7.暗黒時代の立役者
ヒランさんがダンジョン管理人になるまでは、冒険者ギルドの暗黒時代が続いていた。依頼は少なく、一部の冒険者だけが稼ぎの良い依頼を受けられて、冒険者の支援も少なかった。そのため冒険者の数が少なくなり、残った冒険者も生活が困窮するほどだった。
その要因となったのが冒険者ゲノアス・ハリゼット、当時の冒険者ギルドの局長ホーネット・ルベイン、そして彼らの後ろ盾になっていたルドルフ・ハリゼットである。
「だからあいつを当選させちゃあいけないんだ」
夕方の警備中、一通りの説明をしてくれたノーレインさんが断言した。同行するのは団員の冒険者一名と傭兵二名である。今回、ラトナは急用で休んでいた。まだ引きずっているのかな……。
「あいつが傭兵ギルドの局長になったら、絶対にルドルフが干渉してくる。そうなりゃ暗黒時代の再来だ。絶対に阻止しなきゃならない」
いつもの軽口を叩くことは無く、力強い声で言い切るノーレインさん。どれほど危険な事なのかが察せられた。
「けどそんなに危ない人なら、何もしなくても当選されないんじゃないですか?」
「甘い。砂糖のように甘いぞ、ヴィック。それで済むような奴ならあいつはとっくに他の奴らに潰されてるさ。いろいろと恨みを買ってる奴だからな」
「……どんな人なんですか?」
「一言で言えばクソ野郎だ」
ルドルフ・ハリゼット。元はただの兵士だったが、腕が立つ上に頭が冴えていたため、ほとんどが四〇歳以上で兵士団長になるところを三二歳で就任した。兵士団長になった後は各界と積極的に交流を深め、その繋がりを活かすために引退して商売を始めた。その商売で大成功を収めて多大な利益を得ると、その大半を国に寄付して国家運営に助力した。その功績が認められて国家から名誉貴族の地位を得た後は、様々な団体の支援をする生活をしていたというのが表向きの顔だった。
その輝かしい経歴の裏には、ルドルフの本性が隠されてあった。
異例の若さで兵士団長に就任できたのは、他の有力候補が皆辞退、または不自然なタイミングで退役したため。商売が成功したのは、各界の大物達のスキャンダルを入手し、それをネタにして優遇されたため。多くの組織と関わるのは、いずれ自分の配下を送り込んで自分のものにするため。
ルドルフの魔の手は冒険者ギルドにも伸びていて、その先兵として送り出されたのがホーネットだった。
ホーネットは強い者には媚び、弱い者には威圧的な態度をとる姑息な男のようだ。人の弱味を突いて虐めることや、権力をかさにして女性冒険者や職員にセクハラをして、多くの職員や冒険者を辞めさせていた。ギルドの金を使い込んで、財政を悪化させた諸悪の根源でもあった。
「あいつが影響力を持ってた間、碌な依頼は受けられないわ、報酬も少ないわ、飯もまずいわ、支援も無いわで大変だったんだぜ。不満を訴えたら出入り禁止にされてさ。それでも続けてたらゲノアス共にいじめられて、ほんっと最悪な時代だったわ」
「……大変だったんですね」
「あのときはダンジョンにいた方がマシなレベルだったんだ。それがどれほどのことか分かるか?」
「想像くらいは……」
少なくとも、命の危険が常にあったとだけは分かった。
「ゲノアスやホーネットに逆らえば返り討ちに遭う。ルドルフには論外だ。お偉いさんはあいつにビビってたし、本性を知らない奴はあいつを信頼していたから訴えても誰も信じない。闇討ちを実行した冒険者がいたが、あいつの護衛に返り討ちに遭った。だからほとんどの冒険者は諦めていたんだよ。マイルスで成り上がるのは無理だってな」
「ほとんどですか?」
「あぁ。六年前の戦で、ソランが英雄になってから風向きが変わった」
ソランさんが《マイルスの英雄》と呼ばれて知名度が上がると、様々な著名人や貴族、役人達と関わる機会が増えた。ソランさんはそれを利用し、冒険者ギルドの内情を触れ回った。ルドルフが先の戦で失態を犯していたこともあって、ソランさんの話は瞬く間に広まり、ルドルフの危険性を知る者が増えた。
