13.弱肉強食
「おはよー」
翌朝、テントから出て見張りをしていたウィストから挨拶を受けた。見張りは時間交代で、先に僕が行った後、ウィストと変わっていた。ウィストの様子から、特に変わったことは無さそうだった。
「おはよ。眠くない? 眠かったらちょっと仮眠をとってもいいよ」
「ううん、平気。ご飯できてるから食べる?」
「ありがと」
ウィストは昨日釣った魚を串に刺して焼いていた。それを受け取ってかぶりつく。絶妙な焼き加減で、おいしさのあまり眠気が吹き飛んだ。
食事と支度を終えた後、ダンジョンの奥に進む。朝の樹海は昨日とは違った空気が漂っていて、昨日よりも一層神秘的な印象を受ける。
だが気を抜いてはいけない。ここはモンスターが住まうダンジョンである。いつでも戦えるよう慎重に―――。
「ヴィックはさ、二年間どんなことをしてたの?」
突如、ウィストに話しかけられる。緊張していた体が僅かに弛緩する。
「どしたの、いきなり」
「ん、そういえば何をしてたか聞いてなかったなーって思って」
「鍛錬ばっかりだよ。アリスさんにしごかれながらね」
「けどそれだけじゃなかったんでしょ。ベルク達から聞いたよ。上級モンスターと戦ったり、選挙でも活躍したりしたって」
「まぁ、いろいろとあったけど……」
「そういう話聞きたいなー」
周囲からモンスターの気配は感じない。大声を出さなければ大丈夫だろう。
僕は二年間のことを語った。レーゲンダンジョンでのこと、選挙のこと、その後の鍛錬のこと。最後の一年はアリスさんだけではなく、アランさんやアルバさんからも指導を受けたので、とても大変だったが勉強になった一年だった。
ウィストは僕の話に相槌を打ち、たまに質問をしてきたりした。そして話せることを話しつくした後、「すごいね」とウィストは感想を述べた。
「とっても充実した二年だったんだね」
「充実って……前向きだなぁ。すごく大変だったんだよ」
「そう? けど色んな人と出会えて、色んなことができたんでしょ。それは良いことだと思うなー」
「……まぁ、そうかも」
困ったことが多かったが、最終的には良い方に収まった。特に傭兵ギルドの三強から指導を受けられたのは大きい。お陰で対人戦や人型モンスターに強くなれた。昔よりも知識と技術を身につけ、経験を重ねた。嫌なことはあったが、そう考えればウィストの言う通りかもしれない。
つまり、結果オーライということだ。
「出会いってさ、大事だから。良い人に出会えれば人生はきっと良い方に進めるから、その縁は大切にした方が良いと思うよ」
それはつくづく実感していた。
「うん。こうして冒険できるのもウィストのお陰だしね」
「……私、何もしてないよ」
「いや、してくれたよ」
色んな人に支えられている僕だが、その原点がウィストだ。命を助けられ、その後の目標も与えてくれた。だからこそ、ここまでこれた。
「ウィストがいなかったら今の僕はいない。だからすごく感謝してる。ありがとう」
「……そういうとこは変わってないね」
照れ臭そうに、ウィストははにかんでいた。
「今日はこの辺にしようか」
夕方になって小川を見つけると、そこでテントを立てることにした。昨日と同じように僕がテントを立て、ウィストが食料と薪を探しに行った。
そうしてお互いの作業を終わらせて食事をしているときだった。
「ヴィック」
ウィストが僕の名前を呼ぶ。その短い言葉だけで伝わった。
周囲から視線と気配を感じ取ると、傍に置いていた武器を手に取る。大型のモンスターではなさそうだが数が多い。少なくとも十は超えてそうだ。
「多分ギギ。僕が前に出るからフォローして」
「大丈夫?」
道中でギギと遭遇して戦闘になった。だからウィストもギギの動きを知っているが、この数は対応したことは無いはずだ。だが僕は、種族は違えど多数のモンスターを相手にしたことがあり、チームでの戦い方もアリスさんから指導を受けていた。
だから自信を持って頷いた。
「大丈夫。任せて」
「分かった」
火がついた薪を持ち、ギギが隠れている茂みへと投げつける。ギギが跳び避ける方向を確認し、近くの右に避けた方に接近し剣を振り下ろす。着地直後で動けなかったこともあり、ギギはまともに一撃を受けて絶命した。
その直後、三方向から別々のギギが跳びかかって来る。盾を前に出しながら前進して右から襲い掛かって来るギギを避け、前と左のギギの攻撃を盾で受ける。盾で弾き飛ばした後、追撃してくるギギの方に振り返って剣を振り払う。ギギの顔を切り裂き、二匹目を仕留める。
同時に、今度は四方からギギが襲い掛かって来る。前方と右からのギギに備えて盾を向ける。二匹のギギの攻撃を受けた後、残りの二匹に向かってウィストが飛び出る。ギギの攻撃を喰らう前に、一匹ずつ双剣で切り裂いた。
数秒間で四匹のギギを片付けた。そのことに臆したのか、僕達を包囲していたギギ達が距離を取る。僕達の動きに警戒しつつ、隙を見て襲うつもりだ。
ギギの思惑に付き合う必要はない。周囲のギギは残り七匹。ギギは俊敏だが、ドグラフよりも力は弱く連携も劣る。一人ならともかく、ウィストと一緒ならこのまま勝ち切れる。
過信にも近い自信。それが僕を前のめりする。このまま攻め切ってやろうか。
勢いのまま前進する。その直前に聞こえた茂みの音で、僕の頭は急に冷えた。
「ヴィック」
ウィストも気づく。少し離れた場所からモンスターの気配だ。しかもギギではない別のモンスターだ。
前のめりの姿勢を正して気配を探る。数は少ないがギギよりも大型のモンスターがいる。ギギも気づいたようで、そのモンスターが居そうな方向に視線を向けていた。
音がした茂みからモンスターが現れる。大きな牙を生やしている四足獣、ピング。それが三頭いる。
そしてそれだけではとどまらない。
狼の顔を持つ人型モンスター、ワーウルフが二体現れる。僕よりも二回り大きな体で、興奮しているかのように呼吸が早かった。
各モンスターは、僕だけじゃなく他のモンスターにも警戒している。こいつらは全員が僕等を狙っているわけではない。他も敵としてみなしている。
今までのダンジョンでは、僕等冒険者は敵とみなされ、ダンジョン中のモンスターが襲って来た。だがここでは僕らはダンジョンの侵入者ではなく、獲物の一人として見られていた。
弱肉強食。それがシロギダンジョンのルールだった。
だけど、
「いよいよ、この森の本領発揮かな」
ウィストと一緒なら、負ける気はしなかった。




