20.変化
「まさか鬼人以外でここから来る奴がいるとは思わなかったよ」
僕とシオリを見下ろしながらルベイガンが言う。その声と姿はソランさんと一緒にいた個体と同じものであり、マイルスで出会ったルベイガンであった。
なぜこんなところにいるのか、なぜソランさんと一緒に居たのか、なぜ助けてくれたのか。聞きたいことがいろいろとあった。だがそれを聞く前に、ユウが動き出していた。
ユウがメイスを両手に持って跳びかかる。二つのメイスはルベイガンの脳天に振り下ろされようとしたが、ルベイガンが素早く下がって回避する。そしてすぐに突進してユウを吹き飛ばそうとする。ユウはメイスを交差させて受け止め、少し後退しただけで耐えきった。
「んがぁ!」
ユウはルベイガンを押し返し、即座に距離を詰めて右手のメイスを振り下ろす。ルベイガンはそれを頭で受け止め、追撃で来る左手のメイスを頭突きで迎え撃つ。左手のメイスが弾かれてユウの手から離れる。その隙を狙い、ルベイガンがユウに突進する。今度はユウは体で受けたが、勢いに押されて大きく後方に吹き飛ばされた。
「ユウ! 待つんだ!」
立ち上がって再び立ち向かおうとするユウを呼び止める。だがユウは僕の声を無視してルベイガンに向かって前進する。僕は盾だけを持ってユウの前に立ち塞がった。
「止まれ、ユウ!」
「うるせぇ!」
ユウが躊躇うことなくメイスを振り下ろす。それを盾で防ぐと右手でユウの体を捕まえた。
「邪魔するな! どけ!」
「落ち着け! こいつは敵じゃない!」
「何でんなこと言えんだ!」
ユウの疑問は最もだ。モンスターが現れたら敵と見做すのはごく普通のことだ。しかも相手は明らかな格上。怯んでいたら何もできずにやられてしまう。それを瞬時に判断して立ち向かえるのは逆に凄い。
しかし、この状況に限れば戦う必要はない。
「こいつが敵なら僕達はもう死んでいるからだ」
もし敵なら僕達は助けられなかったし、ルベイガンが本気ならばユウは今頃倒されている。だというのに僕達は五体満足であり、今も僕達は隙だらけなのに何もしかけてこない。敵対心があるとは考えづらい。
ヒトと協力的なモンスターはそうそういない。だがこいつはソランさんと協力している風だった。もしかしたら味方の可能性もあった。
「こいつはソランさんと協力的だった。味方かもしれない。味方と戦って無駄に力を消耗したくない。ここで怪我でもしたらユウの目的も果たせないかもしれないぞ」
「オレ様は怪我なんかしねぇ! あいつらもぶっ飛ばす! どけ!」
全く僕の話を聞く気が無い。人の話を聞かない性格だと知っていたがここまでとは。
どう説得するかと考えてると、「ユウ」とシオリが呼びかける。
「ここで戦えば鬼人に見つかります。そうなればヴィックさんとの約束を果たせなくなります」
「っ……!」
「約束を破るのですか?」
ユウが険しい表情を見せた後、力が徐々に弱まっていく。そしてメイスを下すと「ちっ」と舌打ちをして僕から離れ、弾き飛ばされたメイスを取りに行った。
ひとまず問題は落ち着いた。僕はルベイガンの方を向きなおる。
「以前会ったことがありますよね」
念のために質問をすると、ルベイガンは素直に「うむ」と肯定する。
「マイルスでもそこの森でも会ったな」
「ソランさんと協力してるんですか?」
「そうだな。ちょうど貴様と会ったあの日からだ」
このルベイガンとは、ドグラフ討伐作戦の時に会った。つまり一年以上前から協力していたということか。
何故だ? ヒトの言葉を喋れるとはいえ、最も僕達人間に被害を与えているモンスターと何で協力しているんだ?
「何のためにですか?」
浮かんだ疑問をそのまま口にする。ルベイガンは短く唸り声を上げてから答える。
「それは答えられん。あいつに口止めされてるからな。協力していることは言って良いがその理由は言うなとな」
不可解な条件だ。モンスターと協力していることなんてばれたら一大事なのに、それを口止めしていない。それでもやむを得ない理由があるのならばともかくそれを言わせないなんて、あの人はいったい何を考えているんだ。
「そんなことよりも、貴様にはすべきことがあるだろ」
ルベイガンが僕に近づいて来る。心なしか、双眸に力が入っているように見えた。
「……なんですか?」
「さっきの粗暴に対する詫びだ」
ルベイガンが一瞬ユウに視線を向ける。先ほどのユウの不始末の責任を取れと言っているのだ。ユウの性格上、そんなことはしそうにない。だから僕にしろと言っているのだ。
「あの、ユウのことでしたら私が―――」
「吾輩はお前に興味が無い。黙ってろ」
シオリはユウの保護者という立場だが、ルベイガンはそんなことはどうでもいいと言う。
初めて遭遇した時もそうだったが、このルベイガンは僕に関心を抱いている。よく分からないが、それでシオリが危険を回避できるのならば良しとしよう。シオリは僕と違ってか弱い。出来るだけ負担は減らしてあげたかった。
「分かった。何をすればいい」
「まあ待て。少し準備する」
「準備?」
何をするのかと身構えていると、ルベイガンの体が小さくなり始める。同時に体毛が減り、体型も変化する。
そして十秒も経つ頃には、街中でよく見かける見た目になっていた。
「うむ。久々だが上手くできたの」
目の前には、高身長の赤髪の女性が立っていた。しかも全裸で。
「な、な、……」
同様のあまり言葉が出ない。いきなりモンスターの姿が変わった事。しかもそれが人型モンスターとは違い、ヒトと全く見分けがつかないほどの姿になった事。しかもなぜか全裸だった事。
そんな僕の動揺を意に介さず、さっきまでルベイガンだった女性が僕の体を掴む。
「まぁ落ち着け。この姿になるのは今だけだ。終わったら戻ってやる」
「な、なにをするんですか?」
「なぁに、ちょっとだけだ。ちょっと貴様の血を飲むだけだ」
「ち、血を?! っ……!」
僕の返事を待たずに、ルベイガンが僕の首元に噛みつく。そこから出血し、血を吸われる感覚があった。
身体の中から血が吸い出される。奇妙な感覚に怖気が立ち、その場から逃げ出したくなる。だがに強い力で捕まえられているうえ、なぜか体から徐々に力が抜け始めているため振りほどくことができない。
ちょっとだけと言っていたから大丈夫なはずだ。何もできないことに諦めの境地に至り、早く終わることを願いだす。
直後、急に体の中が熱くなった。
全身に異質な何かが巡る。視界が急に暗転したかのように暗くなるが、自分のものではないかのような力が身体中にみなぎる。まるで、別人になったかのような感覚だ。
ルベイガンの体を力いっぱい押し返す。さっきまでビクともしなかったのに、今度はやけにあっさりと押し飛ばせた。
そのことにルベイガンは眼を大きく見開いたが、すぐに得心したかのように笑みを浮かべる。
「なるほどなぁ。貴様……」
ルベイガンが何か言おうとしている。だが急に意識も朦朧とし始めたせいで、何を言ったのかすべて聞き取れなかった。
「運が―――なぁ」




