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4.立場ごとの考え

 マイルスの中央広場は、人の往来が激しかった。広場は東西南北の大通りに繋がっているため、多くの人や物が往きあう。催し物がある日は、満足に歩けないほど人が増える。まさに王都の中心地と言える場所だった。

 僕はそんな広場の端に備え付けられているベンチに座っていた。たくさんの荷物を傍に置いてたった一人で。


 体調不良の僕にとって休めることは幸いだったが、早く宿に帰って布団で寝たいという欲求の方が強い。一人だけだったらすぐに帰っていただろう。

 しかし帰るわけにはいかない。


「ちゃんと待ってたみたいね」その理由が声をかけてきた人物にあった。


 ミラさんは綺麗な私服を着て、僕の前に立っていた。僕は無意識に息を吐いた。


「えぇ、まぁ、そう言われたので」

「偉いわね。ちゃーんと指示通り待ってたなんて。人の体を覗く変態野郎だから逃げるんじゃないかと思ってたわ」

「ひ、人前でそういうことは……」

「そうね、間違えたわ。『覗く』じゃなくて『視姦』―――」

「何度も謝ったじゃないですか」


 言葉を抑えようとするが、ミラさんは口を閉じない。


「謝れば許されると思ってるの? ゲロ吐いて私に片づけさせるなんてこともして、やすやすと許すと思ったのかしら」

「だからこうして一緒に来てるんじゃないですか。買い物とか用事に」


 時を遡ること五時間前、ミラさんに蹴飛ばされた僕はその場でゲロを吐いた。体調が悪かったところに気を失うほどの衝撃を受けたのだ。無理はないと思う。

 そのまま気を失った僕が目を覚ますと、リビングのソファーに寝かされていることに気付いた。何があったかを思い出そうとしていたら、ミラさんが教えてくれた。

 その後にミラさんが言った。


「もし言うことを聞かなかったら、今日のことを誇張して皆に言うわよ」


 ということで、僕はミラさんと一緒に外に出ていた。ベルク達やフィネに知られたら失望される。つまり、言うことを聞くしかなかった。


 ミラさんは中央広場付近の店で買い物をし、僕は荷物持ちとしてついて行った。店から出るたびに荷が増えても文句を言えず、三時間ほど経った時には、冒険の後と同じくらい疲弊していた。


「用事があるから待ってなさい」と言われてやっと休めたかと思えば、今度は二時間近く待たされて、現在に至る。


 ミラさんは笑みを浮かべていた。


「別にいいわよ。私の命令を無視しても。その代わり、今日のことを背びれに尾ひれもつけて広めてあげるわ」

「逆らいませんから。勘弁してください」

「そうそう。今日だけ従ってたら許してあげるからついて来なさいよ」

「まだどこか行くんですか?」


 空が薄暗くなろうとしていた。間もなく完全に日が暮れるだろう。にもかかわらず、ミラさんは家と反対方向に歩いている。


「最後よ。ちょうど良いわ。あんたも店に入りなさい」

「まだ買うものがあるんですか」

「違うわよ」ミラさんが僕を見ずに進んでいく。僕はベンチから腰を上げ、荷物をもってミラさんの背中を追った。


 しばらく歩くと、一軒の料理屋の前に着いた。しかも高級な空気が感じ取れる店である。


「入るわよ」


 ミラさんは躊躇うことなく入店する。高級な店構えに怖気づいていた僕だが、意を決して後に続いた。


 中に入ると、予想通りの世界が広がっていた。高そうで綺麗な服を着ている人々がテーブルに座り、今まで見たことのないような手間暇のかかった料理を食べている。僕の住む世界とは別世界のように思えた。心なしか、皆に見られている気がした。


「あの……ここに入ってもよかったんですか? こういうところって、ちゃんとした格好をしないといけないんじゃ」


 店員に案内されてテーブルに着いてから、ミラさんに尋ねた。


「問題ないわよ。この店は比較的庶民寄りだから、服装の規定が緩いの。店員だって何も言わなかったでしょ」

「そうですけど、場違いのような気がして……」

「だったら出ていく? 飲まず食わずで小一時間外で待ってくれても、私は構わないわ」


 さすがにそれは嫌だったので、僕はおとなしく席に座り続けた。


 間もなくして料理が出てくる。見たことのない料理を四苦八苦しながらナイフとフォークを使って食べ、味を堪能した。高級なお店なだけあって、その味は格別だった。


「おいしい、ですね」

「あんたが食べてきたものに比べたら当然よ」


 ミラさんが小馬鹿にするような口調で言った。


「こういう店の料理人は、あんたと同じくらいの歳から、あんたが考え付かないような努力をし続けてたの。その結果、これほどの店を建てられるようになった。今も客に満足してもらえるように考え、努力し続けている。そんな料理人の料理がまずいわけないわ」


