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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第二章 後進冒険者

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3.師と弟子

「ダイチさんとケイのことか。覚えてるさ」


 ネグラットさんは、当然のように答えた。時刻は夜。僕とラトナは自警団の一員として、街の警備をしている最中だった。今日は分隊長のネグラットさんと三人の団員と一緒だった。


「有名な人達だったんですか?」

「ダイチさんの方はな。当時はマイルスで一番腕が立つ冒険者だった。そのうえ人望があって世話好きで、ギルドに良い依頼が無い時は、あの人の伝手で依頼を受けたときがあったほどだ。ゲノアスの配下以外のほとんどの冒険者が、ダイチさんの世話になってる」


 冒険者がギルドから依頼を受けるのは、報酬を約束されているからだ。ギルドを通さずに受けようとすると、依頼人が支払いを渋ったり、最悪の場合は報酬の不払いもありうる。

 そのため個人で依頼を受けるのはリスクが高い。ましてや仲介するとなると余程の信用が無いとできない。しかしダイチさんは、多くの冒険者が頼るほどの信頼と実績があったようだ。


「あの人のお陰で冒険者達は食い扶持を得ていた。優しくて頼りがいもあって、心の支えだった。あの人が居たから、俺達は冒険者を続けられた。……あの戦が起こるまではな」


 六年前、獅子族率いるモンスター達がマイルスを襲撃した。ダイチさんは冒険者や傭兵を率いて挑み、多くのモンスターを倒した。


 だが、いくら腕が立つ冒険者でも限界はある。ダイチさんは怪我で動けなくなった人や死んだ人達の分まで戦おうとしたが、体力の限界が来て力尽き、最後は獅子族に殺された。


「あのときはもう終わったと思った。ダイチさんがいたからギリギリ踏ん張っていたんだが、戦死したって聞いたら戦う気が無くなった。他の奴らも同じ気持ちだったはずだ。あの後にソランが来てくれたから何とかなったがな」

「……すごい人だったんですね」

「そうだ。戦争を終わらせたのはソランだが、戦場にいた奴らを守ったのはダイチさんだ。あの人が居なかったらマイルスは滅んでたな」


 ネグラットさんは、どちらかと言えば落ち着きのある性格だ。相方のノーレインさんを抑えたり、冷静な意見を出せる人である。

 そんな人が熱を持った言葉で、ダイチさんのことを語った。その事実が、ダイチさんがどれほど大きな存在だったかを示していた。


「じゃあケイさんって人は、どんな人だったんですか?」

「ケイは……確か戦のあとで冒険者になった子だったな。家族思いの良い子だったってことは覚えてるな」


 あまりケイさんとは関わりが無かったのか、眉間に皺を寄せて思い出しながら話そうとしていた。


「家族を食わせるために冒険者になったらしい。で、ヒランの腕前に惚れて弟子入りしたんだったかな。最終的にヒランが折れて弟子になったが、その後は無茶をして死んだって聞いてる」

「無茶ですか?」

「噂じゃツリックダンジョンに入ったって聞いたな」


 ツリックダンジョンは上級ダンジョンだ。冒険者になったばかりのケイさんが入れるような場所ではない。

 何でそんなことをしたのだろうと考えていると、


「詳しい話が聞きたいなら、ケイの弟と妹に聞いた方が早いかもな」


 と教えてくれた。


「兄弟がいるんですか?」

「あぁ。冒険者学校に通ってる。弟がシン、妹がネロって名前だ。機会があったら会わせてやるよ」


 「ありがとうございます」と礼を言ったとき、男の怒鳴り声が聞こえた。近くの酒場からの声だ。店周辺の人達も声に気付いているようで、店の方に視線を向けていた。


「行くぞ」


 ネグラットさんと団員達は、すぐに酒場の方に向かう。僕とラトナもついて行った。

 酒場に入ると、ガタイのある二人の男が睨みあっていた。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気で、周囲もそれを察してか彼らから離れている。体格の良い男達の喧嘩に巻き込まれたら、怪我をするのは明白だ。


「やぁやぁ君達。どうしたんだい?」


 ネグラットさんはその緊迫した空気を破って二人に近づいた。二人は険しい顔のまま振り向いたが、ネグラットさん達の姿を見ると途端にぎょっと目を見開かせた。


「ここで喧嘩が起こってるって聞いたんだが、君達か?」


 男達はお互いの顔を見合わせると、ぎこちない笑みを見せた。


「いえいえ、喧嘩なんてそんな」

「ちょーっとじゃれ合ってただけですよ。なぁ?」

「お、おう」


 二人はえへえへと不自然な笑い声を出しながら肩を組む。先程の険悪な雰囲気があっという間になくなっていた。


 自警団の仕事に同行し始めてしばらく経つ。彼らと一緒にすることは、集団で街を歩き回って警備をし、揉め事が起これば率先して止めに行くことだ。

 真っ当な冒険者や傭兵、住民達は自警団を見ると挨拶をしてくれるが、がらの悪い人や兵士達は自警団を見ると嫌な顔を見せる。今回のように喧嘩の場面に出くわすことは何度かあったが、喧嘩している張本人達は自警団が訪れたと知るとすぐに大人しくなる。彼らの様子で、自警団がどう思われているのかを察せられた。


