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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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1.フローレイ王国の歴史

 エルガルドの冒険者ギルドはいつも騒がしい。住民の半数以上が冒険者のため、ギルドを利用する人が多いからだ。そのためギルドが開いている時間帯は、受付がある一階だけではなく資料室や会議室のある二階や三階も常に人気があった。

 そんな冒険者ギルドでも静かな場所がある。冒険者ギルドの最上階だ。最上階には局長室と重要な来客を対応するための応接室、そして来客をもてなす用意をするための準備室しかなかった。最上階に行くには警備員が守る四階からの階段を上るしかなく、それ以外の通路はない。その階段を通れる者は事前に面会の約束しており、身元が確認できる者だけだった。


 しかし今、身元が確かではない者二名が最上階の応接室に訪れていた。

 一人は人の姿に化けたドーラ。もう一人は鬼人族のギン。両方ともモンスターであり、本来ならばこの場に呼ばれることは無い存在だった。


「つまり、私達人間が信頼できないから単独で邪龍を討伐しようとしたということか」


 応接室の奥には、二人の人物が椅子に座っていた。一人はエルガルドの冒険者ギルドの局長マイク・ユーステッド。白髪の混じったオールバックの黒髪で髭を生やした中年男性で、体の線は細く、見るからに冒険とは縁のなさそうな人物である。

 そしてもう一人は《英雄の道》の団長、ロード・ウォーカー。短めのダークグレイの髪型で、歳はマイクとたいして変わらないが、年齢を感じさせないほどのがっしりとした体型だ。強者である二者を前にして、マイクが少し怖気づいているのに対し、ロードは堂々としていた。


「そうだ。敵対関係のあったお前らと協力しても碌に連携できないと判断した。現に邪龍を討伐できたのは我らの準備によるものだ。苦情は受け付けない」


 マイクの言葉に、毅然とした態度でギンが言い切る。その言葉には一切の負い目を感じさせなかった。


「君達が相応の準備をしていたことは知っている。だが一度でもそのことを私達に伝えてくれていれば、被害を減らせたとは考えなかったのか。村だけではなく君達の同族も」

「皆覚悟の上だ。命を賭けて邪龍に挑んだ。そこに敬意はあっても、不満など一つもない」

「族長が亡くなったというのにか。協力していれば、死ななかったかもしれないぞ」

「だが別の形で村は滅びるだろうな」


 マイクの顔が険しくなり、ロードは何も言わずギンを見続ける。


「鬼人族の村は多くあったが、そのうちのいくつかは既に滅んでいる。理由の一つは人間達、特にお前らフローレイ王国の侵略によるものだ。最初から敵対していた村だけではなく、友好的だった村も滅ぼされた。そんな奴らと協力できると思うか」


 大昔、この大陸にはヤマビという国しかなかった。しかし内政が混乱している間に、別の大陸からの人間によりフローレイ王国が建国された。更にはとあるモンスターの出現により国内の拠点となる都市間の連携が乱され、その隙に進軍されて多くの領土がフローレイ王国に奪われた。そのときに鬼人族の村も侵攻されてしまった。

 結果、ヤマビは領土の半分を失うことになる。さらにその原因となったモンスターは、奇しくも今回と同じ邪龍であった。


「それは百年以上前のことだ。今現在、そのような思想は王国内にはない。そもそも世界の危機の前に自分達の村のことしか考えてないのか」

「世界と村を守る。そのために俺達は命を賭けた。己の快楽のことしか考えない冒険者の力など不要だ」

「その冒険者の力を利用したのはどこの誰だったかな」


 無言を貫いていたロードが口を開いた。


「聞いた話によると、君達は冒険者達を強食するために捕えていたそうだな。それに準備こそ鬼人族のみだったが、途中からは人手が足りず、ソランとそこの彼女が連れてきた冒険者達が手を貸したそうじゃないか」

「……援軍を出してくれたことには感謝はしている。だがそれは結果論だ。予想外のトラブルが無ければ俺達だけで邪龍を倒せていた」

「そうかもしれないな。だが邪龍の後始末のことを考えると、それは下策だと言わざるを得ないな」

「なに?」


 今度はギンが険しい顔を見せる。


「邪龍は確かに強敵だ。だが討伐自体は可能だ。百年前もその前も、対策を練って準備をすれば倒せていた。しかし邪龍の脅威はその後にある。マイク殿」

「はい」

「いくつの『邪血晶』が確認されましたか?」


 マイクは手元に置いていた資料を手に取る。


「現地にいた冒険者によると、邪龍が倒れた後、七つの黒い物体が邪龍の体から出てきて遠くに飛んでいったという報告があります。国内に二つ、ヤマビに一つ、そして西の未開拓地方向に四つです」

