31.伝え説かれてなに思う
邪龍との戦いは三日間に及んだ。
まず戦線に参加したのは鬼人族とソラン。邪龍復活のタイミングこそ予定外だったが、以前から邪龍に備えて訓練をしていた鬼人族は、邪龍を村の外から出すことなくと止まらせることに成功した。それができたのは鬼人族の持つ身体能力と統率の取れた組織力、さらに過去の資料から邪龍の生態を調べ上げて熟知していたことによるものだった。
だがそれが通用したのは一日目のみ。二日目になると用意した策が尽きてしまい、邪龍の動きを制御できなくなった。元々、鬼人族は強食で戦力を増強して邪龍に挑む予定であり、それを前提にして策を用意していた。しかし強食を行う前に邪龍が目覚めたことで、予想外の速さで策を消耗してしまった。そのため一日目が終わる頃には鬼人族から負傷や疲労により前線を離脱する者が増え始めた。
そして二日目、ソランが引き連れていたはずの冒険者達と合流する。別件で鬼人族の村に向かっていた冒険者達だが、事情を知るとすぐに戦線に参加。最初こそ鬼人族と衝突が起こりそうになったが、ことがことなだけに一時的に和解して共同戦線を組むことになった。後に知られることだが、元々ソランはこの共同戦線を組ませるために冒険者達を連れてきたということだ。
冒険者と生き残った鬼人族達は、協力することで邪龍をその場に止める。多くの兵器が破壊されて戦力も減ったが、邪龍を出来るだけ多く消耗させるために残った兵器を上手くやりくりして使いつつ、戦士を適時休ませることで戦線を維持し続けた。参戦した冒険者達は、皆一線で活躍する猛者ばかり。また鬼人よりも武器や兵器を使うことに慣れていたため、鬼人達と同等以上の働きぶりを見せた。
しかしそれでも、二日目が終わる頃になると冒険者達からも脱落者が出始めた。長旅による疲労、慣れない土地での戦闘、更に予想外の生物との遭遇。体力だけではなく精神の疲労も大きく、その消耗は激しかった。結果、三日目に入る頃には鬼人族だけではなく、大半の冒険者も脱落してしまう。そして、それほどの戦力を投入しても、邪龍が弱まる気配は無かった。
ほぼ全ての戦力が尽きた三日目。彼らの希望となったのは二人の戦士だった。
一人は鬼人族の族長であり、鬼人の異常個体である《白鬼》ゲン。そしてもう一人は、《マイルスの英雄》ソラン・クーロンである。
彼らは二日目までは周囲と連携しながら戦線に加わり、または味方の指揮も行っていた。だが前線の戦力が減った事でそれらに意識を割くことがなくなり、戦闘に全力を注げるようになった。彼らも相当消耗していたはずだが、それを微塵も感じさせることのない戦いぶりを見せた。ゲンは一般的な鬼人族を遥かに上回る身体能力と、白鬼特有の能力である雷のような力を駆使して邪龍を翻弄する。ソランは人とは思えないような膂力により、何倍もの体格差のある邪龍を打ち崩す。そして時には邪龍を怯ませるほどの息の合った連携攻撃を披露した。
規格外の両者による攻撃。だがそれも長くは続かない。邪龍の体力は凄まじく、二人が攻撃し続けても倒し切れない。また邪龍の攻撃にも注意を割く必要があるため、彼らもまた体力だけではなく精神力も削れていく。特にゲンは、消耗の大きい雷の力を使っていたためソランよりも疲労の蓄積が大きかった。
だがゲンは前線に居続ける。退き時を見誤ったか、それとも族長という責任感からによるものか、彼は戦線から離れることなく戦い続けた。その結果、ゲンは邪龍の前で力尽きた。
残る戦力はソランだけ。対して邪龍は、ある程度のダメージを負ったものの未だに倒れる気配はない。誰もが死を覚悟した瞬間である。
そして三日目が終わる頃、一人の英雄がこの世を去り―――、
一つの伝説が生まれた。
僕が事の顛末を聞いたのはエルガルドの病室だった。鬼人の村から出て三日目にエルガルドに戻ったが、怪我の治療のためすぐに入院することになった。
