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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第二章 後進冒険者

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30.次に進むために大切なこと

 海上での戦闘は、陸上の戦闘とは勝手が違う。

 まずモンスターは海の中にいる。人は海の中では呼吸が続かないうえに上手く動けない。対してモンスターは自由に動けるため、海中での戦闘は圧倒的に不利である。しかし、海のモンスターは陸上ではほぼなにもできない。


 だから船が襲われたときにすることは二つである。

 一つは船上から攻撃して追い払う。大砲や武器を投擲するのが有効だ。海面付近に上がってこないと有効打を与えられないのが難点だ。

 もう一つは海中のモンスターを船上に釣り上げて、動けなくなったところを倒すという方法だ。成功すれば楽に倒せるが、そこに至る過程が難しい。釣り上げるための丈夫な道具が必要で、大型のモンスターを釣り上げるには大勢の人員が必要だ。さらには釣り上げたモンスターを置くために場所も確保しなければならない。非常に難しい方法だ。それ故に船が襲われたときは、普通は最初の方法を取る。


 だが、そんな常識を軽々と打ち破る人が世の中には存在する。


「どっせえええええええええい!!」


 アランさんが特注で作った釣竿を持ち上げる。海面には全長五メートルほどのサメみたいなモンスターが浮かんでいたが、次の瞬間には宙に釣り上げられていた。

 船よりも高くまで釣り上げられたモンスターは、そこから船へと落下しようとする。このままでは船に被害が出る。アランさんはすぐに大剣へと持ち替えると、モンスターに向かって跳び上がった。


「ふんっ!!!」


 大剣を一振りすると、モンスターは真っ二つになっていた。両断されたモンスターはその衝撃で落下先が海へと変わった。

 大きな水飛沫が上がると、ほぼ同時にアランさんが船上に着地した。


「今日はフカヒレじゃのう」


 何をしたらこんなに強くなれるのか。この一週間で何度もそう思った。




「オレ達の仕事を手伝え。そしたら独房にぶち込むのは許してやる」


 アランさんが助かるための条件は、アリスさんを含めた冒険者ギルドへの貢献だった。

 アランさんほどの戦力を放っておくのは冒険者ギルドだけではなく、社会的にも損である。しかし何も処罰が無いと不満を言う人がいる。それを考慮した故の条件だった。


 そのために必要なのが監視役だった。一応処罰を受ける人間を一人にするのはおかしいという話が出て、誰が監視をするのかというのが問題だった。

 その一人に、僕が選ばれてしまった。


「責任を取るんだろ?」


 そう言われて、断れるわけがなかった。

 その後はアランさんに付き添いながら、ギルドから受けた仕事や依頼を受けることになった。

 アランさんのお陰で依頼が難なく終わることが多く、懐も潤ったことで修行に力を注ぐことができた。さらには時折、盾の使い方を教わることができたので勉強にもなった。


 問題は私生活だ。

 監視は仕事以外でも行われた。不幸にも家に空き室があったため、アランさんも家に住むことになった。


 最初は警備員にもなるので心強く思っていたが、アランさんの生活態度ははちゃめちゃであった。

 ベッドがあるのに大いびきをかきながら居間で寝る、酒癖が悪くてよく絡む、監視の目を盗んで飲みに行く、ラトナの入浴中に偶然を装って覗こうとする等々。家にいても気が休まる時間は少なくなっていた。カイトさんもイラついているようで、アランさんを無言で睨むことがよくあった。


 だから少しでも皆を休ませるために、マイルスの外に出られる依頼を受けた。依頼は船の護衛。マイルスから出港する船に乗り、襲ってくるモンスターを撃退するという内容だ。難しい上に数日間の期間のため、それなりに報酬が高い。カイトさん達が休めるうえに、高い報酬を得られる。一石二鳥の依頼だった。いや、一石三鳥だ。


