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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第三章 マイルスの冒険者

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5.ウィストの二年間

「ヴィック、ごめん!」


 翌朝、ウィストと一緒に冒険に行くために冒険者ギルドに向かった。すでにウィストは待機していたが、合流すると突然謝罪された。


「えっと、どうしたの?」


 ウィストは申し訳なさそうな顔をしながら話出す。


「実は受けてた依頼があったんだけどすっかり忘れてて、その期限が今日だったの。だからそっちを手伝ってくれないかな?」


 本来なら今日は、互いの腕を確かめるために手頃な難易度のダンジョンへと向かう予定だった。ウィストは周囲のすべてのダンジョンに足を踏み入れていたため、その情報を参考にしつつ行き先を決めるつもりだったが、依頼を受けているため選択肢は狭まってしまう。


 肩透かしをくらった気分だが、事情があるのなら仕方がない。それに、その依頼の中で目的を果たせば良いだけの話だ。最悪の展開ではない。


「いいよ。で、その依頼って何?」

「ありがと! そんなに難しい依頼じゃないんだ。ただちょっと地味で退屈かもしれないからさ……」


 受けていた依頼は、ジグラ下級ダンジョンの一階層の生態調査。一階層を探索して異常の有無を確認するための依頼だ。それほど広くないので半日もあれば終わるそうだ。


「分かった。じゃあ早速行こうか。早く終わったら、明日の準備もできるでしょ」

「うん! 道案内は任せて! それじゃあ―――」

「ウィスト」


 会話に割って入る声が聞こえた。振り向くと細身の青年がいる。整った金髪と綺麗な容姿から、さぞモテるであろうと邪推してしまった。

 ウィストは青年の姿を見ると眼を細めた。


「なんですかナッシュさん。今から出かけるので手短にお願いします」


 他人行儀で冷めた口調。ウィストのこんな声を聞いたのは初めてかもしれない。この人とはどんな関係なのだろうか。


「つれないねぇ。共に過酷な依頼から生き延びた仲じゃないか。あのときの反省会でもしようと誘いに来たんだよ」

「他の人としてください。私は今後一生あなたに時間を割くつもりはないので不要です。失礼します」

「ダメだよ、そんなに好き嫌いしちゃあ。そんなんじゃあ誰もチームを組みたがらないよ」

「余計なお世話です」


 少なくとも、ウィストはこのナッシュさんのことを毛嫌いしているようだ。ここまで嫌われるなんて、いったい何をやらかしたのだという好奇心が湧いてしまう。


「それに、私が誰とも組めないのは誰のせいだと思ってるんですか。ご自身のせいだと自覚がないのですか」

「あれは俺のせいじゃないよ。あの子が勘違いをしただけだ」

「その原因があなたのせいだと言っているんです」

「そんなつもりはなかったんだよ。だからそのお詫びとして、いろいろと協力してあげようとしてるんじゃないか」


 なにやら生臭い空気を感じる。具体的には男女の痴情のもつれ的な。

 ウィストはきつい口調をナッシュさんに使った。


「そういうのすらいらないんです。私があなたに望んでいるのは、これ以上関わってこないでっていうことだけです」

「けどソロは大変でしょ。そのうえ君と組みたがる人はいないんだからさ。ここで生き残るには、嫌いな相手とでも協力するしかないんじゃないかな」


 ナッシュさんが優しげな笑みを浮かべた。


「それに俺もパートナーを探していたんだ。だからこれはお互いに利益のある提案なんだよ。お試しに少しの間だけでも組んでみない?」


 自身の弱みを見せつつ、ナッシュさんが提案する。一方的な誘いではなく、双方に得があると見せることで警戒心を解こうとしているのだろう。

 だがウィストは、呆れたように息を吐いた。


「そんな提案も心配もいりません。生憎ですがもうチームは組んでます。これから向かうダンジョンにもその人と向かいます」

「どうせ一時的なチームでしょ。強がらなくて良いさ」

「違います。今後、これから一生、死ぬまで私と組んでくれます。だからパートナーは私以外で見つけてください」

「はははっ。そんな相手がどこにいるんだ」

「いや、目の前にいるじゃないですか」

「……もしかしてそこの彼のことか?」


 ナッシュさんがようやく僕に視線を向ける。もしかして僕が見えていないのかと思ったが、文字通り眼中になかっただけのようだ。


「そこにいる平凡で凡庸で特徴のなさそうな普通の凡人のような男が君の仲間だというのかい?」


 加えて、馬鹿にされているようだった。


「ヴィックです。ウィストと同じでマイルスから来ました。今後お世話になることはないと思いますが、お見知り置きを」

「……なるほど、君のことか」


