4.評価
「ここが男性冒険者の寮だ」
酒場での騒動から解放された後、ベルクにギルドが運営する寮へと案内された。多くの冒険者が利用するだけあって、かなり大きな施設だ。十棟ほど建てられており、そのほぼ全てが宿泊用の部屋だということだ。
「連れて来てくれてありがと。ベルクはこれからどうするの?」
「オレはもう帰るよ。明日も早いからな」
ベルクは寮から出て、四人で住める部屋を借りていた。だけど僕を送り届けるためにここまで来てくれていた。寮までの道は複雑だったので、いなければ迷っていただろう。
「お前も明日早いんだろ。さっさと寝ろよ」
「そうするよ。ちゃんと休まないと大変そうだしね」
明日は早速、ウィストと一緒に冒険に出かける。そのために早く休んで明日に備えよう。
「そうだな……おいヴィック」
「なに?」
「お前はすげえよ」
突然ベルクに褒められた。予想外のことに動揺していた。
「どうしたの、突然」
「いや、な。よく考えたらそう思ってな」
気まずそうな顔をして黙ったが、少ししてから話し出した。
「初めて話をした時、今日みたいに一緒に騒いでただろ。あのとき、お前に同情してたんだ。あんなのと比べられて可哀想だなって」
ベルクは昔、優秀な弟や仕事仲間と比べられ、肩身の狭い思いをしていたそうだ。その頃の自分と重ねているのかもしれない。
「しかもオレとは違ってたった一人でここまで来た。仲間が一緒でも挫けそうになったオレとはえらい違いだ。尊敬するよ」
弱気な発言に、以前と同じように戻ったのかと思った。だがベルクの顔に弱さは見えない。劣等感からではない、敬意を持った言葉だ。
ベルクも強くなっている。体だけではなく心も。
「ベルクは一人で中級ダンジョンを踏破したんでしょ。僕は単独で踏破したことないから、そっちの方が凄いと思うよ」
「そういう話じゃねぇよ。なんつーか、メンタルの問題だ」
「違わないよ。一人で中級を踏破できる人ってそんなにいないよ。それに僕が一人だけだったって話だけどさ、それはちょっと違うかな」
今まで多くの人達に助けられた。その中の誰か一人でも欠けていたら、僕はここにはいない。
「みんなに助けられたお陰でここまで来れたんだ。だから一人で強くなったつもりはないよ。それはこれからも同じさ」
「立派な心がけだな」
「ベルクもその一人だよ。今の僕があるのは、ベルクのお陰でもあるから」
「……変なこと言いやがって」
ベルクは照れ臭そうな顔を見せた後、「じゃあ頑張れよ」と言って寮から離れていった。その背中を見送ってから、僕は寮に向かった。
割り当てられた部屋がある棟に入ると、入り口には棟内の地図があった。地図で部屋を確認すると、道順を覚えてから部屋に向かった。
寮の中は静かだった。人がいる気配はあるが話し声はあまり聞こえない。騒ぐことなく、休むことに専念しているのだろうか。
部屋の前に着くと、ノックをしてから中に入る。部屋から声は聞こえない。ドアを引くと鍵はかかっていなかった。
部屋の中は暗く、二段ベッドが二つある。声も灯も無いので誰もいないと思ったら、右側の下のベッドに人が座っていることに気づいた。
「何者だ」
男は坐禅をしていた。僕が入って来ても微動だにせず、体勢を崩す様子はない。
「この部屋で住むことになったヴィックです」
「なるほど、新参者か」
男がベッドから降りるとランプをつける。明光石の光が辺りを照らし、部屋の中がよく見えるようになった。部屋にはベッドだけではなく大きな箱の形をした収容具があり、住人はその男一人しかいなかった。
癖のある金髪を顎まで伸ばしており、身長は百八十ほどで筋肉質。姿勢が良くて礼儀正しそうな印象を受ける。
