25.後に続く者達へ
不利な状況で戦うことには慣れていた。戦場に出れば何が起こるか分からない。最初は万全の準備をしていても、ちょっとした偶然で優位性が無くなるなることはよくある話だ。
それに比べれば今回はまだマシだ。なんせ最初から数的不利なことは分かっていたからだ。精神的には楽である。
とは思いつつも、戦況が不利であることには変わりなかった。
「そろそろ負けを認めたらどうだ」
ノーレインの後ろには屋敷の入り口がある。それに背を向けて、ネグラッドと共に侵入してきた敵と対峙していた。半円状に取り囲んでいる奴らの後ろには、負傷した傭兵達がいる。
「たった二人だけでここまで粘ったのはたいしたものだ。だがこれ以上は無理だ。それはお前ら自身がよくわかってるだろ」
敵のリーダー格は顔見知りだった。十年近く戦場を生き抜いてきた傭兵だ。腕前も一級品だ。
「ここにいるのは安全な町でしか威張れないチンピラではない。幾多もの戦場を生き抜いてきた猛者達だ。お前ら二人の実力は一流だが、それに続く実力者達十人を相手にしているんだ。勝てないのも無理はないさ」
男の言う通り、取り囲んでいる傭兵達は何年も前から見知った連中だ。傭兵業は最初の仕事で死傷して引退することが珍しくない。それを数年続けられるということは、それなりの実力者という証明になる。彼らの年季の入った装備からもそれが伺えられた。
戦いの基本は数が多い方が勝つ。そのうえ実力も備わった相手だ。苦戦することは必至だった。
「だったらさっさと止めを刺しに来い。すぐに終わるぞ」
「不要な突撃をして怪我する馬鹿はここにはいない。じっくりと時間をかければ倒せるんだからな」
「ならお喋りしないで手を動かせ。お前らのようなしょぼい傭兵の売りは数と勤勉さだろ。さぼらずに働けよ」
「お前と交渉するのも仕事のうちだよ。依頼を達成することは大事だが、怪我を避けることの方が重要だ。それは傭兵に限らず冒険者も同じだろ」
「……何が言いたい」
「取引をしよう」
リーダー格の男が武器を下ろした。
「このまま攻防が続けば、遅かれ早かれ俺達が勝つ。その場合お前らは怪我を負い、今後の仕事に支障が出る。俺達も依頼を達成できるが、それはできれば早い方が良いし、怪我をしたら儲けが減る。そうだろ?」
「あぁ、その通りだ」
「だがお前らがここを退いてくれれば、その問題は解決する。俺達は怪我をすることなく、早く依頼を達成できる。お前らは怪我をしなくてすむから明日からも稼ぎに出てる。どちらも損をしない最高の提案だろ」
「なるほどな。まぁたしかに、この状況からしたら俺達にも十分得がある提案だな」
「だろ? じゃあ、この提案を受けてくれるか」
「ははは、もちろん」
ネグラッドは足元に落ちていた敵の剣を拾うと、それを男に投げつける。男はさして驚くこともなく、一歩右に移動してそれを避けた。
「受けさせてもらおうかな」
「受ける態度に見えないんだが」
「もちろん受けるさ。お前ら全員がくたばってくれたらな」
男は溜息を吐きながら再び武器を構える。説得は諦めてくれたようだ。
「馬鹿な奴らだ。たかが女一人のために命を張るか」
「女? 何の話だ」
「なにを言ってる。ヒランの事だ。お前らあいつに惚れてるからこんな馬鹿なことをしてるんだろ」
一瞬だけ思考に空白が生まれる。そして言ってることを理解すると笑いがこみ上げてきた。
「あっはっはっはっは!」
「ははははは!」
つい声に出して笑った。それはネグラッドも同じだったようだ。戦場に似合わない笑い声が響いた。
反して男達はぽかんとしていた。
「……何を笑ってるんだ」
「何をって……はっはっは!」
「おかしいに決まってんだろ! ははははははは!」
男の疑問にまた笑ってしまう。何にも分かっていないんだ。面白いのも仕方がない。
ひとしきり笑ってようやく落ち着くと、ノーレインは男の疑問に答えた。
「俺達はな、あいつを女として見てないよ」
「そもそも全然タイプじゃないからな」
「な。細すぎだよな、あいつ。俺はもっとおっぱいが大きいのが良いんだよ」
「まったくだ。もっとケツに肉が欲しい。愛嬌が無いのもマイナス点だ」
「そうそう。やっぱボンッキュッボンが良いよな。お前だっておっぱいおっきいのが良いだろ」
「まぁそうだが……って、何の話だ!」
