27.挑戦と信頼
「最近考えていることがあるんだよ」
マイルス北部総合病院に入院して三日目、顔馴染みの医者が話し出した。
「冒険者や傭兵、兵士に怪我は付き物だ。彼らの負担を減らすように診察料の見直しをすべきかなと」
「それは良いですね。助かります」
「そうだろう。ちなみに具体的な案は、一年間で利用数の少ない者の料金を低くし、学習せず何度も重傷を負う者には高くするという内容だ。これならどんな冒険者でも慎重に行動して怪我が少なくなると思うのだが、君はどう思う?」
「……ごめんなさい。やめてください」
「やめて欲しければ入院する回数を減らしなさい」
診察が終わり、医者が外に出て行った。僕は病室のベッドに寝転ぶ。これから後は何の用事もない暇な時間である。
ドグラフ討伐任務は、あの後大きな問題もなく終わった。各班は一人の死者も出さずにドグラフを討伐し、一般人に被害が出ることもなかった。
その要因は僕と入れ替わりに地上に出たケルベロスを、アリスさんが仕留めてくれたことが大きかった。ケルベロスが倒れたことでドグラフ達は混乱し、慌てて逃げ帰ったという話だ。
これにより後はドグラフが近くの残っていないかを調査するだけとなり、それの確認が終わったことで作戦は当初の予定よりも早く終了となった。本作戦の被害は、死者ゼロ、重傷者は二名という少ないものであった。その重傷者というのが僕とベルクだった。
隣のベッドに目を向ける。同じ病室に入れられたベルクはぐっすりと眠っている。憑き物が取れたかのような穏やかな寝顔であった。怪我の具合は、僕が火傷と打撲、骨にヒビが入っていたことで三週間、ベルクは骨折三か所で完治に一ヶ月ほどかかる。だが命や今後の活動に支障は無いという話だ。無事に治るということでホッとしていた。
けど医者の言う通り、入院しないように努力はすべきだとは思った。マイルスに帰ったとき、出迎えてくれたフィネが僕のボロボロの体を見て泣きそうになっていた。あの顔は見たくない。もう少し自分の身を省みようと考えていた。もっと強くなろう。そうすれば怪我も少なくなるはずだ。
横になっていると、病室のドアをノックする音が聞こえた。「どうぞ」と答えると、入ってきたのはヒランさんだった。
ヒランさんはベルクが寝ていることを確認すると、僕のベッドの横に来た。
「体調はどうですか?」
「はい。お陰様で」
任務による怪我ということで、入院費は冒険者ギルドから出ていた。
ヒランさんは不愛想な顔をして「そうですか」と椅子に腰かけた。
「今日はどうしたのですか?」
来訪の目的を尋ねると、「渡す物があるので届けに来ました」と言われた。
「今回の報酬とは別で、いわゆる功労賞のようなものです。本作戦に参加した冒険者全員に配っております」
ヒランさんが鞄から一枚の小さな紙切れを渡してくる。受け取ると、それには「食事無料券」と書かれてあった。
「もしかして作戦開始前に言っていたサービスですか?」
「そういうことです。全員が頑張りましたので、平等になるようにと考えたものです。是非使ってください」
あのときやる気を出していた冒険者達は落ち込んでいるだろうなー……。
だけど僕としては嬉しいので、僕はヒランさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。また使わせてもらいます」
「そうしてください。ベルクさんにも渡したいのですが、寝ているようなのでまた今度にしましょう」
「代わりに渡しましょうか?」
「いえ、こういうのは直接渡すのが良いらしいので……」
「リーナさんの助言ですか?」
「そうです」
ヒランさんが一つ息を吐いた。
「効率を考えればヴィックさんに任せるのが一番なのですが、わたくしが渡す方が喜ばれるとのことです。全員に渡すときも同じようにしましたので、少々疲れました」
どうやら作戦に参加した冒険者全員に手渡ししたようだ。確かにそれは疲れそうだ。
「けどその通りだと思いますよ。事務的に配られるんじゃなくて、こうやって手渡しされるのが嬉しいですから」
「ヴィックさんもですか?」
僕が素直に「はい」と答えると、ヒランさんは納得したような顔で僅かに頷いた。
「では、これからもそうしましょうか」
ヒランさんが椅子から立ち上がる。帰られる前に聞きたいことがあったので、僕は呼び止めた。
「あの、そういえばあの通路ってなんだったんですか?」
僕とベルクが落ちた通路は、レーゲンダンジョンのようで少し違った場所だった。作戦終了後からアリスさんを筆頭に数人の冒険者があの場所の調査をしていると聞いたが、僕の所には何の情報も来てなかった。わざと教えてくれないのか、それともまだ調査が出来ていないのか、もどかしい気分だった。
