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9.冒険者と傭兵

 翌日の早朝。いつものように、僕は今日もレーゲンダンジョンに向かった。

 修行兼仕事のダンジョン調査は、普段は僕とラトナとアリスさんと一緒に行っている。たまにエンブのレンと一緒に行うこともあるが、レンはダンジョンの中を自由気ままに探索しているため合流したときにしか同行しない。そのため、仕事を進めたいときは他の冒険者や傭兵に手伝ってもらうことがあった。

 それが今日だった。


「というわけで、今日はこのいけ好かないナルシストも連れていく。もしピンチになったらこいつの方に逃げろ」


 レーゲンダンジョンに向かう途中、馬車の上でアリスさんが言った。同席するのは僕とラトナ、そして今回の調査のために同行する傭兵、アルバさんだった。


「足は遅いが腕は立つ野郎だ。こいつにモンスターを押し付けとけ」

「いいんですか?」

「今回は調査がメインだ。今日中に七階層の調査を終わらせる。お前らに任せてもたもたしてらんねぇんだ」

「つまりピンチになったら僕かアリスちゃんの下に逃げろってことさ。安心して僕達を頼るがいい」

「そういうことだ。……っつかてめぇ、ちゃん付けで呼ぶなって言ってるだろ。ぶち殺すぞ」

「丸くなったねぇ。昔は問答無用で斬りかかってきたのに。グーマン君の影響かな。厳しくするだけじゃなく、優しくすることも必要だって気づいたんだね」

「弾代が勿体ねぇからな。一度だけ警告するって決めてんだよ」

「あぁ、間違えたよ。優しくなったんじゃなくて腑抜けたんだね。便利な道具を手にしちゃったから、そのお陰で女の子っぽくなったのかな。よし、今度お祝いに服をプレゼントしよう。フリルがたくさん付いたお姫様の様な洋服でも―――」


 アリスさんは抜剣し、剣を横に振るう。向かい側の座席に座っていたアルバさんは、剣が頭に当たる寸前で頭部を後ろに引かせて躱す。そのまま空を切るはずだった剣は、アルバさんの隣に座っていた僕の髪を数ミリだけ斬り落とすことになった。

 髪が床に落ちてようやく死にかけたことに気付く。巻き添えにならないように、アルバさんから距離を取ることにした。


「やはり優しくなったということにしとこう。今度は避ける余裕のない攻撃をしてきそうだ」

「減らず口を閉じるという選択肢もあるぞ」

「それは御免だ。喋らない僕なんて、ただのイケメンでしかないからね」

「このナルシストが」

「最高にナルってるのが僕なのさ。そう、どこぞのお節介に教えられたからね」

「けっ」


 アリスさんが剣を収めて席に座る。とりあえず、被害は僕の髪の毛数ミリで収まったようだ。


 そうして安堵していると、ラトナが「師匠達ってどんな関係なの?」と尋ねた。虎穴に入ったような気分になった。


「あぁ、こいつは―――」

「恋人だよ」


 アルバさんがそういうと、アリスさんが剣を持つ。


「冗談さ」すぐにアルバさんが訂正した。


「僕とアリスは同じ傭兵ギルドで競い合った仲で、つまりライバルってことさ。彼女と競い合ったおかげで、僕達は傭兵ギルド内で《三強》って呼ばれるほどになったのさ」


 傭兵ギルドでは、腕が立つ傭兵ほど敬われる。その中でも特に優れている三人がおり、彼らには《三強》という異名がついている。そのうちの二人が、アルバさんとアリスさんということだ。


 本来、ダンジョンには冒険者しか入ってはいけないが、ダンジョン管理人であるヒランさんの許可が下りれば認められる。その許可が下りるには、ある一定以上の戦闘能力を有している必要があるのだが、アルバさんにとってそれは無いも同然の条件だった。


「へぇー、すごいんですねアルバさんって」

「ただの優男だと思ったかい?」

「ううん。優しくて強くてかっこいい人かなーって」

「よく分かってるじゃないか」


 機嫌を良くしたアルバさんは、対角線上の位置に座るラトナと話し始めた。アリスさんは興が削がれたような顔をして剣から手を離す。今度こそ、安寧の時間が訪れる。

 そのまま何事もなく、馬車はレーゲンダンジョンまで進んだ。




 ダンジョンに入ってからは、いつもとほぼ同じ手順だった。

 アリスさんが先頭で進み、次いでラトナと僕がついて行く。違うのはアルバさんが最後尾にいることだけだった。

 だがこの一点が大きかった。


 レーゲンダンジョンのドグラフ達は、集団で連携しつつ襲ってくる。ドグラフに囲まれると、僕とラトナが背後の敵を相手取ることになっている。だけど僕らは奴らの連携攻撃に後れを取ってしまい、アリスさんの手を煩わせることが多々あった。

