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2.信頼関係

「あの人って鬼じゃないかって思うんだ」


 修行兼仕事を終えて冒険者ギルドに戻った僕らは、ギルドの食堂で食事を終えて休んでいた。テーブル席の向かい側には、顔に疲労感がにじみ出たラトナが座っている。


「鬼人族じゃないよ……。角なかったし」


 角の有無以外ではヒトと同じ見た目のモンスター、鬼人族。人語を介し、ヒト以上の身体能力を持つ。だけど今は関係ない。


「そうじゃなくて鬼畜ってこと。厳しすぎるでしょ」

「あぁ、そっちね……。うん、そうかもね」

「でしょ。助言をくれずに格上のモンスターと戦わせるなんて酷過ぎるよ。師匠なんだから少しくらい教えてくれてもいいのに。助けてくれるのは感謝してるけどさ、これじゃあいつまでも強くなれないよ」


 エルガルドで活動するウィストに対し、僕は停滞したままだ。追いつくと約束しているのに、また差をつけられる。


 身体の内に焦りが募っていた。

 アリスさんは今まで多くの弟子を取った。だけどほとんどの弟子がアリスさんの下から去り、残ったのはグーマンさんだけだった。そのグーマンさんは、攻略難易度が上がったレーゲンダンジョンを踏破した唯一の中級冒険者である。


 レーゲンダンジョンの難易度は、僕は身をもって体感している。高度な連携能力のあるドグラフ、単体の戦闘でも強いワーウルフ、上級モンスターのオルトロス。そして広大で複雑な迷宮。中級ダンジョンとは思えないほどだ。

 そこを踏破できるグーマンさんを育てたアリスさん。彼女の下で鍛えられれば強くなれると信じていた。


 しかし、その実感が湧かない。少々知識が増えた程度で、強くなれてるとは思えない。本当にこのままで大丈夫なのかと、疑心を抱くほどに。

 ウィストに追いつくために、僕は強くならなきゃいけない。ラトナもベルク達と一緒にいるために強くなろうとしている。だからアリスさんの下で働いていた。


 強くなる。その想いでアリスさんに弟子入りしたが、こうも実感がないと別の手を考えてしまう。自主練をするか、他の人からも指導を受けようかな。


「ラトナはどう思う?」

「どうって?」

「アリスさんのこと。このまま信じるか、別の手段で鍛えるか」

「ん~」ラトナは唸ってから言った。「あたしは続けるよ」

「今の調子で不安にならない?」

「そりゃあるけど、今に限ったことじゃないよ。冒険者になってからずっと不安だったから」


 ラトナは冒険者になったころから、辞め時を考えていた。自分の力量ではすぐについていけなくなると察していたらしい。

 そのことを聞いた直後は、ラトナの判断を疑った。ベルク達のチームは優秀で中級モンスターと戦えるほどだったからだ。僕と組んだ時もラトナのサポートに幾度と助けられ、お陰でウィストやベルク達よりも早く中級に上がれた。その腕前を知っていただけに受け入れられなかった。


 しかしアリスさんの弟子になってから、ラトナの考えが少しだけ納得できた。


 アリスさんの修行では、僕とラトナが交互にモンスターと戦闘を行う。片方は戦闘、残りはアリスさんの傍で待機する。僕が待機しているときに、ラトナの戦いぶりを観察した。

 元々サポート気質なせいか、ラトナは僕よりもドグラフに苦戦している。武器も遠距離攻撃用のボウガンであることもそうだが、それよりも動き出しが鈍いという点が目立った。その欠点により、一匹も倒せないままアリスさんが救助することが幾度とあった。たまにアリスさんを前衛において戦うこともあったが、そのときも初動の遅さが見られた。おそらくラトナはその欠点を気にして、ベルク達から離れることを決めたのだろう。