「噂通りの腕前だね」


 船上で警備をしていると、船員のシードさんに声を掛けられる。先程までモンスターに襲われて船員は右往左往していたが、今はすっかり落ち着いていた。


「そりゃ大陸最強の傭兵ですからね。まぁ、あんなことができたのは想像以上ですけど」


 大型モンスターを釣り上げるアランさんと、同じくらいのサイズのモンスターを殴り飛ばしたソランさん。どっちが強いのだろうか……。


「あの人がいる限り、この船は安心です」

「うん。けど君のお陰でもあるよ」

「僕も?」


 シードさんが「そうだよ」と肯定する。


「君も襲ってきたモンスターを追い払ってくれたでしょ。モンスターに襲われてパニックになった人に声を掛けて落ち着かせてくれたしね。そのお陰で怪我しないですんだんだ。とても助かってるよ」

「そうですか」

「あぁ。初めて会ったとき、君がここまで成長するなんて思わなかったよ」


 マイルスに来るとき、僕はシードさんに励まされた。それからなんとか生き延びて一年以上が経っている。あの時に比べたら、僕も少しは成長できているだろう。そしてこれからも、僕は先に進み続けたい。

 だから今日は、その報告をしたかった。


「けど大丈夫かい? この船の行き先は君の住んでいた島だよ」


 シードさんは僕の事情を知っている。だから心配げな様子で聞いてきたのだ。

 だけど、それが止める理由にはならない。


「今回を逃すと、今度はいつ来れるか分かりませんから」


 今日は僕の両親の命日だった。




 サリオ村の端に墓地がある。その中で両親の墓石は、墓地の端の方にあった。他の墓石は立方体に近い形で灰色だが、両親の墓石は白色で他の墓石よりも薄くて面積が広いためよく目立つ。

