことのない僕にこんなお土産も持ってきてくれて」
セイラさんは果物の盛り合わせを持ってきてくれていた。そしてその中からリンゴを一つ取って椅子に座り、皮をむいて一口サイズにまで切ってくれた。
「ウィスト、飲み物買って来てくれない? これ、お金」
「はーい。お茶で良いよね」
セイラさんが「うん」と返事をすると、ウィストは元気に部屋を出た。ぱしられるのに全くの嫌悪感が無さそうなのは、それほど仲がいい証拠だ。姉のような人だというのは本当のようだ。
「はい。どうぞ」
切ったリンゴを乗せた皿を僕に突き出す。僕はそれを受け取ってリンゴを一つ口に入れる。みずみずしくておいしかった。
「あんた、ウィストのこと好きなの?」
「はい」
セイラさんの質問に率直に答える。少ししてセイラさんの眼が少し鋭くなり、それを見て質問の意図を察した。
「異性としてじゃなくて、人として……相棒としてです」
「……あ、そう」
セイラさんの眼つきが少し柔らかくなる。姉のような人だったというのは過言ではないようだ。
「あの子、ちょっと天然で人懐っこいから誰とでも仲良くなれるのよ。けどここではあんまり友達がいなかったから心配してたの。まぁ、あの変な噂のせいだけど……知ってる?」
ウィストはナッシュに悪い噂を流されたせいで周囲から敬遠されていた。そのことを言っているのだろう。
「えぇ、一応。本人から聞きました」
「そう。じゃあ安心かな。あんたのことはよく話も聞いてたし」
そう言うと、セイラは鞄から一本のナイフを取り出した。
「これ、どう思う?」
「え?」
突拍子のない質問に一瞬戸惑う。このナイフがどうしたというのだろう。見たところ、革製の鞘が付いてるだけの普通のナイフだ。
「どうって……普通のナイフにしか見えないですけど」
「……それだけ?」
「あ、はい……」
そう答えると、セイラさんははぁっと残念そうに溜め息を吐いた。
「これ、私がデザインしたの。作ったのは工房の職人だけど」
「え、あ……あぁ!」
質問の意図が判明し声が大きくなる。同時に気まずくなった。
「あ、いやぁ、勘違いしてました! てっきり、その……切れ味とか、刃の部分とか、武器としてどう思うかって意味かと勘違いしてて―――」
「刃も私が提案したものだよ」
「……」
失言が失言を引き出し、更に気まずくなる。もうこのナイフについて喋らない方が良いかもしれない。
ただ改めてそのナイフをよく見ると、たしかによく見かけるものとは違う。僕が普段使っている剥ぎ取りナイフは、柄に何の模様もなく、刃の形にもたいした特徴は無い。鞘も同様でどこにでも売ってそうな普通のナイフだ。その分使いやすいうえに替えを用意しやすいという利点はあるが、その理由のせいでたまに手入れを怠ってしまうことがあった。
一方でセイラさんのナイフは、一点物のような見た目だ。柄は持ちやすいように指がかかるような形になっており、木目の模様がおしゃれに見える。刃は真っ直ぐな片刃だが、ナイフでは珍しく波紋のような模様が入っている。鞘は開くタイプの形で、柄に合わせた色になっていた。
動揺していたとはいえ、なぜこれほどの特徴に気がつかなかったのか。観察力の無さに自分のことが少し嫌になった。
「……けどよく見ると良いナイフですね」
「お世辞は良いよ。普通のナイフだし」
「いえ、さっきのは本当に勘違いです。すごくかっこいいです! 他で売ってたのとは比べ物にならないほど良いですよ!」
「……ちょっと持ってみて」
そう言って、セイラさんが僕にナイフを渡す。受け取って柄を握ってみると、使い慣れてるナイフを持っているかのように手に合った。重さもちょうど良い。思っていた以上に使いやすそうだ。
「良いですよこれ。持ちやすくて手に馴染みます。今使ってるやつより使いやすいかも」
「じゃあそれあげる」
「え?」
予想外の提案に変な声が出た。
「そのナイフあげるから実際に使ってみて。で、また今度感想を教えてよ。次作の参考にするから」
「……なるほど」
要はただであげる代わりに、制作に協力してほしいということだ。物を作るにあたり、使用者の意見はとても参考になるだろう。
もしかしたら彼女が今日ここに来たのは、このためだったのかもしれない。
「分かりました。そういうことなら喜んで手伝います」
「ありがと。けどあの子には内緒にしてて。ばれたらねだられそうだし」
「良いですけど、ウィストにはあげないんですか」
「自信がついたらあげる予定だよ。いくつか作って、それなりに出来が良かったのがそれだったから。なんて事のない普通のナイフだけど」
「それは、その、すみません……」
「ふふっ。いいよ別に」
今度はそれほど怒ってなさそうだった。その様子を見て一安心する。
その直後、病室の扉をノックする音が聞こえた。ウィストかと思って慌ててナイフをベッドの中に隠すが、ウィストならノックするのは変だと思い至る。
「失礼する」
部屋に入って来たのは、以前酒場で暴れてしまった時に見逃してもらったルカだった。
「あ、ルカじゃん。久しぶり」
「なんだ。お前もいたのか」
セイラさんとルカは顔見知りのようだった。そういえばルカはもう寮から出ているが、二人ともウィストと同室だったと言っていた。ならば知己であるのは当然だ。
「うん。ウィストと一緒に来たの。ウィストは今買い出しに行ってる」
「そうか。じゃあ別々に話すのも面倒だ。少し待たせてもらう」
「ウィストに何の用ですか?」
「ウィストだけじゃない。お前にもだ」
「僕?」
てっきりウィストとセイラさんへの要件だと思ったが違うようだ。
僕達にということは依頼絡みか、それとも先日の鬼人族についてだろうか。どちらもあり得る話だった。
病室でウィストを待っていると、ルカが来た一分後にウィストが戻って来た。
「ただいま! 好きなお茶が無かったからちょっと遠くまで買いに行っちゃった! ……ってあれ? ルカもいる。どうしたの?」
病院の近くに店があったのに遅かったのはそのせいか。少し呆れながらもウィストらしい行動に内心笑ってしまう。
その一方でたいして待たされていないはずのルカは、眉を潜ませていた。
「……お前とヴィックに要件があって来た。大事な話だ」
だがそれは表情だけで、声はさっきと同じ調子だ。怒っているのかいないのか分かりづらい。
「なになに? あ、ヴィック、お茶だよー。お姉ちゃんも、はい」
僕とセイラさんは礼を言って受け取る。エルガルドに来て初めて知った飲み物だがとても美味しい。ヤマビから取り寄せている品物らしく、ほっと一息つきたくなるような安心感に包まれる。
「おいしいね、このお茶」
「でしょ! ヤマビの名産品だってさ。美味しいよねー」
「……話をしていいか?」
ルカの顔がさっきよりも険しい。僕はお茶を置いて話を聞く体勢になった。
そうしてルカがその要件を口にする。
「ウィストとヴィック。うちの団長がお前らに話があるそうだ。退院後、あたし達のクランに来い」
それは、『英雄の道』の団長との面会であった。




