6. 傭兵ギルド局長選挙
「おはようございます!」
冒険者ギルドに着くと、いつものフィネの元気な声に迎えられる。いつもより遅く来たため、ギルド内の冒険者は少なかった。
先に来ているはずのラトナを探すが、どこを見てもラトナはいない。フィネに尋ねてみることにした。
「ラトナがどこにいるか知ってる? 僕より先に来てたはずなんだけど」
「来てましたよ。けどすぐに出て行っちゃいました。体調が悪かったんですかね」
「どこかおかしかったの?」
「はい。来てからそこら辺をうろうろとしてました。気になって話しかけたんですけど、『今日はやっぱ帰る』と言って出て行きました。顔が赤かったので熱でもあったのかもしれません」
「そうなんだ……」
どうやら、ラトナも僕と同じだったようだ。思い出してしまい、顔が熱くなった。
「そうです。そんな感じにラトナさんの顔も赤くなってました。ヴィックは何か知ってますか?」
「……さぁ」
「……本当に?」
フィネが眼を細くする。何か知ってると疑われているようだ。
「うん、知らない。そんなことよりさ」
ボロが出る前に話題を変えることにした。
「最近ヒランさん見ないね。忙しいのかな?」
昨日の話題からヒランさんのことを考えていると、最近姿を見ていないことを思い出していた。退院してからずっとだ。今まではギルドで仕事をする姿を度々見かけていたのだが。
「ヒランさんは学校の仕事や選挙準備で忙しいです。何か用事があるのなら伝えますけど」
「選挙?」
「はい。傭兵ギルドの局長選挙です。次の局長候補の応援のために、色々と働いてます」
「傭兵ギルドの選挙に何でヒランさんが関わってるの?」
「ヴィックったら冷たいね~」
フィネと話しているとリーナさんが会話に加わってきた。
「あ、おはようございます」
「おっはよー。今日も元気そうね。何かいいことでもあった?」
「……ないですけど」
「ふ~ん」
リーナさんがにやにやと笑っている。勘付かれたか? 何か言われる前に話を続けよう。
「えっと、なんで傭兵ギルドのことに冒険者ギルドの人が関わってるんですか?」
「そりゃそうよ。今の冒険者ギルドと傭兵ギルドは協力し合って運営してるんだから。手伝うのも当然でしょ」
「協力って、自警団のことですか?」
「それだけじゃないよ。互いに道具を融通したり、冒険者や傭兵同士での交流会を開いたり、一緒に依頼を受けたりしてるよ」
「そんなことしてたんですか……」
どれも初耳で知らなかったことだ。なんだか仲間外れにされた気分である。……まぁ慣れてるからいいけど。
「まぁ知らないのも無理はないよ。うちらが選んでるってのもあるから。いつかはどの冒険者でも参加できるようにするけどね」
「学校と同じなんですね」
冒険者学校も、いずれは傭兵と兵士も参加できるようにすると言っていた。あれの一環なのだろう。
「そんな感じ。ま、局長がネルックさんになってから始めたやつだから、実現するのに時間はかかりそうかな。けどこれ、傭兵ギルドにも協力してもらってるんだよね。だから次の局長さんが協力してくれない人になったら困るから、賛成してくれる人が当選するようにいろいろと根回ししてるってわけ」
「根回し、ですか」
政治的な話になってきた。ギルドはこういうことを考えないといけないなんて、なかなか難しそうな仕事だ。
「ちなみにどんなふうに局長って決まるんですか?」
「お、ヴィックも興味持ってきた? どろっどろの政局の話に」
「まぁ、少しは……」
自警団の仕事で傭兵の人とは何度か一緒にしたことがある。正義感が強くて真面目な人達が多かった。
もし次期局長が非協力的な人に変わったら、彼らと一緒に仕事ができなくなるかもしれない。そう考えると人事には思えなくなっていた。
