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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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27.守りたかったもの

 シグラバミを討伐した一週間後、僕は『英雄の道』の拠点に来ていた。一ヶ月以上ぶりに来たのだが、昼前に来たこともあって団員達は外に出ていて人数は少なく、僕に気づいたのは受付の職員だけだった。職員は僕の姿を見ると、「団長がお待ちしてます」と言って団長室に行くように促された。


 僕は四階まで上がり、団長室の扉を開ける。部屋の中にはロードの姿しかなかった。ロードは僕を一瞥すると、「座りなさい」と言ってソファに座るように促す。僕が座ったあと、ロードが僕の向かい側のソファに座った。


「話したいことがある、だったな」


 シグラバミを倒した後、僕は今日まで入院することになった。大きな外傷はなかったのだが、シグラバミを倒したあとに急に意識が失くなり、気がついたら病院のベッドの上にいた。医者が言うには怪我はないとのことだが、僕の体は全く動かなかった。おそらくだが、シグラバミを討伐したことで力を失い、その拍子に体が動かなくなったのだろう。入院した翌日から体が少しづつ動くようになり、五日後には不自由なく動けるようになっていた。


 入院中はいろんな人がお見舞いに来た。ウィストや計画に参加してくれたベルク達、遠まきながら応援してくれた人、立場上応援できなかったカレン達、そしてエリーさんも来てくれていた。その際に僕はエリーさんにロード宛の言伝を頼んでいた。「話がしたいから、退院後に時間を空けてほしい」と。そして「了承した。退院後に団長室で聞こう」という返事を翌日に貰っていた。


 僕はロードを真っ直ぐと見据える。気のせいか、以前のような覇気がないように見えた。


「ウィストを自由にしてほしい」


 ロードは首を縦にも横にも振らず、じっと僕を見続ける。


「あなたは英雄が必要だからウィストを英雄に仕立てた。大勢の人の邪龍に対する恐怖を取り除くためだったと思うけど、全ての邪血晶が無くなった今、英雄で居続ける必要はない。だからこれ以上、ウィストの行動を縛るようなことはやめて欲しい」


 さらに、今では多くの冒険者の活動が活発になっている。難しい依頼を受注したり、難しいダンジョンに挑もうとする人が多くなっていると聞いた。再び邪龍が出現したとしても、怖気付くことなく戦えるようになっていた。

 英雄の役目は終わった。もう英雄がいなくても大丈夫。だからウィストを英雄として祭り上げることをやめて欲しかった。


 これができなければ今まで頑張った意味がない。どんなに拒まれても徹底的に抗うつもりだった。しかし―――、


「分かった」


 ロードは全く拒まず、素直に僕の願い出を受け入れていた。


「これ以上、ウィストを英雄として扱うことはやめよう。彼女が望めば退団することも受け入れる。今後一切、私から君達に関わらないことも誓おう」


 それどころか、僕達にもう接触しないことも言った。僕の要求した以上の結果だが、あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまった。


「これでいいか? 必要なら誓約書も書くぞ」

「い、いえ。十分です」

「そうか。ならばもういいだろう。私も忙しい身だ」


 ロードは立ち上がって書斎机に向かう。その背中から出て行ってほしいと言っているように聞こえた。要件を終えた今、ここに留まる意味はなかった。


 ただ一つ、気になることが残っていた。


「どっちが真実なんですか?」

「…………何の話だ?」

「僕の父を殺したのは、あなたなのか、シグラバミなのか」


 入院中、見舞いに来たウィストから話を聞いた。シグラバミが僕の両親を殺し、ロードが助けようとしていたことを。それは以前ロードが言ったことと矛盾した話だった。

 しばしの沈黙が続いた後、ロードが重い口を開けた。


「シグラバミを海に逃してしまった後、向かった先がジーク達が住んでいる島だと知ってすぐに船を出した。島に辿り着いてからは奴を探すために少人数に別れたが、捜索の足手纏いになると思い私は一人で行動した。そして激しい雨が降る中、シグラバミとジークが戦っている姿を見つけることになった。すぐに助けようと思ったがシグラバミは私に気づいておらず、ジークだけに集中していた。もし何の策もなく助けに出ればジークを助けられるが、再びシグラバミを逃してしまう危険性がある。だがシグラバミを倒す絶好の機会を伺っていたら、ジークが保たない可能性があった」


 静かに、ゆっくりとした口調でロードは語る。


「使命を果たすか、友を助けるか。選びきれずに迷っていると、ジークと目が遭った。その瞬間すぐに助けに行こうと思ったが、先にジークが『待て』とサインを出した。冒険者時代、あいつが何度も出したサインだった。あいつは絶好の機会が来るまで待てと言ったのだ。自分が死ぬかもしれないと言うのに…………」


 ロードの声は少しだけ震えていた。自分で判断できず父に判断させたこと、その結果死なせてしまったことを後悔しているのだろう。だから僕に自分が殺したと言ったのだ。その後悔の念を晴らすために、責めてもらうために。


