19.決戦に向けて
「職員の安全のため、フィネさんを家まで送っていってください」
ギルドの仕事が終わるのは夜。この大事な時期に職員を一人で帰らせるのは危ないので、ヒランさんや自警団の人達が職員を家まで送っていた。そしてとうとう、僕にもその役割が与えられた。
ヒランさんに頼まれた僕は、当然断らずに引き受けた。明日の準備のため人手が足りないとか、フィネと仲がいいからという理由もあったが、また一つ認められたような気がして嬉しかった。
街灯が照らす夜道、なるべく明るい道を選びながらフィネと帰路を歩く。まだ人通りは多く、ルドルフ一味の姿は見えない。しばらくは安全そうだ。
「明日は大変そうだね」
道すがら尋ねられた。会話がしたかったのでちょうど良かった。
「うん。知ってたの?」
「ううん。けどみんなやるぞーって顔してたから、すごいこと話し合ってたのかなって」
顔を見ただけで察するのはフィネらしい。毎日冒険者達の顔をよく観察してる彼女ならではの芸当であった。
「決戦だからね。力んでるのかも」
「ヴィックも?」
「皆ほどじゃないけどね」
人員の振り分けの結果、僕は警備にあたることになった。
多くのメンバーを検挙班に入れたので警備班のメンバーは少なく、その分一人ひとりの責任が重くなっている。とはいうものの、今回の主役である検挙班でないため肩透かしを食らった気分だった。
しかし、選ばれなかった原因には納得はできた。
「あのやる気にはさすがに勝てないかな」
ノーレインさんやネグラッドさん、彼らのような以前の冒険者ギルドを知る人達から、やる気を超えた凄味があった。当時散々苦しめられた元凶が再び現れ、傭兵ギルドの仲間が同じ被害に遭うかもしれないのだ。
使命感や責任感、あるいは個人的な恨みもあるのだろう。彼らの想いは、僕と比べ物にならないほど強く大きい。そんな彼ら気勢に負け、警備に回されたことに異見を出せなかった。
「ヒランさん達は当事者だったから、僕以上に必死になれるんだよ。だから警備に回されたんだと思う」
鍛錬を積み重ねて強くなるのと同じだ。当時に蓄積された感情が皆を動かしている。ヒランさんはそれを信頼して振り分けたのだ。
結局、僕は重要な局面を信用されるに至らなかったということだ。
「違うよ」
愚痴に似た推測が否定される。
「ヒランさん、ヴィックに期待してるよ。頑張ってるって褒めてた」
「皆は僕以上に頑張った。だから僕は起用されなかったってことだよ」
「ヴィックも頑張ってた。私だけじゃない。みんな知ってる。一旦離れた人が戻って来てくれたのもヴィックのお陰だよ。今の冒険者の頑張ってる姿を見たから、みんなが勇気を取り戻したの」
「僕はヒランさん達の力になりたいって思っただけだよ。つまりさ、昔からいた人に影響されただけってこと。結局はその人達のお陰だ」
「昔からいた人も最近冒険者になった人も、頑張りたいって、変えたいって思ったから参加してる。両方ともお互いから影響を受けてるの。ヴィックがヒランさん達を見て感じたのと同じように、ヴィックを見て勇気を出した人もいる」
「いるの? そんな人」
「うん。だからね、みんな同じなんだよ。昔と今の冒険者の想いは一緒で、時間の差はあっても方向性は同じ。それで区別する人なんて絶対ない。ヒランさんがそんなことする人だと思う?」
「……思わない」
あの公平な人が同志をそんな風に扱うなんて考えられない。それはこの街の冒険者なら誰もが知ってることだ。
「きっとヴィックにしかできないことがあると思ったから警備班にしたんだよ。だからそれを信じてみよっ」
フィネは毎朝冒険者達に見せている笑みを浮かべる。この笑顔で、いつも気持ちを前に向かせてくれる。
その効果は今も発揮された。