「自己紹介をしよう。拙者の名はハルト。齢は二十。この街に来て三年目だ。基本は一人で活動しているが、時には同輩と共に依頼を受けることもある」
「僕はヴィック。十九歳。ここに来たばかりだよ。最近はよく誰かと一緒に冒険してるよ」
「歳は近いようだな。ではヴィックと呼ばせてもらおう。拙者のことは呼び捨てで構わない」
ハルトは蒼い眼を向けながら右手を差し出す。意図を理解し、僕はそれを握り返した。
「分かった。よろしく、ハルト」
「うむ。共に高みを目指そうではないか」
ハルトからがっしりと強く手を握られる。エルガルドの冒険者は上級に上がろうとするものが多く、向上心が高いと聞いている。ハルトはそのイメージ通りの冒険者だ。
「さてヴィックよ。お主の寝床だが空きが一つしかないため選ぶことはできない。そっちの一段目だ」
「分かった。教えてくれてありがとう」
「気にすることではない。むしろ申し訳なく思う」
「どういうこと?」
「お主のベッドの上の段の者はひどく騒がしい男でな。こちらの都合も考えずに話しかけてくる無遠慮な男だ。ベッドが揺れるほど寝相も悪い故安眠もできない。今まで何人もの冒険者が我慢できず、一年も経たずに部屋を出ておる。今日は帰ってきておらぬようだが、戻ってきた時には気をつけることだ」
どうやら上の段の住人は厄介な冒険者らしい。これからの生活が少し不安になった。
「ところでお主はどの街から来た」
「……マイルスです」
ベルク達からの話を聞いて答えることに躊躇いはあった。だが隠してもいずれ知られることだと思い、素直に答えることにした。
「ほう、王都からか。さぞ栄えているであろう。いずれ行ってみたいものだ」
ハルトの言葉は、僕が予想していたものとは違った。表情からも繕っている風には見えない。三年もエルガルドに住んでるので、マイルスの冒険者の評判は知っていると思うが。
「ハルトは僕がマイルス出身でも気にしないの?」
気になって訊ねてみると、ハルトは「む」と怪訝な表情を見せた。
「もしや、マイルスの冒険者は軟弱だと言う風評のことか」
「うん。そういう扱いをされてるって聞いたからさ」
「そんなものはただの偏見だ。同じ街で過ごしても、同じ親から生まれても、同じ師から育てられても、人の性格が同一になることはない。故に、マイルスの冒険者が皆軟弱だという風評は非常に下らないものだ」
ハルトは周りに流されない芯のある冒険者のようだ。はっきりと断言するところはヒランさんに似ていて好感が持てた。
「そのうえ、近年のマイルスの冒険者は皆逞しい。個々の実力は高く、協調性があり知識も豊富だ。少なくとも蔑まれるような者ではないことは確かである」
ヒランさん達の功績は、エルガルドでも評価されつつある。それが自分のことのように嬉しく思った。
「特に二年前に来たグーマン殿は別格だ。実力と人格、共に非の打ち所がない。才のある者とはああいう者のことを言うのだな」
才能と聞いて、気になることがあった。グーマンさんと同時期にエルガルドに来たウィストのことが話に出ない。マイルスの冒険者に詳しそうなハルトが、あのウィストのことを知らないとは考えられない。
「ウィストって子はどう? グーマンさんと同じ時期に来た人なんだけど」
「うむ、あの者のことか」
知っているようだった。再会してからウィストは自分のことを詳しく話さず、曖昧にされるだけだった。だからハルトからウィストの活躍が聞けると思って、期待して待った。
「拙者はあの者と組んだことがあるぞ。グーマン殿から非常に優れた冒険者だと聞いておった故、興味があったのだ。あの者は他の同郷の冒険者同様、仲間のことをよく気にかける良い冒険者であった。しかし……」
ハルトは少し言い辛そうにしつつ、意見を述べた。
「少々期待外れであったな」




