15.最弱の上級
朝になると雨は上がっていた。穴にはあまり水は入ってきておらず、たいして濡れずに済んだ。
「良い天気だね」
外に出たウィストが体を伸ばす。座ったまま寝たせいで僕も体を解したかった。両手を上にあげ、体を思いっきり後ろに反らす。お陰で体が少しすっきりした。
「ご飯は外で食べよっか。ずっと狭いとこに居たくないし」
「うん、そうしよっか」
バッグの中から食料を取り出す。それをウィストに渡すと適当な場所に座り食事をする。食べ終わるまでお互いに無言だった。
「ねぇヴィック」
食べ終わったとき、ウィストが声を掛けてきた。
「なに」
「身勝手なお願いなんだけどさ。あんまり気にしないでね」
「……ん」
動揺して碌な返事ができなかった。
昨日のことが未だに記憶に残っている。思い出すたびに頭がこんがらがって余計なことを考えてしまう。雑念が止まらない。
限界だったとウィストは言った。気持ちが抑えきれず、我慢できなかったと。
いろいろと精神的にまいっていたということは聞いている。二年間、思い通りにいかない日々が続いたとも聞いた。紆余曲折あったが最終的には良い結果となった僕と違い、ウィストは苦労ばかりだった。その負の積み重ねが解消しきれず、昨日のことに至ったのだろう。
「大丈夫。冒険中はそんなこと考える暇はないから、気持ちを切り替えるよ」
もしかしたらウィストは後悔しているのかもしれない。想いを吐露したことで、僕が動揺し関係が壊れてしまう。そしてチームが解散してしまうという最悪な未来も考えているかもしれない。
そんなことにはなりたくない。気持ちを切り替え、冒険に集中しよう。
「さぁ、楽しい冒険の再開だ!」
声を張って気を昂らせる。大声を出したおかげで少しだけ思考を冒険に向けることに成功する。
その振る舞いに、ウィストはクスっと笑った。
「うん。そうだね」
その笑顔に少し安心する。だが、無理な空元気は冒険には余計だった。
無駄なことに気が散って躓きそうになる。気を紛らわせようと会話をしたせいでモンスターに見つかる。余計な力が入って戦闘で怪我をしそうになる。散々な結果だった。
足を引っ張りまくりで申し訳なくなる。未だに昨日のことを引きずっていて集中できない。それを悟られたのか、「そろそろ休もっか」と提案された。
「今の状態じゃ危ないでしょ」
否定できなかった。集中力が散漫している今の状態では大怪我をする危険性がある。一旦休んでまた気持ちを切り替え直そう。
僕は素直にウィストの提案を承諾した。適当な場所に座り、道中で採った赤い果物を齧る。甘味が口に広がって頬が緩んだ。
「美味しいね」
「うん。ここの果物は新鮮で良い」
「こういうの冒険者の特権だよね」
ウィストも美味しそうに果物を食べている。齧るたびに幸せそうな笑みを浮かべ、歓喜の声が漏れている。
最初の冒険の時と一緒だ。ウィストはどんなところでも楽しそうに冒険する。その笑顔を見てると、どんな場所に居ても一緒に前向きになってしまう。
あの冒険があったから、その想いを知ったから……。
「ウィスト、僕は―――」
「ヴィック」
ウィストの顔から笑みが消える。直後、その真意を察する。すぐに武器を持って立ち上がり、ウィストが見つめる方向に視線を向ける。
のそっ、のそっ。ゆっくりとした足音が聞こえる。音から大型の四足歩行のモンスターと推測できる。
茂みから出てきたのは、トカゲのような体形のモンスターだった。面長で大きな口をしており、全身に鋭そうな緑色の鱗を生やす。背中を反るように上半身を上げながら長い尻尾を引きずっている。全長はおよそ五メートルはあり、頭は二メートルくらいの高さにある。シロギダンジョンに入って一番大きな個体だ。
だが、気になる点は他にある。一つは、このモンスターはこのダンジョンにはいないはずのモンスターだということだ。
モンスターの名前はリーグリー。主に沼地や川辺に生息している。シロギダンジョンにも小川はあるが、資料にはリーグリーが生息しているという情報は無かった。
二つ目。これが一番の気掛かりだ。
「あれって、首輪だよね」
目の前のリーグリーには首輪がつけられている。皮で作られたものに見え、明らかに人工物だ。少なくとも人の下で飼われていた個体だった。
今も飼育下にあるのか、それとも脱走してきたのか。気になることはあるが、その判断が着く前に、リーグリーが突進してくる。考えるのは後だ。まずはこの場をやり過ごそう。
僕は右に、ウィストは左に跳んで回避すると、リーグリーはすぐに停止してウィストに向き直る。かと思ったら体を回転させた勢いで尻尾を僕に振り回す。盾で受けるが衝撃を受けきれず、咄嗟に上に受け流す。あまりの体重差に腕に衝撃が残る。あのまま受けてたら骨が折れていたかもしれない……。
だが、お陰で目が覚めた。
リーグリーは上級モンスターだ。上級とは戦ったことはあるが、いつも誰かと一緒だった。気を抜いていては死につながる。
死と隣り合わせの緊張が、思考を真っすぐにさせる。リーグリーの情報はある。仲間にはウィストがいる。この二つの武器でリーグリーに勝つには……。
「ウィスト! こっちだ!」
リーグリーと一定の距離を保っていたウィストは、僕の声を聞くと一気に距離を詰める。リーグリーが噛みつきに行くが、それを横っ飛びで回避してから僕に向かってくる。そしてリーグリーもすぐに反転してまた突進してきた。
「上に跳べ!」
盾をウィストに向けながら叫ぶ。ウィストは一瞬驚いた顔を見せたが、意図を察したのかさらに加速した。
ウィストの後ろからはリーグリーが迫って来ている。おそらくまた突進してくるつもりだろう。その前にウィストが僕に向かって跳び、盾を踏んづけて上空に跳んだ。
僕は後ろに跳びながらリーグリーの突進を盾で受け、衝撃を和らげる。痛みはあるが致命傷ではない。そしてリーグリーは先程と同じようにその場に止まる。その場所はウィストの落下地点だった。
ウィストは落下しながら横回転する。そして逆手に持った双剣でリーグリーの頭に引っ掛けると、回転しながらリーグリーの頭、背中、尻尾に移動しながら斬りつける。リーグリーは痛みのあまりに叫び暴れる。その隙に僕は立ち上がり、リーグリーの胸に剣を突き刺した。
致命傷を受けたリーグリーは体を反らし、直後に力尽きたようにして地面に倒れ込む。ピクリとも動かなくなり、絶命を受けたことが見て取れた。
無事に倒せたことに安堵の息を吐く。二人ともたいした怪我もなく倒せれた。
しかし、
「なんかあっけなかったね」
ウィストも同じことを思っていた。
今のリーグリーは成体だった。成体ならば成長の過程でそれなりの経験や知恵を備えており、厄介な個体へとなっている。だがこのリーグリーの行動パターンは単純で、まるで戦闘慣れしていないように思えた。
そしてこういうモンスターを相手にしたことは一度ある。あれはたしか、フェイルが用意したミノタウロスと戦った時だ。つまりこいつは……。
「ウィスト、もしかしたら―――」
僕が言い終わる前に、その答えは判明した。
「やるじゃねぇか。人間」