「……そうだね。頑張ってみるよ」
「その意気です! じゃあ酒池肉林を目指してがんばろー!」
「おー! ……え?」
驚いてフィネを見たが、いつもの無邪気な笑みを見せたままだ。
「えっと……聞いてたの?」
「あ、うんっ! アルバさんと一緒に叫んでたよね。なんて意味?」
「……お腹一杯の食事をしたいってことだよ」
「そっか。じゃあ私も酒池肉林を目指すね」
「人前では使わない方が良いよ。意地汚いって思われるから」
「そうなんだ。分かった」
何とか誤魔化せてホッと胸を撫で下ろす。
しかし、安心できたのも束の間だった。
「けど、モテモテの冒険者を目指すよりかはマシじゃないかな」
僕はフィネの顔から目を逸らしていた。
「事は順調に進んでいるようだな」
とある豪邸の一室。そこには男二人と女一人が在室していた。男はゆったりと椅子に座り、女は二人の傍に立っている。
そのうちの一人、ルドルフの言葉にもう一人の男が答える。
「えぇ、えぇ、順調です。監視によるとですね、数名の兵士がギルドに出入りしているようです。奴らは全員、我々の息がかかっていないものです」
ごまをするような態度で肥え太った男が報告する。ホーネット・ルベイン。傭兵ギルドの局長選挙に立候補した男だ。
ルドルフは満足そうな笑みを浮かべる。
「やはりある程度は調べてるな。ちゃんと俺様に歯向かう奴らを選んできてる」
「えぇ、えぇ。お陰でいっぺんに片づけることができますね」
ホーネットが下卑た笑みを見せる。どこか興奮を隠せない様子だった。
「や、奴ら、あれが罠だとも知らないようです。ぐふふ」
卑しく笑うホーネットに、ルドルフは呆れたように息を吐く。
「随分と嬉しそうだな。何を考えているんだ」
「いえ、いえ。明日のことを少し想像したら楽しくなりましてですね」
指摘されても、ホーネットの笑みは消えない。それどころかさらに口角が釣り上がる。
「楽しみだなぁ。あいつら今頃、私達を倒す準備をしてるのに、それが逆に自分達の首を絞めることになるなんて思いもしてないんだろうなぁ」
「そうだな。まさか間者がいるとは考えてもいないようだ」
「えぇ。全く疑われていないようです。そうだろ?」
ホーネットが女に尋ねると、女は「はい」と返事をする。
「疑われている様子は皆無のようです。今回の情報も、完全に信用していました」
「連中は馬鹿正直な者ばかりだ。悪知恵が働く奴がいない」
「えぇ、えぇ。本当に間抜けな奴らだ」
勝利を疑わない男達。しかし女の顔に笑みは無かった。
「しかし、計算外の事態もあります。減らしたはずの敵の数が以前とほぼ同数にまで戻っています。真の目的の方に支障が出るのでは?」
「あぁ。それだけが予想外だったな」
ルドルフが表情を引き締める。
「たしかヴィック・ライザーとラトナ・ケアノ、アルバ・ヴェンテルトだったか。あいつらが参加した日を境に脱落したはずの連中が戻り始めたのだったな。アルバはともかく、他はどんな奴らだ」
「ラトナ・ケアノは、元々は四人組チームの一人で、主に仲間の補助をしていました。ヴィック・ライザーはソロの冒険者です。共に中級で、今はアリスの弟子として活動しています」
「実力は?」
「彼女の一番弟子のグーマンには遠く及びません。また中級の中でも下位の実力です」
「なるほど。つまり、ただやる気だけがある雑魚か」
「えぇ、そういうことですな。それに、そんな奴らが一人や二人増えようとたいしたことはありません。こっちには大陸最強の傭兵がいるのですから」
「それもそうだな。天敵のソランがいなければ、奴に勝てる者はもういない」
「えぇ、えぇ。あとは明日を待つだけです。そうすれば……」
ホーネットは再び女の方を向いた。
「お前の敵討ちも果たせるぞ。ララック」




