27.神速
気が抜けた瞬間だった。アランさんを倒し、護衛対象のネルックさんが無事だった。下ではノーレインさん達が戦っているが、大きな怪我も無く終わったのですぐに援軍に行ける。その前に少しだけ休もうと思っていた。
だから突然部屋の扉が開いたことに驚いてしまった。
予想外のことに反応が遅れる。アランさんの言葉もちゃんと聞き取れず、銃口が向けられていることに気づくのも遅れ、状況を理解したのは銃声が聞こえたときだった。
棒立ちの僕に飛んでくる鉛玉。気づいたときにはもう遅く、避けることも守ることもできない。
死を覚悟した僕だったが、突如横から押し飛ばされる。強く押されたことで床に倒れてしまったが、お陰で銃弾を回避できた。
怪我もなく済んだことに安堵する。だが振り向いた瞬間に、顔から血の気が引いた。
「アルバさんっ―――」
僕が経っていたはずの場所にアルバさんが居た。しかしただ立っているのではなく、腹部を手で押さえ、顔を歪ませている。何が起こっているのかは明らかだった。
「……無事だったようで良かったよ」
アルバさんが床に膝を着く。平気そうに笑みを浮かべているが、口元が引きつり、汗をかいている。どう見ても重症だ。
「なんで……」
何で僕を助けたのか。駆け寄って尋ねたが、最後まで言うことができない。
言葉を詰まらせていると、アルバさんが引きつった笑みを浮かべさえながら言う。
「後輩を助けるのは、当然のことだよ」
息を切らしながらも、大怪我を負いながらも、アルバさんは常に自分らしくいる。強い人だと分かっていたが、それは力だけではない。心も強いのだ。
そんな強い人を、嘲笑う声が聞こえた。
「自分よりも弱者を優先するなんて、馬鹿な男だね」
扉の前に視線を向ける。そこにはオスカーと彼を守る傭兵達がいた。数は七。オスカー以外武装している。
「何であなた達がここにいるんだ?」
「この状況でまだ分からないのか? やはり頭が悪い奴は救えないな」
僕の問いに、オスカーは鼻で笑って答える。
「ルドルフ殿に聞いたんだよ。今夜アラン達がネルックの首を取りに行くってな。しかも打ち取った奴に特別報酬をくれるらしくてね。それを狙いに来たんだよ」
「あなたみたいな戦えない人が、そんなことのためにこんな危険なところに来たんですね」
「当然さ。こいつらだけに任せてられないからな。危険はあったが、それは時機を見れば避けられる。現に今、私は五体満足でここに居るのがその証明だ」
オスカーはおそらく正門以外から侵入してきたのだろう。そうであったらノーレインさん達と戦っていて、その際に彼らの体に何らかの傷跡ができたはずだ。だが彼らの姿から、そんな痕跡は見つからなかった。
アランさんを倒し、あと少しで守り切れるはずだった。だがオスカー達の参戦により戦況が覆った。
あと少し、あと少しだったのに……。
「さぁ、ここで終わりにしようか」
オスカーが護衛達に指示を出す。彼らは全員銃を持っている。七人一斉に撃たれたら命はない。だが動けるのは僕一人。守り切れるのは無理だ。
万事休すか。
「坊主! 儂の盾を使え!」
アランさんの言葉で、近くに落ちていた大盾を拾う。かなり重くて、両手で持たないと構えられないほどだった。
「撃て!」
オスカーの合図と同時に、僕は盾を持ち上げる。ひと一人が隠れるには十分な面積で、縦に並べば二・三人は隠れられる。その大盾の陰にアルバさんと一緒に隠れた。
大盾に銃弾がぶつかる。大きな金属音が何度も発生し、その度に振動が伝わってくる。アランさんが使っているだけあってかなり頑丈だ。銃弾に撃ち抜かれる感触が全くなかった。
「ち。面倒な真似を」
銃弾の装填で音が止む。ひとまず無事だったことに一息吐けたが、まだ気は抜けない。装填が終わればすぐに第二陣が来る。それまでに何か対策を取らなければ。
「どうやら手が無いようだな」
近くにいるネルックさんが言う。いつの間にか大盾に隠れていたようだ。
「……なんとかします」
「策があるのか?」
「……考えます」
「つまり無いんだな」
