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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第三章 マイルスの冒険者

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26.邪血

 手足が全く動かなかった。それは怖気づいて体が言うことを聞かないのではなく、痛みで動かせないのではない。物理的に不可能ということだ。

 何故なら僕は、床に刺さった丸太に縛られているからだ。


「ここは拷問用の部屋だ」


 縛った僕を見下ろしながらギンが言う。


「一人をここに縛り、もう一人を牢屋に入れて仲間が拷問される様を見せつける。こうすれば拷問を受ける方だけではなく、仲間を想った共犯者が吐く可能性があるからだ。今は使う予定が無いから、ただの牢屋として使ってるがな」


 地下の廊下の奥の部屋は拷問部屋だった。部屋を見渡すと拷問用の設備や道具があるだけで鍵は一切見当たらない。


「ユウならば縄をちぎって逃げる可能性はあるが、お前にはそれができるほどの筋力は無い。一日だけだがそこで過ごしてくれ。どうだ、居心地は」

「……最悪だよ」


 ギンを相手にユウと一緒に挑んだが、あっけなく返り討ちに遭った。膂力はゼツほどは無くても僕達よりも勝っていて、更に技術と経験がありすぎるのか、連携して攻撃しても難なく対処されてしまった。その結果僕達は捕まり、ユウは牢屋に入れられ、僕は拷問部屋で縛られることになった。


「馬鹿な奴だな。あのまま大人しくしてればこんなことにならなかったのにな。お前もユウも」


 ギンは僕を見下ろしながら言う。呆れてかのような表情に、どこか侮蔑の感情が見える。


「仲間が捕まってるのを知って何もせずにいろってことなのか」

「相手を考えろ。まさか俺達相手に出し抜けると思ったのか。しかもたった二人で」

「時間が無かったんだから仕方ないだろ」

「時間が無かった、か……」


 ギンが僕に近づいて顔を殴る。脳に響くほどの強い一撃だ。少し時間をおかないと正常に思考ができない。


「誰に聞いた?」


 低い声だった。


「なに、を」

「時間が無かったって言っただろ。つまりそれはあの女がすぐに死ぬってことを知ってるってことだ。長期間監禁する可能性もあるのにだ。つまりお前は、俺達があの女をどう使うか知ってたってことだ。それに間違いはない。間もなくあの女は儀式で死ぬ。だが鬼人族以外でそれを知る者はごく一部だ」


 失言したことを今察した。あの情報はそれほどの極秘情報だったのか。


「ユウか? だがあいつは儀式があることは知っていても、その意味を知らない。てことはあの人間の女か。あいつは賢そうだったから知ってるかもな。そいつはこの近くまで来てるのか?」

「……いない。ここにはユウと二人だけで来た」

「あいつがここまでお前を案内できると思うか? 他に案内人がいるはずだ。そいつを言え」

「いない」


 ギンが再び僕の顔を殴る。さっきの一撃よりも強い。しばらく時間が経っても頭がくらくらした。


「言え」


 再びギンが拳を振るう。今度は顔だけではなく胴も殴る。何度も殴るせいで吐きそうになった。

 耐えろ。今まで何度も痛い目に遭って来た。これくらい我慢だ。


 ギンは何度も何度も殴り続ける。殴られ過ぎたせいで吐いてしまったが、それ以外では口を開かなかった。

 そうして三十発ほど耐えてると、ようやくギンが殴るのをやめた。


「弱いくせに忍耐力はあるんだな」


 ギンは少し離れた椅子に座る。僕は何とか耐えきったことに安堵して息を吐いた。


「まぁ近くに居たらじきに見つかる。見つけなくてもモンスターに襲われて死ぬ。放っておいてもいいだろう。お前らにあまり時間はかけたくないしな」

「儀式のためか」

「そうだ」


 隠すこともなくギンは言う。


「儀式は明日の夜に行う。他の連中はその準備に大忙しだ。絶対に失敗できないからな」

「何のためにするんだ。もともと鬼人族はヒトよりも力が強いんだろ。それ以上強くなって何がしたいんだ」

「力が必要だからだ。そのために手段は選ばない」

「ヒトの恨みを買ってまでか」

「……なるほど。俺達が力を欲する理由までは知らないようだな」

「どういう意味だ?」


 意味深な言葉を使うギンに問い質す。またギンは勿体ぶることなく素直に答えた。


「倒さなければいけない敵がいる。儀式を行うのはそのためだ」

「強食をしないといけないほどなのか」

「あぁ。それをしなくてはこの村だけではない。この国、下手したら世界が滅ぶからだ」


 規模の大きさに、思わず口を閉ざしてしまった。

 世界が滅ぶ? なんだそれは。そんなことができるものがいるのか?


