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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第一章 弟子入り冒険者

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25.束の間の覚醒

 普通に呼吸ができることって幸せな事なんだ。地面に寝ながらそう思った。


 ベルクと一緒に吹き飛ばされて、視界を回しながら地面を転がり、今やっと止まった。光源が無いせいで辺りは真っ暗だ。少しだけ首を動かすと、さっきまでいた天井に穴が開いた場所から光が見える。そこからケルベロスが悠然と歩いてきていた。


 起き上がろうと体を動かそうとするが、体中からの悲鳴に意識を失いそうになる。どこか骨が折れているかもしれない。だけど痛みに耐えれば動くことはできそうだった。


「ベルク……」


 近くにベルクの姿は無い。周りを見渡しても見当たらない。もう起きたのか? それとも別方向に飛ばされたのか? どこにいるんだ?


 不安を抱いたが、ケルベロスがいる反対方向の地面に血痕があった。目を凝らすと何かが転がった後もある。嬉しさと恐怖が体の内から湧いた。

 立ち上がって血痕を辿る。歩くたびに体に激痛が走り、その度に歯を食いしばる。我慢だ、我慢。


 間もなくして暗闇の中からベルクの体が見えた。僕はホッと息を吐いた。


「ベルク、大丈夫?」


 返事は無い。体が動く気配もない。嫌な予感がして足を速めた。体全体が見える場所まで近づくと、何も言えなくなった。


 ベルクは口から血を流しながら、地面にうつ伏せに倒れている。大剣を手から放して目を閉ざす姿は、意識が無いことが一目で分かる状態だった。息はしているが、今にも消えそうに思えるほどの小さな呼吸音である。

 ダンジョンでは死体を、病院では瀕死の患者を見たことがある。今のベルクは、その人達の姿と重なって見えた。


「……死ぬの?」


 ベルクは何も答えない。それが答えのように思えた。


 目の前の光景を信じられなかった。一緒に酒を飲み合った相手が、僕を心配してくれた友達が、競い合おうとした戦友が、死ぬ。


「ぅえっ……」


 吐き気を感じ、口元を押さえた。立っていられなくなり、その場に膝を着いた。罪悪感で気持ち悪くなった。


 命の危機を感じたことや、死ぬんじゃないかって場面はあった。その都度誰かに心配をかけて申し訳なかったが、「大げさじゃない?」とも思っていた。生きてるんだから、そこまで心配しなくても、と。


 僕は大馬鹿野郎だ。


 ベルクが死にかけている。一分後には息を止めているかもしれない。これほどの重体者に、僕ができることは何もない。何もできずに見守ることがこんなにも辛いことだなんて思いもしなかった。僕を心配してくれた皆も同じ気持ちだったんだ。

 アリスさんが言っていた。自分を卑下するな、と。あれはこういうことだったのか。


 どすんと背後から足音が聞こえた。振り向くとケルベロスが間近に来ており、六つの目玉が僕を見下ろしていた。


「なんだよ、その眼」


 赤い眼が気に食わなかった。さっきの炎を連想させ、イラつきが増した。

 そうだ、元はと言えばこいつのせいなんだ。こいつが炎を吐いたから、こいつがここにやって来たから、こいつが……。


 立ち上がって剣を握りなおす。腕は動く。足も動く。頭も働く。痛みはあるが、そんなものは無視だ。


 このクソモンスターに、裁きを下すためならば。


「まだ勝負は終わってないよ」


 剣を振り回して、ケルベロスを下がらせる。距離を取らせた後、ケルベロスの体全体を観察する。暗闇の中なのによく見えた。

 手足や顔に、小さな傷ができている。主に体の右側で僕がつけた傷だ。ベルクがつけた傷は見当たらない。当たってないのか。いや違う。見えない場所にあるだけだった。

 左前脚の裏、踵、首回り。正面からでは見えない場所に傷がある。それなりに大きな傷口だ。


 ケルベロスに近づき剣を振るう。後ろに避けられた瞬間に右から回り込む。ケルベロスが即座に左前脚で踏みつけようとするが、それを避けながら剣を振る。やはりベルクがつけた傷口があり、そこに追い打ちをかけた。

