26.奇襲
「理解できんな」
率直な感想が口から出た。
アルバは優秀な戦士であるが戦術にも長けている。怪我をしてからはその欠点を補うように、より一層その面が出てきている。故に、今回も何らかの策を用意していると予想していた。
しかし、その策のためにヴィックを用いることは予想していなかった。
「何がかな?」
おどけた様子のアルバに、アランは眉を顰めた。
「儂を倒すために策を用いることは理解できる。他者の手を借りるのも有効な手だ。だが、その坊主を起用することは下策だ」
アランはヴィックに目を向ける。顔つきは戦士の顔だが、その体は小さくて頼りなさそうに見えた。
「お主と坊主との差はあまりにも大きい。弱すぎる者との共闘は足を引っ張られるだけだ。捨て駒として使うつもりなら話は別だが、お主はそれをしない戦士だ」
「その通りだよ。彼を捨て駒にするつもりは毛頭ない」
「不可解だ。その坊主と戦って、儂に勝てると思っているのか」
ヴィックは弱い。だがそれは現時点の話だ。その顔つきとアランに挑もうとする度胸から、いずれはそれなりの戦士になれるだろうと見込んでいる。
そのうえ、アルバはヴィックを気に入っている風に見える。身内と好きな者には甘いアルバが、ヴィックを死地に連れ出す行為は予想外だった。実はこれがフェイクの可能性も考えたが、そんな様子にも見えないし、周囲に伏兵の気配もない。
だからこそ、どこか不気味な予感を抱いた。
「坊主が死んでも構わないのか」
「ここに来ている時点で彼も覚悟はできている。それに死ぬとは限らないでしょ」
甘い考えだ。アルバにはあるまじき浅はかな予想。
それがアランに火をつけた。
「儂を侮るな」
アランは走り寄り、アルバに向かって大剣を振りかぶる。予想通り、アルバは下がって回避する。だがそれにより、ヴィックとの距離が開く。すぐさま方向転換をし、ヴィックに大剣を振るった。
ヴィックが盾を大剣に向けながら跳び退く。防御と回避を兼ねたその選択は実に中途半端だ。
「ぐっ―――」
アランの大剣は盾に当たり、威力に押されたヴィックは大きく後ろに吹きんで壁に衝突する。しばらくはまともに腕を動かせないほどのダメージを与えた感触があった。
ここで仕留めれば、気兼ねなくアルバとの一騎打ちができる。アランは躊躇いなくヴィックに接近する。
そしてそれをアルバが止めに来ることを、視界に捉えていなくても分かっていた。
「こういうことだぞ」
アランはアルバがいる方向に大剣を横に払う。髪の毛を切った感触があった。振り向き様に目を向けると、アルバがしゃがんで避けていたのが見えた。
ギリギリで避けた様子のアルバだが、その眼に怯えはない。細剣を突き刺そうとする構えをしている。
だがそれも予想通りだ。アランは踏み込んで大盾を突き出すように殴りつける。
攻防一体の技とアルバの突き。盾に細剣が刺さる感触があったが、アランの盾は最高硬度の鉱石で作られている。最高の技術を持って繰り出された刺突でも、貫くのは不可能である。
アルバは細剣ごと盾で殴られて吹き飛ぶ。寸でのところで後ろに跳ばれて威力が軽減されたが問題ない。実質、これで詰みのようなものだった。
ヴィックは動けない。戦えるのはアルバのみ。先程と同じ状況に戻っていた。
「さぁ、これで振り出しに戻ったぞ」
「はたしてそうかな」
形勢が不利であるにもかかわらず、アルバは不敵に強がる。まだ手があるのか。
だがアルバが見せた行動は、ただ突っ込むという愚直な選択だった。
細剣を持つ右手を引き、最短距離で放つ刺突。今のアルバが出せる最速の攻撃。
その速度は、神速を知るアランからすれば亀のような遅さだった。
「哀れな」
アルバの刺突に、アランは余裕をもって大盾で防ぐ。盾から伝わる感触から、やはり貫くことには至らないことを察する。
それが終わりの時だった。
「さらばだ。神速のアルバよ」
アランは大剣を振りかぶる。アルバは攻撃した隙を晒し続けている。神速の脚を失ったアルバには、逃れ切れる術はない。
だからこそ、アランは悲しんだ。こんな無様な最期を見せるとは。
命を絶つ一撃。一片の慈悲も無い斬撃。喰らえば確実に死に至る。それはアルバも分かっているだろう。
だというのに、アルバは笑っていた。
「やっと隙を見せたね」
脳裏に疑念がよぎる。何故アルバはこんな愚直な攻撃をしたのか
アルバほどの戦士なら、アランが今のアルバの速度に対応できることは想定していたはずだ。現にヴィックと共闘する前から、アルバの攻撃に対応できていた。最速の攻撃にも反応できると考えるだろう。
その答えは、右から迫るヴィックが教えてくれた。