「それならいいさ。これからも仲良くしろよ」


 店から出て行こうとすると、店主らしき人が自警団に頭を下げ、ネグラットさんは右手を少し上げて応える。終わったと知るや、店の中はよく知る活気に包まれた。


 自警団が立ち上げられたのは、冒険者や傭兵達のいざこざを早急に抑え、治安をよくするためだという理由だ。マイルスの兵士達は治安維持に熱心ではないため、自分達で動く必要があったそうだ。事実、兵士達はあまり街中では見られない。僕が見かけるのは門の内外の周辺と城壁の上だけだ。

 そういった経緯から町の人々、特に自警団が主に活動する北区の住民は、兵士達よりも自警団を頼りにしている節がある。何かあったら自警団に頼れという話が、住民達の間で広まってるくらいだ。


 その甲斐あって、揉め事が起こっても自警団が赴けばすぐに収まるほどになっていた。正直楽である。分隊長のネグラットさんも、「じゃ、引き続き町をぶらぶらしますか」と言うほどだった。


「結構気楽な仕事ですね」

「今はな。昔は大変だったが、今じゃ俺達が行くだけで騒ぎが収まる。これも俺達の努力のお陰だ。毎日毎日やっすい給金で働かされてたんだぞ」

「頑張ったんだねー、ネグちん」

「あぁ。ま、この辺は比較的治安が良い場所ってのもあるんだけどな」


 大通りを北に歩きながら、ネグラットさんが話す。


「ここから脇道に入った通りは、まだクソみたいなごろつき共が残ってる。内々で揉めるならどうでもいいんだがよ、部外者がいる場所でも騒ぎやがる。あぁいうのは身内しかいない場所でやってほしいよ」

「そっちにも警備に行ってるんですか?」

「最低限な。こっちは公人ってわけじゃないから、向こうも反撃して来やがるんだ。アリスがいるときは手ぇ出してこねえチキンのくせに」

「あの人は殴れないでしょ……」


 倍返しは当然で、十倍返しされるかもしれない相手に手は出せない。「その通りだけどな」ネグラットさんも納得する。


「今じゃアリスに手を出すのは何も知らない新人か、対等に戦える奴だけだ。それもめっきり減ってるから、あそこにはビビりだけが残ってるってことだ」


 ハッと笑いながら、ネグラットさんは調子にのって嘲り続ける。


「ほんと情けねぇ奴らだよ。あそこにいる奴らはゲノアスが追い出されるまでついて行っていたバカばっかだからな。腕もないし学もない、そのうえ性根まで腐ってるときた。出来ることは弱者に威張りちらすことだけ。俺があいつらなら情けなくて生きていられないな」

「全くだな」


 他の団員達も同調する。


「人に迷惑かけるばっかで、世の中のために良いことなんて全くしてない。何が嬉しくてあんなことしてんだか」

「あぁ。ギルドに居た頃もたいした実力もないくせに俺達新人に威張り散らしやがって、いなくなって清々したよ」

「兵士達もさ、ああいう奴らをちゃんと取り締まって欲しいよ。城壁周りにだけ兵士を置かないで内側にも目を向けてさ。そりゃ六年前のこともあるけどさ」

「そりゃ仕方ない。あいつらよりもモンスターの方が怖いからな」

「うちの兵士にも下に見られてるって、どんだけなんだよ」


 団員達は笑って話していたが、昔のことを知らない僕とラトナは会話に入れなかった。出来ることと言えば、適当に相槌を打って話を合わせることだけだった。

 そんな風に中途半端にしか会話に入ってなかったせいか、周りのことがよく見えた。


 さほど離れていない場所の男達数人が僕達を睨んでいる。数は五人。彼らは一言二言喋った後、僕達の方に向かってくる。彼らの顔は険しいものだった。

 嫌な予感がしてネグラットさんに声を掛けた。「ん?」と反応したネグラットさんに、僕は彼らの方を指差して意図を伝える。するとネグラットさん達は「あぁ」と合点がいったかのような顔を見せた。


「噂をすればだ」


 どうやら件の連中らしかった。ネグラットさんは先輩で年配である彼らに対して、態度を変えずに話しかける。


「何ですか、先輩方。俺達は暇なあんた達とは違って仕事中で忙しいんだ。要件があるなら―――」


 すると、一番大きな男がネグラットさんに拳を振るった。拳はネグラットさんの右頬を捉える。ネグラットさんはよろめいたが、すぐに持ち直して男を睨み返す。


「正当防衛成立だな」

「うるせぇ」


 それが合図に、彼らと自警団の喧嘩が始まった。男が殴りかかり、ネグラットさんが反撃する。他のメンバーも応戦し始めた。相手は五人、こっちは僕とラトナを含めて六人。数では僕らが有利だが、咄嗟のことに驚いて僕とラトナは出遅れていた。


