14.勝つ方法
「本当に勝てるんですか?」
準備中に、僕はアルバさんに尋ねた。場所は訓練場。そこで僕とアルバさんは模擬戦のための準備をしていた。アルバさんは既に準備を終えているが、僕は未だに心構えができていない。
「何をそんなに怖がっているんだい。たかが模擬戦だ。命が取られることはない」
「そう言われましても……」
少し離れた場所にいる相手を見る。ヒランさんとアリスさんは準備万端で、僕達が来るのを待っていた。
二人はマイルスの冒険者の中でソランさんに次ぐ実力者だ。その二人を同時に相手取るなんて、自殺に近いようなものだ。
「大丈夫さ。僕が居る。僕が居れば勝利することは可能だ」
「アルバさんだけならできるかもしれませんけど……」
アルバさんはマイルスで一二を争うほどの実力のある傭兵だ。二対一でも展開次第では勝てるかもしれないという期待はある。
しかし、今回は僕と組んでの勝負だ。モンスターが相手なら多少は役に立てるだろうが、今回は相手が悪い。あの二人が相手となると、アルバさんの邪魔にしかなれない気がする。
それだけならまだしも……、
「僕があの二人から一本取れだなんて……」
限りなく不可能に近い勝利条件に軽く絶望を感じた。
アルバさんが挑発し、アリスさんが乗って始まったこの模擬戦、先に相手の二名から一本ずつ取った方が勝利となる。だからルール上、アルバさんが二人から一本を取れれば勝てるのだが、今回は僕の実力を証明するための勝負なので、僕がどちらかから一本取れなければ参戦が認められないという条件が加わった。
ただのチンピラにすら対人戦で敵わないのにあの二人から一本取れだなんて……。
あまりの高すぎる壁を前に、僕のテンションは下がってしまっていた。
「けどこの程度で挫けていたら、君の望みは叶えられない」
「それはそうですけど……もうちょっと条件はなんとかならなかったのかなって思って……」
「そっちじゃない。君の未来のパートナーのことさ」
言葉が詰まる。声が出ない代わりに、脳裏にウィストの姿が浮かんだ。
「彼女はとても強くて優秀な冒険者らしいね。君はそんな彼女の相棒になるために強くなろうとしている。その道はとても険しく、様々な壁が君を阻む。これもその内の一つだ」
ウィストは天才だ。彼女に追いつくには並大抵の努力じゃ足りない。それを承知で望むのなら、相応の覚悟が必要になる。
無茶を実現させるという覚悟が。
「相手はよく知った相手二人。君にはとても優秀な仲間が一人。今までに比べて、この壁はそんなに高いのかな?」
「……いえ」
二人を前にして、僕は言い切った。
「超えられる壁です」
歩いて来るヴィックとアルバを、ヒランは同時に見つめた。
先程までのヴィックには落ち着きがなく、ヒラン達に臆しているのが容易に見て取れた。明らかな実力差のある相手と戦うのだから、ヴィックの性格上そうなることは予想できた。
しかし今は動揺が見えない。目はまっすぐとこちらを見据え、模擬戦用の木剣を強く握りしめている。むしろ闘志を感じさせるほどだ。
闘志を滾らせているのはヴィックだけではない。ヒランの隣にいるアリスもだ。
アリスは挑発されたことで、いつも以上に苛立っている。両手に持った二本の木剣を強く握ったり、かと思ったら握り直したり持ち替えたりしている。女扱いをされたら熱くなるのは彼女の悪い癖だ。
一方で挑発したアルバの調子は良さそうだ。表情には余裕が窺え、体には無駄な力が入っていない。怪我の後遺症で走れないということを知らなければ、健康体にしか見えない歩き方だった。
元々の天賦の才と性格から、アルバのことを妬む者は多い。何の努力もせずに得た力を持ち、それをひけらかすナルシストだと。だからアルバが走れなくなったとき、その者達は愉快に嗤った。
だがヒランは笑えなかった。彼が陰ながらに研鑽する努力家であり、師と同じような夢を持っていたことを知っていたからだ。
「アリス、そろそろ落ち着いてください。みっともないですよ」
「あ? 誰が何だって?」
「馬鹿みたいにイラつかないでくださいと言ってるのです。相手はアルバです。あなたよりも強い相手ですよ」
「勝手に下にするんじゃねぇ。通算ではオレの方が勝ってる」
「最近はどうですか?」
「イラつくなって言う奴がイラつかせてるんじゃねぇよ」
アリスが舌打ちを一つしてから、また木剣を握り直す。それ以降、アリスが持ち直すことはなかった。
アルバとヴィックが所定の位置で立ち止まると、「では、ルールの確認をしよう」とアルバが切り出した。
「勝利条件は先に相手から一本ずつ取った方の勝ち。取られた者は以降戦闘に参加しないこと」
