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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第二章 後進冒険者

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4.ヒランの大事な人

 仕事が終わった後、僕とラトナは件のネロとシンに会った。待ち合わせ場所は、冒険者ギルド内の食堂である。二人はテーブル席に隣り合って座っていた。


 彼らの向かい側に座って簡単な自己紹介をした後、ネロが口を開いた。


「わたしがネロ・オーネス。こっちが弟のシンよ」


 噂のケイさんの妹であるネロが名乗り、隣に座る弟の事も紹介する。シンは伏し目がちにこっちを見てぺこりとお辞儀をする。釣られて僕も頭を下げた。


「呼ばれたら挨拶か、せめて返事くらいしなさい」

「……うん」


 シンが小さな声で返事をする。緊張しているのか、口数が少なかった。


「ごめんね。こいつったらいつもこうなの。大人しいにもほどがあるわ」

「いいよ、これくらい。気にするほどじゃないし」

「そう? それならいいんだけど」


 ネロは済ました顔をして髪を背中に流す。赤みがかった茶色の長い髪がふわりと動く。髪を後ろの回すと、姿勢正しく座り直していた。

 一方の弟のシンは俯きがちで、姉と同じ色の長い前髪の隙間から僕らをジッと見ている。何やら観察しているような目つきに思えた。


「それで? わたし達に何の用かしら?」


 少し強めの口調から、警戒心が感じ取れる。僕達の動向を窺っているようだ。

 どう話しかけようかと考えていると、「まぁ落ち着けよ」とクラノさんが口を挟む。


「せっかくこいつの奢りだっていうんだ。気が変わらないうちに飯でも食ったらどうだ。ほら、メニューだ」


 ネロの隣に座るクラノさんが、二人にメニューを渡す。メニューを受け取ったものの頼もうか話を聞こうかと悩んでいるようだったが、僕の隣に座るラトナが「あたしはこれー」と注文するのを聞いてメニューに目を通し始めた。


「季節のシチュー。最近食べてなかったのだよねー」

「疲れたからなぁ、がっつり食いてぇ。よし、トンカツだ」

「……ステーキ」

「あんたは遠慮しないわね……。わたしはオムライスで。えっと……ヴィッキーは?」

「……おにぎりセットで」


 お金をもう少し持って来れば良かったと後悔する。というより……、


「何でクラノさんが一緒に居るんですか?」


 彼らを見かけたときから尋ねたなったことをようやく聞けた。クラノさんはこの場に呼んでいなかったので、ずっと不思議に思っていた。


「帰りの護衛だよ。夜おせぇし治安の悪い場所通るからな。お前らと会った時もその途中だったんだぞ」

「送るくらい僕がしますよ」

「碌に喧嘩ができないお前がか?」


 挑発的な言葉に苛立ったが反論できない。先程、僕は彼らの前で負けそうになった。あの光景を見られたら、彼らも安心して帰れないのだろう。喧嘩の弱さがここで仇になるとは……。


「ヴィッキーはモンスターとばっかり戦ってたからねー。仕方ない仕方ない」

「ただの冒険者でいるならそれでいいけどよ、今は自警団の一員だろ? 少しは喧嘩の仕方くらい勉強しとけよ。良い手本が近くにいるんだからよ」


 アリスさんのことを言っているのだろう。だけどあの人から喧嘩を教わるのは危険な予感がする。

 具体的には、実戦形式で教えてくれて、その過程で僕がぼこぼこにされる様な予感が。


「そっちは考えておきます。そういうクラノさんはどっかで教わったんですか?」

「俺か? 俺は環境のせいだな。喧嘩が多い地域に住んでっからな」


 加えて、クラノさんは手足が長い。体格と経験があるからあんなに強いのだろう。どちらも僕にないものだ。


 じきに料理が運ばれてきて皆で食事を始めた。僕はおにぎりと味噌汁だけだったのですぐに食べ終えた。

 皆が食べている間、僕はシンとネロを観察する。シンは慣れていない手つきでナイフとフォークを使ってステーキを必死に動かし、ようやく一口サイズに切るとすぐに口の中に運ぶ。味を堪能する間もなく、また次の肉を切り始める慌ただしい様子だ。ネロは味わっているためか、一口食べるごとに嬉しそうに微笑んでいる。シンよりも食事のペースは遅かった。


 全員が食事を終えると、「じゃあ始めていいぞ」とクラノさんが言う。それを切っ掛けに二人に尋ねた。


「君達の兄のケイさんについて知りたいんだけど」

「何を知りたいの?」

「どんな人だったのかなって」

「……それだけ?」


 ネロは疑わしい眼を向けていた。僕は素直に頷いた。


「それだけのためにわざわざご飯を奢ったの?」

「そうだけど……変?」

「だって隠すようなことなんかないもん。後ろ暗いことのない良いお兄ちゃんだったし。死んじゃったけど」


 ネロはあっけらかんとしていて、兄の死を引きずっていないようだった。数年前のことだから、既に吹っ切れているのだろう。


「わたし達のために、喧嘩もしたことないのに冒険者になって大金を稼ぐって言ってたわ。強くなれば生活が楽になるからって。最初は全然ダメだったけど、ヒランさんって人に教えてもらうようになってから稼げるようになってて、お兄ちゃんも楽しそうだったわ。死んだのはその後だったかな」