「まだ確定はできませんが、おそらくもう一つのレーゲンダンジョンと言えるような場所です。レーゲンダンジョンが元々は遺跡だったことは知っていますよね」
「はい。そこにモンスターが住み込んだからダンジョンとして扱うようになったって……」
「通路や建造物の造りから、レーゲンダンジョンと極めて関連性のある場所と考えられます。どのような関係性だったかは調査中ですが、調査結果次第ではレーゲンダンジョンの難易度を変更する事態になるかもしれません」
「上級ダンジョンになっちゃうってことですか?」
「先の話ですがその可能性はあります」
あそこにはケルベロスがいた。あれが生息するダンジョンなら、上級ダンジョンに認定されても不思議ではない。今後の調査で決めるらしいが、上級ダンジョンかもしれない場所に僕が入れるのか? もしかして、これからは僕は調査に加われないのだろうか? 嬉しいけどどこか不安がある、複雑な心境だった。
ヒランさんが「それではお大事に」と言って去った後、夕方になると新たな来客があった。
「ヤッホー。二人とも元気してるー?」
ラトナ、カイトさん、ミラさんが病室に入ってくる。
「まぁぼちぼちだな」
「僕も同じ感じ」
「うんうん。元気があってよろしい」
ミラさんとカイトさんはベルクの横の椅子に座り、ラトナは僕の隣に来た。
「ちょっと報告があって来ちゃいましたー。あと看病も」
「ついでなんだ……報告って?」
「ナイルさんのことだよ」
ラトナは右手でブイサインを作った。
「問題無し。今後も冒険者続けていいってさ」
ドグラフの群れを倒せなければミラさんが連れて帰られるという話だったが、無事に終わったらしい。大勢のドグラフに囲まれながら何頭かを討伐し、ベルクに至ってはケルベロスを撃退したのだ。許さないのがおかしい。
それでも権力を振りかざして強制執行する不安があったが、約束は守る人だったようだ。少し安心できた。
「いやー、よかったよかった。これで帰る場所を守れたよー。戻ったときにミラらんがいないのなんて寂しいからねー」
ラトナは心底安心して嬉しそうな顔を見せていた。余程不安だったようだ。
「うん。ホント良かったね」
「何であんたが喜んでるのよ」
ミラさんが意外そうな口調で言った。
「あんたからすれば、私が居ない方が良いでしょ。いちいち口出すのが居なくなるんだからさ」
「なにアホなこと言ってんだ」
「当然の疑問でしょ。敵なんかいない方が良いんだから。そこんところどうなのよ」
「どうって言われても……」
僕がベルク達に協力したのには理由はある。それを素直に口にした。
「ベルク達は四人で一つって感じだから、それが壊れて欲しくなかっただけだよ」
初めて彼らに会った時から、ベルク達は四人だった。四人ともばらばらの風貌だが、パズルのピースがはまっているようにどこかまとまっていた。長年の付き合いを感じる空気があって、見ているだけで安心感があったのだ。
「いつかミラさん達のようなチームを作りたいって思えるようなチームで、しかもそれが同期だっていうのは、僕のちょっとした自慢なんだ。そんな理想のチームが個人の身勝手で無くなるのは嫌だからさ、いなくなってほしいとは思わないよ。……ちょっとは優しくしてほしいって思うことはあるけどね」
「……ばかじゃないの」
ミラさんは気まずそうな顔を見せた。そんなに変なことを言ったかな?
「あれはミラらんの照れ隠しだから、気にしなくていいよ」
「はぁ? 照れてなんか無いわよ」
ラトナの説明にムキになるところから当たっているように思えた。カイトさんが面白そうににやついていた。
「まぁ、ミラが照れていたかどうかの議論はともかく」
「照れてないわよ」
「これで今後も、何事もなく冒険を続けられるというわけだ。ベルクが全快したらムガルダンジョンに挑み、踏破を目指そう。その後はじっくりとお金を稼いでエルガルドに向かう。それでいいね?」
カイトさんがチームの方針を上げたが、「それなんだがよ」とベルクが意見した。
「ムガルダンジョンを踏破したら、オレはラマットに行ってそこの中級ダンジョンに挑戦するよ」
マイルスの西にはラマットという町があり、周辺には下級と中級ダンジョンが一つずつある。難易度は同じ中級のムガルダンジョンよりも難しいという話だ。
「いいよ。じゃあそこに活動拠点を移して、また三人で―――」
「いや、オレ一人で行く」
「よし、じゃあベルク一人で……一人で?!」
カイトさんが大声を上げる。僕はベルクの発言ではなく、カイトさんの珍しい反応に驚いていた。多分初めて見る顔だ。
「一人って……中級の方を? 下級じゃなくて?」
「中級だ。ラマクートダンジョンってとこだ」
「ダメだ!」
声を荒げてカイトさんは却下する。
