19.強食
「よく分かんねぇけどよ、あいつらは知ってるらしいんだ。強食が発動する条件をよ」
見つけた洞窟で休んでいると、ユウが話し出した。すでに辺りは真っ暗になっていて、明かりは焚火だけになっている。シオリは疲れたこともあり、すでに眠りについていた。
「牢屋に居ても見張り共の話し声は聞こえた。そのためにいろんな奴らを集めていたみたいだ。特に強い奴らを狙ってたな」
話しながらもユウは洞窟の外に目を向けている。ガサツな性格だが、こういうときは冒険者らしい。
「数年か数十年か、そんぐらいの間隔で強食ができる条件が揃うらしい。で、強い奴を食えばさらに強くなれるって聞いたな。あの女を狙ったのもそれが理由だな」
僕を捕えず、ウィストだけを狙ったのはそういうことらしい。そう考えれば、色々と納得できることがある。
シロギダンジョンで多くの冒険者が帰ってこなかったのは、鬼人族が捕まえていたせいであり、その理由はシロギダンジョンの深部まで進めるほどの強い冒険者達だったからだ。深部に進んだ段階では、それなりに体力を消耗している。そこで大勢の鬼人族の襲撃されたら勝てないのも仕方がない。……逆に帰って来れたという冒険者が凄すぎる。
「だが捕まってくれて助かったぜ。お陰であいつの御守り係が来てくれたんだからな」
「ユウは何しに村に戻るんだ? ユウにすればあまり良い思い出のない場所でしょ。何が目的なの」
「あ。んなもん決まってんだろ」
ユウはガンと壁を叩く。
「後悔させてやんだよ。暴れまわってあいつらの企みを台無しにしてやるんだ。オレ様をあんな目にあわせた奴らに復讐してやるんだ」
鬼気迫る表情で怒りを露わにする。失望感しかなかった僕と違い、ユウは恨みを忘れていない。
一年以上経っても恨みを忘れられない。その復讐心に、少しばかりの恐怖と憐れみを覚えた。
「あいつらが捕まえた奴らを片っ端から解放してやる。そこで慌てふためいてるところで、適当な奴らをぶっ飛ばしてやる。お前らはその間に逃げればいい」
そうしてユウは凶悪な笑みを浮かべる。
「どうだ? お前は何の苦労もせずに相方を助けられるんだ。オレ様もシオリを気にせずに暴れられる。リンリンってやつだ」
「ウィンウィンだよ。まぁたしかにありがたい話だよ」
鬼人族はウィストだけではなく多くの冒険者を襲って捕まえた。そんな奴らを気にかける必要はない。襲うだけ襲ってやり返すななんて虫のいい話だ。今頃ソランさんを筆頭として編成された部隊が彼らの下に向かっている。今までとは違い十分な戦力を用意している。鬼人族に尋常じゃない被害が出るだろう。
疑問なのは、それを鬼人族が予期していなかったのかということだ。
いくら鬼人族が強くても、多くの腕利きの冒険者と戦えばただでは済まない。冒険者達を襲えば、そのような事態に陥ることは予測できたはずだ。なのに何故、こんなことをしでかしたのか。
「鬼人族は何で誘拐なんてしたんだろう。そんなに強くなりたかったのかな」
「当然だろ。強けりゃ何でもできるんだ。ムカつく奴を好きなだけぶっ飛ばしても誰も逆らわない。誰にも縛られねぇ最高な世界じゃねぇか」
「当然、か」
僕も強さを欲した。力が無いことで多くの人達に迷惑をかけ、辛い目に遭って来た。弱くて良い事なんて何もなかった。ユウと似たような待遇だったこともあり、その主張を否定できない。
しかし、全員がその思想なのだろうか。少人数のグループでも全員の意見が同じであることは少ない。鬼人族の村がどの程度の規模かは知らないが、一つの組織の人間達が全員同じ考えだとは少し考えづらい。反対意見を持つ者も少なからずいるはずだ。
その人達は反対しなかったのだろうか。危険を冒してまで強さを求めようとする姿勢を。もし仕方なく従っているだけならば、利用できるかもしれない。