 僕が何も言わずにいたが、ギンはかまわず話し続ける。


「《邪龍》。名前くらいは聞いたことはあるだろう。かつてこの大陸を混沌に導いたモンスターだ」


 つい先日、聞いたモンスターの名前だ。たしか龍の特異個体だという話だ。


「全てのモンスターの頂点に立つ生物である龍族。様々な形態の龍族がいるが、邪龍はその中でも最も厄介な飛竜種。鬼人族でも倒せる者は少ない」

「けど倒せた人はいたんだろ」

「普通の龍ならな。だが邪龍は普通じゃない。異常だ。強さ以上にその特性が厄介で、その力で世界に災厄をもたらした」


 モンスターの中には、ヒトにはない特異な力を持つ種族がいる。火を噴いたり、冷気を纏ったり、音を消したり、物を腐らせたりする。以前遭遇したケルベロスもその一種だ。邪龍もそういった特殊な力を持っているらしい。


「その邪龍がこの村の近くにいる。幸い今は眠りについているが、いつ目覚めるか分からない。その前に力をつけて奴を討伐する戦力が必要であり、そのための強食だ」

「わざわざ強食をしなくてもいい。助けを求めればいいじゃないか。邪龍が相手なら、僕達だって協力できる」

「お前らは信用できない」


 きっぱりと、ギンはそう言い切った。


「我々はヒトと似ている。だから昔はそれなりに交流があった。人間ために手を貸したことがあった。だがお前らは裏切り、その好意を無下にした」

「だから自分達で解決しようってことか」

「信頼できない相手に背中は預けられない。当然のことだ」


 ヒトに対する憎しみ。それが今回の、いやこれまでの鬼人族の所業の原因だった。


 ヒトは信用できない。だが利用はできる。だからウィストや冒険者達を攫った。


「俺達が信頼しているのは同族だけだ。お前らの手助けなぞいらん」

「だったら何でユウをあんな目に遭わせた。同族じゃないのか」


 ギンがすっと目を細めた。


「あいつは黒鬼だ。だから外に出すわけにはいかなかった」

「見た目が少し違うだけだろ。それだけで迫害するのか」

「違う。見た目の問題じゃない。血の問題だ」

「血?」

「黒鬼の体には《邪血》と呼ばれる血が流れている。大昔、呪いに蝕まれた者からできたと言われている。ヤマビでは呪いに使われていたそうだ。その由来から不吉な存在として邪血持ちは嫌われていたが昔の話だ。ユウの前にも黒鬼はいたが、そいつらは他の鬼人と同等の生活を送っていた」

「ユウには何故そうさせなかった」

「邪龍は邪血を好む。あいつにユウの存在が感づかれたら、すぐに目を覚ましてここに来る。だから奴を退治するまであいつは牢屋に閉じ込めることになった。なかには不吉だから閉じ込められたと思ってる奴がいたがな」


 ギンの言葉に、僕は何も言えなくなった。ユウを閉じ込めていた理由が、まさかそんなことだとは思わなかったからだ。てっきり謂われない差別を受けていたと思っていたが、その逆だったなんて……。


「あいつが逃げ出したのはちょうど良かった。ここから離れたら邪龍を気にしなくても済むからな。戻ってきてしまっては、事が終わるまでは閉じ込めておくしかないがな」


 少なくともユウの身の安全は確保されているようだ。言葉通り、同族には優しいようだ。

 その事実に安堵していたが、「よく安心していられるな」と言われる。


「お前とその相方の命が明日までだというのに」

「……僕も食われるのか」


 一切の逃げ場がない状況。今までとは違う死の予感があった。これまではなんだかんだで生き延びてきたが、さすがに今回ばかりはどうしようもないという諦めにも近い感情があった。

 不安を隠せずに問うと、ギンはふっと笑った。


「強食は獲物が強いほど効果が高い。いくら力が必要とはいえ、お前を食うほど切羽詰まってはいない」

「じゃあ何を……」


 ギンの眼を見て寒気がした。嗜虐心の混じった眼だった。


「俺達の未来のための糧になってもらう。強食とは違う、別の形でな」


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