「……はい」
素直に答えると、ネルックさんは「そうか」と淡々と言った。
「ならば後は私に任せて、君は逃げなさい」
するとネルックさんは平然とした様子で大盾の陰から出た。
「は? え?」
突然の行動に、間抜けな声しか出なかった。大盾から出たらいい的になる。ネルックさんを守り切ることが僕達の使命なのに、それが果たせなくなる。ネルックさんもそれを分かっているはずだ。
「おや、わざわざ出てきてくれたのか。そこに居たら少しは長く生きられるのに」
オスカーが勝利を確信したかのように嘲笑う。
「それともそれが分からないほど愚かな頭脳なのかな。冒険者の親玉も、やはり馬鹿のようだな」
「ふん。貴様のような成金には分かるまい」
たいして、ネルックさんもオスカーを見下した。
「私が局長になったのは、ひとえに冒険者達を守るためだ。そのために体を張るのは当然のことだ」
「その代わりに自分が死ぬことになってもか」
「彼らが命を賭けて私を守ろうとしている。ならば私も命を賭けて彼らを守る。当然のことだ」
「馬鹿な考えだな。望み通り殺してやるよ」
オスカー達が再び銃口を向ける。ネルックさんは逃げも隠れもせず突っ立っている。命を賭けて、僕を守ろうとしている。
そんな姿を見て、僕は使命や命令を忘れて飛び出していた。
銃声が響く。ネルックさんの前に出た僕の体に何発もの銃弾が刺さる。
「っ―――」
体中から激痛が走る。何発かは外れたり防具や盾に当たったが、それ以外は体に命中して傷を生んだ。だが致命傷にはならない。精々動くと痛いだけだ。
「なぜ出てきた!」
「そんなの―――」
ネルックさんの言葉にすぐ答えた。
「あなたと同じ理由です!」
僕は大盾を両手で掴むと、一回転して勢いをつけてオスカー達に向かって投げつける。アランさんの大盾は大きいうえに重い。投擲には向かないが、当たれば重症だ。
オスカー達は投げられた大盾を避ける。その隙に、僕は彼らに接近した。
「貴様っ―――!」
オスカーが気づいたときには、すでに僕は剣を抜いていた。この集団のリーダーはオスカーだ。こいつさえ倒せばなんとかなるはず……。
一縷の望みにかけて剣を振るう。オスカーの反応は遅く、刃は確実に首を捉えられる。
そして剣が首に触れる直前、間に護衛が割り込んで剣を止められた。
剣と剣がぶつかり合う。その衝撃に銃弾でできた再び傷が痛み、一瞬だけ力が入らなくなる。その隙に押し返され、オスカーとの距離を空けられた。
すぐさま再び距離を詰める。だが別の護衛がまた割り込んできた。そいつば棍棒を持っていて、僕の体を殴りつけた。
攻撃に意識が回っていた僕は、反応が遅れてまともに喰らう。一瞬息が止まり、さらには殴り飛ばされた。床に転がされたのですぐに起き上がったが、すでに護衛達が僕を取り囲んでいた。
「ふ、ふはははは! 驚かせやがって……。だがこれで終わりだな」
四面楚歌、八方塞がり。その言葉が相応しい状況だった。護衛達全員が武器を向けており逃げ場がない。標的のオスカーの、安全なところまで離れていた。
「最後のチャンスをものにできなかったとは、やはり愚か者だな。だがそのお陰で私は生きている。その褒美として楽に殺してやろう」
護衛達が銃を向ける。近距離で四方からの銃撃。外すことはもちろん、防げる術もない。
それでも、せめてあいつだけでも……。
一か八かでオスカーに向かって飛び出す。それと同時に護衛達が銃を撃つ。
絶対不可避の銃声。僕を嘲笑うオスカーの声。
そして、風を切る音が聞こえた。
一瞬だった。銃に撃たれたと思ったが、いつの間にか僕は奴らと離れた場所にいた。目に映る景色が瞬きする間に変化していた。
何が起こったのか理解できない間に、僕はゆっくりと地面に下ろされた。誰かが僕を担いで、あの場から逃げさせてくれたのだ。
それができるのは、この世にただ一人しかいなかった。
「ヴィック君。よく見ておいてね」
アルバさんが優しい声で言った。
「これが僕の最後の神速だよ」
覚悟を決めたような表情で。