「鬼人族ってどんな人達なの? 見た目とか、性格とか」
「見た目は角以外は人間と変わらねぇよ。性格もだ。ずっと牢屋に居たからあんまり会ってねぇけどな。だが―――」
ユウの口からぎりっと歯が軋む音が聞こえた。
「ゼツって奴はクソ野郎だ。あいつはぜってぇ殺す」
強い殺意が言葉だけじゃなく表情からも伝わって来る。何が何でも実行するという強い意志がユウにはあった。
ゼツという名前は、僕達を襲った鬼の一人だ。姿も声も覚えてる。あの鬼がいったい何をしたのだろうか。気になるが聞いて良いものなのかという遠慮もあった。
「……村にはどれくらいで着くの」
結局遠慮してしまい、別のことを聞いてしまう。ひどい目に遭っていたのだ。そういうことを話したがらないだろうと勝手に考えていた。
「着いた頃には終わっていたなんて事になってたら意味が無い。出来るだけ早く着きたい。今のペースで大丈夫なの?」
ソランさんは部隊を編成していたため、僕達の方が先にエルガルドを発った。しかし体力のないシオリのペースに合わせているため歩みは遅い。そのことがあって、間に合うのかという焦りがあった。
「この調子なら明日の夜には着く。夜に間に合えば大丈夫だとよ」
「なんで?」
「シオリが言うには、あいつらは夜に強食をするらしいからな。それに何人かまとめて喰うらしいから、その準備に時間もかかる。だから明日に着けば間に合うってよ」
「……そっか」
ホッとして安堵の息を吐く。少なくとも最悪の事態は避けられそうだった。
ならば後は助け出す方法だ。ウィストが囚われている場所を見つけ出し、そこから脱出させる手段を考え、早急に実行する。それができれば助けられるはずだ。無茶かと思った作戦だったが、少し実現実が帯びてきていた。
「けど明日に着くんだ。そんなに遠くないんだね」
「近道を使うからな。鬼人族しか知らねぇ道だ。お前を連れて来たのはそこを通るためだってよ」
「なんで?」
「さぁな。意味わかんねぇ理由だったな」
ユウは不思議そうな顔をして言った。
「崖を上るだけの道なのによ、一人じゃ無理だっていうんだぜ。変な奴だよな」
「ではヴィックさん。お願いしますね」
翌日になって、シオリ達が僕に協力した理由を理解した。出発してしばらくして断崖絶壁な道(というよりほぼ崖)を前にしたとき、シオリが僕にそう言った。ユウはシオリを気にかけず、真っ先に上っていった。
ユウは身軽に崖を上り、僕はシオリを背負って慎重に上る。崖の上の様子を見るために先に上っている必要があることは理解してるが、面倒な事を押し付けてストレスもなく上る姿を見て少しだけ苛つく。
落ち着こう。彼に悪気はない。先に上ってもらうことは必要だ。
苛立ちを抑えようと自分に言い聞かせる。心を乱せば落ちてしまう。そうなれば僕だけじゃなくシオリの身も危ない。冷静に慎重に確実に上った。
「おい。さっさとしろよな」
先に上り切ったユウが言う。怒りと一緒に息を吐きだしてからまた上る。既に十メートルは上ってる。一つの焦りが死に直結する。遅くても落ち着いて上ろう。
そうして右手の指を次のくぼみに引っ掛けると、地盤が脆かったのか壁が崩れる。右手が壁から離れて体勢が崩れ、体が壁から離れてしまう。
「っ……!」
体が宙を浮き、背中から地面に落下する。死の予感が頭をよぎり、冷や汗が滲み出る。まずい。このままでは二人とも……。
どうすればいいと解決策を考える。だがそんな妙案を考える時間すらない。
背後に絶望が近づくその瞬間、突如力の方向が下から横へと切り替わる。何かが僕達を捕まえて崖に跳び、そのまま崖を上ってく。そして崖上に到着すると、そいつが僕達を地面に下した。
それの姿を見て息を呑む。
「危ないところだったな。ヴィック」
赤い獅子のルベイガンがそこにいた。




