11.初めての記憶
「……正気ですか?」
冒険者ギルドの資料室で、シオリから珍獣を見るような眼を向けられた。資料室には何人かの冒険者達がいて騒がしかったが、ウィストの言葉に反応して静まっている。そのせいでシオリの落ち着いた声がよく聞こえた。
「うん。シロギダンジョンに行くから、そこの資料があったら見ときたいの」
ウィストが再び言うと、周りの冒険者達が小声で仲間内で話し始める。彼らの視線は僕達の方に向いているので、その内容はある程度察することができる。「無茶だ」、「ありえない」、「ばかだろ」。おおかたそんなところだろう。
「シロギダンジョンは過去十年で、たった一人の上級冒険者しか踏破できておりません。そんなところに二人で挑むつもりですか?」
「うん」
「……なぜですか? ただ危ないだけのダンジョンに、どうして行きたいのですか」
シオリの言いたいことは分かる。稼ぐだけなら、上級に上がるためなら、危険なダンジョンに行く必要はない。情報が多いダンジョンや、弱いモンスターが居るダンジョンの方が楽で確実だ。
だが僕達には、やりたいことがあった。
「冒険したいからだよ」
僕の言葉にウィストが「うんうん」と頷く。
「シロギダンジョンってさ難易度詐欺って言われてるけど、そう呼ばれ始めたのは十年くらい前で、それよりも前は難易度は高いけど踏破できてる人は何人かいたでしょ。マイルスの近くにもレーゲンダンジョンていう似たようなダンジョンがあるんだけどさ、そう呼ばれ始めた原因は判明してる。けどシロギはまだ分かってない。よね?」
「……はい。レーゲンダンジョンの場合は獅子族襲撃事件が切っ掛けですが、シロギダンジョンにはこれと言った原因は判明しておりません。その原因を調査しようと、ギルドは報酬金を用意して冒険者をシロギダンジョンに派遣しましたが、原因を特定できませんでした」
「それだよ、それ」
「……つまり報酬金目当てですか?」
「そっちじゃないって。誰も分からなかったって言う方」
ウィストは目を輝かせていた。
「突然高難易度化したダンジョン。その原因は不明で、今じゃ誰も調べていない。そんなのすっごい面白そうじゃない!」
「……面白い、ですか」
「うん! 何があるのか分からない。だけどそれを乗り越えながら真相を確かめる。それって、さいっこうに冒険してるじゃん!」
ウィストが冒険者になったのは、お金を稼ぐためでもなければ名声を得るためのものでもない。ウィストの両親が楽しそうだったから、自分もそれを知りたいという欲求から冒険者になった。だからそれが体験できるダンジョンに挑むのは、ウィストの中では至極当然のことだった。
「ヴィックさんもですか?」
そして、ウィストと冒険することを望んだ僕も同じだった。
「ウィストと一緒なら楽しそうだからね」
ウィストとチームを組むために、この二年間頑張って来た。今更、難しいダンジョンに挑むからという理由で逃げるつもりはない。
「けどさすがに何の備えも無しに行くのは危ないから情報を集めたいんだ。冒険はしたいけど、死にたいわけじゃないから」
「……そういうことですか」
冒険者らしくない理由だったが、シオリはどこか納得したような表情を見せた。
「……こちらがシロギダンジョンに関する資料を置いている場所です。原因究明の役に立つかは分かりませんが、普通にダンジョンを攻略する分には役に立ちます」
シオリは紙に資料置き場の場所を書き、それをウィストに渡した。
「それと、過去にシロギダンジョンを調査した方々の名前がこちらです。今もエルガルドに居るかは分かりませんが、生きた情報は強力な武器です。時間があるのなら聞いた方が良いと思います」
次に名前が書かれた紙を僕に渡す。数十人の名前が記されていて、その中に一人だけ知った名前があった。
「この中に踏破した人の名前があるのですか?」
「いえ、その人は今はエルガルドに居ません。しばらくは帰ってこないと思います。それに―――」
シオリは難しい顔をして言った。
「その人はとても性格に難があります。あまり関わらない方がよろしいでしょう」
「あー、たしかにあまり関わらない方が良いかもな」
ウィストが資料を調べている間、僕は過去にシロギダンジョンに挑戦した人を尋ねた。そのうちの一人がオリバーさんだった。
都合よく、オリバーさんはギルドに居た。そこで話を聞くと、オリバーさんは苦笑しながらシロギダンジョンの踏破者のことを評した。
「できれば話を聞きたかったんですけど、そんなにヤバい人なんですか」
「傍若無人って言葉はあいつのためにあるって言うほどだな。エルガルドで一番強い冒険者だが、一番恐れられている冒険者でもある。だからまともな奴は誰もあいつに関わりたがらない。確実に面倒な事になるからな」
シオリの言う通り、関わらない方が良さそうな人物らしい。話を聞きたかったが、今はエルガルドに居ない上に厄介な人物となれば、わざわざ帰還を待つのも面倒である。ここはオリバーさんから話を聞くだけにしよう。
「オリバーさんはシロギダンジョンに行ったことがあるんですよね。どんな場所だったんですか?」
「本当に行く気なんだな。あんな場所に」
「はい」
「やめとけ」
オリバーさんは即答した。
「あそこは魔の森だ。何十人もの冒険者が挑んだが、生きて帰って来れた者はごく僅か。俺が帰って来れたのも奇跡みたいなもの。それだけヤバいダンジョンだ。挑戦するのなんてやめておけ」
「危ないところだってのは知ってます。けどウィストとなら踏破できると思うんです」
「そういう奴らがごまんといた。だがほとんどの奴があそこで死んだ。行けばお前らも同じ目に遭う」
「だから行かせないために教えてくれないのですか?」
「そういうこった」
シロギダンジョンは高難易度のダンジョンだ。そこに行った者にしか分からない危険性をオリバーさんは知っている。だから僕らを行かせたくないのだろう。
「分かりました。けど、僕達は行きます」
「おいおい、やめとけって言ってるだろ。冒険なんざ他の場所でもできる。命を賭けてまで行く必要はねぇ」
「けど人生を賭ける価値はありますよ」
富や名声よりも、楽しさを優先するウィストのような冒険者は少ない。僕も元々は生活のために始めたくちだった。
だけど初めの頃は冒険を楽しんでいた。
ウィストと同じように、初めてのダンジョンにドキドキし、初めての討伐に緊張し、初めての稼ぎに喜んだ。今となっては、あの頃の楽しさを感じれていない。
だがウィストとなら、あの頃を同じように楽しめるような気がした。あの時の思い出は、今になっても色褪せない。
それがまた体験できるのならば、人生を賭けたくなるものだ。
「オリバーさんだって、初めての冒険は楽しかったでしょ。もう一度それを味わえるなら、やってみたいと思いませんか」
「……ガキみたいな理由だな」
「そうですね。けどそっちの方が楽しそうでしょ」
オリバーさんは呆れた顔で溜め息を吐いた。
「……俺が知ってることで良いなら教えてやる。シオリの言う通り、資料だけじゃ伝わらないこともあるからな」
「良いんですか」
「止めても行きそうだしな。これで死んだら寝覚め悪いし。けどちゃんと生きて帰って来いよ」
「もちろんです。ありがとうございます」
「よし。じゃあ……」
オリバーさんはギルドに併設されている食堂に視線を向けた。
「適当なとこで座って話すぞ。あと飯くらいは奢れ。情報料だ」




