6.襲撃者
ジグラ下級ダンジョンは、エルガルドの南東の山の中腹に入口がある。エルガルド付近にある唯一の下級ダンジョンのため、中級を目指す多くの下級冒険者が挑んでいる。故に、そこまでの行路は整備されており人通りも多い。エルガルドからの馬車も頻繁に運行していた。
七階層まである広めのダンジョンだが、浅めの階層は多くの冒険者がいるのでモンスターが少ない。油断して会話をするチームが多いため、浅い階層は騒がしい。だから一緒に調査をしてても、ダンジョンに居るという感覚が無かった。
「なんか冒険というより、見学してるって感じだね」
それなりに進んだはずだが、遠くから人の声が聞こえる。今までのダンジョンと違って危機感を抱けず、どこか安心してしまう。初めてのダンジョンに入るときは細心の注意が必要なのだが、なかなか集中できなかった。
「いつもこんな感じなんだよねー。何回か来たことあったんだけど、一階層では全然モンスターに襲われなかったから、多分いないかもしれないねー」
「全然?」
「ぜんぜん。多分他の人もそうだと思うよ」
残っていた警戒心がさらに弱まる。モンスターがいた形跡が全く見つからないのは気のせいではなかったか。せっかくウィストに実力を証明できるかと思ったのに拍子抜けしてしまう。
まぁ、安全ならそれはそれで調査が捗って良いのだが。
「だからそんなに警戒しなくても平気だよ。この依頼だってお金がない冒険者のための依頼だし」
「本来は必要のない依頼ってこと?」
「全くってわけじゃないけどね。冒険者が多いのにモンスターが増えてたり、やばいモンスターが入り込んでたら言わないといけないし」
「そういうことって今まであったの?」
「ないみたい」
ますます警戒心が薄まる。これでは警戒していた方が馬鹿らしく思えてしまう。これはもう、モンスターがいないと割り切って調査してもいいかもしれない。
「じゃあ早く終わらせよっか。危険なところも無さそうだし」
「さんせーい」
そこからの調査は順調だった。レーゲンダンジョンでの経験もあったので調査に手間取ることもなく、休憩に入った頃には一階層の七割ほどを調べ終えていた。
休憩中は、ウィストが用意してくれたサンドイッチを食べた。肉と野菜をふんだんに挟んだボリュームのある一品だった。味も良かった。
休憩を終えると、朝に比べて一階層は静かになっていた。朝からダンジョンに来ていた冒険者は、みんな下の階層に行ったのだろう。再び騒がしくなるのは夕方頃だ。
一転して静寂なダンジョンで調査を再開した。やってることは変わらないのだが、音が無いだけでも違ったダンジョンに来た気がする。どこか妙な気味の悪さを感じた。
「なんか変な感じだよね」
ウィストも同じ思いだったようだ。同意しつつ調査を続ける。
「そうだね。けど静かな方がやっぱりいいかな。異常があったらすぐに気づけるし」
洞窟の中だと音が響く。騒がしいと聞こえにくいが、こうも静かだと聞き逃すことはないだろう。
そのお陰で、遠くの足音もよく聞こえた。誰かが走っていて、徐々に近づいてきている。
「モンスターかな。多分人型。」
足音からモンスターの種類を推測した。
「んー、ここには人型はいなかったと思ったんだけどなー」
「じゃあ冒険者?」
「それは変かも。ここは階層の端っこだから、冒険者は来ないはずなんだけど」
「……となれば、外から来たモンスターかも」
ダンジョンの外からのモンスターなら、下級モンスターとは限らない。中級、下手したら上級の可能性もある。
足音が徐々に大きくなる。僕達がいる方に確実に近づいてきている。まるで居場所が分かっているようだ。おそらく嗅覚や聴覚といった五感が優れており、それらを使って居場所を突き止めているのだろう。
緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。音が聞こえる方を向き、襲撃に備える。
大きくなった足音が、一瞬だけ途切れる。その直後、目の前から人が跳んでくる姿が見えた。
「おらあぁ!」
そいつは跳びかかるようにして、片手ずつで持ったメイスで殴りかかって来た。予想外の襲撃者に驚きつつも、襲撃には備えていたので盾で防ぐことに成功する。盾で押し返すと、そいつは空中で一回転して着地した。
「はっはー! オレ様の攻撃を防ぐとはやるじゃねぇか!」
攻撃を防がれても、そいつはたいして気にも留めない。むしろ嬉しそうに笑っていた。
「いきなり襲ってきて何のつもりだ」
「うるせぇ!」
質問に答えず、そいつは再び襲ってくる。今度は跳びかからず、直前で体勢を低くし、腕を交差させてからメイスを振り抜いた。
後ろに避けてもさらに踏み込んで来る。今度は両手を交差させるようにメイスを振り下ろす。今度は盾でしっかりを防いでから反撃で剣を振り抜いた。だがそいつの反応は速く、左手のメイスで防がれた。
「続けていくぜぇ!」