「邪血晶のことは知っているな」


 ギンは肯定も否定せず黙っている。返事が無いことを確認すると、ロードは話を続けた。


「邪龍は死ぬ間際、己の血液を固めた物体を発射する。我々はそれを邪血晶と呼んでいる。それを体内に取り込んだ生物は、どんな生物であれいずれ邪龍になると判明している」


 百年前も、邪龍討伐後に邪血晶を取り込んだ生物を探すための捜索隊が編成された。捜索範囲は大陸全土にわたって行われたが、最後の一つを発見することができずに終わった。


「今回の邪龍は、前回の捜索で発見できなかった個体だろう。多くの人員を割いて大陸中を探したが、全てを見つけることはできなかったそうだ。それほどまでに邪血晶を取り込んだ個体を探し出し、討伐することは難しいということだ。そして今回は、君達のお陰で前回よりもさらに捜索は難しくなるだろうな」

「どういうことだ?」

「分からないか。奇しくも、君達が言った理由と同じだよ」


 ロードが体を椅子の背もたれに預ける。その際のギンを見る視線がやや見下ろすことになってしまう。その視線が見下すような種のものにギンは感じた。


「はっきりと言え。それともそういう言い方しかできないのか」

「いや。ただ君達が真に世界のことを想っているなら、今の私の言葉で察してくれると思っただけさ」

「いいから言え。それともこんなくだらない口喧嘩をするために俺を呼んだのか」


 ロードが一つ息を吐く。


「単純な答えだ。今後の邪血晶の捜索を、協力してやれるのか。ただそれだけの話だ」


 ロードの言葉にギンは、最初こそ理解ができないように眉を顰めたが、すぐに何かに気づいたかのようにハッとする。その表情を見てドーラが溜め息を吐いた。まるで「やっと気づいたか」と言いたげな呆れたかのような顔で。


「全く相手を信頼しないどころか、殺そうとしてくるような相手に自分達の背中を預ける。そのような相手と進んで手を組みたがる者がいると思うか」

「それは……」

「君達は冒険者達を強食するつもりだったそうだな。おおかたそれで証拠を隠滅し、邪龍討伐後に素知らぬ顔で捜索の協力を申し出るつもりだったのだろう。だがそれも今となっては難しいな」


 今度こそ明らかに見下したかのような表情で、ロードはギンを見つめる。だがギンはそれに何も言えずぐっと堪えた。


 ロードの指摘したことは鬼人族内でも浮上していた、計画の欠点であった。強食ができてもその行為が露呈した場合、人間達の手を借りることはできず、結果未来に邪龍の脅威が残り、人間達に強い恨みを残すことになると。それでも強食することを決定したのは、やはり人間達と協力できないという過去からの確執による感情からだった。

 鬼人族の計画も途中まではうまく進んでいた。ヒトや他種族のモンスターのなかでとりわけ優秀な逸材を捕え、更には獅子族からの共闘を取り付けた。族長は一足先に異常個体に成長し、鬼人族の戦力も史上最強と呼ばれるほどまでに増強された。


 だが二つの事故が、計画を頓挫させた。

 一つは共闘相手だったはずの獅子族から手を切られたということだ。十三年前、マイルスを獅子族達が襲った事件。あれにより獅子族は種族の存続が危ぶまれるほどのダメージを負った。それにより共闘できるほどの戦力を失い、邪龍討伐に参加できなくなった。

 これにより強食のための生物の確保が急がれたが、それが第二の問題を起こすことになってしまった。


「さてどうする。世界の危機とは言え、こうも信頼できない相手とは手が組めない。各々で捜索をするという手もあるが、それでは情報の共有に問題が起きてしまい、結果邪龍の捜索に手間取ってしまうという問題が起こる。そして時間がかかればかかるほど、邪血晶を取り込んだモンスターの行方が不明瞭になってしまう。この事態には迅速な行動が求められるというのにだ」


 ロードが困ったような顔で息を吐く。


「さてさて、このような問題を解決する手立てはないだろうか。全捜索隊で情報の共有ができ、かつ安全に対象モンスターを討伐するための手段が。ギン君には何かあるのかな?」