 ナッシュは再びウィストに視線を戻す。


「考え直せウィスト。そもそもマイルスの冒険者は軟弱だ。こんな男より、俺の方がずっと良い」

「考え直すつもりはないです。私はヴィックと一緒に冒険します。そういう約束をしたんです」

「いったいこの男に何を吹き込まれたんだ。君は騙されてる。今ならまだ間に合うから、俺の元に来るんだ」

「嫌です」

「ウィスト!」


 ナッシュが手を伸ばすが、ウィストはそれを払い除ける。そして僕の腕を掴むと、「もう行こ」と言って引っ張っていく。

 ギルドから出ようとすると、「待て!」とナッシュが言うが、ウィストはそれを無視し続けた。


 外に出るとやっと一息つけた。冒険前に関係ないことで疲労してしまった。テンションもガタ落ちである。

 だけど僕以上に落ち込んでいるのはウィストであった。


「ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」


 申し訳なさそうに言うウィストに文句なんて言えるわけがなく、「大丈夫だよ」と誤魔化した。


「僕の方こそ、なにもできなくてごめん。なんかその……口を挟んで良いことなのかなって考えちゃって」

「別にやましいことなんてないよ。ちょっとしたトラブルに巻き込まれただけだから」

「そのことなんだけどさ」


 落ち着いたら話を聞こうと思っていた。しかしのんびりしていたら、また何もできずに傍観しているだけになってしまう。

 仲間である以上、ウィストを守ってあげたい。そのためには、ちゃんと話を聞く必要がある。

 ウィストが「そうだね」と力無い笑みを見せた。






 エルガルドに来たばかりの二年前、ウィストはソロ中心に活動していた。いろんなダンジョンに挑戦したり、依頼を受けたりしていた。

 それでも一人では達成できない依頼があったり、誰かにお願いされて他の冒険者と一時的に組むことはあった。その際に正式にチームを組むことを誘われたが、僕のこともあって断っていた。


 問題が起こったのは、ナッシュのチームを助けた時だった。助けた後、何度もナッシュにチームに誘われた。何度も断ったが諦める様子はなく、時には強引に依頼に付いてこられ、度々同行することがあった。

 そんなナッシュの行動を、ナッシュの恋人が勘ぐってしまった。恋人はナッシュを問い詰めたがはぐらかされ、それによりウィストに矛先が向かった。


 ウィストは誤解を解こうとしたが恋人の執拗な詰問に嫌気が差し、感情的な対応をしてしまった。すると恋人が憤り、お互いに激情にまかせた口喧嘩が始まった。しかもそれが起こったのが人目のつくギルドであったため、翌日には多くの冒険者にこのことが知れ渡り、さらに恋人があることないことを言いふらしたことで謂れのない噂が広まった。

 ソロ活動をメインにしていることとエルガルドに来て間もなかったこともあり、ウィストはその事態に気づくのが遅れ、対応が後手に回る。


 結果、ウィストは人間関係を悪化させる人物と見做されてしまった。


 悪評のせいでチームを組めなくなり、受けられる依頼の数が減った。稼ぎにくくなったせいで生活が苦しくなり、身体精神共に疲労が溜まって失敗が増え、活動頻度が低くなる。そのせいでさらに稼ぎが減る。

 悪循環がウィストを襲っていた。ベルク達がエルガルドに来た一年前まで不調が続き、最近はようやくマシになっていた。以前ほどの悪評を気にする者も少なくなり、徐々に調子を取り戻していた。

 だがそれでも、問題は未だに残っているようだった。


「この装備もさ、最近になってようやく揃えたの。ヴィックがそろそろ来るって聞いて、少しはかっこつけたいなって思って」


 気まずそうに話すウィストが小さく見えた。

 天才といわれた彼女も順風満帆な生活を送っていたわけではない。そこには自分以外にも誰かがいて、それが自分の利になることもあれば逆もある。エルガルドに来たばかりのウィストには、多くの困難が降りかかっていて、それを対処しきれなかった。


 冒険者としては天才でも、それ以外では普通の人と変わらない。分かっていたはずなのに、ウィストなら大丈夫だろうと信じていた。

 一人は心細い。そんなこと、僕自身が良く知っていたはずなのに。


「大変だったんだね」

「そうかもね。けどもう大丈夫だから。あそこまで言ったら、あいつもあきらめるからさ」

「うん。もう大丈夫だよ」


 ウィストは二年間戦い抜いた。僕が居ない間、たった一人で。

 だが、そんな辛い想いはもうさせない。


「これからは僕が居る。ウィストは僕が守るから」


 ずっと言いたかった言葉だった。強くなろうと思った時から、助け合う相棒になりたかった。

 これからは、それを実行するときだ。


「ありがとう、ヴィック」


 ウィストは安堵した笑みを浮かべる。


「じゃあ改めて、鍛え上げた腕前を見せてもらおうかな」

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