「判定はどうする」
「自己申告だ。観客もいるから、明らかな誤審は防げるだろ」
「まぁな……」
訓練場の周りには、見学用の客席がある。そこには偶然居合わせた者達だけではなく、話を聞きつけた見物人が多くいた。
その中にはルドルフ側の人員の姿もあった。
「ヴィック君が一本取った場合は参加を認めること。取れなかった場合は、僕達が勝利したとしても参加しない。そして僕達が負けた場合は、代わりに僕が参加しよう」
「……本当ですか?」
ヒランが聞き直すと、アルバは「あぁ」と肯定する。
「立場上中立を保っていたけど、負けたときは全面的に協力しよう」
思わず、木刀を握る手に力が入った。アルバが居ればソランの抜けた穴を埋められる。彼の権力を使えば戦力不足も解消できる。
アリスもそこに考えが至ったらしく、面を喰らったような顔をした。
「やけに気前がいいじゃねぇか。自分勝手なお前がよ。悪いもんでも食ったか」
「これくらいの報酬を用意しないと、やる気が無くて手を抜いたなんて言い訳を使われそうだからね。即物的な君は特に言いそうだ」
「上等だ。注文通り本気でやってやるよ」
再び、アリスの顔に闘志が宿る。先程のような苛立ちは少なく、真剣みが感じ取れる。
だがヒランは、アルバの立ち振る舞いに違和感を覚えていた。
アルバからすれば、アリスは苛立たせた方が良いはずだ。戦力差があるのだからその差を埋めるのが最善であり、そのためならあらゆる手段を使うべきである。自信過剰のきらいがあるアルバだが、その程度の戦術は心得ているはずだ。
先程までのアリスは冷静さを欠いており、アルバにとって都合が良かった。しかしここに来て冷静さを取り戻させている。アリスの性格をよく知っているはずなのに。アルバらしい言い分だったが、何か他に思惑があるのではないかと疑心を抱いた。
「ヒランちゃんもそれで良いよね」
アルバの狙いは分からない。だがそれを踏まえてもアルバの出した報酬は美味しい。
疑念を抱きながらも、ヒランはそれを呑むことにした。
「分かりました。わたくし達が勝利した場合は、アルバさんの手をお借りします」
「あぁ。その時は全力を尽くそうじゃないか」
何か策があるだろうが、冷静に対処すればいい話だ。それができる実力と余裕はある。
どこか裏がありそうな口調を聞きつつ呼吸を整える。ルールの確認を終え、あとは模擬戦を始めるだけとなった。ゆっくりと呼吸して集中力を高める。次第に戦意が増し、身体に力が漲っていく。
まだ未熟なヴィック達を巻き込むわけにはいかない。戦力差があろうと容赦せずに切り伏せる。そうして現実を突きつけることがヒランの慈悲であり、思い遣りだった。
力が全身に均等に行き渡り、心身が共に最高の状態へと至る。その頃合いにアルバが「じゃあ」と開始の合図を出そうとする。
と、思っていた。
「僕の勝利報酬も伝えようか」
研ぎ澄まさていた集中が乱れる。体に余計な力が入り、呼吸も僅かに乱れてしまう。
すぐさまそれを自覚したヒランは、深く呼吸をして冷静さを取り戻した。
「そりゃあさっき確認しただろ。そいつの参加を認めるってことで」
ヒランが聞く前にアリスが言った。アリスはヒランのように繊細ではない。だから調子を乱されてもすぐに対応できた。
「ヴィック君の方はね。あれは僕の報酬にはならない。長い付き合いなのに、そんなことも分からないのかな」
「気持ちわりぃこと言うな。たいして仲良くねぇだろ」
「これくらい分かると思ったんだけどね。買い被りすぎたかな」
アリスの表情がまた険しくなる。こうしてアリスの調子を乱すことがアルバの策だろうか。
だとしたら話に付き合うべきではない。早急に模擬戦を開始させよう。
「では早く伝えてください。無茶なものでなければ用意します」
「良いってことかな?」
大きな戦力差。勝手の知った味方に、相手は急造の二人組。それ故に無自覚だった。このときにおいて、ヒランはアルバと同じような過信があった。
油断さえしなければ、冷静でさえいれば勝てる。だからヒランはたいして考えずに「はい」と答えた。どうせ勝つのだから問題ないと。
だが後になって思い出した。
アルバが三強になれたのは、才能と積み重ねた努力だけではなく、その頭脳もあってこそだということを。
「じゃあ僕が勝ったら、二人にはあれを着て仕事をしてもらおう。まだそっちに残ってるかもしれないから」
「何がですか?」
「前局長が提案した冒険者ギルド職員の制服」
目の前の相手から意識が外れ、昔の記憶が甦る。思い出して顔が熱くなり、呼吸が乱れてしまう。
その隙を狙ったかのように、アルバは言った。
「じゃあ、始め」