 視線だけではなく、言葉でもギンを下に見るような口調を見せ始める。ギンはただ悔しそうに歯を食いしばる。

 その顔を見て、ドーラが口を開いた。


「鬼人族は情報の提供だけをして、お主らだけでやればいいのではないか」


 マイクが興味深そうに眼を細める。


「情報の提供とはなんだ?」

「西の未開拓地に行くためのルートだ。お主らが使っている道よりも遥かに安全で楽な道だ。あの道を使えば、いつもの遠征よりも多くの人員と荷物を運べるぞ。それこそ、こやつらの手伝いのなど不要になるほどのな」

「なるほど」


 エルガルドの西には、大陸を縦に分断するほどの大きな山脈がある。名をオーリグ山脈といい、モンスターですら越えられる種族が少ないほどの険しさである。ヒトはオーリグ山脈の東側にしか住んでおらず、西にはヒトが発見していないモンスターが多く生息していた。


 新たな発見を求め、また開拓を行うために、人間達は何度も西に遠征してきた。しかしオーリグ山脈を越える際には、今までは死者が出るほどの険しい道を進むしかなかった。そのために調査があまり進まず、開拓の進行は当初の予定よりもかなり遅れていた。

 だからこそ、鬼人族の情報は人間達にとっては重要なものだった。そしておそらくだが、これを落としどころにしていたのだろう。ロードがニヤリと笑ったのをドーラは視認した。


「たしかにその情報があれば問題は解決できる。鬼人族の戦力を失うのは惜しいが、それを補う人手を投じればいいのだからな。それでどうだろうか、ギン殿」


 鬼人族にすれば、それは値千金の情報だ。わたってしまえば、今後人間達との交渉に使える材料が一つ減ってしまうからだ。

 だがそれでも、ここで「いいえ」とは言えない。言ってしまえば、大きな禍根を残すことになる。それは鬼人族の将来を考えれば仕方のないことだった。


「分かった。だが皆を説得するための時間が欲しい。一週間ほど待ってくれ」

「あぁ、構わない。私達も遠征の準備にそれくらいの時間が必要になる。ドーラ殿も手伝ってはくれないか」

「吾輩がか?」

「君は西の事情にも詳しい。手を貸してくれたら非常に助かる。もちろん謝礼もだそう」

「良い話だな。だが遠慮しよう」

「なぜかな? 君に損はないと思うのだが……」

「損はないが危険はあるからな」


 ドーラがちらりと視線をロード達から外す。今部屋にはドーラ、ギン、ロードとマイクの四人以外にもう一人いる。その人物は部屋の端に置かれているソファでぐっすりと寝ていた。


 ドーラはモンスターだ。街に潜入したときは常に見つかったときのことを考えている。どこで戦えばいいか、どのように逃げればいいか。追いかけてくる相手はどんな奴か。そのときの状況によって、戦闘することもあれば逃走することもあった。

 今回も当然、同じように考えた。だが男を見た瞬間、ドーラは真っ先に戦うことを選択肢から外した。これはソランと対峙した時以来だった。


「いくら吾輩でも、素性を知られたお主らと常に行動するほどの度胸は無い。いくつか良いことを教えてやるからそれで勘弁してくれ」


 少し間を置いて「分かった」とロードが言う。少し残念そうに見えたのはどういう意図からか。少しだけ気になった。


「用件がそれだけならばそろそろ吾輩達は失礼する。お主らもこれから忙しいだろうからな。長居しても迷惑だろう」

「そんなことはないがな。……あと少し、ギン殿に聞きたいことがあるのだが、よろしいかな」

「なんだ」


 不機嫌な態度が少しだけギンから見えたが、ロードは知らぬふりをして訊ねる。


「今回の邪龍討伐にあたり、予想外のトラブルが起きたと言っていたね。邪龍は我々の共通の敵だ。今後のために邪龍のことをできる限りの詳細を後世に残したい。そのために何が起こったのかを知りたいのだ」

「……俺達が予想していた時期よりも早く邪龍が目覚めた。原因は分からない」

「何をしているときに目覚めたのだ?」

「一人の冒険者が俺達の村に侵入していた。そいつから話を聞いていただけだ。たしか名前は……ヴィック・ライザーだったかな」


 その時、ドーラは見逃さなかった。


 ロードの眼が大きく見開かれたのを。


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