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8.友達のために

 後を継ぐということは、意外と大変だそうだ。

 知識や技術を学び、さらに人脈も引き継ぎ、そのうえ周囲からの信頼も得る必要がある。人によっては後継ぎを狙う競争相手もいて、勝とうと思ったら休む暇すらないと言う話だ。


 そのなかでも、ミラさんは比較的マシな環境だったらしい。

 要領がよくて素質もあったため、唯一の競争相手の妹はやる気なし。故に、早々に後継ぎとして認められていた。

 カイトさんも早い段階で後継者に選ばれていた。三男だが、色々とあって決まったらしい。


 しかし、ラトナとベルクの環境は過酷だった。


 ラトナの競争相手は実の兄。しかもウィストみたいに天才と呼ばれるほどの人物。直接会話したミラさんが言うには、別世界に住んでるみたいというほどだ。

 同世代どころかベテランの医師よりも優れた天才医師。ラトナはそんな相手と比べられ続けた。


 僕がウィストに抱いた感情と同じだ。ラトナをそれを感じ続けていた。物心ついたときから、ずっと。……考えただけでもぞっとする。

 天才に追いつくことなんて容易ではない。だというのに、両親は決してラトナを認めなかった。時には罵倒することもあったそうだ。見たこともない相手に、僕は無性に腹が立った。


 そしてベルクの環境は、ラトナのそれよりも過酷だった。

 ベルクの親は、国内最高の鍛冶職人。ディルアンに店を構えており、全国各地から装備を作ってもらおうとする客が連日押し寄せるほどだった。雇っている従業員と弟子の数も多く、後継者に選ばれるには、彼らよりも勝る必要があった。そして、その条件は他の弟子達も同じだった。

 弟子の数はベルクの弟を含めて百人余りで、みな技術が高くやる気もある。そんな彼らを相手に勝利するのは至難の業であった。


 だがそんな条件のせいか、職場の環境は険悪だったらしい。

 弟子は腕を磨くことに専念し、雑事を後回しにして従業員を困らせることが多かった。しかも他の弟子の足を引っ張り、客に迷惑をかけ、接客する従業員がクレームを受けることもあった。そんなことが常態化していたため、雰囲気は最悪だった。


 ベルクはそんな環境に危機感を持っていた。従業員と弟子の職人達が円滑に仕事を進められるように取り計らった。弟子や従業員の仕事を手伝ったりして、良い雰囲気を作ろうとした。

 その振る舞いにより、ベルクの従業員や客からの評判は良かった。彼らはベルクの優しさと気遣いを評価していたためだ。


 しかし、弟子達からの評価は最悪だった。その理由が、ベルクの腕前にある。

 ベルクの鍛冶の腕は良くない。小さな町程度の鍛冶屋ならともかく、国内一の鍛冶屋に勤めるには力不足であり、弟子達の中では一番技術力が無かった。また他人の手伝いをしていることもあって、自分の修行の時間が取れず、技術がなかなか身につかないという背景もあった。


 その評価が弟子達の周知の事実であったため、ベルクの振る舞いは別の意味で捉えられた。

 技術の向上を放棄し、卑怯な手で後継ぎになろうとしている、と。


 当然、ベルクはそんなつもりはなかった。あくまで職場の環境を良くしようとしていただけで、他意はなかった。だがその真意を知らない者、または疑っている者からしたら、そう見えただけという話だった。


 職人は自身の腕に誇りを持っている。しかも国内一の鍛冶職人の下で働く彼らのプライドは、人一倍高い。そして彼らは後継者になるために、他人を蹴落とす機会を常に窺っている。さらにベルクが師匠の長男だったこともあり、情が移るかもしれない可能性を考慮され、密かに危険視されていた。


 故に、いがみ合っていた彼らが結束することは、難しくなかった。

 そのときから、ベルクの環境はさらに過酷になったそうだ。当時の様子を見たミラさんが、憤怒するほどに。


 そして、その環境に耐え切れなくなったベルクは、前々から興味を持っていた冒険者になることを決めたということだ。

 ラトナは兄と比べられる生活に嫌気を差して、カイトさんは家業を継ぐことに抵抗があり、ベルクについて行くことになった。


 ナイルさんの発言は、そのベルクの行動だけを知っていたことによるものだった。表面上の事実だけを知り、あの人の目線で解釈すれば、あの発言をした理由が少しだけ、ほんの少しだけは理解できる。

 納得はしないけど。決して。


 ちなみにミラさんがついて行った理由は、単に三人のことが心配だからということで、親には適当な嘘をついて家出したそうだ。


 家出の後、行先を決めたのはミラさんだった。人口が少ない街に行けば、親に見つかって連れ戻される可能性がある。だから人口が一番多く、親にばれずに家を借りられる伝手がある王都マイルスに決めたということだった。