 僕が冒険者になってから一年が過ぎた。その間は僕も努力をしてきたつもりで、最初に比べたらそれなりに成長はできたと思っている。


 ミラさんは、この店の料理人が僕以上の努力をしてきたと言っている。一年ではなく何年も。命の危険性の差はあれど、その苦労は並大抵のものではないはずだ。

 会ったことのない人物に、尊敬の念を抱いていた。


「すごいですよね。自分のことで精一杯の僕なんかとはえらい違いです。ずっとアリスさんに怒られてばっかりで、進歩してる気がしないんですよね」

「どんくさそうだしね、あんた。足引っ張ってラトナを怪我させないでよ」

「それは大丈夫。僕が戦っているときは、ラトナはアリスさんと一緒にいますから」

「一人で戦ってるの? ラトナも?」

「ラトナは一人で戦ったり、アリスさんと組んだりすることがあります。僕は一人だけど」

「ふーん、意外ね」

「何がですか?」

「てっきり組んでるときに怒られてると思ったのよ。あんたソロ専でしょ。一人で戦うのは得意じゃないの」

「僕もそう思ってる。けど相手によるみたい。ドグラフの群れ相手だといつも負けてて、寸でのところで助けられてる。一ヶ月くらい戦ってるモンスターなのに」

「ドグラフってあれでしょ。犬っぽいモンスターよね。グルフには勝てたのに、なんでそいつには勝てないの」

「ドグラフの方が頭が良くて、数を生かした戦術が上手いからだよ。体の骨格は似てるけど、戦い方が違う」

「それだけでしょ」

「え?」

「頭が良くて戦術が優れている。グルフとの違いはそれだけなんでしょ。だったらそれの対策をすればいいじゃない」


 ミラさんが何を言っているのか、よく分からなかった。

 対策なんてとうにしている。相手の数が生かせないような地形で戦ったり、道具を利用して搦め手を使ったり、考え付く手段を使っている。それでも勝てないから苦労しているんだ。