「好きな女のタイプの話だろ」
「違う! なぜヒランに従ってるのかっていう話だ!」
なぜか男は興奮気味に否定する。そういえば真面目な奴だったな、こいつ。
ノーレインはネグラッドと顔を見合わせる。あの時のことを思い出したのか、ネグラッドはフッと笑い、ノーレインも思わず口角を上げた。
「なぁ」
「あ?」
男に向き直り、ノーレインは言った。
「お前さ、年下のガキに土下座されたことあるか?」
ノーレインの問いに男は黙する。その間に、ネグラッドが聞く。
「自分より弱い奴に土下座したことは?」
「……何の話だ」
「見下されてた奴に土下座されたことはあるか?」
「公衆の面前で土下座したことは?」
「必死に頑張ってる奴に土下座されたことはあるか?」
「見ず知らずの他人のために土下座したことは?」
「だから、何の話だと言ってる」
察しの悪い男に、ノーレインは答えた。
「お前が知りたがってる奴の話だよ」
「……は?」
男は大きく目を見開かせる。心底驚いているように見える。
無理もない。今ももちろんだが、当時を知る奴からすれば想像もつかない行動だからだ。
だが、あの行為に心が動かされたのだ。
「あいつはな、変わらない現状に嫌気がさして愚痴ばっか言ってる俺らとは違った。冒険者ギルドを変えるために慣れない仕事をして、そのうえで変革のために行動した」
「本当は俺達がしなきゃいけないことだったんだ。だが誰もしなかった。どうせ無理だ、できっこないって思った」
「けどな、応援もしてたんだ。力にはなれないけど心の中では応援してるってやつだ。ま、そんなの何もしてないのと同じなんだけどな」
「だが、そんな俺らにあいつらは声を掛けた。力を貸してほしいってな」
「最初は断ったんだよ。あまりの急な展開にびっくりしてな。それに厄介ごとには巻き込まれたくなかったし、失敗したときのことも考えたらさ、ふんぎりがつかなかったんだ」
「てっきり、それで諦めると思った。だがあいつは引かなかった。あまりのしつこさに嫌気が差したからさ、言ってやったんだよ。だったら誠意を見せろってな」
プライドが高く、独善的な性格だった。だから何もできないと思って引いてくれると思ってた。
その結果が今だ。
「あいつを見てたら情けなくなったんだよ。年上のくせに、歴が長い癖に、俺は何をやってるんだって」
「同時によ、頑張りたくなったんだよ。必死に汗かいて世界を変えようとしてる奴のために何かしてやりたい、手伝ってやりたいってな」
「柄にもねぇのにな」
「まったくだ」
革命とか変革とか、そんなのは常人ができることじゃない。馬鹿にしかできないことだ。そんな馬鹿に付き合ったら怪我をする。遠くから見てるのが安全だ。そんなことは、長年の経験で分かっていた。
だがあのとき、そんな馬鹿のために戦いたくなったんだ。
そして今もだ。
「知ってるか。今日もそんな馬鹿が一人ここに来てるんだぜ」
今日という日のために準備をしてきた。ヒランさんから許可をもらい、アルバさんとクラノさんに稽古をつけてもらった。お陰でそれなりに戦えるようにはなった。
だが今回の相手は、最強の傭兵であるアランさん。一対一で戦えば何もできずに負けてしまうほどの力量差がある。アルバさんと一緒だが、それでも荷が重すぎる相手だ。
そんな最悪な状況下で、僕は答えた。
「分かりました」
剣を抜き盾を構えてから、隣にいるネルックさんよりも前に出た。
「さすがだ。僕が見込んだだけはあるよ」
僕の様子を見て、アルバさんが嬉しそうに笑う。
「覚悟はしてきたつもりですから」
「それでもここで前に出れる者はそういない。君みたいな者を勇者というんだよ」
「僕が勇者なら、みんなもそうですよ」
僕が動けるのは、過去に勇気を振り絞って戦った人達がいると知ったからだ。
ヒランさん達の今までの努力が、僕を突き動かしている。皆の努力の結晶を壊したくない。皆の想いを繋ぎたい。
誰もが抱く当たり前の感情。その一端になれることが誇りに思えた。その誇りを受け継ぎたかった。
だから覚悟はできている。
「それにアルバさんが一緒ですから」
「そうだね。僕が一緒なら負けることはないさ」
「えぇ。アルバさんは決して無策では戦わない人ですからね」
アルバさんがニヤリと笑った。
「じゃあかっこよく勝ちに行こうか」




