18.討伐作戦開始
翌朝、冒険者ギルドには大勢の冒険者が集まっていた。いつもは朝にギルドに訪れない冒険者も来ているためだ。そんな彼らが集まったのは、ドグラフ討伐依頼に参加するからだ。
「皆様、おはようございます」
集まった冒険者に対し、ヒランさんが挨拶をした。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。早速ですが、ドグラフ討伐任務について説明いたします」
ヒランさんは、昨日の会議で決まった詳細を冒険者達に説明する。集まった冒険者達は、皆真剣な面持ちで聞き入っていた。
僕も任務の内容を再確認するために耳を傾けたが、途中でアリスさんに連れ出された。
「お前はこっちだ。手伝え」
各冒険者への配布物を準備する手伝いに駆り出された。配布物には信号銃や食料、狩猟道具があり、それを一班に一つずつ与えられる。ただし、不必要と思う者は受け取らなくていいとのことだ。
「けっこう多く来ましたね。何組くらいですか?」
「全部で五十四組。討伐組は二十九組だ」
「討伐組の方が多いんですね」
「組数はな。人数は警護組が多いぞ。討伐組には四人未満のチームが何組もいるからな」
適当に会話をしながら準備を進めていると、終わったころにはヒランさんの説明も終わり、冒険者達が移動し始める。僕とアリスさんは、彼らに配布物を渡していった。
ちょうど、ベルク達が僕の前に来て配布物を受け取る。
「頑張ろうね」
「おう」
ベルクが荷物を受け取ると、そのままギルドから出ていく。全員に配り終えると、アリスさんに「オレ達も行くぞ」と声を掛けられる。「はい」と答えて、僕達も外に出た。
ギルドから出て、マイルスの東門に到着する。冒険者達の何組かは既に準備を終えていて、東門の脇に控えていた。
僕も自分の装備や道具を確認する。退院してから新調し、今では使い慣らしていた銀色の防具。前よりも大きくした円盾と頑丈な片手用の剣。視界が広めの兜。どれも異常は無さそうだ。道具類も故障箇所は無い。
万全の準備であることを確認し、「問題なしです」とアリスさんに報告する。アリスさんは「ん」と視線を合わさない。手元のピストルの点検をしていた。
アリスさんの武器は、ウィストと同じ双剣と二丁のピストル。防具は赤の鎧で、軽いのに僕の鎧よりも頑丈な高級品である。ただ、防具の色と髪の色でとても目立つ。暗いダンジョンの中では良いが、明るい日の下だとモンスターに見つかりやすい。
そのことを指摘したことがあるのだが、
「だからいいんじゃねぇか。モンスターの方から来てくれるんだぜ。楽できるだろ」
と恐ろしいことを笑いながら言われた。やはり僕と大分神経が違うと感じた。
アリスさんと一緒に居る以上、今回は休まる暇が無いだろう。だがドグラフが僕達の方に引き付けられるのならばそれも良い。その分、ベルク達への負担も減るからだ。
昨日の話では、ベルク達ではドグラフの相手は荷が重いと言っていた。ドグラフとの戦闘に慣れたラトナがいるとはいえ、彼女一人で皆を支援するのには限度がある。少数ならともかく、何度も遭遇すれば限界が訪れるだろう。だからできるだけ僕達の方でドグラフを相手にして、ベルク達への負担を軽くしたい。アリスさんの実力なら、僕が足を引っ張らなければ可能なはずだ。
全ての冒険者が準備を終えた頃、ヒランさんが集まった皆の前に出る。
「それでは、今から作戦実行に移ります。討伐組はソランに、警護組はわたくしに続いてください。その後は指示された通りに動いてください」
淡々とした事務的な口調だった。普段通りの話し方に変なプレッシャーも感じず、いつもと同じ依頼だと錯覚させられる。一応、これは重大な依頼のはずなのに。
少し拍子抜けしていたところ、ヒランさんの傍にリーナさんが近づく。リーナさんはヒランさんに耳打すると、ヒランさんが眉を寄せた。その後、リーナさんが離れると「えー」とヒランさんが話を再開する。