「あいつは死の間際、『息子を頼む』と言った。その場では安心させるために承諾したものの、私は君を育てる自信が無かった。友を見殺しにした私に、君を預かる資格はない。だがエルガルドで君に再会した時に、私は決意したのだ。今度こそ君を守り切ろうと」

「…………僕とウィストを離れさせたのは、僕のためだったってことですか」


 ロードは「そうだ」とはっきりと言った。


「ウィストと一緒にいれば、いずれ君は無茶をする。デッドラインに出れば死の危険に直面する。だから君をウィストとこの街から遠ざけようとした。憎まれ役を買ってでも、君と君の恋人を傷つけた。それが君を守ることだと盲信していたからだ。…………どれも無意味だったみたいだがな」


 自分のためではなく、民衆のためでもない。ロードが僕の邪魔をしたのは、嘗ての友との約束を今度こそ果たそうという想いからだった。奇しくも、僕がデッドラインに挑戦した理由と同じだった。


「全ての後始末を終えたら、私は冒険者からも、団長という役職からも引退するつもりだ。やること無くなった今、もはやこの立場にこだわる理由は無くなったからな」

「……やめるんじゃないかっていうのは、エリーさんから聞いてました」

「鋭い女だ。だがその方が君も好都合だろう。私が権力を使って邪魔することは無くなるのだからね」

「やめた後はどうするんですか?」

「さぁな。全く考えていない。適当に旅でもしようかね」


 自分のことなのにどこかいい加減で、他人事のような口ぶりだった。嘘なのか真実なのか、全く分からない。今後のことを一切考えていないような気がした。

 なんて言葉をかけようかと考えてから、一つ思い出したことを口にした。


「もしかしてですが、両親の墓を建ててくれたのはあなたですか?」

「……君を引き受けられない代わりに、せめて墓くらいは良い物をと思って作らせたが、周囲から浮いてしまったようだ」


 毎年墓参りに行くと、いつも花が添えられていた。毎年忘れずに島に来ていたのだろう。おそらくどこかですれ違ったこともあったかもしれない。


 仲間に危害を加えようとしたことや、フィネを傷つけたことは今でも許せない。僕のためだったと言ってるが、どの行動も僕の意志を無視した身勝手なものである。許される理由じゃない。

 だが僕の両親のことを今でも覚えていて、二人の死を未だに悔いている。両親のことを覚えているのはもう僕しかいないと思っていたのに、ロードも二人のことを大事に思っていたと知ってしまい、仲間意識を覚えてしまった。


 僕はしばし考えた後、ソファから立ち上がった。


「二つ、お願いがあります」

「……なんだ」

「一つは最初に言ったことを僕だけじゃなく、僕以外の仲間にもしてください。僕の仲間にも、今後は不必要に関わることは止めてください」

「分かった。二つ目は?」

「二つ目は……」


 僕は一度、深く呼吸をしてから言った。


「次の僕の両親の命日の時は、一緒に墓参りをしましょう」


 背中越しでも、ロードが息を呑んだのが分かった。ロードは数秒の間を置いてから答える。


「……分かった」


 その声は強く震えていた。




 『英雄の道』の拠点から出た後、僕は一旦部屋に戻って装備を身に着けた。道具も整えて冒険の準備を終えると、西門に向かった。


「へいいらっしゃい! 良い道具が揃ってるよ!」

「おい旦那! もっと良い武器はねぇか。危険指定モンスターを倒せるくらいのやつとかさ」

「もっと稼がないとな。こんな装備じゃ上級ダンジョンを踏破できないよ」


 西門に向かう途中、冒険者達や商人の明るい声が聞こえた。さらに上を目指そうとする冒険者達や、それを支援しようとする商人。少し前には見られなかった光景だった。そんな様子を見ていると、自然と口角が上がってしまった。


 活気づく街を西門から出て周囲を見渡した。これから街を出ようとしている商人と冒険者の一行、冒険から帰って来て街に入ろうとしている冒険者達。大勢の人達が行き来する門の近くに、一人の女性が邪魔にならないような場所で立ち尽くしていた。

 僕は人込みを分けながら彼女に向かって歩を進めた。最初は気づいていなかったようだが、僕が人込みから出ると彼女はハッとした表情で僕を見る。


「え、えっと……」


 彼女は僕を見て何か言おうとしていた。だが躊躇ってなかなか言葉が出てこないようで、困った表情で唸っている。言い辛そうにしていたので僕から言おうかと思った時、彼女は両手で自分の頬を叩いて「よしっ」と気合を入れた。


「ヴィック!」

「うん」

「私と楽しい冒険をしよう!」


 ウィストは右手を差し出しながら言う。声こそは力強いが、よく見ると右手は震えており、不安そうな表情をしている。断れるかもしれないと心配していたのだろう。


 僕は彼女の右手を握っていった。


「もちろんだ。一緒に冒険を楽しもうか」


 そこには英雄と呼ばれた女性は居ない。どこにでもいそうな冒険好きの、明るい笑顔が似合う普通の冒険者がいた。


次回、最終話!

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