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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第二章 後進冒険者

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5.武を持つ者

「何でダメなんですか?」


 食事中、断られた理由を尋ねた。カイトさんは返事をせず、黙々と食べ続けている。


「何で教えてくれないんですか?」


 再度尋ねても返事が無い。いつもならどんな話にも反応してくれるのに、ことこの質問に関しては無視である。

 せめて何らかの反応をしてほしい。もどかしさを感じたところで、僕の代わりにラトナが尋ねた。


「今日やってたのって、なんて武術だったっけ? 昨日とは違うよね」


 カイトさんがラトナさんを睨む。初めて見るその険しい顔に僕は驚いたが、ラトナは平然と笑みを浮かべている。

 じきにカイトさんが「はぁ……」と溜め息を吐いた。


「空手だよ。昨日のは柔術だ」

「毎日やってるよね。飽きずに。すごいよねー」

「幼い頃の日課だから。やらないと気持ち悪い」


 いつもと違う淡々として冷めた声だ。ラトナは気にせず「うんうん」と頷いてるが、僕は未だに動揺しっぱなしだった。


「昔からやってたもんねー。いろんな武術勉強して、組手とかやってたんだよね」

「そういう家業だから」

「うん。いろんな人に武術を教えたりもしてるよね」

「俺はまだしたことないよ」

「そうなんだ。だったらさ、ヴィッキーに教えてあげたら? やる気あるし、歳が近かったら教えやすいと思うよ」

「嫌だ」


 再び、拒絶の言葉を聞いた。


「俺は武術を教える気はない。たとえラトナの頼みでもだ」

「せめて鍛え方だけでも教えてくれないんですか?」

「中途半端な武術はむしろ危険だ。教えられない」

「何でそんなにかたくなに……」


 すると、カイトさんは急に立ち上がった。


「俺は武術を使わない。冒険者になったのはそれが理由だ」


 そのまま食器を片付け、部屋へと戻っていく。声を掛けるなという空気を纏っているようで、迂闊に何も言えなくなった。


 カイトさんが二階に上がると、ラトナが「ごめんね」と謝罪する。


「あたしが言えばなんとなるかなーって思ったけどダメっぽいや。期待させちゃった」

「いや、いいよ。僕だけだったら何も言ってくれなかっただろうし」

「カイっちにもいろいろあるんだ。だから気ぃ悪くしないでね」


 申し訳なさそうな顔をするラトナに、「大丈夫だよ」と言うことしかできなかった。


 以前、ナイルさんが言っていた。カイトさんが責任を他人に押し付けたと。ミラさんの話を合わせると、後を継ぐことを誰かに任せたということになる。

 後継者に認められるほどの力があったというのにだ。その過程には相当な努力があったはずだ。だというのにそれを投げ出した。


 そこにはカイトさんなりの理由はあったのだろう。だけどせっかく手に入れたものを捨てるのなんて……。

 僕はカイトさんの気持ちを理解できなかった。




 朝食を済ませた後、僕とラトナはいつも通り冒険者ギルドへ向かう。いつもと同じ道を歩き、同じ景色を眺めながら、時折ラトナと会話をして進む。

 しかし、いつもと違う点が一つだけあった。


「ぐごごごごご……。ぐごごごごごご……」」


 歩いていると、地響きのような音が聞こえ始めた。何事かと思って周囲を見渡すと、前を歩く通行人が脇道に視線を向けている。その後、何も見なかったかのように早足で離れていっていた。


 あの脇道に何かある。そう確信して脇道を覗き込んだ。

 ……なるほど。あの通行人が離れたくなる気持ちがよく分かった。


「ヴィッキー、何があった―――」


 僕の後ろから覗き込むラトナが絶句する。そこには、現実と非現実が混ざった光景があった。


 道幅二メートル半ばの狭い脇道に、一人の老人が横向きで大の字になって寝ていた。音の正体は老人のイビキだった。地面に落ちた酒瓶と、微かに残った酒の匂いから、飲み過ぎて寝てしまったということが容易に推測できる。これはよくある光景である。


 だがその老人の姿は、今まで見たことが無いほどに非現実的だった。

 短い白髪のみが残った頭と、もみあげから顎まで繋がっている白い髭、顔に残る数々の小さな傷跡はまだ現実的だ。兵士か傭兵、冒険者といった仕事についていたのだろう。しかし道を塞ぐほどの身長、僕の三倍以上はある分厚い胴体、丸太を連想するほどの腕と足の太さ、それらはまるでモンスターのような体格だった。今まで出会った人の中で、間違いなく一番大きいと言えるほどだった。