その結果、間もなくして行われた冒険者ギルドの局長選挙では、ホーネットではなくネルックさんが当選された。更にダンジョン管理人にヒランさんが選ばれると、ゲノアスはギルドから追い出されることになった。
これによりルドルフは冒険者ギルドとの関わりを失うことになり、暗黒時代は幕を閉じた。
「けどそれが、今回の選挙で再来するかもしれないってことなんですね」
「その通りさ!」
ノーレインさん力を込めて断言した。
「傭兵ギルドは互いに提携して仕事をする仲だ。放っておいたらまたこっちに手を伸ばしかねないし、一緒に仕事する仲間が酷い目に遭うのは嫌だろ?」
「はい」
「だからこそ、俺達は戦わなきゃいけないんだ! あいつがどんな手を使ってきても折れないように協力し合う必要がある! そうだろ?」
「そうだな」
同行する団員達が同意する。
「お前らの話を聞いて改めて思ったよ。今回の選挙は負けちゃいけねぇな」
「あの頃に戻らせるわけにはいかない。徹底抗戦だ」
「あぁ。その意気だ」
皆一様に気合が入った顔つきだった。やる気に満ちた雰囲気に釣られ、僕の意気込みも増す。僕も出来ることをやろう。
「僕も頑張ります。何をすればいいんですか?」
「さぁ」
途端にやる気が削がれた気がした。
「前はとりあえずヒランについて行っただけだからなー。勢いのままだったたから、ぶっちゃけると何をしてたか思い出せないんだよ」
「……大丈夫なんですか?」
ノーレインさんは「あぁ!」と力強く肯定する。
「近いうちに対策会議をするそうだ。それに従えば問題ない。元々はこっちが有利な選挙だからな」
「そうなんですか?」
「あぁ。こっちには今までの実績があるからな」
局長が交代してから、冒険者ギルドの評判は良くなっている。依頼の達成率や冒険者の生存率の上昇、街の治安維持に貢献し、新たな冒険者を育てるべく教育にも力を注いでいる。これらの功績はホーネットが局長の時代にはなかったものである。
「傭兵ギルドも俺達と提携してから評価を上げている。この武器を活用すれば、冒険者ギルドから嫌われてるホーネットが勝てる見込みは無くなるってことさ」
「じゃあ問題なく勝てるってことですか?」
「まともにやればな。だが相手はルドルフだ。どんな手を使ってくるか分からない。例えば……」
先頭を歩いていたノーレインさんが足を止める。何事かと思ったら、前方からごろつき達が歩いて来ており、僕達を睨んでいた。どこかで見た光景である。
彼らは僕らの前で止まると、「よぉ」と声を掛けてきた。
「元気にしてたか、クソガキども。また会えて嬉しいぜ」
「俺も嬉しいよ。ようやく本格的なゴミ掃除ができそうなんで」
やはりというか予想通りというか、昨日と同じ展開である。
「今までのことを謝るなら今のうちだぞ。ここで頭を地べたにつけて謝れば水に流してやる。俺達は心が広いからな」
「俺達の方が寛容さ。今までゴミに生きる権利を与えてたんだから。次の選挙で全部処分しないといけないけどね」
「良いじゃねえか、ゴミ掃除。俺も手伝ってやるよ。その頃にはゴミの中身が変わってるからな」
「その心配はいりませんよ。ただ道の端っこに居てくれるだけで結構。そしたら楽ができるんで」
「先輩の言うことは聞くもんだぞ、後輩」
「俺達はあんたらを先輩と思ったことないんで」
二人の間に火花が散っているような幻覚が見える。どちらもこめかみに青筋を立てていて、今すぐにでも手が出そうな雰囲気だった。
「調子に乗れんのも今のうちだ。一ヶ月後にゴミになってるのはお前らだからな」
「バックが付いたからって粋がる奴らに負ける気はないさ。一生道の端を歩いてろよ」
「お前らもクソ英雄にくっついてるだけだろ。あんな冒険バカは簡単にこっちの思い通りに動かせるんだからな」
「やれるもんならやってみな。あいつが易々とお前らの思惑通りに動くかよ」
「そうさせてもらうさ。いずれはお前ら全員、俺等と同じ目を遭わせてやる。……いや、ヒランは別だな」
大柄の坊主頭がニヤリと笑った。
「俺達が勝った後もあいつには居てもらおう。で、俺達に奉仕してもらうとしよう。ダンジョン管理人としてじゃなく、冒険者ギルド専属の娼婦としてな」