 現状は強くなろうとしているが、未だにその欠点は直っていない。僕でも気づいている欠点を放置するアリスさんに不満があると思ったが、その考えは無いようだ。


「これ以上鍛錬するのは体力的に限界だしねー。毎日へとへとだし」

「それはそうかもしれないけど……」

「あたしは信じる。鬼みたいな性格でちょー厳しいけど、大丈夫だと思うから」

「……そっか」


 ラトナの覚悟は決まっている。なのに僕はいつまでもグダグダと……。情けない。


「じゃあ僕も頑張るよ。ラトナを一人にさせたくないし」

「心配してる?」

「うん。そんなとこ」

「おっと、今のは好感度ちょー高いよー。惚れちゃうかも」

「からかわないでよ」


 ラトナは「ふふっ」と笑って、テーブルに手をついた。


「それじゃ明日も早いし、そろそろ帰ろっか」


「そうだね」僕は頷いて席を立つ。ラトナも手で机を押し、その反動で立ち上がろうとする。

 しかしラトナはその体勢のまま、なかなか動かなかった。


「どうしたの?」

「え、えっと……ムリ」

「なにが?」

「立てない」


 ラトナの横に回り込むと、お尻を椅子からわずかに浮かしたまま両足を震わせていた。変な光景に笑いそうになったが、腹に力を入れてこらえた。


「…………動けそうにないの?」

「ムリ。一歩でも動いたらテーブルにチューしそう」

「……なるほど」


 今日の修行は僕のせいもあって、ラトナに負担がかかっていた。ギルドに帰るまでも、ラトナは死にそうな顔をしていた。食堂で一息ついたことで気が緩み、体に力が入らなくなったのだろう。

 この様子だと帰れなさそうだ。僕はラトナに背中を向けながらしゃがんだ。


「乗って。家まで送るよ」

「それは……ちょっと悪いかな。ヴィッキーだって疲れてるでしょ」


 意外にも拒否された。以前なら遠慮なく甘えていたのに。


「けどそんなに疲れてるのは僕の責任だから。今日はいつもより動いたでしょ。たぶんそのせいだ」

「へーきへーき。ちょっと休めば大丈夫だから、帰ってもいいよ」

「遠慮しないでよ。今のラトナを一人で帰したことがミラさんにばれたら怒られちゃう。それに帰宅が遅くなったら、ベルク達に心配させちゃうよ」

「……けどね~……」


 なかなか踏ん切りをつけないラトナに一押しをする。


「同じ師の下で修行する姉弟弟子なんだからさ、これくらいの協力はさせてよ」


 鬼畜師匠アリスさんの下で修行する仲間として、協力し合うことは大切である。ラトナが困ったときは僕が、僕が困ったときはラトナが助ける。助け合える関係になれば良いと思い、その切っ掛けにすることを考慮したうえでの打算交じりの発言だった。僕より頭の良いラトナなら先のことを考えて、この想いを汲んでくれると考えた。


 しかしラトナはキョトンとした顔をしてみせ、その後に「ぷっ」と噴出した。


「きゃはは! そっかそっか、ははっ。そうだよねー……。うん。そうなるよねー」


 少し笑ってから落ち着いたラトナが僕の肩に手を置いた。


「じゃあお願いね。あたしの弟君」


 ラトナの体を引き寄せ、背中で担ぐ。


「……そっか。僕が年下だからか」

「そう。しかもあたしの方が先に弟子入りしたから、どっちみち弟ってことなるの」

「たしかに」


 ラトナを背負ったまま食事の会計をしてギルドを出て、ラトナの住居がある南に向かって歩く。時間が遅いため人通りは多くない。背負っていても進むことに苦は無かった。


「けど弟かー。……ね、パシリしない? ご褒美あげるから」

「しないよ。僕も疲れてるし」

「耳かきしてあげるよ。膝枕付きで」

「……いい」

「迷ったでしょ」

「迷ってません」

「知ってるんだよー。ヴィッキーが脚フェチだって」

「………………何の話ですか」


 何で知ってるんだ? 誰にも言ってないのに。


「目を見たら分かるのよ。女子ってばそういうのに敏感なのよねー。フィーも気づいてるよ」

「え゛?」


 フィネにも気づかれてるだって……。ということは、僕と会うたびに「脚フェチの人だ」と思われていたってこと?


