エピローグ
ダンジョン管理人がとても難しく大変な仕事だと、この一年で改めて思った。
定期的にダンジョンに生息するモンスターを適当な数まで間引いたり、通路が安全かを調べたり、冒険者達が違反をしていないのかを見回る必要があることは、ダンジョン管理人になる前から知っていた。だが間引きをするにはモンスターの数を把握しておく必要があり、やりすぎると生態系が狂ったり、逆に少ないと冒険者達の被害が多くなる。危険な通路も意外と多かったり、冒険者間のトラブルの場面にも何度も出くわした。更にはそれらの情報をまとめた資料を提出する必要があるので、見回り後の事務作業も追加される。最初に比べたら仕事に慣れたが、未だに作業量に忙殺される日々を過ごしていた。
だからこそ、今日という休日が待ち遠しかった。週に一度の休みはいつも家で休んでいたが、今日という日はいつもよりも楽しみにしていた。
「お、本日の主役のご登場だな」
冒険者ギルドに着いたとき、懐かしい声が聞こえた。奥のテーブルには以前よりも大人びたベルク達の姿があった。
「待たせてごめん。ちょっと仕事の残りを片付けてたら遅くなっちゃった」
「相変わらずとろいわね。まだ冒険者気分が抜けてないんじゃないの」
ミラが呆れたような表情で僕を見る。左手の薬指には指輪が嵌められていた。
「まぁまぁ良いじゃない。その分フィネとお話しできたんだからさ」
ラトナが柔らかい表情でミラを宥める。髪は黒色に染めていた。
「主任に出世したんだってね。言ってくれてたら夫婦でお揃いの記念品を持ってこれたんだけどね」
昔と変わらない優しい顔をカイトが向ける。歳をとったことで同性でも色気が増しているように感じた。
「良いじゃねぇか。やっとオレと同じ上級にまで昇級できたんだ。それくらい水に流してやろうぜ」
豪快な笑顔でベルクが言う。以前よりも少し体が大きくなっており、貫禄がついてきたように思えた。
「はーい。追加の料理を持ってきたよー! さぁ、たくさん食べてくださいねー!」
フィネが両手で持ってきた料理を素早くテーブルに並べる。その動きに以前のような危なっかしさは無かった。
僕が椅子に座ると、皆がグラスを持って構えている。僕も運ばれたグラスを手に取った。
「それじゃあ、ヴィックの上級昇級とフィネの昇格を祝って……カンパーイ!」
シグラバミを討伐してから十年が経っていた。討伐直後こそ僕の名は街中に広まって有名になってよく声をかけられるようになったが、一ヶ月も経つと飽きたのかいつもの日常に戻ることになった。
その後はウィストやベルク達と一緒に冒険をしつつ、上級に昇級するためにいくつかのダンジョンを踏破した。一年経った頃には昇級試験に必要なダンジョン数を踏破し、試験に挑めるようになっていた。そしていよいよ受験をしようとしたときに、フィネの父親が病で倒れたという連絡が入った。
フィネはすぐにマイルスに帰り、僕もそれに同行した。フィネの父親だけじゃなく、連絡を受けて不安になったフィネのことも心配だったからだ。
マイルスに帰って容態を聞くと、しばらく入院することになったらしく、そのために必要な費用により家計が赤字になるということだった。このことを予見していたフィネは持って来ていたお金を母親に渡したが、長期の入院には足りないと知り、フィネはマイルスに戻って両親をサポートすることになった。
フィネと離ればなれになることに不安を感じ、また彼女を支えたいと思った僕は、エルガルドに帰る途中でプロポーズをして結婚することになった。夫婦になれば離れていてもフィネを金銭面で支えられると思ったからだった。フィネは戸惑いつつも、プロポーズを受け入れてくれた。
フィネがマイルスに戻った後、僕はフィネに仕送りをしつつエルガルドで冒険者を続けた。しかし支出が多くなった事で装備や道具を揃えることが以前よりも難しくなり、その分稼ごうとして無理をしたら怪我をして治療費が増えてしまい、よりお金が減ってしまうという悪循環に陥ってしまった。時々ウィストやベルク達がご飯を奢ってくれたり一緒に依頼を受けてくれたことで生活水準は保てたが、悪循環を抜け出すほどではなかった。
このままではジリ貧になり皆にも迷惑がかかる。だけど上級冒険者に昇級すればましになると思って、なけなしのお金をつぎ込んで試験の準備をして昇級試験に挑んだのが七年前だった。結果は不合格。入念に準備をした反動で、僕は深く落ち込んだ。
しかし試験に落ちた数日後、失意に沈む僕の下にヒランさんからの手紙が届いた。手紙の内容は僕の状態をウィストから聞いて心配していること、そして僕さえよければマイルスでダンジョン管理人にならないかということだった。
ヒランさんが冒険者ギルドの局長になった後、ダンジョン管理人はアリスさんの一番弟子のグーマンさんが担当していた。しかし最近、自警団の小隊長になって忙しくなったことで管理人としての仕事との両立が難しくなり、近いうちに管理人を辞めることになっていた。その後釜を探していたところ、フィネと結婚した僕の生活が困窮しているので助けてあげられないかという手紙をウィストから受け取った。
マイルスでダンジョン管理人になれば今以上の稼ぎを定期的に得られるうえ、仕送りに必要な手間賃が無くなって支出が減り、更にはフィネの近くにいられる。だからマイルスに戻ってダンジョン管理人にならないか、と。