ぶちっと、何かが切れる音がした。僕がその音の正体に気付いた時には、すでにノーレインさんは坊主頭の顔面に跳び膝蹴りをかましていた。
完全な不意打ちをもろに喰らった坊主頭は地面に倒れる。だがノーレインさんは止まらず、坊主頭の体に乗りかかった。
「クソ外道が……ぶち殺してやる!」
ノーレインさんは何度も坊主頭の顔を殴る。その気迫はキレたモンスターと同等、いやそれ以上のものであった。言葉通り、本気で殺しそうな勢いだった。
ヒランさんのファンだとは知っていたが、あの一言でここまで怒るとは……。
「何ぼーっとしてるんだ! 早く止めろ!」
「あいつ本気で殺す気だぞ!」
団員達がノーレインさんの体を掴んで引き剥がそうとする。残りのごろつき達も引き離そうと加勢するが、ノーレインさんは近づこうとする者を敵味方問わず目で威嚇し、それでも近づいて来る者には拳を振るおうとしていた。
理性を失っているとはいえ上級冒険者だ。まともに喰らえばごろつきはもちろん、僕達でも重傷を負う。迂闊に手を出せない。けどこのまま放置すればノーレインさんが人殺しになってしまう。何とかして止めないと……。
「全く、何をやっておるんだか」
どこかで聞いた声が頭上から聞こえた。見上げると、今朝会った巨体の老人の姿があった。
老人は臆することなくノーレインさんに近づく。ノーレインさんが老人に拳を振るうが、老人は難なく受け止める。
「少し頭を冷やさんか」
力づくで引き離すと同時に投げ捨て、団員達が受け止める。無理矢理引き剥がされて投げ飛ばされたことで、ノーレインさんは落ち着きを取り戻した。
「あ……何であんたがここに?」
ノーレインさんが老人を見る。団員達も似たような反応だ。どうやら顔見知りらしい。
「そりゃ決まっておろう。傭兵が動くのは雇われた時じゃ。ここに来たのも同じじゃよ」
「……もしかしてそっち側?」
「うむ。聞いた話によると、お主らの敵側らしいの。楽しみが増えて結構じゃわい」
老人は呑気に笑っているが、ノーレインさん達の表情は暗い。話から推測するに、この老人と敵対することを悲観してのことだろう。
それほど強い相手なのか? 確かに圧巻されるほどの見た目だが……。
「あの人ってそんなに強いんですか?」
ノーレインさんが目を一瞬大きく開き、「ははっ」と呆れたように笑う。
「知らないのか? 傭兵ギルドの《三強》の一人で、大陸最強の傭兵と言われてるアラン・グレンディアだ」
アリスさんとアルバさんと同じ《三強》? この人が?
あの二人と同格の人が目の前にいる。それが僕に危機感を抱かせた。
「お。お主は今朝の坊主じゃないか。あのめんこい彼女は一緒じゃないのか?」
アランさんが僕の存在に気付く。僕は警戒心を解かずに答える。
「今はちょっと離れてて……それで、本当に僕達の敵なんですか?」
「うむ。儂はお主らの敵じゃ。じゃが今は手を出さんでおこう。今朝迷惑をかけてしまったその詫びじゃ」
「は? 何言ってんだあんた!」
ごろつきの一人がアランさんに喚く。
「あんたを呼んだのはこいつらをぶっ倒すためだ! さっさと倒して他の団員達にも―――」
「黙らんかい」
威圧感のある声でごろつきが黙る。今朝僕に掛けられた言葉と同じだ。
あの巨体と凄味のある声で体が強張ってしまうのだ。ごろつきも例外ではなかった。
「儂が良いと言ったんじゃ。儂の決めたことに三下がごたごた言うんじゃない。それでもいうなら力づくでいうこと聞かせてみぃ」
「なっ……」
「なんじゃ?」
ごろつきはイラついた顔を見せたが、それ以上は何も言わずに黙り込んだ。
アランさんは倒れていた坊主頭を肩に乗せた。坊主頭は未だに動かないが生きてるのだろうか……。
「それからお主ら。こんなところでゆっくりして居る暇なんかないぞ。早くせんと選挙が終わる前にケリがついてしまうからの」
「どういうことだ?」
「なんじゃ、まだ伝わってなかったんか」
まるで料理を注文するかのような気軽さで、アランさんは言った。
「少し前に、お主らの立候補者の家に強盗が入ったぞ」




