18.流れ
「場の流れというものが存在するんだよ」
地面に倒れた僕は、真上の太陽を見上げていた。訓練を始めた頃は二階建ての建物くらいまでしか上っていなかったのに、いつの間にかずいぶんと時間が経っていた。集中していたせいで時間の感覚が狂っていた。
昨日も似たようなことを考えていたなと思いつつ、僕は体を起こした。
「力の流れ、動作の流れ、視線の流れ。一連の動作には必ず流れが存在し、それが最良の結果を生み出す。故に流れを仕掛けた攻め手は流れを完遂しようとする。逆に受け手は流れを断ち切る必要がある。それが戦いの常識だ」
「初めて聞きました」
「とても大事なことだ。流れを理解すれば君は傷一つ付かない。流れを支配すれば君は誰にも負けない。これは対人戦に限らず、モンスターとの戦いにも通じる。彼らの動きは素直だからね、これを知っていれば今よりもずっと戦いが楽になる」
「流れ、ですか……」
アルバさんの助言は、どこかで聞き覚えがあった。流れの理解、力の流れ……。以前誰かに教えてもらったような……。
そうだ。あの技だ。
「受け流しも、それの応用ですか?」
ラトナに教えてもらった盾の受け流し。元々はカイトさんが使っていた技だ。盾で攻撃を受け流し、体に掛かる負担を軽減させて攻撃に転じやすくなる。この技術は今でも重宝していた。
「そうだね。相手の動きを見極めて防ぐ、単純だけど重要な技だ。極めれば僕が教えたことも理解できるようになる」
「じゃあ僕はまだまだってことですね」
「そういうことさ。伸びしろがあって良いことだ」
アルバさんの指導は厳しいけど優しい。常に厳しいことしか言わないアリスさんやクラノさんと違って前向きな言葉をかけてくれる。だから鍛錬は疲れるけど辛くなかった。
実際に成果も出ている。巡回を再開して早々チンピラに絡まれることはあったが、以前に比べて動けるようになり、仲間と協力して相手を捕まえることもできた。
少しずつだけど役に立てている。その実感があった。
「もっと頑張ります。僕が強くなったら、その分だけみんなが助かりますよね」
「今でも十分に貢献してるよ」
そう言って、アルバさんは身支度を始める。
「君の頑張りを見て応援する人や、一緒に手伝いたい人が増えてきた。離れた人も戻ってきている。ルドルフ達にあった勢いが失いつつあるのさ」
そういえば最近、よく声を掛けて貰えることが増えた気がする。ギルド内だけじゃなく、街を歩いているときも。少し前まで厄介者扱いされていたのが嘘みたいだ。
「流れは戦闘に限った話では無い。この選挙にもある。君のお陰で相手にあった流れが僕等に傾きつつある。この流れを放してはいけない。掴んでおけばじきに吉報が来るはずだ。そのためにちょっと調子に乗ってみようか」
「……え?」
突然、アルバさんが変なことを言いだした。
呆けていると、「僕は世界で一番強い冒険者ヴィック・ライザー。はい、言ってみようか」と促された。
「……僕は世界で一番強い冒険者ヴィック・ライザー」
「そして一番かっこいい冒険者ヴィック・ライザー」
「……一番かっこいい冒険者ヴィック・ライザー」
「誰よりも人気のある冒険者ヴィック・ライザー。大きな声で」
「誰よりも人気のある冒険者ヴィック・ライザー」
「一番偉い冒険者ヴィック・ライザー。もっと大きく!」
「一番偉い冒険者ヴィック・ライザー!」
「冒険者の中で一番モテる男ヴィック・ライザー!」
「一番モテる冒険者ヴィック・ライザー!!」
「世界中の女は俺の物!!」
「世界中の女はおれの物!!!」
「酒池肉林最高!!!」
「酒池肉林サイコー!!!!
「……何してるの、ヴィック」
「うひゃあぁ!」
唐突に声を掛けられて変な声を出してしまった。
振り返ると変なものを見る眼をしたフィネがいる。もしかして聞かれてた?
