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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第二章 後進冒険者

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21.して欲しい事

 ヒランとは仲が悪かった。クソ真面目で融通がきかず、正論ばかり言い放ち相手のことを考えない。チームを組んで冒険に出かけたことはあったが、正反対の性格だった故に全く息が合わなかった。

 おそらくヒランもアリスに対して良く思っていなかっただろう。会うたびに嫌そうな顔をしていたから容易に察せられた。だからこれからも決して相容れることはないだろうと思っていた。


 そのはずなのに、だ。


「自警団の団長になってください」


 水と油、犬と猿。そんな関係の相手に冒険者ギルドの会議室に呼び出された。


「……なんだそれ」


 いつもなら挨拶代わりに皮肉の一つや二つを言うのだが、驚いてしまい素直に聞き返してしまった。


「街の治安を守るための組織です。市民に危害を加える者を取り締まることで治安を向上させます」

「そんなの兵士がやってるだろ」

「冒険者と傭兵が多いこの北区では報復を恐れて腰が引けています。錬度が低いこともあり、あまり当てにできません」


 先の事件でもそれは明らかだった。冒険者と傭兵が活躍したのに対し、兵士は足を引っ張ってばかりだった。


「団員は冒険者と傭兵から募ります。これにより印象の悪い冒険者への好感度を上げることができます。そうなれば信頼度も増し、依頼が増えることも望めます」


 依頼が増えれば稼ぎが増える。稼ぎが増えれば街が潤う。街が潤えば治安が良くなる。治安が良くなれば信頼度が増す。信頼度が増せば依頼が増える。永久機関の完成だ。

 この永久機関が続けば続く程、立案者の功績が大きくなる。それは今後のヒランの地位を上げることになるだろう。


 ただ、やはり問題となるのが奴らだ。


「けどよ、こんな企画あいつらが通すわけねぇだろ」


 ヒランは弟子だったケイが死んでから冒険者ギルドの職員になった。職員としての仕事をしながら冒険者の経験を活かした様々な支援を始め、それは着実に成果を上げていた。


 しかし、局長であるホーネットとゲノアスの妨害があって企画が頓挫することも多々あった。

 ホーネット達は冒険者が必要以上に力をつけることを許さなかった。強者が生まれれば反乱の意志が芽生え、強者が増えれば反逆を受けると考えたのだろう。だから奴らはダイチが死んだことを密かに喜んだ。強い冒険者が減れば、それだけ反抗する連中が減るからだ。

 冒険者を育てようとするヒランの支援は今まで何度も妨害されている。今回も同じように邪魔されることは簡単に想像できた。


「はい。彼らが耳にすれば間違いなく邪魔をされるでしょう。特にわたくしは警戒されているので、秘密裏に動いてもばれてしまいます」

「そうだな。だったらやめとけ。大人しくしとけば、いつかはあいつらの警戒も解ける。その時にやりゃあいい」

「だからあなたにやって頂きたいのです」

「……どういうことだ?」

「彼らが警戒しているのはわたくしです。次点でソランで、仲が悪いと思われているアリスへの警戒心は薄い。わたくしの依頼でアリスが動くなんて考えてもないでしょう。しかもあなたは他の冒険者や傭兵と交流があります。彼らと接触しても怪しまれません」


 交流関係の狭いヒランだと傭兵と接すれば怪しまれるが、兼業冒険者のアリスは別だ。傭兵との会話は日常の一部である。そこにいちいち注意を向ける者はいない。


「団員の見込みがある者の名前がこの一覧表に書かれています。ある程度の団員が集まるまではわたくしが注意を惹きつけます。余程のことが無い限り、勧誘活動には気づかれないでしょう。そして最低限の団員が集まれば活動を開始してもらいます。妨害が入るかもしれませんが遠慮なくやってください。責任はわたくしが取ります」

「待て待て。オレはやるなんて一言も言ってねぇぞ」


 話が進むのを止め、アリスは主張する。


「自警団の団長とか、街の治安を守るとか、オレはそんなことに全く興味がねぇ。オレは自由にやりてぇんだ。そんな面倒なことやってられっか」

「できる限りの支援はします。人が増えれば負担も減ります。ソランにも手伝わせましょう。忙しいのは最初だけです。その間だけ、あなたが中心となって活動してほしいのです」

