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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第三章 マイルスの冒険者

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7.コンビ

 僕が投げたメイスは、ナッシュの頭に命中した。ナッシュの体が傾き、同時にウィストから体が離れた。


「げほっ、げほっ……」


 ウィストはその場にへたり込み、何度も咳をする。目に涙を溜め、首に手を添える。息苦しい想いをしていたことが一目でわかった。


「ごめん。助けに来るのが遅れた」

「ヴィ、ク……」


 ウィストが僕の服を掴む。こんな弱々しい姿を見るのは初めてだった。

 身体の奥からぐつぐつと熱が上がる。


「お前、よくも俺の邪魔を……」


 頭から血を流しながら、ナッシュが立ち上がる。


「お前がいなければ何事も無く上手くいっていたんだ。さっさとくたばっていたらよかったのに、なに今頃のこのこ来やがったんだ」


 ナッシュは右手で細剣を抜く。


「ウィストとの約束だからだ。それを果たすためにここに来た」

「何が約束だ。二年もほったらかしにしていたくせに相方気取りか。随分と都合の良い関係だな。そんなクソみたいな関係、ここで終わらせてやる」


 ナッシュが突き出すように細剣を構えた。武器を使うとなれば、昨日の喧嘩のようには済まない。どちらかが死んでしまうかもしれないからだ。


 だが、そんなことはどうでもいい。


「お前の言い分は聞きたくない」


 ウィストを悲しませ、傷つけた。そんなことをした奴を見逃す気は無い。


「お前は敵だ。容赦しない」

「何様のつもりだ!」


 ナッシュが接近し、剣を突き刺してくる。速く真っ直ぐな軌道。工夫のない読みやすい攻撃だ。速度もアルバさんに劣っていた。

 盾で受け流すと即座に距離を詰める。ナッシュが距離を取ろうと後ろに退くが逃がさない。再び接近して剣を振り下ろす。避けられたが体勢を崩しており、追撃は来なかった。


「ちっ」


 舌打ちを突いたナッシュは、体勢を立て直すと再び刺突を繰り出してくる。僕がそれを剣で防いで弾き返すと、また距離を取ろうとする。だがそれはもうできない。ナッシュの後ろには壁があった。


