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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第一章 弟子入り冒険者

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24.未来のための競争

「どっちが先にあいつを倒せるか、勝負だ」


 モンスターの強さの指標は四段階ある。下級、中級、上級、そして危険指定だ。相性にもよるが、危険指定モンスターを一頭倒すには五人前後の上級冒険者が必要となる。

 地上にはアリスさんがいる。あの人は全上級冒険者の中でも上位に位置するほどの腕前だ。一人でもケルベロスに勝てるかもしれない。


 それに対して僕達は上級どころか中級冒険者で二人しかいない。しかもチームを組んだことのない相手だ。相手が成体でないにしても、分の悪い勝負であることは誰の眼でも明らかである。

 だからベルクが「何言ってんだ」と言うのは当然のことだった。


「あれは危険指定モンスターだぞ。オレ達二人で勝てるわけがねぇ。救援が来るまで待つ方がまだマシだ」

「そうかもしれないね」


 逃げるよりもアリスさん達の救援を頼りにして、守り重視で戦う方が望みはある。信号弾を撃っているから、じきに他の冒険者が来るかもしれないからだ。


 だがそれが叶うのには、条件があった。


「全部が僕達の希望通りに進んだら、の話だけどね」


 その想像は、僕達が地上にいたときの状況を推測したものだ。今では状況が変わって、もしかしたら僕達が居る場所よりも厳しくなっているかもしれない。その場合、数分や数十分で助けに来ることは絶望的で、僕達だけでこの状況を打破することになる。それに気づくのが遅ければ遅いほど僕らの体力は消費し、生存確率は低くなる。ならば最初から腹をくくれば、最も高い確率でケルベロスと戦闘できるということだ。


「倒せなくてもある程度追い詰めたら逃げてくれる可能性もある。一番強い奴が引いてくれたら、他の奴らも手出ししにくくなる。そしたら僕達は生き延びれるでしょ」

「それこそ他人頼みじゃねぇか」

「けど結局は僕達の力で決まると思う。修行を受けてて上手くいくときは、自分が変わったと思うときなんだ。今回もそうだと思う」

「思う思うって……ただの希望じゃねぇか。仮にその通りだとしても、競争って―――」


 ケルベロスが動き出した。僕達に向かって走ってきて、大きな体をぶつけようとする。横っ飛びでそれを避ける。ケルベロスは素早く体を僕の方に向け、再び突進してきた。体勢が不十分で地に手を着いたが、転びながらそれも避けた。


「それが一番やり易いと思ったからだよ」


 離れたベルクに聞こえるよう、声を大きくした。


「僕達はばらばらだ。お互いに慣れてない相手と連携しても上手くいかない。だったら始めから分かれて戦う方が動きやすいはずだ」


 即席チーム、しかも近接武器同士の連携ほど難しいものはない。ベルクの攻撃が僕に当たるかもしれないし、僕の動きがベルクを邪魔するかもしれない。これほど大きい相手なら、離れて戦う方が安全だと考えた。


「あと、この方が分かりやすいでしょ」

「何がだ?」

「どっちの答えが正しいか」


 ケルベロスが再び僕を襲う。三つの口が開いている。横に跳んでも上に跳んでも避けきれない。後ろの下がってもいずれ追い詰められる。じゃあ前だ。

 真ん中の口の中を狙って剣を突き出す。口内に届く瞬間に口が閉じられ、剣が歯で止められる。抜き取ろうとしたが、顎の力が強くて抜けない。剣を噛んだままケルベロスが迫ってきて後ろに押される。顔が近づいたのを良いことに、盾で鼻を殴ってやった。

 ケルベロスが「キャウン」と可愛い鳴き声を出して口が開く。その隙に顔の下に滑り込み、足元を抜けてケルベロスから離れた。


「仲間の弱点を補い合うのは良いと思う。けどベルクは仲間のためじゃなく、自分が傷つかないためにそれを選んでる。そんなの、ただの逃げだ。それでウィストと組んでも、僕は胸を張って相棒だと言えない。それじゃあ隣に立ったことにならない」