「じゃあソランにやらせりゃいいだろ。あいつが団長なら街中が応援するぜ」

「特級冒険者はギルドの指示で様々な地で任務を行うことがあります。出来たばかりの組織の長の不在が多ければ、組織の運営も上手くいきません」

「オレも同じだ。団長なんざできるわけねぇ。そもそも何でオレに頼む? んな大事なことを任せるような仲じゃねぇだろ」

「たしかに、わたくし達は仲が良くありません。しかし」


 ヒランがアリスをじっと見つめる。


「わたくし達はお互いを認め合っています。相容れない相手ではありますが実力はあり、あなたには団長としての資質がある。頼まない理由はありません」

「……本気で言ってんのか」


 ヒランの性格は知っていた。嘘を吐かず、どんなことにも真剣な性格だと。

 だからこう訊ねたら、どんな答えが来るのかは分かっていた。それでも訊ねたかったのは、確認したいことがあったからだ。


 ずっと一人で生きてきた。周りは敵だらけで、隙を見せられない環境に居た。腕っぷしだけが自慢だったが、女だということでやっかまれることが多く、長い間一人で生き抜いてきた。


 そんな環境が変わったのは、こいつらに会ってからだ。


 息が合うソラン、誰にでも分け隔てなく接するリュカ、ライバルのヒラン。

 こいつらとの間には、アリスが欲しがったものがあると思った。


「はい」


 それは間違っていなかった。




「いつまで待たせる気かな」


 部屋に残っているアリス達に、ホーネットが催促する。その声を聞いてアリスは焦りを募らせ、仲間達は不安な表情を見せた。

 仲間達は屋敷内に取引の証拠が無いか探しに行った。屋敷はそれほど広くはない。違法物があればすぐに見つけられると思っていた。


 だが探索から部屋に戻ってくる皆の表情は暗い。成果が無かったのは明らかで、その顔を見るたびにアリスは表情を曇らせ、ホーネットは顔を綻ばせた。


「まだ調査は終わっていない。全員が戻ってくるまで待て」

「そうは言ってもなぁ、もうほとんど戻って来てるじゃないか。それだけ探しても証拠が見つからないのなら、答えは分かり切ってるじゃない」


 ホーネットが何を言いたいのか推測できる。だが、まだそれを言うわけにはいかない。言ってしまえばすべてが終わるからだ。


「もうちょっと待ってろ。それとも何か急いでいるのか」

「もちろん。今日は商談のために使用人に残ってもらったんだ。実際に制服を着てもらうためにな。だがこれ以上遅くなるなら帰らせないといけないな」

「別の日にすりゃいいだろ」

「ルドルフ殿やララックの都合もある。全員が都合のつく日がそうそうあると思ってるのかな。お前らの組織はすぐに予定を空けれるほど暇なのか」

「……今なんつった?」


 聞き逃せない言葉があった。本気で言っているのなら、今回の作戦の根底を覆す問題だ。


「ん? 今での怒るのか? ちょっと短気すぎないか」

「言え。誰の都合があるって」

「……あぁ、なんだ、全く知らなかったのか。居るってことくらいは知ってると思ってたのにな」


 ホーネットはテーブルの上に置いてある呼び鈴を鳴らす。数秒後、奥の部屋から使用人の格好をした女性が現れる。

 ララック・ルルト。冒険者時代のフェイルの仲間だった女だ。


「あら。お久しぶりですね、アリスさん。お元気そうで何よりです」


 ララックは平然とアリスに話しかける。アリスと違い、ララックは驚いた様子を微塵も見せない。


「……名前で呼ぶなっていつも言ってるだろ。いつからここにいる」

「フェイルが捕まった直後からです」


 悪戯っぽい笑みを見てアリスは確信した。

 嵌められた……。


「お前達は詰めが甘いなぁ。フェイルを捕まえた途端監視を解くなんて。その後のことを考えなかったのか」


 アリス達は以前、ララックを監視していた。冒険者を敵視しているフェイルと繋がりがあるからだ。ララックもそれを察していて、怪しい動きは見せなかった。

 フェイルを捕えてからは監視する理由が無くなったため監視を解いた。ララックの性格上、復讐や報復は無いと考えたからだ。


 だが、それを見誤っていたようだ。


「ホーネット様。そろそろ時間なので私は失礼させていただきます」

「あぁ。待たせてすまないな。後のことは任せろ」