両手のメイスで交互に攻撃を仕掛けてくる。盾を使って防ぐが、その威力は予想以上だ。僕よりも体が小さくて幼そうに見えるのだが、なぜか筋力は僕より上だった。しかも連続攻撃をしているのに、全く息切れしていない。スタミナも人並み以上だ。
「おらおらどうした! オレ様より強いんじゃねえのか!」
調子に乗ったのか、攻撃が加速する。威力も増してきており、腕への衝撃が大きい。このままだと腕が折れるんじゃないかと不安になった。
だが同時に、反撃のチャンスでもあった。
振り下ろされる右手のメイスの軌道を読む。素早く盾を合わせて流れを変える。そいつは変化した流れに対応が遅れて体勢が崩れた。
即座に右手のメイスに向けて剣を振り下ろす。下へと力を加えられたメイスはそいつの手から離れて地面に落ちる。そいつはすぐに拾おうとするが、体を蹴飛ばして距離を取らせた。念を入れてメイスを後ろに蹴飛ばして、そいつの手に渡らないようにした。
「少しは落ち着いたか」
相手の武器が一つ減った。そのことに危機感を抱けば冷静になり、僕の言葉に耳を貸すだろう。武器を奪ったのはそのためだ。
「君は誰だ。何で襲い掛かって来たんだ」
簡単な質問を投げかけると、そいつは声を荒げた。
「はぁ?! オレ様のことを知らないだと! ふざけてんのか!」
「ふざけてないよ。本当に知らない」
「お前、オレ様をバカにしてんのか?! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「違う。そもそも僕は昨日エルガルドに来たばかりなんだ。君が有名人でも知ってるわけがないよ」
「嘘つくんじゃねぇ! だったら何でオレ様にケンカ売りやがった!」
「……どういうこと?」
何やら誤解がある気がする。そう思って聞き返すと、そいつも眉を顰めた。
「お前、オレ様のことを雑魚だって言ったんだろ。舐めた奴はぶっ飛ばさねぇと気が済まねぇ。だからお前がここに居るって聞いて勝負しにきたんだよ」
「誰から聞いたの?」
「ナッシュだよ」
何が起こっているのか、一瞬で理解した。ナッシュはウィストに振られた腹いせに、この少年をけしかけて嫌がらせをしたのだ。物騒だが純粋そうなこの少年は、おそらく僕達の事情も知らないのだろう。
「彼にも事情を話すけど良いよね」
誤解を解けば争う必要はない。そのために話そうとウィストに同意を求めたが返事がない。
返事の遅さが気になって振り向く。そこにはウィストの姿が無かった。
「んー! んー!」
ナッシュの傍らでウィストが呻いていた。口を手で塞いでいるので声を出せないが、現況をヴィックに伝えようとしている。
だが相方は戦闘中なうえ、すでに十分な距離がある。気づくことは無い。
「んー、んがっ!」
「いっ―――」
手から痛みが伝わる。口を塞いでいた手が噛まれていた。
隙を突かれ、ウィストが傍から離れる。
「あんた、いったい何のつもりよ!」
険しい顔でウィストが怒鳴る。駄々をこねる子供のような態度だ。
「いつものつもりだよ。君を勧誘しに来たんだよ」
子供を諭すように気を落ち着かせる。同レベルで対話をしていてはだめだ。収拾がつかなくなる。
「勧誘? これのどこが勧誘なの。ただの誘拐じゃない」
「あの場から逃がしてあげたんだよ。あいつは野蛮人だから、あのままだったら君も巻き込まれてたさ」
「助けてなんて一言も言ってない。ヴィックが戦ってるのに逃げるわけないでしょ」
口からため息が漏れる。なんで女はこうも身勝手なんだ。
「そんなことをしていたらきっと将来後悔する。前々からそう言ってるでしょ。俺と組めば輝かしい未来が待っている。俺の相方だけではなく、最強の組織の一員になれるんだ。これ以上の美味しい話は無いよ」
「嫌よ。あんたとも、『英雄の道』とも一緒になりたくない。何度もそう言ってるでしょ。もういい加減に―――」
遮るようにウィストの首に手をかける。そのまま壁に押し付けて首を圧迫すると同時に、体を押し付けて身動きを封じる。
「が……あっ……」
ウィストが息苦しそうに身をよじる。この体勢から押し返せるほどの筋力はウィストにはない。
「いい加減にして欲しいのは俺の方だ。こっちが下手に出て何度も何度も誘っているのに断って、いったい何様のつもりだ」
どいつもこいつも自分勝手で、俺の都合なんて考えもしない。俺の自由にさせたら良いのに、やり方にまで口を出してくる。
手に込める力が増す。
「さっさと俺の仲間になっていたらこんな目に遭わなくて済んだんだ。これからは俺の言うことに従え。分かったか」
「だ、だれが……」
ウィストは反抗的な眼を向けてくる。この期に及んで、まだ現状を理解できていないようだ。
「だったら仕方がないな」
これから行うことは俺のせいではない。俺以外の奴らがこんなことをさせたんだ。あいつらが、ヴィックが、ウィストが悪いんだ。
「体だけじゃなく、心にも教え込まないといけないな」
だから俺は悪くない。そう言い聞かせて、ウィストの服に手をかける。
直後、視界が傾いていた。