「えっと……どうしよう?」


 ラトナの言葉に、僕は碌に答えられない。助けた方が良いんだけど、集団の喧嘩の雰囲気に圧倒されてなかなか手を出せなかった。僕とラトナがいないからこっちが一人少ない。すぐに助けないと。


「じゃ、じゃあ、行ってきます」


 なぜか僕はラトナに宣言してから助けに行った。二人を相手にしてた団員が居たのでそこに向かう。団員が相手にしていたのは、僕より背が高い男性と、同じくらいの背の男性だった。


 僕は背が同じ男の方に殴りかかる。右拳が男の頬に刺さるが、男は倒れずに僕を睨み返す。そしてすぐに殴り返された。

 男の拳が僕の顔に当たる。一瞬だけ視界がぐらついたが、すぐに持ち直す。


「……っそ」


 頭に血が上る。相手に負けないようにと拳に力が入る。そうして思いっきり拳を振るうが、今度は避けられてしまい、すぐさま反撃される。負けじとまた攻撃するが、これも避けられてしまいまた反撃を喰らう。

 威力はモンスターのものより弱いが、喧嘩慣れしているのか僕の攻撃が当たらない。苛立ちが増した。


「雑魚か」


 顔が熱くなった。思いっきり振りかぶって殴りかかる。だがこれも避けられて、無防備になったところで蹴り飛ばされてしまう。地面に転がってしまい、何かにぶつかってやっと止まった。


「くそっ!」


 虚仮にされてさらに血が上る。すぐさま立ち上がって殴りかかろうとした。

 その直前、肩を掴まれて止められた。


「おい」


 振り返ってみると、クラノさんと五名ほどの子供達が居た。


「ぶつかったんだが、何か言うことはねぇのか?」


 明らかにイラついてる声だった。どうやら蹴り飛ばされた時にぶつかってしまったようだ。


「すみません。けど飛ばしたのはあいつのせいで―――」

「弱いお前が悪い」


 弁解は空しく両断される。


「素人丸出しの喧嘩しやがって。あんなの殴ってくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」

「そりゃ、喧嘩なんて碌にしたことないですし……」


 以前絡まれた時は相手が弱いこともあって先制攻撃すればあっという間に追い払えたが、今回の相手は喧嘩慣れしている。そんな奴と喧嘩しても勝つのは難しい。


「んなこと言ってる場合か。ほら来てるぞ」


 さっきの相手が僕の方に向かってくる。僕はすぐに応戦するが、素早い殴打や蹴りを防ぐのに精一杯で反撃できない。モンスターとは違うやり難さがあった。


「っ……」


 相手の攻撃に押されて後ろに下がる。


「めんどくせぇな」


 僕の拙い喧嘩に苛立ったのか、クラノさんが前に出た。

 クラノさんが長い足で男を蹴り飛ばし、強引に距離をつくる。男はすぐに向かってくるが、クラノさんが先手を取って拳を放つ。長い手を上手く使い、相手の手が当たらない距離から一方的に殴り続けた。相手はそれを耐えて強引に前に出るが、クラノさんはまた蹴り飛ばして距離を作る。再び、クラノさんが優位な状況を作っていた。


「おい! 退くぞ!」


 有利な展開になったとき、ごろつき連中が引き始める。相手もすぐさま走り出し、「いつまでも威張れると思うな!」と捨て台詞を残して去っていった。団員達の方を見ると、大怪我をした者はおらず、むしろ清々しい顔をしていた。


「やれるもんならやってみな!」

「もうお前らの時代じゃねぇんだよ!」


 団員達が逃げ去る彼らに言葉を浴びせる中、ラトナだけが僕に駆け寄ってきた。


「ヴィッキー、大丈夫? これ使って」

「ありがと」


 こけた際に顔が汚れたので、差し出されたハンカチを使って顔を拭く。傷ができたみたいで、少しだけ痛かった。


「お前って喧嘩弱いんだな。少しはそっちも練習した方が良いんじゃないか」


 ネグラットさんの発言に、どうも素直に頷けない。僕が必要なのは冒険者としての力で、人との喧嘩に使う力ではない。そっちを鍛えるくらいなら、アリスさんの修行を受けた方が良いんじゃないか? けどこの仕事を斡旋したのもアリスさんだし……。


 どうしたものかと考え込んでると、「けど、その前に要件を済ませるか?」とネグラットさんが言う。


「要件?」

「聞きたいんじゃなかったのか? ケイのこと。そこにいるぞ」


 ネグラットさんが指差し、僕はその方向を見る。そこにはクラノさんと一緒に居た子供達がいた。


「あいつらの講義はクラノが担当してる。ちょうどいいから話しかけたらどうだ」

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