倒れていたはずのヴィックが剣を振り下ろす。剣の起動は頭を捉えている。ヴィックの筋力では兜をしているアランの頭を断つことはできない。とはいえ、そのまま喰らえば脳震盪の危険がある。
アルバの狙いは、自分に注意を向けさせることだった。防がれることを前提に攻撃し、その間にヴィックに攻撃させて隙を作らせる。その後にアランに止めを刺す予定だったのだろう。おそらく最初にヴィックが攻撃を受けて動けない振りをしたのも計算の内だ。
余程の信頼関係が無いとできない連携だ。二人の絆に感心しつつ、アランはヴィックの攻撃に備えた。アルバへの攻撃を諦めよう。
不意を突かれたとはいえ、アルバの速度には到底及ばない。アランはヴィックの攻撃を大盾で防ぐ。
だがヴィックの動きは止まらない。アランの大盾を自身の盾で殴りつける。
直後、火薬の匂いが鼻腔を突く。
なるほど。それが狙いか。
ヴィックの盾から小さな破裂音が発生する。『火杭』の発射音だ。モンスターの硬い甲殻も砕くことができる武器で、まともに受ければアランの大盾でも無事では済まない。
だがアランは、膂力が自身よりも勝るモンスターの攻撃を防ぎ切った経験がある。当然その際に必要な技も習得し、極めていた。
火杭がアランの大盾に衝突する。一瞬の間の後、破裂音が響く。その直前、アランは盾を動かした。
流れる水の如く、衝撃を受け流す。盾使いなら誰もが習得すべき必須技術。極めればどんなモンスターの攻撃も、一切の衝撃を受けずに防ぐことができる。アランの技術はその域に達していた。
しかし、
「なっ―――」
腕に衝撃が響く。破裂した火杭の威力に押され、大盾が予想よりも後ろに逸れる。受け流しに失敗し、威力を流しきれなかった結果だ。
なぜ失敗した?
十年以上、受け流しを失敗したことはなかったいつも通りにできていたはずだ。何を間違えた。
失敗の原因を自問自答する。だがその答えを見つける時間は無かった。
視界の隅にいるアルバが、再び細剣を構えている。盾が弾かれて無防備な姿を晒しているアランを、この男が見逃すはずがなかった。
眼にも止まらぬ刃がアランを襲う。全身を甲冑で守っていても、不死になれるわけではない。
アルバの細剣が、甲冑の関節部を次々に斬りつける。関節部は身体を動かすために他の部位よりも装甲が薄い。アルバはそこを的確に狙っていた。
その技はアランの命を絶たないまでも、動きを止めるのには十分だった。
「これが僕の新しい神速さ」
アランは身体に力が入らなくなり、その場に膝を着いて倒れ込む。その衝撃で大盾が腕から外れ、表面が視界に入った。
表面には火杭の破裂で突いた焦げ目と、その中央にできた小さな穴があった。
それは火杭の威力ではできない傷。そして細剣の切っ先とほぼ同じ大きさだった。
「なるほどな。失敗したのはこのせいか」
アルバの突きは盾を貫かないまでも傷をつけていた。普通に攻撃を防ぐには支障のない傷だが、受け流しをするときは話が別だ。
相手の攻撃を盾の表面で滑らすように盾を動かして力を逸らす。そのためには攻撃の方向を見て、力の流れを操る必要がある。
だがヴィックは大盾にできた傷を狙っていた。そこから発生した力の流れは、アランの予測した方向からずれてしまった。
受け流しは精密な動作が必要だ。大きな力になるほど、僅かなずれが失敗につながる。今回は傷から生まれた力の流れが複雑になり、力を捉えきれなくなってしまった。
「偶然なわけがないな。やはりお主は素晴らしい戦士だ」
アルバが得意げな笑みを浮かべる。
「当然、と言いたいところだけど、今回はその称号は僕以外にあげてよ」
アルバが視線を向ける。その先にはアランが侮った少年の姿があった。
アランは惜しみなく、アルバに向けた言葉を繰り返した。
「坊主。お主は素晴らしい戦士だ。儂がそれを保証しよう」
ヴィックは少し驚くと、嬉しそうな顔で言う。
「ありがとうございます」
その姿は以前会った時と同じ、どこにでもいるような少年だ。だがこの少年がアランを倒したのだ。
そう考えると、少しだけ嬉しくなった。
アルバのような強者はもちろん、今は弱くても見込みのある戦士がいる。引退するにはまだ早すぎる。
「先が楽しみじゃな」
「そうでしょ。僕は進化し続ける男だからね」
「お主の話じゃないわい」
気が抜けて立ち上がる気が失せてしまった。どのみちこの状態では逃げることはできない。後のことは任せよう。
アランは顔を床につける。その際、床から振動が伝わってきた。大勢がこちらに向かってきているようだ。
その足音はアランの仲間のものではない。アルバの援軍かと思い、部屋の入り口に視線を向けた。
そして扉が開くと同時に、侵入者の姿を見てアランは言った。
「避けろ!」
銃声が響いたのは、その直後だった。