 ララックはアリスの横を通って部屋を出て行こうとする。


「何でここに来たの」


 通りすがる瞬間、ララックが言う。


「は? お前のせいだろ」


 すぐに言い返すが、ララックはアリスの言葉を無視して部屋を出た。


「何の話をしたんだ? この後の話か」

「うるせぇ。てめぇには関係ないだろ」

「いや、大有りだ。ララックが帰ってしまった以上、俺達の仕事を手伝う者が居なくなったからな。まぁそれは仕方がない。快適な職場が従業員のやる気に繋がるからな」

「それを局長時代に実行してりゃ、局長のままでいられたかもな」

「あれから反省したんだよ。しかし、このままだとまた同じことをしてしまいそうだ。お前達が俺達の仕事の邪魔をしてくれたせいでな」


 ホーネットが演技臭い困った顔を見せる。


「仕事を手伝ってくれる者が居なくなったせいで、今日中に俺達の仕事が終わらない。俺達の仕事が終わらなければ、他の者達の予定も崩れる。そうなると彼らにも損害が出てしまうなぁ。どれもこれもお前達のせいだ。まったく、市民を守る兵士と自警団のくせに何をやってるんだか」


 ホーネットが難癖をつけ始める。昔の冒険者なら嫌というほど知っている嫌がらせだ。ネチネチと相手の嫌なところを攻める、ホーネットの得意技である。

 自警団のほとんどはそれを体験していて、ある程度の耐性はついてある。しかし兵士達は慣れておらず、気まずそうな表情を浮かべた。


「てめぇらの都合なんか知らねぇよ。そもそもその仕事がホントかも怪しい。オレ達を騙すためのフェイクじゃねぇのか」

「嘘と証明する証拠がどこにある? 俺はあるぞ。これがルドルフ殿との契約書と服屋への発注書だ」

「お前らなら偽物くらい用意できんだろ」

「自分達にとって都合の悪いものは全部偽物か。まるで子供みたいな言い分だな。もしその主張を続けるなら、この話を裁判に持ち掛けてもいいんだぞ」

「……てめぇらの嘘が世間にばれるだけだ」

「だが本物だった場合、お前らは罪に問われる。そのとき俺達は自警団の解散と指示を出したヒランの局長代理の辞任、参加した兵士達の除隊を要求する」

「お、俺達もか?!」

「当然だ。俺達の仕事の邪魔をして損害を出し、信用を落とした。それくらいのリスクは負ってもらう」


 兵士達には突入直前に渇を入れたが、その効果が切れてしまう。襲ってきた不安に動揺し始めていた。


「で、どうするのかな? 無いはずの可能性に賭けて調査を続けるか、この場で謝罪をして俺達の許しを請うか。俺達は寛容だからな。態度次第では今回のことは無かったことにしてもいいぞ」

「どうせ嘘だろ。てめぇの魂胆は分かってんだよ」

「信じないならそれで結構。だがその場合はお前らの所業を世間に知ってもらう。その先に待ってるのは、俺を追い出したお前らなら分かるんじゃないか」


 局長だったホーネットは、世論を味方につけたネルックに負け、冒険者ギルドを追い出された。その切っ掛けは積もり積もった冒険者達の不満から。

 だが導火線に火をつける火種は何でもいいのだ。火さえつければ、後は消されないようにするだけ。その力があると奴らは言っている。


 奴らの言葉には偽りが混じってる。だがそれがどれなのか証明できるものがない。屋敷にあるかどうか探させているが、未だに見つからない。

 ここは大人しく謝罪するべきか。後日改めて調査するのが最善か。そんな考えが脳裏によぎったときだ。


「ちなみに謝罪する場合は仕事の手伝いをしてもらう」

「……手伝い?」

「そうだ。それをすれば遅れが出ないからな。当然、やるのはお前だ、アリス」

「名前で呼ぶな。で、なんだよそれは」


 するとホーネットがニヤリと笑った。局長だった時に嫌というほど見てきたいやらしい笑み。久々におぞけを感じた。


 ホーネットはルドルフが持って来た服から一つ手に取る。胸と腰にしか生地が無く、動けば下着が見えてしまいそうなミニスカートで、まるで娼婦が着るようなメイド服。かつて、ホーネットがギルドの制服として用意したものだった。


「ララックの代わりに、お前がこの服を着るんだ。ぐふふ」

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