 ……軽く死にたくなってきた。


 意気消沈していると「冗談だよー」とラトナが言う。


「あたしは気づいてたけど、フィネは知らないと思うよ」

「……本当ですか?」

「うん。だってフィーからそんな話題聞いたことないもん。むしろおっぱいが小さいことを気にしてるんだよ。あれは気づいてないって」

「……どうしてそれで気づいてないって分かるんです?」

「え? 分かんない?」

「え、えぇ……」


 ラトナが大きく溜め息を吐く。


「ヴィッキーは冒険以外でも勉強が必要だね」


 なぜこのタイミングで言われるのか、理解できなかった。


「仕方ないねー。じゃあお姉ちゃんがいろいろと教えてあげよっか」

「疲れてるんじゃなかったんですか?」

「これくらいはへーき。口を動かすだけだから。妹みたいなフィーのためにもなるし」


 今日のラトナは、弟や妹といった兄弟に関する言葉が多い。優秀な兄がいていつも比べられていたという話を聞いたが、それと関係あるのか。


「ラトナって、下の兄弟が欲しかったの?」

「うん」ラトナは素直に答えた。「頼られたかったから」

「頼られたい?」

「うん。弟とか妹がいたら頑張ろうって思えるじゃん。だからみんな頼もしくなってるんだなって」

「……みんなって、ベルク達のこと?」

「そうだよ。ってかあたしたちのチーム、みんな兄弟がいるの。その中で末っ子なのがあたしだけなんだー」

「へー……じゃあ他の皆には弟か妹がいるの?」

「うん。ベルっちには弟。ミラらんには妹。カイっちはお兄ちゃんが二人と妹が一人いるよ」


 初めて聞く情報に、僕は驚くばかりだった。性癖がばれていたり、フィネの悩みを知ったり、ベルク達に兄弟がいたり。今日はいろいろと知ることが多い。


 ラトナは僕が知りたいことだけじゃなく、知りたくなかったことも教えてくれる。そんなサービス精神の塊であるラトナと比べると、アリスさんは教えなさすぎると感じてしまう。ラトナの一割分でもいいから親切心を持って欲しい。




 ラトナと会話をしながら歩いていると、あっという間に目的地に着いた。目の前には小さな一軒家がある。ラトナ達はここを借りて住んでいた。


 ドアを開けると、ラトナが「ただいまー」と言う。すぐに近くの扉からカイトさんが出てきた。


「おかえり。今日は遅かったね」

「動けないからヴィッキーに送ってもらったー」

「そっか。ありがとう、ヴィック」

「ヴィックが来てんのか」


 カイトさんの言葉が聞こえたのか、同じ扉からベルクが出てくる。


「ラトナを送りに来てくれたんだって」

「お、そりゃ助かったぜ。もう少し遅かったら探しに行こうと思ってたからな」


 背負っていたラトナをベルクに引き渡す。ベルクはお姫様抱っこでラトナを抱えながら、出てきた部屋に運んで行った。


 用を終えて「それじゃあお休み」と言って帰ろうとした。


「まぁ待ってよ。せっかく送り届けてくれたんだ。一服くらいしていってよ」


 カイトさんが僕を引き留めてきた。


「いやー、大丈夫だよ。それに、これ以上遅いと宿が閉まっちゃうし」


 僕が泊まっている宿屋は、日が変わる前に鍵を閉める。宿泊者が戻ってきていないにも関わらずだ。そろそろ帰らないと閉めだされてしまう時間帯だった。


「泊まっていけばいいよ。ベッドも空きがあるし」

「それはいいな」


 ベルクが部屋から発言する。


「前みたいに飲もうぜ。ちょうどカイトと飲んでたんだ。お前も混ざれよ」

「さすがにそれは……」


 初めて酒を飲んだ時のことを思い出した。二日酔いした翌日のことは、一生忘れられない記憶だ。今でも死にたくなるほど後悔する。


「まぁお酒はともかく」カイトさんが言う。「修行した上にここまでラトナを運んで疲れてるでしょ。ここから宿までは遠いだろうし……泊まればゆっくり休められるよ」


 カイトさんの言うことはもっともである。ここから宿屋まで帰るのには時間がかかる。そのうえ他の利用客がいる大部屋に泊まっているため、彼らの声や物音が気になって眠れないことが多い。


 一日くらいならいいかな。そう考え始めたとき、「つーかよ」とベルクが発言した。


「いっそのこと、お前もここに住もうぜ」

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