「今回の依頼はとても危険なものです。百頭近く、もしかしたらそれ以上の数のドグラフがこの付近に潜伏しています。腕の立つ冒険者でも、命の保障はありません」
ヒランさんが深刻な表情で話をする。
「ですが、放っておけば多くの一般市民が犠牲になります。昨日も被害に遭われたか弱き一般人の方がいます。これ以上の被害を出すべきではありません」
その真剣な表情のヒランさんの話を、皆は聞き入っていた。ヒランさんが言葉を紡ぐたびに、冒険者達の表情が引き締まる。
彼らの顔を見渡していると、ベルクの姿を見つけた。ベルクも真剣な表情で聞いている。心なしか、どこか緊張しているようにも見えるほどだった。
「冒険者は兵士ではありません。しかし、今彼らを守れるのはわたくし達しかいません。皆様の力だけが頼りです。どうか力を貸してください」
ヒランさんが話し終えた瞬間、「おおぉ!」と冒険者達が雄叫びを上げる。男も女も関係なく、皆大声を上げて自らを、周囲の人間を鼓舞している。気合の入った声に、僕もつい声を上げていた。
その雄叫びが数十秒続いた後のことだった。
「ちなみにー」
いつの間にか、リーナさんがヒランさんの横に来ていた。
「報酬とは別に、各組で一番貢献できたチームには、ヒランちゃん直々にサービスをして貰える権利が与えられまーす」
騒いでいた冒険者達が、一瞬にして静まり返る。
「なんでもしてあげるって言ってたので、みんな頑張ってねー」
リーナさんが言い終わると同時に、冒険者達の顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
「本当か?」「あのヒランが?」「リーナの冗談だろ」
様々な声が聞こえ始める。だが困惑しつつも、冒険者達はリーナの冗談であるという結論を持ち始める。ヒランさんは良い人だが、いくら何でもそこまではしてくれない。俺達にはっぱを聞かせるためだ。そんな風に考えている人が大半で、僕もそのうちの一人だった。
ごほんとヒランさんが咳払いをする。この後、今のリーナさんの発言を訂正するのだろうと誰もが思っていた。
「みんな……」
いつもより調子が高い声。リーナさんと似た口調だ。
「が……がんばってね」
右手でピースサインを作り、それを横向きにして目の高さまで上げる。その体勢で、ヒランさんは顔を真っ赤にし、ウインクしながら言った。
静まり返る周囲だったが、「おぉ……」と誰かが感嘆の声を上げると、そこから声が波及した。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
先程の倍以上に声を張り上げる冒険者達(男性のみ)。急激なテンションの上昇に驚き、ヒランさんがびくっと体を震わした。
「やるぞ! やったるぞ! 俺が一番だ!」
「させない! 俺だ! 俺が一番多くドグラフを狩ってやる!」
少し離れた場所に、ノーレインさんとネグラッドさんが居た。二人のテンションも同じように高かった。
一方、僕の隣にいるアリスさんは大笑いしていた。腹を抱え、涙目になりながらも、笑うのを止めないほどに。
「バカだ! バカがいる! バカがいるぞっ! あっはっはっは……やっべー。笑い死んじまう……」
かつてないほどの笑顔だった。ちなみにヒランさんは、顔を真っ赤にしながらリーナさんの両頬を引っ張っていた。やはりというか予想通りというか、彼女の差し金だった。
「で、では、そろそろ行きます! そこ! いい加減にしなさい! ソラン!」
リーナさんの隣にいたソランさんも笑っていて、注意されてやっと笑うのを止めた。
「へいへい……あー、面白かった。なぁ、もっかいやれよ」
「やりません!」
ヒランさんは怒りながら馬に乗り、ソランさんも続いて自分の馬に乗った。次第に落ち着いてきた冒険者達も次々と馬に乗ったり、馬が無い者はいつでも走れるように門の前に移動していた。
そして全員が門の前に着くと、ヒランさんが号令を上げた。
「ドグラフ討伐作戦、開始します!」