魅力的な勧誘を受けて悩みに悩んだ結果、僕はマイルスに帰ることにした。ウィスト達と別れてしまうことになるが、二度と会えなくなるわけではない。それに今のウィストなら僕が居なくても大丈夫だと信じていたため決意できたことだった。
エルガルドを出てマイルスに戻ると、忙しい日々が待っていた。グーマンさんからダンジョン管理人として必要な知識を学びつつ、一緒に仕事をしながら業務内容を覚えつつ、アリスさんから鍛錬を受けた。ツリックダンジョンも管理するために上級に昇級する必要があったからだ。
何日、何十日、何百日も仕事をしつつ鍛錬を行った。上級冒険者になれる者は、受験者の一割にも満たない。それほど厳しい試験に何度も受け、何度も不合格になった。その度に挫けそうになったが、皆の支えで立ち直り何度も挑戦した。その努力が実ったのが昨年だった。
上級冒険者になったことで、ツリックダンジョンだけを管理していたグーマンさんは完全に管理人の職務から離れ、僕だけで業務を遂行することになった。管理するダンジョンが一つ増えただけで今まで以上に仕事が忙しくなり、冒険じゃなくて仕事で死ぬんじゃないかと思う日々を過ごした。
そして一か月前、予定の空いたベルク達がマイルスに来るという手紙を受け取った。ベルクとカイトが上級冒険者になったと、四人は三年前にエルガルドを出て故郷のディルアンに戻っていた。各々の職務を全うしていたが落ち着いた時期になったため、一度近況報告を含めてマイルスに行こうということになったそうだ。
久しぶりの再会は充実した時間になった。皆の近況報告に驚き、昔のことを話して懐かしんだり、これからのことを語り合った。気づけば夜になっていて、久しぶりに楽しい時間を過ごせたことに満足した。
一つ心残りだったのは、ウィストが今日という日に間に合わなかったことだった。
ベルク達から手紙を受け取った後、ウィストにも会えないかということを手紙で訊ねていた。「おっけー」という返事を貰ったのだが、都合が悪くなったのか夜になっても来なかった。彼女も彼女で忙しいのだろう。だがやはり、会いたかったなと思った。
ウィストと別れてからも充実した日々を過ごしている。生活も余裕が出来るほど稼げるようになり、心配事は減っていた。ただ最近、冒険していた過去を懐かしむことが多くなっていた。
「ウィストは、冒険を楽しんでるかなぁ……」
ウィストも僕と同じだろうか。それとも今も楽しめているだろうか。手紙のやり取りは続けているが、実際に会ってみないと分からないことは多い。それを知れるかと思って会いたかったのだが、それは叶いそうになさそうだった。
次の日になると、同じ日々が始まった。
いつもと同じ時間に起床し、いつもと同じ準備をして家を出て、いつもと同じように冒険者ギルドに顔を出し、同じ馬車に乗ってツリックダンジョンに向かった。
いつもと同じ仕事、いつもと変わらない風景、いつもと同じダンジョン。変わりない日々に飽きが生じていた。
だがダンジョンの入り口で見たのは、いつもと違う光景だった。
「ヤッホー。元気してた?」
入口の前にウィストが居た。少し髪を長くして、身長も伸びてすらっとしたスタイルになっており、大人びた顔立ちになっている。
「え、なんでここに?」
いつもと違う展開に、僕は動揺していた。ウィストはいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「いやね、昨日着く予定だったんだけどさ、途中で何度もモンスターに襲われてたから遅くなっちゃったんだよ。で、昨日の夜遅くに着いたんだけどね、流石にもう遅いから朝早い時間に会おうと思ったの」
「だったらギルドで待ってたらよかったのに」
「そしたらヴィックが仕事を休むかもしれないじゃん。フィネから聞いてたのよ。最近ヴィックがつまらなさそうだから、一緒に冒険に行ってくれないかって。だからここで待ち構えていたってわけ」
図星を付かれ、僕はぐっと息を呑んだ。たしかに同じことが続く日々に飽き飽きし、つまらなく感じていた。フィネに心配させないように振舞っていたつもりだったが、気づかれていたようだった。
「それにさ、ちょっと心残りだったんだよね。ここ、踏破したこと無かったからさ。一回だけ入ったときには何にもできなかったしさ。だからリベンジしようかなって」
「それじゃあ、しばらくはマイルスにいるってこと?」
ウィストは明るい声で「うんっ」と言った。
「レーゲンダンジョンも踏破してないしね。旦那も子供も連れて来たし、踏破するまでは居座るつもりだよ」
「そういえば、ウィストの家族とは会ったことなかったな」
「私もヴィック達の子供と会ってないからさ、丁度良いかなって。というわけで―――」
ウィストが双剣を持ち、右手で持った剣をダンジョンの方に向けた。
「楽しい冒険をしましょうか、相棒」
にかっと笑う太陽のような温かい笑顔につられ、僕も笑みを作っていた。久しぶりに楽しい冒険ができそうだった。
「そうだね。行こっか、相棒」
僕達はダンジョンに向かって力強く大地を踏む。ふと強い風が吹いたので、思わず空を見上げた。
空には雲が一つもなく、気持ちの良い快晴だった。
完




