29.助ける理由
今まで僕は、色んな人に助けられた。優しく、厳しく、かっこよく、皆助けてくれた。何度も、何度も、何度もだ。
だけど僕は、その恩を返し切れただろうか?
僕を助けてくれた人達は見返りを求めなかった。何かをくれとか、何かしてくれとか、そんなことを言わなかった。
その振る舞いがかっこよくて、そんな風になりたいと思った。
だが今は、そんなことを一切考えていなかった。
ただこの人を助けたい。見返りなんかどうでもいい。あんなに優しい人を死なせたくない。その一心だった。
「頑張ってください! すぐ助けます!」
僕はすぐに瓦礫をどかし始める。僕の身長よりも高く積み上がった瓦礫の山。全部どかそうと思ったら時間がかかる。最低限、彼女を引きずり出すのに必要な分だけ瓦礫を取り除こう。
ひと際大きな瓦礫に手をかける。持ち上げるのは無理だが横に移動させることは出来そうだ。力一杯、瓦礫を横に押した。
「ぐっ……!」
その瞬間、腹部に激痛が走った。治療したはずの傷が再び痛みだしたのだ。そういえば、無理はしないようにって言われてたんだった……。
痛みのせいで力を出し切れない。瓦礫を押す力が弱まり、傷口からまた血が出てくる。傷が悪化すれば彼女を助けるどころか僕も力尽きてしまう。折角助かったのに、共倒れになってしまっては意味がない……。
「―――知った事かぁ!」
声を上げ、弱気と共に瓦礫を押しのける。皆、自分のことを考えずに助けてくれたんだ。だったら、僕も怖気づくわけにいかないだろ!
その一瞬、痛みが急激に引いて行った。体に力が入り、瓦礫が動き始める。
「がぁあああ!!」
体に残った力を振り絞るくらい、全ての力を出し尽くす。すると大きな瓦礫が横に倒れ、腕しか見えなかったはずの彼女の姿が顔まで見えるようになった。
「君は……」
彼女が僕を見て呟く。弱々しい声だ。あまり時間をかけていられない。
「あと少し待ってください! 頑張って!」
彼女を励まして、再び瓦礫をどかし始める。一番大きな瓦礫は排除した。今のでかなり疲れたけど、後は持ち上げられる分だけをどかせれば大丈夫だ。これくらいなら体力はもちそうだ。
痛みや疲れを思い出さないよう、出来るだけ無心に瓦礫をどかす。それでも瓦礫を持ち上げるたびに傷口が痛むが、耐えられないほどではない。この調子なら、完全に傷口が開く前に片づけられる。
ひたすら瓦礫を排除して、ようやく腰のあたりまで片付けられた。あと少し取り除けば引っこ抜いて助けられる。あと少しで……。
その気のゆるみのせいか、少し大きめの瓦礫を持ち上げようとしたときに猛烈な痛みが襲った。あまりの激痛に膝をつき、瓦礫の山に体を預けてしまう。そのせいで、微妙なバランスでたもっていた瓦礫が崩れ落ちる。
その瓦礫は、僕の方にへと落ちてきていた。
「―――っ!」
避けようとしたが体勢が悪く、避けきれなかった。
だが、その必要もなかった。
突如横から現れたユウが、落ちてきた瓦礫をメイスで殴り飛ばしたからだ。
「何ぼーっとしてんだ!」
ユウが僕の体を引き起こす。そのとき再び痛みが走り体がよろめく。そしてまた倒れそうになった僕の体を、今度は後ろから支えられた。
「ヴィック、大丈夫?」
ウィストの心配げな声が後ろから聞こえる。ユウだけじゃなく、ウィストも戻って来ていたようだ。
「二人とも、戻って来たんだ……」
「私達だけじゃないよ」
瓦礫の山の横から、さっき助けた冒険者達が現れる。
「いつまで経っても戻ってこないと思ったら何やってんだよ」
「こういう時は助けを呼ぶのが普通でしょ」
「おい。早くやるぞ。もたもたしてたら巻き込まれるぞ」
冒険者達が瓦礫の除去に取り掛かる。その作業は僕一人がやっていた時よりもはるかに早く終わり、あっという間に瓦礫をどかして彼女を助け出した。
「ありがとう、みんな……」
弱々しい声で彼女は言う。かなり昏睡している。早くここから離れて治療しなければ危ない。
大柄な冒険者に彼女を背負ってもらい、一緒に外に出る。徐々に邪龍の声が大きくなってきて、近づいてきていることを察する。自然と急ぎ足になった。
そうして痛みに耐えながら外に出ると、先に出ていたはずの冒険者達が邪龍の存在に気づいた。
「おい、なんだあれは!」
驚くのも当然だ。規格外の大きさの龍。あんなのが近くにいて驚かない方がおかしい。
「邪龍です。今鬼人達が戦っています。今のうちに離れましょう」
「そうはさせない」