 その度に申し訳ない気持ちになるのだが、今日はその事態が訪れなかった。


「なるほど。調査が進まないのも納得だ」


 アルバさんは足を止めて、装備に付着した返り血を拭き取る。


「汚れを落としても落としても、すぐに襲ってくる。調査に来たのか汚れに来たのか分からなくなるね」

「調査だよ。アホ」


 アリスさんは汚れを気にせず進む。先頭と最後尾の距離が空きそうになった。


「師匠。アルバさんが―――」

「後で来い。五階層までは道順を知ってるだろ。そこで待ってるからお前はアルバといろ。ラトナはこっちだ」


 ラトナが「あいさー」と気の緩むような返事をして、アリスさんについて行った。


 僕はアルバさんが汚れを落とすまでその場で立ち止まる。


「身嗜みを整える時間くらい、待ってもいいと思わないかい?」

「さ、さぁ……どうでしょうねー……」


 流石に同意できず、適当な返事をするしかなかった。


「傭兵は、強ければ強いほど儲けられる。だがそれを証明するのは難しい。都合よく敵が来ればそれを倒せばいいが、来ないこともある。仮に倒せたとしても、依頼人が敵の強さを知らなければそこまで評価は上がらない。じゃあ評価を上げるにはどうすればいいか。分かるかな?」

「……地道に依頼を達成する」

「間違いないが、それだと時間がかかる。正解は、分かりやすい強さを見せつけることさ」


 アルバさんは汚れを拭き終える。綺麗な防具がランプに照らし出された。


「例えば、何人もの敵と戦っても疲労を全く見せず、涼しい顔をして敵を倒す、とかね」

「……汚れを落とすのは、身嗜みを気にする余裕があるって思わせるためですか?」

「その通り。実際、余裕なんだけどね」


 ドグラフは連携を取って襲ってくるのだが、アルバさんは難なくと処理して危険を感じさせない。そのため、五階層の手前でアリスさんと合流するまで、僕は全く疲れることはなかった。五階層、六階層もアリスさんとアルバさんが主に敵を倒してくれたおかげで、僕とラトナは労せず七階層に着くことができた。


「さて、七階層に着いたわけだが、こっからはお前らにも働いてもらうぞ」


 どうやら今までは働いていないと思われていたらしい。別にサボるつもりはなかったのだが、結果的にはそうなってしまったので言い返せなかった。


「隊列は今のままだ。強襲を受けたときはオレとアルバが対応する。その後、敵が様子見してきたタイミングでお前らと交代だ。防御・回避に専念して致命傷だけは避けて、隙を見つけ次第反撃しろ。だが深追いはするな。敵の強さを見定めることが第一だ。いいな」


 調査の内容は七階層のモンスターの強さを図ることだ。それを主観的にも客観的にも図るために、僕とラトナの力が必要になる。僕等が戦う間、アリスさんが別視点からモンスターの動きを見るためだ。


 七階層に下りるのは初めてだ。同じ中級冒険者のグーマンさんがすでに訪れて生きて帰ってきた階層だが、あの人と僕の間には大きな実力差がある。参考にはできない。

 だけどウィストに追いつくには、躊躇っている暇はない。


「はい。行けます」

「あたしもです」


 僕とラトナが返事をする。ラトナの表情が固くなっているが、余計な声は掛けなかった。この時のラトナはとても集中している。だが無関係な言葉を掛けてしまうと、集中が途切れてしまうのだ。数ヶ月の付き合いだが、それくらいの癖は理解できていた。


「じゃあ行くぞ」


 アリスさんもそれを知ってか、ラトナ個人には何も言わずに、七階層の通路を進み始めた。

 最初と同じ隊列で、僕達は七階層を歩く。六階層までと変わった点は見られない。ほとんど同じ景色が目に映っている。


 だが肌に伝わる嫌な空気が、他の階層とは違うことを教えていた。

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