24.神撃のアラン
アランさんには、今までに二回会った。そのときはどちらも平服だったため、体の大きなおじいさんという印象しか抱かなかった。
だが、今はそんな印象を微塵も感じなかった。
僕の背丈よりも長い大剣、ひと一人を隠せそうなほどの大きな盾、巨体のすべてを守る甲冑。それらの武装が元々大きかった体をさらに重く大きく見せている。まるで大岩のような存在感があった。
そんな重そうな体を、アランさんは全く苦を感じさせることなく動かして、僕達が居る二階まで来ていた。
「ほほぅ。二人だけか。てっきり全員で来るのかと思ったんだがのう」
ノーレインさんとネグラットさんは、アランさんと入れ替わるように一階に降りて行った。
「あなたの相手は僕一人で十分です。不満ですか?」
「いんや、まったく」
アランさんは大剣を肩に担ぎながら嬉しそうに笑みを浮かべる。
「お主とはキッチリとケリをつけたかったからのう。むしろ大歓迎じゃ」
「僕もです。生まれ変わった僕の力があなたに通じるか試してみたかったんですよ」
アルバさんが武器を手に取る。アランさんの武器とは対照的で、簡単に折れそうに思えるほど細い剣だ。
「僕達の戦いをよく見ておいてね」
僕にそう言うと、アルバさんは前に出て、右手で持った細剣を突き出すようにして構える。
「よく見ておいた方が良いぞ」
隣にいるネルックさんが言う。
「《三強》同士の戦いだ。金をとればうちのひと月分の収益を楽に稼げる」
お金に例えるあたりがネルックさんらしいと思った。
傭兵ギルドの三強は、それぞれ異名を持っている。
神が見惚れる技を持つ、《神技》のアリス。神が捉えられない速さを持つ、《神速》のアルバ。神を打ち砕く力を持つ、《神撃》のアラン。
この三人の中では、実績も実力もアランが抜きんでているというのが大方の評価である。人並み外れた膂力に加え長年の経験と技術を持つアランは、老いてしまっても力が衰えることは無かった。
だがそんなアランでも天敵がいる。そのうちの一人がアルバだ。
アランが大陸最強の男と呼ばれる所以は、《神撃》の異名に恥じぬ破壊力―――ではない。その一撃を叩きこむための戦術と技術にあった。
どんなに力が強くても当てられなければ意味がない。アランと対峙した者はその一撃を喰らわぬように創意工夫を行った。
ある者は素早く動いて回避を試みた。ある者達は取り囲んで戦うことを試みた。ある者達は遠く離れた場所から射撃を試みた。
どれも有効な手段である。当たらなければ、仲間がいれば、離れていれば勝てるだろう。その考えは間違ってはいない。
だがそれらは、アランには通用しなかった。
素早い相手には動きを先読みして、敵が大勢いるときは弱いところを突き、離れている相手には射線を避けながら接近して攻撃した。全て長年の経験から得た攻略法である。
しかしそれは、あくまで常識内の相手の話である。
稀に超人めいた力を持つ者が居る。全く気付かないほどの抜刀術。建物よりも大きなモンスターを吹き飛ばすほどの膂力。それらに対しては、さすがのアランでも苦戦する。
そして今宵対峙する《神速》のアルバは、アランの天敵の一人だった。
動きの速い相手に慣れているとはいえ、アルバの速度は常識を超えていた。大きな武器と重い鎧を纏っていても常人より速く動けるアランだが、アルバ相手では通用しない。それ故に、過去数度手合わせでは負け越していた。
いずれその速さを克服する。そう想いを胸に秘めて鍛錬を続け、数々の戦場を駆け巡った。
だが、その成果が生かされることは無くなった。
「アルバは二度と走れない」
アルバが後遺症が残るほどの怪我をした。しかも自身の武器である脚。それにより、あの光のような速さを再現できなくなった。
《神速》は死んだ。それを機にアランはアルバに挑戦することを止めた。元々一つのことに固執する性格ではないため、負け越していてもすっぱりと諦めることはできた。
しかし、アルバは死んでいなかった。あの脚は無くても、アルバには技があった。
刹那に繰り出される速く鋭い突き技。弱点を的確に狙う正確無比な攻撃。アランと同じように、アルバが今までの戦いで培ってきた力だ。