「まぁ聞けよ。調べてみたんだがよ、ラマクートのモンスターはオレと相性が良さそうな重量級ばかりだ。無茶さえしなきゃオレ一人でも―――」
「一人で行くのが無茶なんだよ。俺達は四人で……今は三人でだけど、一緒に冒険しているんだ。それはお互いのミスを補う利点があるからだ。それを捨てるなんて危険だよ」
正論だった。チームの利点をカイトさんは理解している。加えて普段からチームで行動しているため、ソロだと普段できていることができなくなる欠点がある。冷静に考えたら今更ソロでダンジョンに挑戦するのは無意味な行為だ。
だが、そこに既に意味を見出しているのなら、話は別である。
「オレに必要なのはそれなんだよ」
ベルクは既に見つけていた。
「確かにお前らと一緒にいる方が安全だ。だがオレが強くなるには、過去のオレを超えなきゃいけねぇ」
「過去のベルクを?」
「競争に負けた情けねぇオレのことだ。オレはまだあの時のことを引きずってる。それを払拭するのにこの挑戦が必要なんだ」
入院中に、僕はベルクの口から過去のことを聞いていた。なぜ冒険者になったのか、その経緯を。同時に語られた。これからにかける想いを。
これが本当に最適な行動なのかは分からない。だけど僕は、ベルクが出した答えを応援したかった。
「だからオレに挑戦させてくれ。オレがオレに誇りを持てるためにも」
「僕からもお願い。カイトさん、ミラさん、ラトナ」
ベルクと一緒に僕もお願いする。ここでベルクが皆に申し出ることは事前に聞いていた。反対されるだろうということも。だけどベルクの想いを聞き、僕は後押しすることを決めていた。
皆に負けないために、皆に誇れるように。その想いは、僕が抱いているものと同じだった。
ウィストと肩を並べるようにと、アリスさんの下で修行を受けている僕と。
「私達はあんたの仲間で親友よ」
ミラさんが口を開く。
「あんたを必要だと思っているし、ずっと一緒に居たいと思ってる。それくらい好き。カイトとラトナも同じよ」
カイトさんとラトナは否定せず、じっとミラさんを見ていた。
ベルクのことを一番心配しているのはミラさんだ。二人は彼女に判断を任せようとしているのだろう。
「邪魔者扱いしないし、今のままでも良いと思ってる。それでも行きたいの?」
「あぁ。オレはお前らと一緒に戦える誇り高い冒険者になりたい。これはそのための勝負だ。オレは、オレに勝ちたい」
躊躇することなく、ベルクは即答した。目に迷いはなく、覚悟を決めているのがはっきりと伝わって来る。
断固たる決意を前にし、ミラさんは「勝負、ね」と寂しそうに呟く。
「冒険者に勝負なんていらない。相手はモンスターだし、一度の失敗が死につながる危険な仕事だから、自分達のペースで強くなればいいって私は思ってる」
「ミラ……」
「思ってるんだけど、ねぇ……」
嬉しそうに微笑んでいた。
「あんたのその顔を見たら、そんなこと言えなくなったわ」
清々しく、そう言い放った。ミラさんの笑顔から、爽快さを感じるほどだった。
「いいんだな?」
ベルクが確認を取ると、「えぇ」とミラさんは承諾する。
「けど私もついて行くわ。そうじゃなきゃ認めないからね」
「オレの話聞いてたか?」
「安心なさい。ダンジョン攻略の手伝いはしないわ。あんたがダンジョンに行っている間、私は町であんたの帰りを待っててあげる。そのために行くの」
「意味あんのか? それ」
「あるわよ。待ってる人が居るって分かってたら、死にそうになっても頑張れるでしょ」
「はっ。バカだろ」
「あんたに言われたくないわよ。というわけで、良いわよね二人とも」
ミラさんがカイトさんとラトナに話しかける。二人の返事は、「うん」「おっけー」と予想通りのものだった。
「あとヴィック。あんたにお願いがあるわ」
「なに?」
「私達がマイルスにいない間、あんたが私達の家に住みなさい」
今度は予想外のお願いだった。
「えっと、なんで?」
「二人だと家賃が高くなるし、あんたがいたら防犯にもなるからね。あんただって宿泊費が少なくなるから良いでしょ。住みたがってたみたいだし」
「それはそうだけど、いいの?」
「良いわよ。一応、ベルクを助けてくれたしね。そのお礼よ」
ミラさんからすれば、たいしたことのない頼みなのかもしれない。そんな気軽さを感じられる。
だけど、今まで嫌われて認められなかった相手からのこのお願いは、僕の心を大きく弾ませた。
断る理由は無かった。
「分かりました。任せてください」
頑張れば認められる。そう感じた瞬間だった。
これにより、「弟子入り冒険者」は完結です。
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新章は11/22の午後八時から投稿します。
お楽しみに!




