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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第三章 マイルスの冒険者

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8.同室者

「次は負けねぇからな! 顔洗って待ってろ!」


 エルガルドに戻った後、ユウはそう言って離れて行った。負けたのに気持ちの切り替えが早い。これからも付きまとわれるんじゃないかという不安が芽生えた。


 依頼の完了報告のためにギルドへ向かった。夕刻前だったため、ギルドには冒険者がそれほどいない。あまり待つことなく報告は済んだ。

 ウィストは報酬をもらうと、「じゃあ明日も同じ時間で!」と言ってギルドから出て行った。明日の打ち合わせをしたかったが、止める隙すらも無いほどその動きは素早かった。


 やることがなくなったので、街を観光しようと思い至り外に出た。歩いていて目につくのは、冒険者の街と言われるだけあって、やはり冒険者向けの店が多い。武器屋やもちろん、冒険用の道具屋や携帯用の食料店が多く並んでいる。他にも飲食店や酒場、服屋や宿屋も多い。生活するにはとても過ごしやすそうだ。

 一方で、観光できるような場所は少ない。遊べそうな場所はいくつかあるが、名所と呼ばれる様な場所は闘技場くらいで、それ以外に目新しいものはなさそうだ。


 人が混む前に夕食を済ませようか。そう考えていると、「ヴィック」と後ろから呼びかけられた。振り向くと、冒険から帰ってきたであろう格好のハルトがいた。


「ヴィックよ、もう帰ってきていたのか」

「うん。ハルトも?」

「うむ。今しがた帰還したばかりだ」


 ハルトは軽装の上で腰に刀を提げている。綺麗な姿勢もあって、ヒランさんを連想させた。


「おや。この子が噂の新入りかい」


 ハルトの後ろから中年の男性が顔を出す。


「紹介しよう。この者はオリバー。拙者達と同室の冒険者だ」

「オリバー・ロットだ。お前のことはハルトから聞いてる。よろしくな」


 男性が握手を求めて右手を出した。男性は無精髭を生やしており、金色の髪を短く刈り上げている。背は僕やハルトよりも少し高い程度で、ベルク程の体格ではない。だが握手をした手からは、多くの研鑽の積み重ねてきたことを感じ取った。


「ヴィック・ライザーです。よろしくお願いします」

「おう。じゃあ早速飲みに行くか」


 オリバーさんは握手した手を放すと、僕の肩に手を回した。


「せっかく同室になったんだ。お互いのことを知るためにも、一緒に飲み明かそうじゃないか」

「え、けど僕、明日も出かけるんですけど」

「大丈夫大丈夫。ちょーっと飲むだけだって」


 そんなことを言って飲まない展開になるわけがない。こういう人は自分だけじゃなく他人にも飲ませる人だ。

 助けを求めてハルトに視線を向ける。


「そうだな。拙者もお主と交流を深めたいと思ったところだ」


 生真面目な性格だと思っていたハルトだが、こういうことにはノリが良いようだ。


「けど僕こっちに来たばかりでお金もないですし」

「今回はお前の歓迎会だ。奢ってやるよ」

「けどお店も混んでるんじゃ」

「今なら空いてる。混むのはもう少し後の時間だ」

「まだ装備をつけてますから。これじゃあ邪魔になってお店の人に断られるんじゃぁ」

「ここは冒険者の街だ。そんなことで断る店はこの街にはないさ」

「どうしてもというなら、拙者が部屋に帰るついでに置いて行ってあげよう」


 ハルトの加勢もあり、断る理由が無くなっていく。これ以上遠慮しても、逆に空気を悪くしてしまう。同室者との人間関係が悪くなれば、あの部屋に住みにくくなるだろう。

 つまり、僕に残った選択肢は一つだけであった。


「……分かりました。行きましょうか」

「そうこなくっちゃな」


 オリバーさんのテンションが高くなると同時に、僕のテンションは低くなる。僕に出来ることは、早めに切り上がることを願うばかりであった。



 

 オリバーさんに連れてこられた店は、昨日ベルク達と過ごした『星の酒』と呼ばれる飲み屋だった。オリバーさんが言った通りまだ人は少なく、空いている席が多かった。

 僕達はそのうちのテーブル席についた。


「とりあえずハルト達が来るまでに、一杯だけ飲んどくか」


 そう言って、オリバーさんが注文をした。

 ハルトは荷物を置くついでに、もう一人の同室者を連れてくるために部屋に戻っていた。それまでの間は、僕とオリバーさんの二人きりである。


「それじゃ、未来ある若者を祝って、かんぱーい」


 運ばれてきたビールのグラスを合わせると、オリバーさんは一気に喉に流し込んだ。僕は飲み過ぎないようにペースを考え、少しだけ口に運ぶ。

 マイルスでも、こういうタイプの人と飲んだことはある。アランさんとか、ノーレインさんとか、ネグラットさんとか、アランさんとか、アランさんとか……。

 オリバーさんがどれくらい飲める人かは知らないが、酒好きと飲むペースを合わせるのは自殺行為である。アランさんのせいで多少は酒に強くはなったものの、そういう人に付き合ってしまったら先に潰れてしまう。かといって全く飲まないのも失礼である。なので相手のペースを見つつ、飲んでいるように見せるよう気を付ける必要があった。