「……人間だよね?」

「……一応」


 よく考えれば失礼な言葉である。しかし僕達はそれに配慮することができないほどに動揺していた。

 だけどいつまでも動転しているわけにはいかなかった。


「とりあえず、起こそっか」


 僕達は自警団の一員である。今は勤務時間外とはいえ、問題となる事態に遭遇してしまった以上は無視できない。放置すれば自警団の評判にも関わる。そしてばれたらアリスさんに怒られる。

 いろんな展開を考慮した結果、問題解決に動くのが最善だと思えた。


 僕は老人に近づいて体を揺する。


「あのー、だいじょうぶですかー?」


 老人はイビキをかいたまま起きる気配が無い。試しに強く揺らしたり、声を大きくして呼びかけるがやはり反応が無い。

 こういった場合はどうすべきか。アリスさんや気象の荒い団員なら、叩いたり水をぶっかけたりして無理矢理起こそうとする。だがそれは悪質なごろつきが相手の場合だ。強そうに見えるが老人にそんなことはできない。


 どうしようかと考えていると、ラトナも老人に近づいて声を掛ける。


「もしもーし。おじいちゃん起きてー」


 僕と同じように体を揺するために左肩に触れる。その瞬間、老人の目がカッと開く。


「おなごの気配!」


 老人の右手が素早く動き、ラトナの手を握った。「きゃっ」とラトナが驚いて離れようとするが、手が掴まれているため逃げられていなかった。


「柔らかですべすべな肌! これじゃ! これを求めてたんじゃ!」

「は、はなせ!」


 僕は老人の手をラトナから離れさせようと力づくで解く。だがとても強力な握力のせいかびくともしない。高齢とは思えないほどの筋力だ。


「ヴィ、ヴィッキー……」


 ラトナの怯える声が聞こえる。その声で意を決し、剣の柄に手を伸ばした。


「むむっ」


 突然、老人がラトナの手を放す。解放されたラトナはすばやく僕の背中に回って身を隠し、ピストルに手を掛ける。

 老人はゆっくりと上体を起こす。大きなあくびを一つした後、僕達を見る。


「……なんじゃ。もう朝じゃったか」


 呟いてから立ち上がる。やはり、ベルクやクラノさんよりも明らかに大きい。体に厚みがあるせいか威圧感もあった。


「お嬢ちゃんや。さっきは怖がらせてすまんかったの。ちょいっと寝ぼけてたんじゃ。許してくれ」

「え、あ……はい」


 いつもの陽気さが無い。まだ怖がっているようだ。それを察してないのか、老人はまた話をつづける。


「お詫びといっては何じゃが、ちょいと奢らせてくれんかの。近くに朝からやってた菓子屋があったはずじゃ。食後のデザートというやつでひとつ」

「あ、あたしはこの後用事が―――」

「まぁまぁ、詫びくらいさせてくれ。ほれ、こっちじゃ」


 老人がラトナの手を伸ばす。その手が届く前に、僕は老人の前に立ち塞がった。


「ん?」老人は首を傾げる。

「すみません。僕達この後予定があるので」


 最初はこの老人を介抱しようと思っていたが、酔っぱらっている様子はないから大丈夫そうだ。それに得体のしれない老人にラトナを任せるのは少々、いやかなり不安だ。

 ベルクとミラさんに留守を任された以上、ラトナに降りかかる危険は避けないと。


「行くよ」


 僕はラトナの手を引いて脇道を出ようとする。


「待てい」


 威圧感のある声で呼び止められる。思わず足を止めてしまうほどの力が声にあった。

 動揺していることを悟られないよう、「なんですか?」と返す。


「お主はそのおなごとどんな関係じゃ?」


 予想外の質問に、すぐに答えられなかった。黙っていると、老人が続けて言う。


「お主は今、儂の邪魔をした。若いおなごと一緒に食事をする数少ない機会を奪おうとしたのじゃ。何の権利があってそんなことをするんじゃ?」

「権利って……」

「恋人や夫婦というのなら諦めよう。じゃが恋仲以外の間柄ならば儂の邪魔をしないでもらいたい。そのような輩に儂のデートを邪魔する権利は無いからのぉ」


 堂々と、詫びではなくデートと言い切っていた。見ず知らずの、しかも親子以上の歳の差がある相手をデートに誘うとは、呆れを通り越して尊敬しそうになる。その対象が身内でなければだが。