 ウィストの隣に立つには小手先の強さじゃだめだ。真の実力が必要なんだ。


「互いに励まし合って、競い合って、協力し合うのが真のチームだ。ウィストと並び立つには必要なのは体と技術だけじゃない。何度負けても戦う心の強さが必要なんだ」

「……全部欲しいってのか。欲張りすぎだろ。二年で身につけれるのか?」

「身につけるんだよ。僕だけじゃない。ベルクもだ」

「あ?」

「競争だって言ったでしょ」


 僕に必要なのは相手の弱みを補う技術だとベルクは言った。そうじゃなくて全部必要だと僕は言った。これがお互いの答えだった。


「僕が負けたら、ベルクの言う通りにウィストを支える力を身につける。だけど僕が勝ったら、ベルクは僕と同じように強くなるんだ」


 僕の答えが正しいと証明できれば、ベルクは言い訳ができなくなる。天才が相手だと勝てないから努力しないという理由を捨てさせ、一緒に強くなれる。

 そのための競争だった。


「ふざけた勝負じゃねぇか。呑むと思ってんのか?」

「呑まないのなら僕の不戦勝だ」

「勝手に言ってろ。他の奴が認めねぇ」

「僕がそう思うだけでいいんだよ」

「自己満足か」

「うん」


 僕はナイルさんの顔を思い出し、それに似せた表情を作った。


「そしたら今度こそ、ベルクに勝ち誇れるでしょ?」

「っ―――」


 ベルクが顔を赤くしたのと同時に、ケルベロスが右前脚を振り下ろした。寸前で気づいて僕は横っ飛びで避けたが、ベルクが動く気配を感じられなかった。

 避けた後にベルクの姿を探す。ベルクはその場から動かず、大剣の柄と刃に手を添えてケルベロスの脚を止めていた。ベルクの倍じゃきかないほどの体重があるケルベロスの攻撃を受け止めていた。


「言ってくれるじゃねぇか……」


 徐々に前脚を押し返すと、最後は両手で柄を握って振り払う。威力に押され、ケルベロスが若干距離を取った。


「乗ってやるよ、その勝負! どっちが上かはっきりさせてやらぁあ!」


 怒鳴りながら、ベルクは正面からケルベロスに攻める。長いリーチと強力な威力を持つ大剣を避けようと、ケルベロスは後退していた。いくら危険指定でも、あれを喰らえばただでは済まない。ベルクは自分のことを才能が無いとか言ってるが、あの大きな体は立派な才能だった。


「ぼけっとしてんじゃねぇぞ、ヴィック!」


 攻め立てながらベルクが叫ぶ。


「こいつを倒さなきゃ勝ち負けを決めれねぇんだ! お前も攻撃して少しはダメージを与えやがれ!」


 頭に血が上ってるかと思ったら、冷静さを残しているようだった。


「分かってるよ」


 僕も前線に参加する。ケルベロスの側面から接近して、その体を見上げた。成体ではないとはいえ、やはり大きい。一撃でも喰らえばひとたまりもないだろう。一挙動ごとに注意を払う必要があった。

 ケルベロスは正面のベルクの相手に夢中で僕を無視している。その間に、僕はケルベロスの後ろ脚に回る。まず削ぐべきは機動力だ。足を封じれば戦いやすくなる。


 僕はケルベロスの右後脚を斬りつける。筋肉のせいか思ったよりも刃が通らず、浅い傷しかつかない。両手で剣を握って攻撃して大きな傷口を作ると、ケルベロスが足を動かして僕から離れた。

 ケルベロスの顔の一つが、僕を睨んでいる。実に分かりやすい表情だ。初めて戦ったミノタウロスと同じに見える。

 そういえば、こいつもあの時のミノタウロスと同じで未熟な個体だ。あの時と同じやり方で戦えるのでは?


 僕はケルベロスを挟んで、ベルクの反対側に移動する。ベルクが攻撃した瞬間に動き、僕も攻撃を仕掛ける。ケルベロスはベルクの攻撃を避けたが、僕の攻撃には反応できずに傷を作った。これならいけるか?


 もう一度ベルクの様子を窺って攻撃を仕掛ける。しかしケルベロスは左後脚を後ろに動かす。僕はギリギリで反応して回避したが、即座に攻撃に移る余裕はなかった。

 たった一手で対応された。同じ攻撃が二度も通じないところは、子供とはいえさすが危険指定モンスターだ。ならば、横からはどうだ。


 僕はケルベロスの右側に移動し、またもやベルクとタイミングを合わせて攻撃する。だがケルベロスは顔が三つもあるモンスターだ。その分視野が広い。ケルベロスの右の顔が僕を見ていた。僕とベルクの攻撃は横っ飛びで避けられた。


「やりづれぇモンスターだな」

「まったくだよ」


 見た目こそ力で押してくる凶暴なモンスターに見えるが、ほぼ三六〇度見渡せる視野のせいで奇襲の通じにくい用心深い敵に化している。あの時のミノタウロスを同じ未熟個体でも、一つ特徴が加わるだけで攻撃が通じなくなる。同じ戦術は使えないようだ。

 奇襲が通じないのなら、正々堂々と正面から押し切るか、分かっていても反応できない攻撃を仕掛けるしかない。僕らの機動力と付け焼刃の連携では後者はできない。ならば、前者しかない。