光の如く走れる脚は無い。だがアルバ・ヴェンテルトという傭兵は健在である。それがアランの闘志に火をつけた。
「アルバ! お主は素晴らしい男だ!」
「そんなこと昔から知ってるさ」
「お主が思っている以上に素晴らしいと言っておるのだ。どん底から這い上がれる者は少ない。しかも一番の武器を失ったうえでだ。なかなかできることではないぞ」
「出来て当然だよ。僕だからね」
アルバは細剣でアランを狙う。狙いは鎧の関節部。数少ない鎧の装甲が薄い箇所だ。その精度は正確で、アランでなければ今頃ズタズタに切り裂かれていただろう。アランはアルバの狙いをいち早く読み取り、盾と体を動かして防いでいた。
アルバの攻撃は幾度となく阻まれる。大きな盾のせいで攻撃が届かない。盾を躱しても、狙いを察せられて防がれる。鉄壁のような守備だった。
攻めあぐねているとアランが大剣を大きく振るう。アルバは大きく下がって距離を取った。
「だがその努力も、儂には通用しない」
アランは大股で距離を詰めると、大剣を振るって攻め始める。鋭く速い攻撃を繰り返し、執拗に攻め立てた。
アルバはアランの攻撃を左右に躱す。カウンターを試みようとするが、武器の長さが短いため踏み込む必要があった。だが予想以上の攻撃の速さにその隙が無い。途切れない攻撃に、むしろ後ろに下がることもあった。
怪我をする前なら、回り込んで反撃することが容易だった。だが今は不可能。短い距離でしか素早い移動ができないアルバにとって、今やアランが天敵となっている。
それを真に実感したのは、壁際まで追い込まれた時だった。
「さぁ、魅せてくれ。お主の素晴らしき反逆を」
追い詰めたアルバに、アランが大剣を振るう。後ろに逃げ道は無い。横に避けるしかない。アルバは右に避けた後、距離を取ろうとさらに跳ぶ。
だがアランはそれを察していたかのような速さで詰め寄ると、殴るように大盾を突き出した。
「くっ―――!」
大盾がアルバの体にぶつかる。咄嗟に後ろに跳んで威力を落としたが、体格差もあり、大きく殴り飛ばされた。
受け身を取った後にすぐ立ち上がるり、追撃に備える。だがアランは、攻撃をした場所からほとんど動いていなかった。
「アルバ。お主は素晴らしい戦士だ」
先程と同じ言葉を言う。
「復帰した後も《三強》で居続けることは容易ではない。その実力は誰もが認めておろう」
「あぁ。僕の素晴らしさには敵すらも惚れてしまうさ」
「だが今のお主では儂には勝てん。その理由は、何度も儂と手合わせしたのなら分かるはずじゃ」
アランを倒す手段は二つ。一つはアランを力で圧倒すること。だがこれができるのはソランだけ。
もう一つはアランが対応できない技を活かすこと。かつてのアルバは、圧倒的な速さを駆使してそれが実行できた。しかし、今のアルバには不可能なことだった。
つまり、アルバがアランに勝てる可能性は無い。
「降伏しろ。今ならお主は見逃してやろう。そしてまた戦い、再び力を競い合おうぞ」
アランの望みは強くなること。そのために必要なのは競い合う好敵手。アルバはそれに該当する戦士だ。
生きていれば勝つ機会は巡って来る。何度も戦場で生き抜いてきたアランの信条がそれだった。だからこその提案だった。
だがアルバという男は、アランとは真逆の男だった。
「それはできない。だってかっこ悪いじゃないか」
考えることもなく、アルバは言った。その声には一切の虚勢は感じない。心の底からそう思っているようだ。
負ける間際になっても決して揺るがない信条がアルバにもある。それを知ってアランは、再び提案することは無かった。
「やはりお主は儂の好敵手じゃ」
「最強の傭兵にそう言われるのも悪くはない。……だけど」
アルバはアランに背を向けた。
「今日だけは、その称号を辞退しよう」
「なぬ?」
アルバが歩いてアランから距離を取る。それは逃げる様子には見えず、何か目指しているような歩みだった。
「今回はどうしても負けられない。だけど今の僕ではあなたには勝てない。だからいつもと違うやり方で戦わせてもらうよ」
そして歩みを止めるとアランに振り向き、隣にいる人物の肩に手を置いた。
「さぁ、君の出番だよ。ヴィック君」