「今回の選挙だと、傭兵ギルドの総本部の代表者と、冒険者ギルド・商人ギルド・職人ギルドの局長、マイルスの市長、傭兵ギルドのスポンサーになっている貴族三名と、マイルスの傭兵達の代表者。全部で九人の投票で、一番多くの票を得た人が局長になるの。ちなみに候補者が一人の場合は信任投票になって、過半数の賛成がないと局長にはなれないの」
「候補者は何人いるんですか?」
「今は一人。現局長が選んだ人で、うちらに協力的な人だよ。このまま増えなかったらいいんだけど立候補の締め切りにはまだ時間があるから、ヒランちゃんは今のうちに動いて選挙を有利に進めようとしてるの」
「その締め切りはいつなんですか?」
「一週間後。ちなみに投票は一ヶ月後だよ」
一ヶ月後にはギルドの未来が決まってしまうようだ。そうと考えれば一ヶ月という期間は短いように思える。
冒険者ギルドには散々世話になっている。僕に何かできることは無いのだろうか。
「ま、ここまできたらほとんど決まりみたいなもんだから」
僕の心を読んだかのような発言だった。
「締め切り一週間前に出てきたぽっと出の立候補者なんて大した相手じゃないって。こっちは現局長が推してる人だからね。傭兵達からの人気もあるし、他のギルドとの繋がりもある人だから、余程のことが無いかぎり負けることは無いの」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。だからヴィックも選挙の心配はしないで、元気に冒険に行ってきてね」
背中を後押しするような言葉に、僕の不安は消えていく。ここまで言ってくれるんだから、本当に心配事は無いのだろう。僕は「はい」と答えていた。
「じゃあ今日も冒険に行ってきます」
「うんうん。頑張って来てね」
「頑張ってくださいね」
二人の声援を受け、僕はギルドから出ようとする。その寸前、出入り口の扉が大きな音を立てて開く。
入ってきたのはノーレインさんだった。何やら慌てた様子で周囲を見回し、リーナさんを見つけるとすぐに駆けつけた。
「おいリーナ。聞いたか?」
「えっと、なにを?」
気になって僕は足を止め、二人の話に耳を傾けた。
「傭兵ギルドの選挙の話だ。他の立候補者が出たんだよ」
「そうなの? どんな人?」
「あいつだよ! あのクソ野郎だ!」
ノーレインさんの口調が荒い。彼の様子に僕だけじゃなく、他の冒険者達も注目する。
「ホーネットだ! あいつが立候補しやがった!」
立候補者の名前が挙がった瞬間、周囲の冒険者達が騒ぎ出す。
「あいつが? なんで出てきやがったんだ」
「マジかよ……当選したら最悪だぜ」
「せっかく良くなってきたのに、また迷惑掛けられるの?」
不安の声が増大していく。ホーネットという人を知らない僕は訳が分からなかった。
「ホーネットって、だれ?」
「冒険者ギルドの前局長だった人です」
僕の疑問にフィネが答えてくれた。たしか前局長は冒険者からの評判が悪かった人だ。皆が悲観するのも仕方がない。傭兵ギルドとはいえそんな人が当選されたら、提携している冒険者ギルドにもいろいろと影響がありそうだ。
だがそれは当選されたらの話だ。今回は冒険者ギルドが推す有力な候補者がいる。その人が当選すれば問題ないはずだ。
リーナさんも同じ考えだったようで、僕が考えていたことを言った。
「大丈夫だって。当選されなかったらいい話でしょ。ホーネットさんが相手なら問題ないよ」
「あぁ、そうだな」
ノーレインさんが納得する……かと思えば、続けて報告した。
「俺もそう思ってたよ。ホーネットを推薦した奴を知らなかったらな」
「……まさか」
察したのか、リーナさんの表情が曇る。周囲の冒険者の中にも、同じような顔をした人が居た。皆、とある人物を思い浮かべているようだった。
そしてノーレインさんが、その人物の名前を言った。
「ルドルフ・ハリゼット。あのくそったれゲノアスの父親だ」