「それが上手くいかないんですよ。ドグラフは僕の対策を難なく突破するんです。だから悩んでて……」

「簡単じゃない。あんなの」


 思わず、ミラさんの顔を凝視していた。

 簡単だって? あのドグラフが? 話を聞いただけで、なんでそんなことを言えるんだ。


「じゃあ聞かせてくださいよ、ミラさんの対策。ご参考にしたいので」

「そう簡単に教えると思う? 知っての通り、私はあんたのことが嫌いなのよ。言うわけないじゃない」

「実は知らないだけじゃないんですか」

「あら、そんなこと言うのね。媚び諂えば教えることも善処したのにその機会を棒に振るなんて、もったいないことしたわね」

「師匠に聞きました。そういう台詞は教える気がない人の言葉だと」

「良い師に出会えたわね。口も達者になって良かったじゃない。もっとも、あんたの理想とは違っているみたいだけど」

「それは……」


 言葉が詰まる。反論すべきなのに、言葉が思いつかなかった。


 修行に入る前は、今頃はドグラフを倒せるようになって、下の階層への調査を進めているものだと想像していた。日に日に強くなる実感を得て、明日に希望を持っていた。


 だけど現状は逆だ。


 強くなれてる気がしない。明日に希望を見出せない。ウィストとの距離が開いていく気がしてならない。


 僕が黙り込んでいると、ミラさんは退屈そうに息を吐いた。


「辛気臭い顔ね。せっかく良い店に来たんだから楽しみなさいよ」


 ミラさんは料理を口に運ぶ。しかし料理に向けていた視線を、急に僕の背後へと変えた。

 視線につられて振り返ると、一人の男性が僕の傍にまで近づいていた。


「おかしいなぁ。こんなに良い店なのにドブの様な匂いがするぞ」


 他の客と同じ綺麗な服を着た長い黒髪の男性だった。端整な顔立ちで、高そうな指輪やネックレスを身に着けている。見ただけで僕とは別世界の人間だと分かる。

 だが彼の眼は、僕が今まで見てきたものと同じだった。


「臭い。臭いなぁ。店のどこに居ても匂ってくる。早急に匂いの元には消え去って欲しいものだよ」


 人を見下し侮蔑する者はどの世界にもいる。そのことを実感していた。


「あの、何の用ですか」

「話しかけないでくれ。冒険者の分際で」


 男は僕を見下しながら言う。


「周囲への迷惑を考えてすぐにここから出ていくこと。それ以外に君に選択肢はない。私に話しかけることなんてもっての外だ。早くその席を譲り給え」


 周囲の客へと目を向ける。近くの席の客達は興味深そうに僕達の様子を見ているが、ほとんどの客は無視して食事を楽しんでいる。僕が迷惑になっているようには思えなかった。


「変な言いがかりは止めて下さい。僕は―――」

「喋るなと言っただろう。言葉すらも分からないのか。さすが野蛮人の部下だな」


 男は僕と話す気が無いようだった。一方的に話して要求だけをする。これでは会話の余地がない。かと言って、男の言う通りに席を立つこともしたくない。


 どうすればいいのか考えていると、思わぬところから助け船が出た。


「ねぇ、そいつは私の連れなんだから、勝手に命令しないで」


 ミラさんが男に話しかけていた。


「このような下賤な男を気にかけるなんて、お優しいですね。私の名前はオスカー・マーシェン。是非あなたと食事を共にしたい」


 オスカーは態度を一変し、ミラさんには丁寧に自己紹介をする。


「けっこうよ。他をあたりなさい」

「あなたがいいんです。気品のある容姿に上品な佇まいは、選ばれし女性のみが持つものだ。これほど美しい人は他にいない」

「ですって、ヴィック。私と一緒に食事ができる価値が分かった?」


 ミラさんは得意げな顔をしている。嬉しんでいるようだ。


「そうですね。良い時間を過ごせてると思います」

「君は喋るなと言っただろ」


 オスカーが威圧的な目で見下ろしてくる。なぜこうも言われなければいけないんだ。


「なんで―――」

「黙って」


 僕の言葉を、ミラさんが遮った。


「静かにしてなさい。邪魔よ」


 思わず僕は口を閉じた。ミラさんも同じことを言うのか。


 オスカーが「ふっ」と嘲笑っていた。


「ほらみろ。こちらの女性もこう言っている。下賤な輩は、すぐにこの場から退場し―――」

「黙れって言ったの聞こえないの?」


 オスカーの表情が固まった。ぎこちない動作で、オスカーは視線をミラさんに向ける。


「ははは……聞き間違いかな。今、私に向かって言ったのかな」

「聞こえてるじゃない。そうよ、黙りなさい。そして帰りなさい。成金野郎」

「な、なり……」


 うろたえるオスカーに対し、ミラさんは口を閉じなかった。


「人を見下す態度、周囲への迷惑を考慮しない自己中心的な振る舞い、これ見よがしに身に着けた装飾品。調子に乗った若手経営者ってところね」

「わ、私のことを知っていたのか」

「いえ、初見よ。けど見たら分かるわ。そこそこ商売は上手いけど、とても人格に難がある人種だってこともね」

「なにっ……」

「こいつはね」


 ミラさんが僕を指差した。


「たしかに馬鹿で間抜けで鈍臭くて分を弁えない凡人よ」


 言い過ぎじゃないかな。


「けどね、呆れるほど諦めが悪くて、根性があって、努力ができる冒険者なの。あんたみたいなカスに貶される様な人間じゃないわ」


 胸に熱いものが込み上がっていた。嫌われていたはずのミラさんが、そんな評価をしてくれてたなんて。

 なんだかんだ言って、ミラさんはベルク達と同じチームメンバーだ。ただの嫌な人間なわけがない。


「だから去りなさい。カスと話すよりも、間抜けと話す方がマシだわ」


 ミラさんは手を下して、じっとオスカーを睨みつける。オスカーの顔は真っ赤に染まっていて、拳をわなわなと震わせていた。


「このメスが……調子に乗るな!」


 オスカーがテーブルに置いてあったナイフを取る。何をするのか察した僕はすぐに防ごうとしたが、それよりも前にオスカーはミラさんにナイフを投げつけた。


 ナイフの軌道は、ミラさんの顔に向かっている。ミラさんは手で防ごうとするが、間に合いそうにないタイミングだった。

 顔に傷がつき、血が流れる。そんな未来が想像できた。


 だが、突如ナイフは姿を消した。


「女性に手をあげるだけでも許しがたいのに、傷が残るナイフを投げるなんて……」


 いつの間にかミラさんの横には、顔見知りの男性が立っている。


「君は男の風上に置けないね」


 傭兵のアルバさんが、オスカーが投げたナイフを持っていた。

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