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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第三章 マイルスの冒険者

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28.邪龍

 今まで、様々なモンスターに遭遇した。下級、中級、上級、そして危険指定モンスター。冒険者になりたての頃は下級相手にも苦戦していた。しかし今では上級相手でも戦えるようになったし、危険指定モンスターを前にしても臆することは無くなった。


 だがそれは、今までのモンスターとは完全に別物だった。

 空気が震えるほどの大きな鳴き声の後に、それは現れた。地面を割りながら出てきて、地盤や木々を周囲に撒き散らす。地上に這い出てくるとまた大きな鳴き声を出し、周囲の木々が揺れて小動物が逃げ出し始める。僕はそれの姿を見て何も動けなかった。


 五メートルほどの木々が小さく見えるほどの巨体。建物を軽く潰せるほどに大きな四本足と背中に生えた大きな翼。長い首の先にある大きな口。そして暗闇を連想する漆黒の体。その圧倒的な存在感に、僕は圧倒されていた。


 あれが、邪龍……? あんなモンスターがこの世にいるのか。

 世界が違う。次元が違う。どう考えても勝てない。邪龍を目の当たりにして、僕の心は既に折れていた。


 そして、それは僕だけじゃなかった。


「な、なんでだ……」

「目覚めるのはまだ先だったんじゃないのか?!」

「どうするんだ?! まだ準備できてないぞ!」


 鬼人達も慌てふためいている。僕と戦っていた二人も、邪龍を見て怖気づいたのか後退っている。邪龍の登場は彼らにとっても予想外のようだ。

 動揺が広がり慌てふためくなか、鬼人の一人が声を上げる。


「狼狽えるな!」


 鬼人族の族長だった。


「今までの訓練を思い出せ! 戦士達はすぐに武器を取れ! それ以外の者は何も持たずすぐに避難しろ!」


 族長が短く、大きな声で指示を出す。簡単明瞭な指示はすぐに鬼人達に伝わり、さっきまでの狼狽っぷりが嘘のように落ち着きを取り戻す。


「全ては我らの故郷のために! 全ては我らの誇りのために!」

「全ては我らの故郷のために!! 全ては我らの誇りのために!!」


 族長の鼓舞の後、鬼人達が一斉に動き出す。殺されるはずだった僕はその場に放置され、一人柵の中に取り残された。


 奇跡のような偶然で助かったが、まだ安心はできない。傷は塞がってないし、動こうとすると体に痛みが走る。弱音を吐きたくなるくらい辛かった。

 だけどこのままここにいるべきではない。あの龍から離れ、ウィスト達を助けないと……。


「けど、どうすれば……」


 牢屋の鍵は無い。あっても鬼人達の監視を掻い潜って助けるなんて、この状態じゃ不可能だ。

 打てる手が無い。一難去ってもまた新たな問題が出てきて絶望に伏せる。どうすればいいんだ……。


「やはり、ヴィックさんは見込み通りの人でしたね」


 絶望に暮れてると、シオリの声が聞こえた。彼女はいつの間にか僕の傍に来ており、うっすらとした笑みを浮かべていた。


「ユウに認められ、鬼人族から生き延びるほどのしぶとさを持っている。あなたに賭けて正解でした」

「どうしてここに……」

「手伝いに来ました。治療しますので動かないでください」


 シオリは鞄から液体の薬を取り出すと、それを僕の傷口にぶっかける。あまりの激痛に出したくても声が出ない。魚のように口をパクパクと動かしてしまった。

 あまりにも大雑把な治療をした後、「これで大丈夫です」と言って薬が入っていた瓶を鞄に戻す。


「これで無理をしなければいずれ血は止まります。痛み止めは無いので我慢してください」

「わ、わかった……」


 痛みに我慢しながら傷口を見る。さっきよりも出血が少なくなった気がする。少なくとも失血死することは無いだろう。

 怪我を確認してから立ち上がると、「では行きましょう」とシオリが言う。


「今ならユウを助けられます。あなたのパートナーと一緒に」

「けど牢屋の鍵がない。あれが無いと……」

「今なら大丈夫です。行きましょう」


 僕の返事を待たずに、シオリは牢屋に向かう。すぐに後を追い、「大丈夫って、どういうこと?」と訊ねた。


「彼らは儀式のために準備をしていました。それは看守も同じです。いつでも捕らえていたモンスターや人を出せるように備えています。ならば鍵はその近くに置いています」

「そんな確証もなしに……」

「確証はあります」


 きっぱりとシオリは言い切った。その言葉の意味は、牢屋の近くに着くと僕も理解した。

 僕が牢屋から出たときは、建物の近くには何もなかった。だが今、建物の周りには移動式の牢屋が置かれており、その中にモンスターが入れられている。あの中に入れて村まで運ぶつもりだったのだろう。その作業がまだ終わっていなければ鍵は作業員が持っているはずだし、まだ中に誰も入っていない牢屋が残っている。おそらくまだ作業中だったってことだ。


