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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第三章 マイルスの冒険者

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23.鬼人の力

「まさか来るとは思わなかったぜ」


 大股で歩きながら、ゼツは近づいて来る。堂々とした歩みから、全く臆していないのが窺える。こいつは僕達を敵として見ていない。


「せっかく生き延びたというのにわざわざ死にに来るなんてな。人間ってのは馬鹿な生き物だな」

「仲間を助ける行為のどこが馬鹿な行為なんだ」

「それをしていいのは強者だけなんだよ」


 一歩の距離を置いて、ゼツが止まる。


「強くなければ何もできない。弱者はすべて奪われる。それが自然の摂理だ。お前ら人間も、自分達より弱い生物を餌にして生きてるだろ? それと同じだ」

「その通りだな!」


 ユウが跳びかかりながらメイスを振り下ろす。二つのメイスがほぼ同時にゼツの体を襲うが、ゼツは両腕の手甲でそれを防ぐ。

 ユウの力は見た目以上に強い。大柄の男性並みの筋力だ。小柄な体格に油断していると、想像以上の衝撃に取り乱すはずだ。


 だがゼツは、ユウの攻撃を受けても全く動揺していなかった。


「ほぅ。まぁまぁだな」


 余裕な表情で、ゼツが両腕を振り払う。ユウは一旦距離を取り、僕の横に着地する。


「その体格にしちゃ悪くねぇな。せっかくだ。お前も俺らの餌に……」


 ゼツはじっとユウの顔を見た後、顔を伏せて肩を震わせる。そしてじきに、「くくくっ」と小刻みな笑い声が聞こえ始めた。


「あっはっはっはっは! 何で帰って来てんだよ。バカじゃねぇのお前」


 顔を上げて愉快な笑い声をあげる。建物全体に響く程の大声だ。心の底から笑ってる。だがその感情は嘲笑だった。


「なにがおかしい!」


 ユウの激昂にもかまわず、ゼツは笑い続ける。腹を抱え、ユウを見下すような眼をしながらひたすら笑う。対してユウは、こめかみに青筋を浮かばせていた。

 ひとしきり笑った後、ゼツはひぃひぃと苦しそうに呼吸をしながら涙を拭いた。


「いやー、こんなに笑ったの久々だ。お前、人を笑わせる才能あるぜ。いや笑われる才能だな。今度から道化師として働けよ。毎日見に行ってやるぜ」

「死ね!」


 ユウが再び殴りかかる。素早いメイスの連打。凄まじい猛攻だ。僕だったら受けきれないだろう。

 だがゼツはその猛攻を難なくと受け止める。


「おうおう、元気な奴だなぁ。無駄だというのにな」


 ゼツが左腕を盾にしながら右手を引く。


「あぶない!」


 注意の声を上げた直後、ゼツの右拳がユウに向かう。攻撃に夢中だったせいか、ユウはそれをもろに腹部に受ける。体重差か筋力差か、ユウはあっけなく吹っ飛ばされた。

 壁まで飛ばされそうになるところを、体を張って受け止める。その威力に押され、僕も一緒になって床に倒れてしまった。


「ユウ! 大丈夫か?!」

「う、うるぜぇ……ごほっ、がはっ」


 強気に振る舞おうとしているが、苦しそうに咳き込む姿から尋常じゃないダメージを受けているのが窺える。

 鬼人族の特徴と体格から覚悟はしていたが、これほどの力なのか。もしかしたらアランさん並みか、それ以上かもしれない。


「たった一撃でこの有様か。やっぱお前はゴミカスだな」

「んだとぉ―――ぐっ……」


 ユウは起きようとするが、体に力が入らないらしくなかなか起き上がれない。


「何怒ってんだ。ホントのことだろうが」


 ゼツは「はっ」と嘲笑い、ユウを見下す。


「村に災いをもたらす黒鬼。殺処分も出来ねぇから仕方なく生かされているだけのただ飯暮らし。村の何の役にも立たないどころか迷惑をかける奴のことをゴミカス以外のなんて言えば良いんだ」