「……死んだ原因は聞いてるの?」

「危険な場所に行ったせいだって聞いたよ」


 ネロは悲しそうな瞳を見せた。


「自分のことを少しくらい気にして欲しかったかな。ぶっちゃけさ、わたし達はお兄ちゃんがいたらそれだけで良かったから」




 翌朝、いつもより早く目が覚めていた。瞼が重くてまだ眠い。だけど二度寝することなくベットから下りて着替え始める。今日は僕が朝食当番だ。二人が起きてくる前に準備しよう。

 一階に降りてキッチンに立ち、保管庫から食料を取り出す。必要なものは昨日のうちに揃えていた。朝は難しい料理を作る気はない。焼いたり切ったりするだけだ。だから考えることなく料理をつくれて、別のことを考える余裕があった。


 ダイチ・シンドウさんとケイ・オーネスさん。二人がヒランさんを変えた人物だと言われている。昔は自分勝手だったという今の姿からは想像もできないようなヒランさんを。

 僕の知ってるヒランさんは、強くて厳しくて、だけど優しさと責任感がある立派な人だ。他人のために頑張れるあの人が、昔は自己中心的な人だったと言われてもピンとこない。

 だがそれが本当だとしたら、その二人の影響力はとても大きなものだったということだ。僕でいうウィストのような存在だ。人の性分を変えられる人なんて、そういない。


 昨日は二人についていろいろと話を聞いた。共通することはとても良い人だったということだけだ。ダイチさんは冒険者にとって、ケイさんは家族にとってとても大事な人だった。

 だけど、ヒランさんにとってはどんな人物だったのだろう?


 ダイチさんはヒランさんの師匠で、ケイさんはヒランさんの弟子だった。その関係性から、ヒランさんは二人に対して他の人にはない思いがあったんじゃないのかと考えられる。他の人達が知らないような何かが。

 その何かを昨日は聞けなかったが、今日は何か聞けるだろうか? 誰に聞けば知れるのだろうか?


 というより、


「何でこんなに気になるんだろうな……」


 ここまで気にしてしまう理由が分からなかった。

 切っ掛けは何気ない話からだった。多分リーナさんも僕がここまで興味を持つとは思っていなかったはずだ。ただの世間話のつもりだったのだろう。

 だけど僕はその思惑を裏切り、興味津々になっていた。


 人には知られたくないことがある。ヒランさんにもあって、僕のやってることはそれを探る行為だ。探られる本人からすればいい気はしない。それが分かっているのにやめられないのは、やはり強い関心があるせいだ。

 周囲の人間が驚くような過去からの変貌。もしかしたらその原因は、僕に必要なものかもしれないから。


「……っと、できたか」


 フライパンから香ばしい匂いが漂う。焼けたベーコンを皿に置き、朝食が完成する。目玉焼きとベーコン、サラダとご飯と味噌汁といった朝食の定番料理である。


 それらをテーブルに運ぼうとしたとき、奇妙な音が聞こえてきた。

 空気を裂くような風切り音が、窓の外から聞こえてくる。庭の方からの音だ。


 不審な音が気になり、料理を置いて窓から外を覗く。庭には黒髪の青年がいる。カイトさんだ。

 武器を持たず、半身の状態で左手を前に出し、右手を引いた構えをしている。何やら変わった構えが気になって、僕はそれを見ていた。


 カイトさんはすぅっと静かに呼吸をする。その直後、右手を突き出すと同時に、さっきと同じ音が聞こえた。

 鋭い音に耳を疑う。全力で剣を振ったら似たような音を出せるが、拳で出すことはできない。昨日喧嘩した人達も出来ていなかった。音だけでも、今の拳がとんでもない威力があることが分かる。


 続けてカイトさんが様々な動きを見せる。拳を突いたり、蹴りを繰り出したり、色んな構えをして手足を動かしている。

 どれもどんな意図がある動きなのかは分からない。だけどそれは、素人目からでも洗練されているものだと分かった。それほどまでに滑らかで綺麗だった。


 そこまで見入っていたせいで、背後から近づく者の存在に気付かなかった。


「なーにやってんの?」

「……っ!」


 驚いて振り返ると、背後には明るい黄色の寝間着を着たラトナがいた。寝起きのせいか、髪が少しだけはねている。


「おっはよー、ヴィッキー。朝っぱらから覗き? お盛んだねー」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるラトナは、朝からいつも通りのテンションだった。その様子になぜか落ち着いて、僕は弁解をする。


「違うよ。カイトさんの鍛錬を見てただけ。参考になりそうだから」

「あー、日課のあれか。うん。参考になると思うよ」


 知っていたようで、物分かりの良い答えだった。


「カイっちは武術をやってるからね。おっきい人も素手で楽々倒せちゃうよ」


 体格の差は強さの差だ。大きいほど力が強い。そんな相手に勝つには武器を持っていても難しいのに素手で勝てるなんて……。

 そういえば、僕が盾の使い方を聞いたのはラトナだが、それをラトナに教えたのはカイトさんだ。あの教えも武術から得たものなのか?


「武術か……」


 思えば、武術を教えてもらったことは無い。対人戦闘では武術が有効とも聞いたことがある。今後は警備の仕事が増えるから、教わっておけば役に立つかもしれない。


 ……よし。


「カイトさん!」


 鍛錬をしているカイトさんに声を掛ける。カイトさんは驚いた素振りを見せず、「なに?」と自然な声を返した。


「僕に武術を教えてください!」


 優しいカイトさんなら指導してくれるはず。もし指導が無理でも、鍛錬の仕方くらい教えれくれるだろう、という計算もあった。


 そんな僕の思惑は、


「ヤダ」


 たった二文字で抹消された。

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