「もしまだ作業員が中に居ればその人が鍵を持っています。もしくは鍵が残されている可能性があります。まずはそこを確認しましょう」

「分かった。じゃあすぐに―――」


 建物に入ろうとしたとき、遠くから邪龍の声が聞こえた。邪龍は僕達の方を向いており、その口元が黒く光っているように見えた。

 嫌な予感を察して足を止める。その直後、黒い光線が前をよぎった。


「―――っ!」


 大きな音を立てながら、光線が通った場所にあった物が崩れる。木、岩、建物が宙を舞い、粉々になりながら地面に落ちる。規格外の攻撃に、驚きのあまり言葉すらも出なかった。

 なんて攻撃だ。本当に次元が違う化け物じゃないか。


 声に出さずに驚いていると、シオリが建物の中に入っていく姿が見えた。


「早く!」


 吹き飛んだのは牢屋の奥の方だ。もしかしたらウィストが巻き込まれたかもしれない。それに気づくと、僕もすぐに動き出した。

 中に入ると、机の上に鍵束が置かれてあった。おそらく作業を止めて出て行ったのだろう。それを回収すると、すぐに地下へと向かった。


「ウィスト! ユウ! 無事か!」


 地下に降りると、奥の方が半壊していた。もしかしてあの光線をくらったのか。そう考えると嫌な汗が流れた。

 だがその予感は幸運にも外れた。


「ヴィックか! 生きてたのか!」

「ヴィック! 大丈夫なの!」


 二人の声が聞こえてすぐに牢屋に向かう。牢屋は奥の壁は崩れていたがそれ以外は無事だ。幸運にも反対側の壁の方に居たみたいだ。

 二人の安否を確認して、安堵の息を漏らした。


「良かった……二人とも無事なんだね」

「お前こそよく無事だったな! 死んでると思ったぜ」

「良かった……本当に、良かった……」


 ウィストが泣きそうな笑みを浮かべる。ウィストも僕と同じように安心しているようだった。心配させてしまった罪悪感と共に、また会えたことに嬉しさが込み上がる。


「すぐ助けるから、ちょっと待って……」


 僕は片っ端から鍵を鍵穴に入れる。五つ目の鍵で牢屋が開いてウィストが出てくる。

 その嬉しさのあまりか、ウィストが僕に抱き着いてきた。


「ありがとうヴィック! もう、ほんっとうに最高!」

「うぃ、ウィスト。落ちついて……」

「落ち着いてられないよ! 思った通り助けてくれたんだから! やっぱりヴィックは最高の相棒だよ!」


 感極まって咄嗟に出た言葉だとは思ってる。だけどその言葉を他の誰よりもウィストの口から聞けた。

 それが何よりも嬉しかった。


「おい! さっさとこっちも開けろ!」

「お、俺達も!」


 向かい側の牢屋のユウからだけではない。他の牢屋からも声が聞こえた。ウィスト達以外に捕まっていた冒険者達だ。


「ここから出してくれ! 鍵持ってるんだろ!」

「お願い! 私達を助けて!」

「わ、わかりました。ちょっと待っててください! ウィスト、手伝って」


 鍵のいくつかをウィストに渡して開錠を託す。「うん」と言ってウィストは他の牢屋に鍵を入れ始める。僕もすぐさま、他の牢屋の開錠に取り掛かる。


「ありがとう! 助かった!」

「あなたは命の恩人よ!」

「ったく、おせえんだよ!」


 最後のユウ以外は、牢屋から出てくる人達に感謝の言葉を投げかけられた。あの女性と同じようにそれなりの世話はされていたのだろうか、皆満足に動けている。

 そのときになって、あの女性のことを思い出した。


 先程の光線で建物の一部が崩壊した。その部分が女性のいた場所だ。ウィストのことで頭がいっぱいで気づかなかったが、思い出して途端に不安になった。


「皆さんは先に行ってください。ちょっと見てくる場所があるので」


 外に出ようとする皆にそう言い残して、女性の居た牢屋に向かう。扉があった壁は上の建物の瓦礫で埋もれている。この状況だと……。

 嫌な予感が頭によぎる。頭を振って払いのけた後、瓦礫の山を越えていく。登り切ってから見下ろし、そして深く絶望する。


 彼女が居たはずの牢屋は、瓦礫で埋まりつくされていた。


「そんな……」


 言葉が続かない。信じたくない現実を頭が拒もうとする。だが眼に映る光景がそれを許さない。

 牢屋に閉じ込められていながら、僕を労わって食事を与えてくれた。絶望の日々を過ごしながら、希望を与えてくれた。

 そんな優しい人が瓦礫の下に埋まっていた。


 己の命を守った。大切な人を助けられた。だというのに、胸に強い苦しみが残っていた。

 こうなってしまってはどうしようもない。せめてあの人を待ってる人のために遺体を運びたかったが、それも状況が許さない。彼女の死体を瓦礫の中から掘り起こして運ぼうとしたら時間がかかる。その間に邪龍が襲ってこないとは限らない。放置するしかないのか……。

 彼女に何もしてあげられない。己の無力さを痛感しつつ、その場を立ち去ろうとした。


 そのとき、視界の端で瓦礫が動いた気がした。

 気のせいだったかもしれない。僕が動いたせいだったかもしれない。だが妙に気になって動いた場所に近づいた。


 動いた箇所の瓦礫をのける。二つ三つ動かすと人の手が見えた。そしてその手が僅かに動き、声が聞こえた。


「たす、けて……」


 助けなきゃいけない。心の底からそう思った。


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