 しかし、


「けど、一年で見つかるなんてねー……」


 一通りの説明をしたミラさんは、気怠そうな顔を見せた。


「親の使いが昨日家に来て、『明日顔を見せに来い』って言うんだもの。一人で行ったらそのまま連れ戻されるかもしれないし、かといってベルク達には護衛を頼めない。だからあんたに頼むしかなかったのよ。何度も言うけど、今日のことは秘密にしなさいよ」

「何で知らせないんですか? 教えたら協力してくれますよ」

「……ダメよ」

「なんでですか?」


 ミラさんは少し間を溜めてから答えた。


「確かに伝えたらみんな協力してくれるわ。けど同時に心配事も増える。特にベルクはプレッシャーを感じちゃうわ。あぁ見えて繊細な性格だから」


 ミラさんに言われて思い出した。

 ベルクは体が大きくて顔もごつい。一見、細かいことを気にしない豪快な男に見える。実際、ベルクの振る舞いは見た目通りのもので、僕も最初はそう思っていた。


 だけど初めて会話をしたとき、外見とは裏腹に、劣等感を抱いていることを知った。僕がベルクと仲良くなったのは、それが切っ掛けだった。

 僕が欲していた大きな体と仲間を持っているのに、僕とベルクはどこか似ている。そこに親近感を抱いたからだ。


「ベルクは他人と競うことや勝負事、つまりプレッシャーがかかる場面には弱いのよ。だから教えられない。話したら責任を感じて、これからの活動に支障が出るわ。だからあんたも言わないでよ」

「分かりました。けどこのままで大丈夫なんですか?」

「……さぁね。分かんないわ」


 ミラさんが「けど」と継ぎ足す。


「何とかするわ。私はそのためにいるんだから」


 強い言葉を放ちつつも、ミラさんの顔から弱々しい気が感じ取れた。

 意地を張る彼女に何と言えばいいのか分からなかった。




「用事ってのは宴会か何かだったのか?」


 ミラさんを家に送ったとき、ベルクが出迎えてくれた。ベルクはさっぱりした私服に着替えている。冒険からとっくに帰ってきていたようだ。


「……似たようなものかな」


 泥酔して寝ているミラさんに代わって答えた。


「ったく、お前らに手伝わせて自分だけ寝るなんてなぁ……文句の一つくらい言ったか?」

「あー、うん。問題ないよ」

「うん。そうですね。大丈夫です」


 一緒に来たフィネも答える。ベルクは「そうか」と納得した。


 いつかの日と同じように、ミラさんをベルクに渡す。軽々とミラさんを持ち上げたベルクは、「せっかくだから入れよ。茶ぁ出すぞ」と誘ってくれた。

 だけど、僕らはそれを断った。


「ありがとう。けど遠慮するよ。明日も早いから」

「わたしもです。また次の機会にでもご馳走してください」

「……まぁ、そういうことなら引き止めねぇがな……またな」


 ベルクが扉を閉めようとする。その直前に「ベルク」と呼び止めた。


「なんだ?」

「あ、えっと……」


 何を言おうとしたか忘れてしまった。……いや、何も考えてなかったけど呼び止めてしまった。


「……おやすみ」


 ベルクは「ふっ」と笑った。


「おう」


 ベルクが扉を閉め、家の奥にミラさんを運んでいく。階段を上る音が僅かに聞こえる。音が聞こえなくなった後、僕とフィネはベルク達の家から離れた。


「さっき、なんて言おうとしてたんですか?」


 歩きながら、フィネに尋ねられた。


「……わかんない」

「そうですか……」

「フィネだったらどうする?」

「……分かりません。ミラさんにも釘を刺されてますし、考えないようにしてました」

「本当に考えなかったの?」

「……ちょっとだけです。けど何にも思いつかなかったので同じです」

「そっか……」


 通路を進む僕らの周囲には、楽しそうに会話する人々や、何人もの客が入った店がある。いつもなら、そこからの声や音がうるさいほど耳に届いている。だけど今は、いつもより音が小さい。

 その原因ははっきりしている。


「なんとかできないかなー……」


 十年以上、僕は自分のことしか考えていなかった。

 どうすれば怒られないか、叱られずに済むか、他人のことを考える余裕のない生活を送っていたからだ。


 こうして他人のことを考えるようになったのはごく最近だ。だから問題事の解決方法が思いつかない。

 奴隷の様な生活を送っていた弊害が、未だに僕を悩ませている。


「なんとかしたいなぁ」


 だけど、考えることはやめられない。

 初めてできた友人と、その仲間達のことなのだ。

 力になりたい。その想いしかなかった。

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