「僕も正面で戦う」

「邪魔はするなよ」


 僕とベルクは、同時にケルベロスに接近した。僕はケルベロスの真ん中と右の顔を狙える位置に、ベルクは真ん中と左の顔を狙える位置へを向かう。これだけ離れていればお互いに邪魔にならないよう戦える。


 ケルベロスが口を開けて噛みついて来る。あの大きな口に噛みつかれたらどうなることか。後ろに下がって確実に避けてから反撃を仕掛ける。ケルベロスは顔を引いて避け、次に前脚を振り下ろす。盾で弾き飛ばしてから、地面に着いた足に目がけて剣を振る。遅すぎて避けられた。

 ケルベロスは前足と噛みつきを交えて攻撃してくる。前脚による攻撃は僕とベルクのどちらかにしかできないが、顔が三つあるから牙の恐怖は常にある。盾で確実に防ぎ、回避し、その後に反撃を仕掛ける。地味だがこれが確実な手だった。特にベルクの方は、着実に効果を見せていた。


 ベルクは攻撃を受けてもあまり押されることがない。そのお陰かすぐに反撃に転ずることができている。大剣の特性上攻撃速度は遅いが、何度も繰り返すことであと少しで当たるところまで精度を上げている。一撃でも当たればケルベロスに隙を作らせ、チャンスが生まれる。ベルクの攻撃ならそれが可能だった。


「……僕も頑張らないと」


 今は競争中でもある。勝ってベルクに変わってもらう必要があるんだ。僕も早く攻略の糸口を見つけないと。


 深く息を吐いてケルベロスを見つめる。他のことを考えず、ただ倒すことだけに没頭する。集中だ。

 徐々に視界が明るくなる。というより、暗闇のものが見えるようになっていく。眼が暗闇に慣れてきたのかな。何か体も熱くなっているような気が……。


 不思議に感じて、ケルベロスの顔を見る。するとケルベロスの真ん中の顔が口を閉じ、その歯の隙間から炎が漏れ出している光景があった。


 驚いて顔が引きつった。体の中から炎? 何でそんなことが……。

 さっきのルベイガンも超常現象みたいなことを起こしていた。危険指定モンスターはそんなことができるのか。


 真ん中の顔がベルクの方に向く。その時にベルクがケルベロスの異常に気付き、驚愕の表情を顔に浮かべた。ケルベロスはその隙に口を開こうとする。


「くそっ!」


 真ん中の顔に向かって跳びかかる。剣で突き刺そうとするが、ケルベロスはスッと後ろに下がって避ける。視野が広いと知っていたのに、頭に血が上っていた。着地したときには、僕の体はケルベロスとベルクの間にあった。次に何が起こるか、誰もが予想できる事態が起こる。


 真っ赤な炎が、ケルベロスの口から放射された。


「……ぐぅうううううううう!」


 盾を出して炎を防ぐが、すべては遮れない。顔と腕、体の中心付近は盾で隠せたが、それ以外は炎に曝される。高温の波が体を蝕んだ。


 熱い。暑い。アツイ。あつい! 盾で守れない下半身が炎を浴びる。火の感触を肌で感じ、声すら出ない痛みに耐え切れず蹲った。しゃがんだことで盾で体全体を隠せるようになったが、炎の脅威は終わらない。


 空気が焼け、体全体を熱が包む。肺に取り込まれる空気が、体の内側から僕を焼こうとする。炎を喰らうと呼吸すらできないのか。


「っ……!」


 息を止めたまま盾を構え続ける。炎で視界も遮られ、いつ終わるのかという不安が増大する。地獄が早く終わることを祈りつつ、耐え続けることしかできなかった。

 その祈りが通じたのか、炎は間もなくして途切れた。恐る恐る呼吸をして、熱の脅威が無いことを確認する。痛みはあるが体も動く。生き延びたことに安心し、安堵の息を吐いた。


 直後、ケルベロスが動いていた。

 頭を前に出しながら、全速力で疾走してくる。真っすぐと僕に向かって。


 手は動く。足も動く。だけど三つの頭からは避けきれない。盾で守ろうにも、しゃがみ込んだ姿勢では受け流せない。当然、受け止めることもできない。


 迫りくる黒い塊に絶望を覚えた。次に大きな背中が映り、希望が生まれた。

 ベルクの背中だった。


「ベルク!」


 ベルクは大剣を縦に構えて両手を添える。受け止める気だ。体重差はあるが、ベルクは何度かケルベロスの攻撃を受け止めている。もしかしたら―――。


 突進したケルベロスの頭が、ベルクの大剣に衝突する。


「がっ―――」


 希望は、僕等諸共吹き飛ばされた。


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