そして入院してから四日後、エルガルドと鬼人族の村を再び往復して戻ってきたドーラから話を聞かされた。
邪龍が倒されたこと。全滅を逃れて生き残りが居たこと。
そして、ソランさんが死んだこと。
「そんな……」
邪龍を倒したことは喜ばしい事実だ。だがそれ以上にソランさんが亡くなったことが信じられず悲しかった。
ソランさんには何度も助けられた。その姿に憧れを抱き、僕が盾を持つ理由にもなった存在だった。多くの人を助け、人気者であった。
だけどもうこの世にいない。その事実はあまりにも衝撃的だった。
「相手は邪龍で、あいつらの戦力は不十分だった。あれで倒せたこと自体が奇跡だ」
「……それほどの戦力差だったのにソランさんを戦わせたのか」
「知人が一人死んだくらいでイラつくな。吾輩とてまさかあそこで力尽きるまで戦うとは思わなかったのだ。せいぜい戦力が揃うまでの足止めができれば十分だと考えていたからな。倒せないまでも、あの戦力ならば負傷させることはできるとふんでいたからな」
「つまりソランさんは退き時を間違えたって言いたいのか」
「だから吾輩にあたるな。むしろ称賛しておる。長引けば被害が増えることは明白だったからな」
邪龍は危険な存在だった。戦いが長引けば鬼人族の村だけではなく、他の人間の村だって襲われただろう。もしかしたらこのエルガルドにも来ていたかもしれない。そのときを被害を考えたら、ソランさんの功績は偉大である。
だがその代償も大きすぎた。
「……確かにソランさんは凄いことをした。たくさんの人達を救って、僕達を助けてくれた。けど……」
憧れていた英雄がいなくなった。その事実は僕だけではなく、ソランさんに憧れていた人、尊敬していた人達に大きな衝撃を与えるだろう。それにソランさんと交流のあった人達も少なからずショックを受けるはずだ。ヒランさんやアリスさんもどう思うだろうか……。
「あの人がいなくなったら、悲しむ人がたくさんいるんだ。死ぬべきじゃなかったんだ」
僕を助けてくれたように、ソランさんの助けを待つ人はたくさんいた。僕が憧れたように、ソランさんを見て冒険者を志そうとしたはずの人はたくさんいた。
それほどの影響力のある人が死んでしまうということは、現在だけではなく未来の損失にも繋がるのだ。なのに……、
「何でそこまでして戦ったんだよ……」
生きるべきだったんだ。もっと多くの人を導くべきだったんだ。僕達なんかよりもこの世界に必要な人だったんだ。
それだというのに、なぜ力尽きるまで戦ったんだ。
「貴様は何で相棒を助けに行ったんだ?」
悲しみで嘆いているとドーラが聞いてきた。
「なんでって……、そりゃ相棒だから。大切な人だからだよ」
「だろうな。お前ら人間は大切な者のために命を張る。貴様も、ソランも、他の冒険者もだ」
「それがどうしたんだ。何の関係が……」
「そのままの意味だ。貴様が相棒を助けに行ったのと同じように、あいつは大切な者のために戦った。邪龍を倒すことで、再び相棒と冒険したいがために邪龍に挑んだ。そう言ってたぜ」
相棒と、リュカさんと一緒に冒険をするために戦った。それは僕が強くなろうと思ったのと同じで、とても平凡で冒険者らしい理由だった。
ソランさんは英雄だった。だがその前に冒険者であった。
僕達と同じだったんだ。
その答えに至ると気が緩んでしまい、僕は思ったことを口にしていた。
「あの人は本当に、冒険が好きだったんだな」
はるかに遠い場所に居る人だった。一生かかっても追いつけなさそうな凄い人で、比べることすらおこがましいくらいの差があった。
だけどソランさんみたいになりたいと、心の底からそう思った。
第三章完結です! 完結まであと三章(予定)!
次章は、ヴィックとウィストの関係に大きな変化が起こるお話です。