「ど、どどどどしたのフィネ?! こんなところに……」
動揺して上手く口が回らない。怪しんでいるのか、フィネは怪訝な眼を向けたままである。
「アルバさんを探しに来たの。重要な連絡があったから」
「そっか。じゃ、僕は関係ないかな。じゃあちょっと食事に行ってこようかな」
「待ってください」
さり気なく逃げようとしたが呼び止められる。さっきの発言を咎める気なのか。
「待ってフィネ。さっきのはアルバさんに乗せられて言っただけなんだ。決して本心じゃない」
咄嗟に口から言い訳が出る。信じてもらえる気がしないが、言わないままでいるよりかは良いと思う。
だがフィネは呆れたように息を吐く。
「何の話ですか。ヴィックにも聞いて欲しいから待ってほしいだけです。食事はその後にでも行ってください」
「僕にも?」
「なるほど。これは僕の言った通りになりそうだ」
アルバさんが得意気な顔をする。さっきまで僕と同じように変な言葉を大声で叫んでいたのに、それが無かったかのように平然としていた。その切り替えの上手さが羨ましい。
「言った通りって何のことですか?」
「流れを掴んでいればいいことがあるって話さ。そうだろ、フィネちゃん」
フィネが「はい」と頷いた。
「極秘情報が入りました。ルドルフ達の致命傷になるほどの情報らしいです」
冒険者ギルドの会議室。部屋の中には以前に集まったメンバーとつい先日から参加したアルバさんが揃っていた。
最初に発言したのはヒランさんだ。
「明日の夜、ホーネット邸にて違法物の取引が行われるという情報が入りました」
部屋の空気が引き締まる。
「ご存知のように、マイルスでは一部の品目の取引は禁止されています。その品目は兵器、モンスター、薬といった特定の職業の者以外では取り扱ってはいけない品や危険物です。情報によりますと、ホーネットが売買しようとしているのは薬のようです」
「何の薬だ?」
「麻薬です」
淡々とした口調でヒランさんが答える。感情を出さずに、冷静に。
「取引相手はルドルフです。麻薬を売りさばいて選挙資金にあてるそうです」
「このタイミングで集金かよ。馬鹿だろ」
アリスさんの言う通りだ。選挙中に、しかも違法物を使って資金を集めるなんて行為はあまりにも不用心だ。兵士に見つかったらその場で逮捕だ。
「捕まらない自信があるからやるんだろうね。兵士団はルドルフに頭が上がらないから、これくらいは見逃されるって思ってんでしょ」
ルドルフは兵士団との結びつきが強い。その自信あっての取引のようだ。
「甘いよねぇ。まるで『明日からやる』って宣言を鵜呑みにするくらい甘い」
「まったくクズばかりだ。これだから兵士は役に立たないと言われるのだ」
「そんな兵士でも使いどころはある。そうでしょ、ヒランちゃん」
ヒランさんが「はい」と頷いた。
「当日、彼らを検挙します」
皆の視線が、再びヒランさんに集まる。
「検挙できるのは兵士だけです。彼らと共にホーネット邸に入り、取引現場を押さえて逮捕させます」
「できんのか? あいつらビビってなんもできねぇだろ」
「兵士の全てがルドルフに屈しているわけではありません。中にはルドルフの支配から脱却しようと目論む方々が居ます。彼らの力を借りましょう」
兵士団も一枚岩ではないようだ。ルドルフの支配を迎合する者が居ればその逆もいる。その人達と協力すれば、ルドルフ達を検挙できる。
「ただし、相手が抵抗することも考えられます。そのためにわたくし達も少なくはない人員を用意します」
「他の警備はどうする?」
「巡回は中止です。重要施設に必要な人員だけを残し、それ以外はすべてホーネット邸に向かわせます」
「大人数になるね。もし空振りに終わったら大失態だ」
「信頼のある情報です。だからこそ、ここで勝負をかけます」
ヒランさんが皆を見回す。
「ここが勝負どころです。明日ですべての因縁に決着をつけましょう」
こんな時でも、彼女の声は淡々としていた。