「オリバーさんは、どの町から来たんですか?」


 話をしていれば飲むペースを抑えられる。そう考えて適当な質問をした。


「リグルっつー、こっから南にある小さな村だ。なーんもねぇつまんねぇとこだなー」

「僕も村出身です。サリオ村っていうマイルスの南にある村で、観光できるような場所は全くない田舎ですね」

「お互い田舎者ってわけか。ま、そういうやつはエルガルドにけっこういるけどな」


 オリバーさんがビールを口に運ぶ。


「エルガルドには色んな町から冒険者が来る。上級に上がるために必要な環境があるからな。だが全員じゃねぇ。生まれ故郷に留まりつつ上級を目指す奴もいる。他の目的があったり、地元愛があったり……ま、いろいろだ」


 そういう冒険者を、僕は知っていた。その人は今では、マイルスでは誰もが知る人となっていた。立派な人だ。


「オリバーさんは、生まれた場所が嫌いなんですか」

「あぁ、嫌いだね」


 何の躊躇いもなく答える。


「ほんっとーになんもねぇ村だった。遊ぶ場所も、飯を食う場所も、やりたいことも見つからねぇ、くそつまんねぇ村だ。余所者も全く来ねえから刺激が全くなかった。だから村を出て冒険者になったんだよ。たいした特技もねぇガキでもできる仕事といや、冒険者しかねぇからな」

「すぐにエルガルドに来たんですか?」

「いや、近くに別の街があったんだよ。マドラスって街だ。リグルからさらに南にある。そこで冒険者になったんだよ。良い街だったぜ」


 オリバーさんは楽しそうな顔で語り出した。


「旨い飯屋がある。騒げる酒場がある。かっこいい服屋がある。見たことのねぇ建物がある。女を抱ける店がある。あの街には村には無かったものの全てがあった。だが一番楽しかったのは、自分の力だけで金を稼いだ時だな」


 オリバーさんは懐から財布を出すと、一枚の硬貨を取り出した。


「これがその時にもらった金だ。他のは生活のために全部使っちまったが、これだけは残してるんだ」


 宝物を見せびらかすように硬貨を見せつける。かなり昔のものなのか、銀色の硬貨には傷が多くついており見た目が悪い。だけどそれを持っているオリバーさんが羨ましくなった。


「ずっと取って置いているんですね」

「村に居たときは金に触ることすらできなかったからな。記念品代わりに持ってんだよ」


 そう言って硬貨を財布に入れて懐にしまった。


「で、そこでは中級に上がってからも稼ぎまくって居続けてたんだよ。ほとんどの奴らはエルガルドに行ったんだけどよ、居心地が良かったから俺は残った。つーか、マドラスで人生を終えようかなとも思ってた」

「なんでエルガルドに来ようと思ったんですか?」

「知らねぇか、お前。シグラバミってバケモンのこと」

「シグラバミ?」


 聞いたことがあるような無いような、そんな名前だった。


「そういやお前はマイルスから来たんだっけな。じゃあそっちだと獅子族の方が有名か。知らねぇのも無理ねぇな」

「どんなモンスターなんですか?」

「ありゃあモンスターってレベルじゃなかったな」


 直径五十メートル、全長一キロメートルほどの常識外れな大きさの黒紫色の大蛇シグラバミ。何の前触れもなく現れたその大蛇は多くの町や村を滅ぼし、討伐に来た者達を返り討ちにした。討伐し終えるまでに五十を超える市町村が地図から消え、千人近くの人々が亡くなった。討伐するのがあと少し遅れていたら、シグラバミはマイルスに到達していたという話だ。


「で、そのバケモンを退治したのが今の『英雄の道』の団長だ。その功績からたんまりと報酬金を貰ったんだが、それを復興と被害者家族への見舞金に使って、残った金で『英雄の道』を立ち上げるための資金にした。その立ち上げた理由っていうのが、同じような危機が起こったときに立ち向かえる冒険者を育てるためだって話だ。まったく、立派な話だ」

「……そうですね」


 自分のためだけに使って良いはずの報酬を被害に遭った人のために使い、さらには人材育成のためにクランを立ち上げた。そんなことができる人物はそうそういない。ヒランさん達も似たようなことをしていたが、そんなことをできる人が他にもいるとは思わなかった。


「で、俺はそれが切っ掛けで街を出ることになったんだよ」

「なんでですか?」

「そりゃあ―――」


 オリバーさんが視線を入り口に向けると、「おう、こっちだ」と呼びかける。入り口にはハルトさんがいて、その後ろから二人組が付いて来ている。

 そのうちの一人は、すごく見覚えのある人物であった。


「あ? 何でお前がいるんだ」


 ダンジョンで僕を襲って来たユウが、睨むような眼を向けてきた。


「何でユウと一緒に?」

「ん? お前ら知り合いか」

「……一応」

「へぇ。そりゃあ凄い偶然だな」


 嫌な予感がして、それが的中していたことをすぐに知ることとなった。


「まさかもう同室者に会ってたとはな」

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