「なっ―――」


 距離を詰め、ナッシュの細剣に向かって剣を振り下ろす。細剣は脆い。たった一撃で真っ二つに折れた。

 突然武器を無くしたナッシュは呆気にとられ、大きな隙が生まれる。その隙に剣をナッシュの喉元に向けて突き出し、手前で止める。


「な、なんなんだお前は」


 勝敗は決した。ナッシュは悔しそうな顔を見せて訊ねた。


「マイルスの冒険者は貧弱なはずだ。たいしたダンジョンしかなくて、そんな場所でもギルドの支援を受けてやっと踏破してる奴らのはずだろ。なのに、なんでお前は……」

「……他の町のことなんて知らない。だけど僕が強くなったのはマイルスで冒険者になったおかげだ」


 マイルスの人達が僕を育ててくれた。マイルス以外の街なら、僕は今頃生きていない。

 あの街にいた人達は厳しいが、優しい人達だった。


「もうウィストに関わるな。これ以上ウィストに迷惑をかけたら、もう警告では済まさない」


 剣先で喉元を触る。僅かに肌に食い込む感触があった。


 しばしの静寂の後、ナッシュはやっと口を開く。


「分かった。もう二度と近づかない」

「誰かをけしかけるのも無しだ」

「もちろんだ。従う」


 返答を聞いて剣を下す。ウィストの容態を診ようと離れると、直後にナッシュが動く気配を感じた。


「甘いんだよ」


 隠し持っていたナイフで襲い掛かって来る。やはり、反省していなかったか。あの態度から、この展開は予想していた。


 冷静にナイフを盾で防ぐ。そのまま盾を外に動かし、左手でナッシュの胸倉を掴んだ。


「あ」


 呆けたナッシュの顔を、右拳で殴りつける。ナッシュは体を反らすが、体を掴まれているので倒れることは無い。反撃も出来ず、その場に立ち尽くす。

 そうして動きを止めた後に左手を開き、体を放した。


「警告はした」


 今度は渾身の力を込めて拳を奮った。






「ごめんね」


 調査を終えてダンジョンから出て、馬車を待っているときだった。外には僕ら以外には一人しかいない。


「変なトラブルに巻き込んじゃって」


 ウィストが俯きながら言う。表情が見えにくいが、落ち込んでいるのが分かった。


「謝ることじゃないよ。ウィストのせいじゃないし」

「ううん、私のせいだよ。ヴィックが来る前に解決してたら、こんな目に遭わなくて済んだんだから」


 これは僕がいなかったときに起こった問題で、今日知ったばかりの僕には防ぐことができなかったことだ。だからウィストが言ってることは間違ってはいない。


 しかし、だ。


「そんなこと言わないでよ」


 僕達は晴れてコンビを組んだ。共に冒険し、共に戦い、共に助け合う。コンビとはそういう関係だ。

 だから問題が起きたときは、助けるのが当然だ。


「僕はウィストの相棒だ。ウィストの問題は僕の問題だ。だから助けさせてよ」


 ウィストに助けられた時から、彼女を助けられる存在になりたかった。そのために強くなった。

 ウィストの身に危険があれば、守ってあげられる盾になる。今の僕にはそれができる。


「いいの?」

「もちろん」


 間髪入れずに答える。ウィストは「くすっ」と笑った。


「ありがとう」


 やっと見せた笑顔に、僕も胸を撫で下ろした。


「ところでさ」


 ウィストが僕の反対側にいる人物を見る。


「あの子は?」

「あ?」


 そこにいた人物は、僕達に視線を向ける。


「なんだ。やっと話が終わったのか。待ちくたびれたぞ」

「待っててくれたんだね」

「当たり前だ。人の話を邪魔しないのが強いやつだからな」


 そいつはさっきダンジョンで僕を襲って来た少年だった。

 冒険者とは思えないほどの薄着の装備で、腰の左右にメイスをぶら下げている。髪色は黒だが、肌は珍しい褐色。顔には額当てを巻いていた。


「オレ様の名前はユウ! 最強の冒険者になる男だ!」


 堂々とした自己紹介に、しばし言葉を失う。自信満々な態度に、強がりではないことを察する。


「ユウ、だね。さっきはありがと。武器も貸してくれて」


 少し落ち着いてからお礼を言うと、ユウが「おう」と応えた。


「貸し借りは無い方が良いって聞いたからな。間違えたのはこれでチャラだ。つーわけで……」


 ユウは両手にメイスを持って構える。


「これで心置きなく勝負ができるな!」


 突然の展開に驚き言葉が出ない。どう返すべきかと考えていると、ユウが一歩踏み込んだ。


「さっさと構えろ。無抵抗のやつとは戦う気はねぇんだよ」

「さっきはいきなり襲ってきたじゃん」

「あれは勝負じゃねぇ。狩りだ。オレ様の陰口を言う雑魚とは戦う気はねぇからな」

「けど僕は戦う気は無い」

「ダメだ! 戦え!」


 ユウが怒鳴りながらさらに踏み込む。気圧されそうになるほどの強い圧だ。


「剣を抜け! 構えろ! 勝負だ!」


 諦める様子はない。戦わなければ退くつもりはないのだろう。戦うしかないのか。


 覚悟を決めて剣を持とうとしたとき、ウィストが僕の前に出た。


「じゃあまずは私と戦お」


 ウィストは双剣を持って構える。するとユウは「あぁん?!」と凄んだ。


「無関係の奴が出てくるな! そもそも、お前ナッシュにやられてた雑魚じゃねぇか! 雑魚と戦う気はねぇんだよ!」

「その雑魚に勝てない程度じゃ、ヴィックとやれる資格は無いよ。ヴィックと戦いたいんなら、まずは私を倒してからにしなさいってね」

「待ってウィスト」


 呼び止めると、ウィストが振り返る。


「ウィストが戦う必要はない。ユウは僕を指名してきたんだから、戦うのなら僕がやるべきだ」

「ううん、私がやるよ。ヴィックはさっき戦ったから疲れてるでしょ。だから交代」

「ウィストだってあいつにやられてたじゃないか。休んでた方が良い」

「大丈夫。それにさ、私達はコンビじゃん。こういうときは助け合いが必要でしょ」


 そう言って、ウィストは再びユウに向き直る。


「私が危ない時はヴィックか、ヴィックが大変な時は私が頑張るの。助け合うのがコンビだって、ヴィックが言ったんでしょ。だから今度は私の番。助けさせてよ」


 助け、助け合う。それは僕が冒険者になってから、一番欲しかった関係性だ。その相手がウィストで、ウィストもそうしたいと言っていた。

 それがとても、とても嬉しかった。ここまで来れたことに、声を出さずに喜んだ。


「それにさ、私が負けるわけないでしょ」


 さっきとは違う強気な発言。マイルスに居たときと同じ調子に戻っている。


 ユウは強い。少ししか手合わせしてないが、それだけでも十分に実力は知れた。小柄だが筋力があり、スピードがある。攻撃に隙は多いが、強引な攻めがそれを補っている。戦いにくい相手だ。

 だがウィストが負けるのだろうか? 僕が憧れ、天才と呼ばれたウィストが。


 ならばもう、どう答えるかどうかは決まっていた。


「分かった。任せるよ」

「うん。任された」


 ウィストがユウに一歩近づいた。


「本気でやるつもりか。後悔しても知らねぇぞ」

「それはこっちのセリフ。ヴィックに手を出したらどうなるか、私が教えてあげる」

「上等だごら」


 空気が張りつめる。両者は構えつつ睨み合い、動き出すタイミングをうかがっている。いつ始まるのかと見ている方が緊張していた。

 一歩も動かず睨み合う。このまま動かないのかと思ったとき、何か合図があったのかと思うほど同時に二人が動き出す。


 そして数分後、


「勝ったよ」


 ウィストはあのときと同じ笑顔をしていた。

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