 誰かが先に来ていたのか。墓石は綺麗になっていて、花も供えられている。両親は島の外にいた時期があったので、その時の知人が来ていたのだろう。


 両親のことは覚えていない。声も顔も分からない。昔何をしていたのかも知らない。もし生きていて再会しても、両親だと判らないかもしれない。

 だけど二人が僕を生んでくれた。辛いことはたくさんあったが、今の僕は幸せだ。

 だから僕は、あの世にいる二人に報告したかった。


「たぶん僕は、もうここには来れないかもしれない」


 来年にはエルガルドに旅立つ。その後、ここに戻って来れるかはわからない。ウィストと一緒でも生き残れるとは限らない。冒険者とはそういう稼業だ。


「やりたいことができたんだ。二人には寂しい思いをさせるかもしれない。だけどもし、冒険者として一人前になったら、またここに来るから」


 次に来るのは、胸を張って誇れるような冒険者になったとき。それまではただひたすらに頑張りたい。その決意表明をしたかった。


「だからそれまで待っててね」

『頑張れよ』


 両親の声は覚えてない。だけどどこからともなく聞こえたその声は、二人の声のように思えた。


「じゃあまたね」




「ははっ、ほんとに帰ってきてたのか」


 マイルスへの帰還日、船に乗ろうとしたときに声を掛けられた。よく知った声だった。


「まさか生きてたなんてな。あっちでおっちんでるかと思ってたぜ」


 叔父夫婦の息子のロストだ。相変わらず、人を見下すような眼をしている。


「なに? 僕もう帰るんだけど」

「おいおい、つれねぇな。せっかくの再会だぜ。もう少し話でもしようや」

「僕は別にないから」

「は? 調子乗ってんのか」


 ロストが僕に詰め寄って胸ぐらをつかむ。昔、よくこれをやられたものだ。あのときはこれをされるたびに怯えていた。

 だけど、今は全く怖くなかった。


「そんなつもりはないよ。ただ忙しいから早く済ませたいだけだよ」

「そういうのが調子に乗ってるって言ってんだよ。なんだこのカッコ。いっちょ前に武器なんかつけてよ。冒険者気取りか」

「冒険者だよ」

「は? お前が?」


 馬鹿にするかのような笑みを浮かべる。昔の僕しか知らなかったら、そう思うのも無理はない。


「へえ、冒険者って楽な仕事なんだな。お前でもできるんだからな」

「そう思うならやってみたら。あんただと碌に稼げないと思うけど」

「お前ができるのに、オレができないわけないだろ」

「いや無理だよ。だってあんた、今も碌に働いてないんでしょ」


 全く汚れていない服。土すら触ったことのなさそうな綺麗な土。日焼けしてない白い肌。おそらく今も、昔と変わらず家で怠けてたり、遊んでいたりするのだろう。


「冒険者は命がけの仕事だ。地道な努力を積み重ねないと誰でも死んでしまう危険な仕事なんだよ。家の手伝いすらできないあんたができるわけがない」

「おい。誰に向かって言ってるか分かってんのか」

「従兄のあんたにだよ。あんたはそれ以外の誰でもない」

「つまりお前より上の人間なんだよ。分かったら謝れ」

「断る」


 意外だったのか、ロストが言葉を詰まらせた。


「昔はあてがなかったからあんたらに従ってた。けどあんたらに追い出されて、自力で稼げるようになった今はその必要が無い。ただの他人に、そんなことする義理は無い」

「調子に乗るな!」


 ロストが僕の顔を殴る。スローモーションのような遅い拳を、僕はあえて受け止める。殴打の音が響いたが、あまり痛くなかった。

 昔はこの一撃で泣いていた。怖気づいて平伏していた。だが今は、そんなことをする気が全くない。こんなもの、今まで戦ったモンスターに比べたら蚊が止まったようなものだ。


「どうだ! 思い出したか! お前は俺の奴隷なんだよ!」


 渾身の一撃を放ったらしいロストは、勝ち誇ったような表情を浮かべている。

 やはりこいつは変わっていない。昔と同じ、僕を奴隷扱いする主人のような気分なんだろう。


「分かったら俺に従え! 俺の言うことだけを聞け! 俺のためだけに働け!」

「何でそんなこと僕がしなきゃいけないの。するわけないじゃん」

「なっ……お前―――」

「ロスト。いい加減にしたら?」


 再びロストが言葉を詰まらせた。


「僕はもうあんたに従う気はない。理由もない。僕の人生は僕が決める。僕の物は僕の物だ。どう使うのも誰に渡すのも僕の自由だ。あんたに捧げる気は全くないし、あんたは僕の物を奪う力も無い。あんたは僕に何もできないんだよ」

「なっ……なっ……」

「そして僕も、あんたから奪いたい物は何もない。興味すらない。だからあんたも、もう僕に関わってこないで」

「お前っ―――」

「調子に乗ってる、とかじゃないよ」


 ロストが言おうとした言葉を飲み込んだ。


「僕がここに来たのは次に進むためだ。それ以外のことに関心は無い。だからあんたに従うつもりもやり返す気も無い」


 やりたいことがたくさんある。そのなかにロストや叔父夫婦に関することは何もない。そんなことをする気が起きないくらい、僕は今に夢中だった。


「じゃあね。多分もう会わないと思うから―――」

「ビビってるだけだろ!」


 ロストが再び声を上げる。


「俺を殴るのが怖いだけだろ! やり返されるのが嫌だから無関心を装ってるんだろ! そうだろ!」


 顔を赤くしてロストが吠える。挑発のつもりなのか、僕の発言を虚勢だと思いたいのか、その両方なのか。

 けれど、どちらでもよかった。


「分かった。じゃあ殴るね」

「へ?」


 僕は拳を握って殴りかかった。ロストの反応は鈍く、寸で止めたところでやっと気づいて顔を庇う。あまりの遅さに呆れてしまう。ロストではなく、僕自身に。

 もう相手にする気はなかったのに、結局挑発に乗ってしまった。しかも戦闘の素人相手に。僕もまだまだだ。


 だけどスカッとした快感があった。

 昔は想像すらできなかったロストの間抜けな姿。それを見てやっと言える言葉があった。


「じゃあ、さよなら」


 ロストに背を向けて船に乗り込む。すでに出港準備は終わっていたようで、僕が乗るとすぐに出発した。港には顔を真っ赤にしたロストが乱暴な足取りで帰っていく姿が見えた。


「久々の帰省じゃったようじゃの」


 港を見ながらアランさんが言う。さっきの揉め事を見ていただろう。少し表情が硬そうに見えた。


「坊主も色々とあったようじゃの。酒でも飲むか?」

「仕事中に飲みませんよ。大丈夫です」


 サリオ村は僕が生まれた村だ。それ以外の思い入れは無い。だから何も期待はしていなかった。

 だが、来て良かったと改めて思う。


「これでもう、何も思い残すことなんてありませんから」


 前に向かって進み続けよう。振り返る場所は、もうないのだから。


第二章完!

次回、エルガルド編!

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