僕達の前に鬼人達が集まっており、その先頭にギンがいる。彼らは武器を持っているが、その量が多い。両手だけではなく、武器が積まれた荷車を運んできていた。
「邪龍を放置すればこの村だけではなく世界が滅ぶ。お前達も戦え。武器は用意してやる」
「ふざけんな!」
男の冒険者が叫ぶ。
「碌な食事も出さずにずっと牢屋に閉じ込めて、そのうえ命を賭けて戦えだと! むしが良いにもほどがある! お前らだけで戦ってろ!」
「そんな小さな話じゃない。放っておけばお前らの家族も死ぬ。それでもいいというのか」
「信じられるか! どうせ俺らを囮にして、自分達は安全なところにいるつもりだろ!」
「違う。共に戦うつもりだ。人手が足りないから手を貸せと言っている」
「一緒に戦う? どの口が言ってるんだ!」
「そうよ。あんな目に遭わせといて……あんたらを信じられるわけないでしょ」
「グダグダうっせぇな! さっさと戦えって言ってんだろ!」
鬼人達との言い争いが激化する。邪龍の話が本当なら、確かに共闘した方が良いだろう。世界が滅ぶとなれば、たとえ嫌いな相手とでも協力せざるを得ない。
しかし問題はその前にある。それは冒険者達が鬼人達を信頼していないということだ。
冒険者達は長い間牢屋に閉じ込められていたせいで、体だけではなく精神も疲弊している。その苦しみからやっと解放されたのに、その直後に命を賭けて戦えだなんて言われても「はいそうですね」と言って賛同できるだろうか。同じ立場だったら僕も拒否していただろう。
そもそも冒険者達は、鬼人達にあれが邪龍だと言われても信じていないかもしれない。それほど彼らの間の信頼関係には溝がある。
ギンは、「先に裏切ったのは人間だ」と言った。だから鬼人は人間を信じず、一方的に利用しようとした。だが彼らの行いが、この結果を作り出してしまった。
世界の危機を前にして、言い争いをしてしまう現状を。
「おい! あれって……」
鬼人の一人が邪龍を指差す。目を向けると、邪龍がこっちを見ながら口を開けている。その口の前には黒い光が集まっていた。さっきの光線を出したときと同じだった。
「避けろ!」
僕が叫ぶと同時に、黒い光線が放たれる。光線は僕達の方に向かってきて、通った後の地面は大きく削れとんでいた。ギリギリ反応出来て直撃は避けたがその風圧と衝撃は強く、その場にいた全員が吹き飛ばされた。
「―――がぁ!」
地面を転がりながら遠くまで飛ばされ、その衝撃と傷の痛みが体中に走る。あまりの痛みに悶絶し、勢いが止まってもなかなか立てなかった。なんとかして体を起こそうとしたときに、視界にあの女性の姿が目に入った。
彼女は僕の近くに倒れている。だが僕と違って起き上がろうとしない。気を失ったか、もしくは……。
「……だめだ」
激痛に耐えながら体を起こす。体を動かすたびに痛みが走るが、我慢しながら彼女に近づく。彼女の近くまで来て様子を見ると、呼吸の音が聞こえた。気を失っているだけのようだ。
生きていることに安堵の息を吐く。その直後、大きな足音が後ろから聞こえた。
見なくてもその音の正体は分かる。だが背後から感じる強い視線を無視することはできなかった。
振り返ると壁のように思えるほどの巨体の邪龍がすぐ近くまで迫って来ていた。
邪龍が大きな足音を出しながら、僕達の方に近づいて来る。他の鬼人や冒険者達に目もくれず、真っすぐと僕らの方へ。
なぜこっちに来ているのか、そんなことを考える暇も無い。ただ単に逃げることしか考えられなかった。だがどうやって?
彼女を置いて逃げることはできない。だが負傷したこの体では彼女を担げない。いや、負傷していなくてもこの距離まで近づかれたら逃げ切れない。一人で逃げる? そんなことはもっとできない!
どうすれば、どうすれば、どうすれば……。
逃げる方法を必死に考える。だがその時間すらも意味がなく、考えている間にさらに距離を詰められる。
そして結局、何もできずに目の前まで迫られてしまった。
「あ……」
邪龍を目の前にして、改めて感じた。今までのモンスターとは明らかに一線を画すほどの異質な存在感。立っているだけでも押し潰されてしまうほどの圧迫感。
そして、闇を連想させるほどの絶望感。
世界が違う。邪龍はそう言えるほどの生物だった。
そんな存在とまともに戦えるわけもなく僕はただ突っ立っているだけで、邪龍が手を伸ばしてきても何も動けなかった。
だからこそ、こういう存在と戦える者はこう言われるのだろう。
「だから言っただろうが」
《英雄》と。
「助けてやるから待ってろってよ」