 ゼツのその眼はよく知っていた。

 こいつは下だ。こいつには何をしても良い。立場が下の弱者に向けられる、無情で暴力的な侮蔑の眼だった。


「だからせっかく俺が役目をくれてやったのに逃げやがって。ストレス解消用のサンドバッグ。丁度良い代わりが見つからねぇからストレス溜まっちまってるんだよ」


 何度も何度も向けられてきた、大嫌いな眼。それがユウにも向けられている。


 ユウのことは好きではない。どちらかと言えば苦手な相手だ。


 だが―――、


「だからまた戻って来いよ。俺のストレス解消のためにな」

「黙れ」


 こいつの方がもっと嫌いだった。


「あ? なんて言ったお前」


 ゼツの眼に怒りが宿る。だがそんなもの、知った事じゃない。


「黙れと言ったんだ、木偶の坊」


 体の熱がぐつぐつと、煮えたぎるように上昇する。剣を握る手に力が入る。

 怒りを操れ。無駄な力を体に入れたら流れが淀む。体ではなく言葉に注げ。


「他人よりもでかいだけのくせに偉そうにするな。そのでかい頭にも脳みそが入ってんだろ。それともその半分も入ってないのか」


 ゼツの視線は完全に僕の方に向いている。その眼にはもはや侮蔑の感情は無い。

 純度十割の憤怒のみ。


「ユウがサンドバックだって? 今日からその役目はお前がやれよ。その無駄にでかい体を使ってさ」


 ゼツは無言のまま一歩踏み込む。それと同時に見えた。

 命を繋げる黒い靄が。


 ゼツの右拳が迫る。即時に盾を構えて受け流す。衝撃は無い。靄が現れたお陰でタイミングは完璧だった。

 それでもゼツの拳には戦慄する。ヒトよりも少し体が大きいだけなのに、モンスター並みの筋力。ユウは生きていたが、僕が喰らえば果たしてどうなるか。一瞬たりとも気は抜けなかった。


 再びゼツの拳が飛んでくる。黒い靄がまた見える。そのタイミングで盾で拳を受け流す。衝撃はほとんど無い。

 ゼツは強い。だが似たようなタイプであるアランさんに比べれば動きは荒い。アランさんには力に加え、技と経験があった。ゼツの方が動きは速いかもしれないが、追いつけないほどではない。いわばこいつは、知能がとても高い人型モンスターだ。


 鍛えられた力と戦ってきた相手との経験。そして久々に出現した黒い靄。これらが合わされば、鬼人とも戦える。

 ウィストと戦うために培ってきた力を、ここで発揮するんだ。


「小賢しいんだよお!」


 ゼツの攻撃が速くなる。同時に更に動きが荒くなる。さっきよりも動作は小さくなっているが、単純で読みやすい軌道だ。これならまだ耐えられる。あとはどこで反撃するかだ。

 雨のような連打に反撃を挟む余地が無い。やり返そうとしようものなら、逆にその隙を突かれてやられてしまう。ここは待つべきだ。いずれ疲れが出て攻撃を休む時が来る。そこを狙うんだ。


 連打、連打、連打。絶え間ない攻撃が続く。盾で必死に受け流し続けるものの、衝撃を流し切れないものも増えてくる。まだ、まだ、まだだ。耐えろ、耐えろ。


 いつまでだ?


 休むことない連打に疑念が浮かぶ。ゼツの方が運動量は圧倒的に多く、疲労が溜まりやすいはずだ。いずれどこかで攻撃の手が止まる。そのときに反撃するつもりだった。

 だが攻撃の手が全く休まらない。止まる気配も全くない。ヒトよりも力が強いと聞いていたが、体力も僕の想定以上に優れているのか。それともこのゼツが特別なのか。


 どちらにせよ、このままではまずい。消耗は僕の方が少ないとはいえ、このまま防ぎきれるだろうか。先に僕の方が集中力が切れてミスが出るのではないか。

 攻めるか? それともこのままゼツの体力が尽きるのを待つか?


 前に出るか、否か。時間をかけ過ぎれば他の鬼人が異変を察して来るかもしれない。そうなれば勝ち目はない。

 ならばやることは一つだ。意を決して、ゼツの攻撃を一つ受け流してから前に出る。


 その瞬間、ゼツの笑みが視界に映った。


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