 老人は恋仲以外に口出す権利は無いと言うが、そんな道理に乗る必要はない。突っぱねればいいだけの話である。しかしこの老人は見た目からしてとても強そうだ。しかも常人とは異なった思考回路を持っていそうだ。

 僕が邪魔を続けたら何をされるかわからない。だがラトナに任せっ切りにするのは嫌だ。なんか情けない。


 仕方ない。僕はラトナに目配せをしてから言う。


「恋人です。だから邪魔しないでください」


 とりあえずこの場を乗り切ることを優先しよう。そう考えて嘘を吐いた。

 ラトナは僕の思惑に気付いて、「うん」と同意する。


「あたしヴィッキーの彼女だからおじいちゃんとデートに行けないの。ごめんね」


 ラトナの追撃に「ぐぬぬ」と老人が呻く。


「というわけで失礼します」


 再び去ろうとしたら、「待て」とまた呼び止められる。


「口裏を合わせた可能性がある。この場で恋人であることを証明して見せろ」


 老人の疑念はしつこかった。これで諦めて欲しかったのだが。


「恋人の証明って……お互いがそうだと言ったらいいじゃないですか」

「ダメじゃ。それじゃあ信用できん。恋人同士でなければできんことを見せて、初めて儂に認められるのじゃ」


 しつこく追いすがる老人の姿に、先程の威圧感を感じ取れなくなっていた。だが無下にすると強引な手を使われる可能性がある。

 大人しく、老人の要求を聞くことにした。


「じゃあどうすればいいんですか? さっさと言ってください」

「うむ。素直な坊主じゃの。感心感心」


 老人は満足そうに頷いた。


「簡単じゃ。接吻をすればよい。そうすれば認めてやろう」

「せっぷん?」

「キスのことじゃ」


 時が止まった気がした。衝撃的な言葉に頭が混乱する。キス? キスだって?


「な、なにをい、言って……」

「恋人ならやって当然じゃろう。キスの一つや二つくらい」

「そ、そんなの、で……」

「できないのか?」


 老人の眼が鋭くなる。攻撃的な強い眼力。同時に、罠にかかったことを自覚した。

 あの態度はわざとだ。僕達を油断させるための演技で、この状況を作り出すのが狙いだったんだ。


「どうしたんじゃ? 恋人ではないのか? だったら儂の邪魔をしないでもらいたいのう」


 老人の迫力に後ずさる。大きな体から力任せな思考の人物かと思ったのが間違いで、本当は老獪な手を使う知恵者だった。

 反論できる材料は無い。このままだとラトナが連れて行かれる。だったら、強引に逃げるしかない。


 逃走のタイミングを図っていると、「ヴィッキー」とラトナに呼ばれる。


「なに?」

「ちょっとごめんね」


 直後、左頬に柔らかな感触があった。ラトナの顔が近くにあったが、何をされたのかがすぐには分からなかった。

 理解したのは、一秒くらいその感覚を受けた後、ラトナが僕から離れ、老人に向かって発言してからだった。


「これでいいよね?」


 ラトナが尋ねると、老人はくつくつと笑った。


「こりゃあ良い物を見せてもらった。やはり長生きはするもんじゃの。初々しすぎて青春を思い出したわい」

「認めてくれるってこと?」

「うむ。仮に違っても良しとしよう。では」


 そうして、老人は脇道の奥に進んでいった。あれだけしつこかったのに、最後はやけにあっさりと引いた。よく分からない人物だ。

 よく分からないと言えば……。


「えっと、ラトナ。いったいなんで―――」

「待って」


 ラトナは僕と顔を合わせないように顔を背けた。


「いきなりでごめんね。けど待って。ちょっと落ち着かせて。お願いだから」


 早口で喋るラトナ。調子がおかしそうだった。


「……ラトナ。大丈夫?」

「だいじょうぶじゃにゃい」


 大丈夫じゃなさそうだった。


「ごめん。先行ってる。後から来て。ゆっくり来て。お願いだから」

「あ、うん。わかっ―――」

「マジごめん!」


 僕が言い終わる前に、ラトナは駆け足でギルドに向かって行く。いつも以上の速度で、あっという間に背中が見えなくなる。その間、ラトナが振り返ることは無かった。

 まぁけど、それはそれで幸いだった。


 僕は左頬を触りながら、何が起こったかを改めて確認する。


「マジでか」


 多分僕の顔は、赤くなっていただろうから。

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