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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第二章 後進冒険者

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1.最初の兆候

アリス視点

検査の結果、彼に異常は見られなかった」


 ヴィックが退院した翌日の夜。マイルス北部総合病院の一室、医者であるレヴァンガルの部屋にアリスが来ていた。アリスは背もたれ付きの椅子に存分に背中を預け、椅子を傾けながらレヴァンガルの診断を聞いていた。


「一般人よりも傷の治りが早いが、これは冒険者や傭兵にはよく見られる現象だ。それ以外も他の冒険者と変わりはない。至って普通の冒険者だ」


 レヴァンガルは冒険者を含め、様々な職業の患者を相手にしてきた。それを数年続けたことで、同じ怪我でも冒険者や傭兵は他の職業の人間よりも治りが早いということを知った。正確に言えば、回復速度が上がるという現象だ。冒険者の界隈では、自然に触れる時間が長いことで治癒能力が高まっているという一説がある。


 ヴィックもその例外ではない。レヴァンガルは何度かヴィックの治療を担当したが、入院するたびに怪我に対する回復速度が早くなっていることを確認していた。その回復速度は、今では平均的な冒険者と同程度の基準に達しているとみていた。

 そういう話をアリスにしたのだが、彼女は納得していないかのように眉を顰めていた。


「ホントに何にもねぇのか? 目とか頭になんか変なものがついてるとか、病気にかかってるとか」

「無い。お前に頼まれていつもより念入りに診たが、これといった特異点は無かった」


 アリスは「あー……」と呻き声のようなものを出しながら、首を傾けて天井を見る。


「だったら説明がつかねぇんだよなー……」


 三週間ほど前、冒険者ギルド主導でドグラフの討伐作戦が行われた。それにより出た被害者は二名で、どちらも命に別状はない怪我であった。そして、その怪我を負った原因がケルベロスとの戦闘だった。


「あいつらが戦ったのはガキのケルベロスだ。成体に比べたら能力は低い。だが子供でも危険指定モンスターだ。あいつら二人が生き残れる相手じゃねぇ。ましてや撃退なんざ奇跡みたいな出来事だ。ちょっと前に冒険者になったばかりの素人がグロベアを倒したことで騒がれたが、今回はその比じゃねぇ」


 ケルベロスというモンスターは、冒険者ではないレヴァンガルでも知っていた。高い能力と知能にほぼ三六〇度を見渡せる視野、また同種以外の生物なら何でも捕食する雑食である。その性質ゆえ、最も人間達に被害を与えてきたモンスターが獅子族なら、ケルベロスはその次点に着くほどだった。

 子供とはいえそれほど危険なモンスターを相手に勝ったことに、アリスは疑問を抱いたようだった。


「素直に認めたらどうだ。格上相手によく戦ったと」

「そういうレベルの話じゃねぇから頼んでんだよ。本当に何にも見つかんなかったのか? 推測でも良いんだが」

「推測レベルの話で良いなら一つだけあるが……」

「なんだ?」

「火事場の馬鹿力というやつだ」


 窮地に陥った際に、通常時では考えられないほどの力を発揮できる現象のことだ。ケルベロスに追い詰められたヴィックはその条件を満たしており、本人の話からいつもと体の調子がおかしかったということを聞いていたので、ほぼ間違いないと断言できた。


 しかしこれはヴィックのような冒険者に限った話ではなく、一般人にも起こりゆる事象である。珍しいことではあるが、重要視するほどのものではない。さらにヴィックの身に起こったもう一つの症状についての説明ができないため、レヴァンガルはこのことを進んで話したがらなかった。もちろん、アリスも納得していなかった。


「それくらいはオレだって考えてた。だがそれだけじゃ納得できねぇことがあるんだよ。あんたもあいつから聞いてんだろ?」


 アリスが言いたいことを、レヴァンガルは理解していた。


「黒い靄、か……」


 ケルベロスとの戦闘時に突如見え始め、突然消えた黒い靄。その話をヴィックから聞いていた。これを聞いていなかったら、火事場の馬鹿力で何とか納得できていた。

 だが聞いてしまった以上、無視できなくなっていた。


「優れた戦士は初見の敵が相手でも、そいつの弱点や隙が直感で分かると聞いたことがある。しかしそれができるのは、ずば抜けた才能の持ち主か歴戦の猛者くらいだと。ヴィックはそのどちらかに当てはまるのか?」

「論外だ。才能のないペーペー冒険者だよ」


 仮にも弟子である彼に対して、この言い様であった。怪我が多いので優れた冒険者でないことは薄々察していたが、余程劣等な冒険者なのだろうか。


「百歩、いや一万歩譲ってあいつに才能か経験があったとしても、それでも奇妙な点があるんだよ」

「ルベイガンのことか」

「そうだ。あいつの言動が気になる」


 聞けば、ヴィックのことを「美味そうだ」と言ったそうだ。しかも逃亡の足を止めてまで襲ったと。


「あいつはヴィックに強い興味を抱いていた。そうじゃなきゃ、わざわざ立ち止まったりしねぇ。それに加えてさっきの件だ。何かしらの異常が起こってんじゃねぇのか?」

「弟子の心配をするとは、お前も変わったな」

「存分に働いてもらわないといけねえからな。だから変なことになる前にあんたに診察を頼んだんだよ」

「『あんた』ではない。『先生』だろ」

「……センセーに頼んだんだろ」


 レヴァンガルは一つ息を吐いた。


「頼ってもらって悪いが答えは変わらない。すべての検査で異常は見られなかった。現状、おかしなところは見られない」

「ホントにねぇのか?」

「ない」

「……ちっ、そうかよ」


 アリスは不機嫌そうな顔を見せた。


「分かんねぇうちは無茶させられねぇ。しばらくは街の方に回すか」

「彼に自警団の仕事をさせるのか?」

「ちょうどいい機会だからな。しばらくの間、新ダンジョンの調査をする予定だ。ほぼ未開拓ダンジョンのあそこに連れていけねぇ」

「その間限定というわけか」

「そういうことだ。ま、良い経験になるだろ。他の冒険者や傭兵と組んだり、人を相手にするのはよ」


 アリスが椅子から立ち上がってドアに向かった。


「んじゃ、そろそろ行くわ。面倒な頼みを聞いてくれてありがとよ」

「感謝する前に、師に対する言葉遣いを正してみないか?」

「そんな忠告でオレが変わるわけねぇだろ。変えて欲しかったら実力で何とかしてみな」


 そうして、元弟子は部屋から出て行った。夜の静かな廊下から足音が聞こえ、次第に小さくなって消えていく。

 窓の外に視線を向け、アリスが病院から離れて行った姿を確認した。


「行ったか……」


 レヴァンガルは机の引き出しから、二枚のカルテを取り出した。そのうちの一つはヴィックのカルテ、


「これから大変だというのに、余計な心配事を増やすわけにはいかないからな」


 もう一つはソランのカルテだった。


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