12.シロギダンジョン
シロギダンジョンはエルガルドの北西にある。そこは大陸を縦断するほどの長大な山脈の手前にあり、何も知らずに入れば遭難してしまうこと間違いなしと言われているほどの広大な樹海だった。
情報収集を終えた後、僕達は準備をしてすぐにシロギダンジョンに向かった。翌日にしようと思ったが、踏破するならば早くても五日はかかるらしいので、「じゃあ今から行っても変わらないよね」というウィストの提案でその日に行くことになった。
シロギダンジョンの手前に着いて目につくのは、視界のほぼ全てを埋め尽くすほどに生えている木々だった。大きくて葉が多いため、近づけば空が見えないほどだ。中には昼でも陽が入らない場所も多いだろう。そのせいか薄気味悪い雰囲気を感じ取っていた。難易度詐欺と言われるだけはある。
「よし。じゃあ行こっか」
ウィストはそんな気も知らずに進みだす。恐怖とは無縁な胆力が羨ましい。僕もすぐについて行った。
樹海に入って気づいたのは、予想通り暗かったことだ。昼間だというのに木々の隙間からの僅かな陽光くらいしか明かりが無い。カーテンを閉めた部屋のような暗さだ。陽が落ちる前にランプを用意すべきだろう。それから……。
「ウィスト、微光石は持ってるよね」
「もちろん」
ウィストは微光石の欠片が入った袋を見せる。一定間隔でこれを地面に置くことで、出口までの道標にする。決まった通路が無い樹海では、これが無いと帰れなくなる。
「まずは僕が使うから、ウィストはそれを大事に持っててね」
「りょーかい」
取り決めを確認してから、僕は微光石の欠片を少量摘まんで地面に落とす。落ちた瞬間に弱い光を発し始める。少し距離があっても見えるほどの光量だ。少し離れていても見つけられる。
微光石の欠片を撒きながら、ウィストの後をついて行く。ウィストは楽しそうに周りに目移りしながら進み、かと思えば突然立ち止まって景色を眺めたりしている。
「うわー……すごいねー……」
上が見えないほどの高さがある巨木、見たことのない植物、元気に動き回る小動物。今までのダンジョンでは見なかった大自然に神秘性を感じとれた。
「他のダンジョンとは違う感じがするね」
「うん、そうなの。今までのダンジョンも楽しかったけど、ここはなんか不思議な感じがするんだ。まるで物語に出てくるような場所なんだよね」
うきうきとした様子でウィストは歩き回る。今まで何人かと組んで冒険したことはあったが、ウィストのような人はいなかった。命を脅かすモンスターが居る場所ではしゃげる人はいない。僕も他の人が同じことをしていたら注意していただろう。
だけど彼女は別だ。僕はウィストと物語のような冒険がしたかった。彼女が冒険ではしゃぐ姿を見るだけで、自然と笑みがこぼれる。
胸の奥にあったしこりが少しずつ解される。あのとき、逃げなくてよかった。もし逃げていたら一生悔いが残ることになっていて、こんな嬉しい気分になれなかっただろう。そんな事を心から思った。
しばらく歩くと、遠くから川のせせらぎが聞こえてきた。音の方に向かうと、行先を阻むような方向に流れる小川があった。
既に夜になっていて、テントを張れる場所もある。ここで休むことに、異論を唱える者はいなかった。
「じゃあ私、薪になりそうなの探してくるね」
ウィストは荷物を置いて、来た道を戻っていく。僕も荷物を下ろすと、バッグからテントを取り出して設置を始める。マイルスに居る時に何度もやったことだったので、手間取ることなく設置を終えた。
両手に一杯の薪を拾って戻って来たウィストは「もうできたの? はやーい」と驚いていた。
「何度かやったことあったからね。次は僕も探しに行くよ。食料も見つけたいし」
「ほんと? ありがとー」
二手に分かれて薪と食料を探す。噂通り、至る所にキノコや果物、食用の植物が生えている。この様子だと飢え死ぬことはなさそうだ。これほど食料に恵まれたダンジョンも初めてである。
今までの常識とは異なってるシロギダンジョン。今のところ困ったことは無く、順調に進んでいる。ここがダンジョンとは思えないほどだ。
しかし心の底では忘れてはいけないのだ。ここが難易度詐欺と言われるほどの難関ダンジョンであることを。
拾った食料を地面に置いて剣を握る。後ろに二体のモンスターが身を潜めて僕を狙っている。後ろには小さな茂みがあった。そこに隠れているということは、大型のモンスターではない。小型、よくてドグラフ程度の中型だろう。
事前に調べた情報とシロギダンジョンに入ったばかりの場所にいることをもとに、潜んでいるモンスターを推測する。
……よし。
剣を握ったままその場に座り込んだ。そして地面に置いた食料を調べ、気づいてないふりをする。意識の半分を後ろに回しつつ、残り半分を食料の方に向ける。その状態を十秒ほど維持すると、背後の空気が一段と静まった
来る。そう確信した直後、後ろのモンスターが地面を強く踏み込んだ気配が生まれた。それと同時に振り返ると、二匹の大きな茶色の猫が跳びかかってきていた。ギギというシロギダンジョンに生息するモンスターだ。
予想通りの展開に内心でほくそ笑む。だが視線は外さない。ほぼ同時に襲い掛かって来たギギを狙いすまし、二匹同時に斬り払う。先に当てた一匹目は会心の一撃を見舞わせたが、残りの方は一匹目を巻き込んだことで、弾き飛ばす程度にとどまった。
二匹目のギギは身を翻して着地する。すると間髪入れずに再び襲い掛かって来た。すぐに盾で受けると、即座に剣を振り下ろす。剣先はギギの胴を切り裂き、絶命に至った。
他にモンスターが居ないか周囲に気を配り、なにもいないことを確認すると息を吐いた。
予想通りの相手だった。ギギの特徴も覚えていて、調べた情報と同じ動きをしていた。対応も上手くできた。
よく調べ、よく見て、よく考えて対処する。アリスさんにさんざん言われてきたことだ。
だからこそ、心の底から安堵した。
「大丈夫だ」
これなら、ウィストと共に戦える。そう確信した。