 ケルベロスが痛みで怯んだ瞬間、体の下に潜り込む。腹を斬りつけた後、素早く体の下から脱出する。直後に地面を踏みつける音が聞こえた。一瞬でも遅かったら踏みつぶされていた。

 次に狙うのは右後脚。また回り込んで一太刀浴びせ、続けて左後脚も斬りつけた。後ろに跳んだ直後にケルベロスが足を払う。ケルベロスが振り返ろうとするのと同時に突っ込み、左前脚に剣を突き刺す。ギリギリ反応が間に合わず、ケルベロスはそれを避けた。


 だめだ。まだ遅い。もっと早く動かないと。


 視界が変だった。あるはずのない黒い靄が、ケルベロスの体や地面に点々と映っていた。不可思議な現象だったが、それが僕に味方しているのがなぜか分かった。ここを狙え、ここから進めと教えてくれている気がした。


 黒い靄がある場所を進み、黒い靄がある場所を狙う。そのお陰でケルベロスは動きに精細を欠き、イラついているように見えた。

 だけど靄はいつまでもあるわけではない。時間が経つにつれて靄が消えていく。新たに発生する靄よりも、消えていく数の方が多い。無くなったら本当に僕だけの力で戦うことになる。それまでに仕留めてやる。


 体温が上がり、景色がくっきりと見え、頭も冴えている。ケルベロスの一つ一つの動きがよく見え、何を狙っているのかを直感で悟る。跳びかかって、噛みつく。

 予想した通りの動きをケルベロスが見せる。同時に横に避けて、着地した右前脚を斬る。すぐに盾を構えると、左前脚の踏みつけを受け流す。衝撃はほとんど無かった。


 黒い靄が左の顔の下にある。跳び上がって靄を斬り上げると、嫌がって体をよじる。その際に新たな靄が右の顔の口元に現れる。すぐに跳び直してそれも斬りつける。「キャウン!」と鳴いて体を大きく揺すった。


 まだだ。まだ足りない。もっとだ。

 もっと痛めつけろ。


 体の熱が上昇する。視界がより鮮明になり、体が速く動く。頭がいつも以上に働き、判断が早くなっていた。結果、黒い靄まで迅速に動けた。

 靄を攻撃すればケルベロスは嫌がり、靄まで動けばケルベロスの一手が遅れる。三つの顔は苛立ちを隠せず、眉間に皺を寄せながら唸っていた。


 やはり未熟だ。そんな如何にもな表情を見せることは、戦闘では厳禁だ。

 このまま詰めれば勝てる。確信に近い直感を得て、次の攻撃に移ろうと構える。


 その瞬間、視界から黒い靄が消えた。いくつも残っていたはずなのに、一瞬のうちにすべてが消え失せた。

 なぜと疑問を抱くと同時に、今度は体が重く感じ始めた。視力が元に戻り、意識が朦朧とする。体の熱は上がったままだった。


「あ……」


 体がふらつく。倒れそうになって、剣で地面をついて体勢を立て直す。徐々に意識は戻るが体温は下がらない。高熱の風邪をひいた時と同じ体調だった。

 限界を超えていたんだ。そうじゃなきゃ、僕があんな風に動けない。その反動がきたんだ。


 直感で現状を理解したとき、ケルベロスの足音が聞こえた。見上げると三つの顔が憤怒の表情を浮かべていて、全ての眼が僕を睨んでいる。そういえば怒っていたんだよな。


 諦めに近い境地に達したとき、ケルベロスが右前脚を持ち上げる。何が来るのか分かっているのに、体も限界を超えて動かなくなっていた。


 ごめんねベルク。仇を討てなかったよ。


 後悔の念を抱きながら、覚悟を決めて目を瞑った。


「勝手に終わるんじゃねぇ」


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