26.エルガルドの冒険者達
冒険者の街エルガルドには、国中の冒険者達が集まって来る。彼らは皆、上級冒険者になろうと、成り上がろうと、一獲千金を狙おうとしてエルガルドに来た者達で自信家が多かった。自分ならできる、自分なら強くなれる、稼げる冒険者になれると思っている者達だった。
だが直近は、その気概を失せている者が多かった。あまりにも次元が違う邪龍体の存在や、邪龍体に対抗できる者がごく僅かな天才と呼べるような者しかいないこと、己がそれに該当しない事実に気づき、自信を失い他人に依存した。自分達には才能が無い、器じゃない、だから適任者に任せて自分達は自由にやろう、関わらないでおこうと。
多くの冒険者が英雄に頼った。ごく一部に英雄に頼り過ぎないようにと考える者もいたが、ウィストの活躍の前に、彼らは声を上げることが出来なかった。影響力の無い彼らは、ただただ流れに従うしかなかった。
だがそれは、今日までだった。
凡人だったはずの冒険者が、自分達と同じ才能の無いはずの冒険者が、英雄に引っ付いていただけの冒険者が、デッドラインを制覇した。しかも前人未到の三十一体目のモンスターを討伐して、唯一の記録保持者となった。その事実が、彼らの心を奮わせていた。
あいつができるのなら、自分だって。あいつが頑張ってるのに、自分は何をやっているんだ。自分だって、あいつみたいに活躍したい。自分は何のためにエルガルドに来たんだ。
エルガルドに来た冒険者には、地元で実績を上げた者が多い。故にプライドも高い。そんな彼らが自分よりも格下だと思っていた冒険者に負けたまま良いと思うだろうか。目の前で活躍を見せられて、黙ったままの冒険者がいるだろうか。
答えは、否。彼らは成り上がり志願者で、英雄願望が強く、金に目が無い。そして須らく馬鹿である。
そうでなければ、自分達よりも圧倒的な巨体を持つシグラバミに挑もうとしないのだから。
「いけぇええええええええええええええ!!」
闘技場の至る所から、冒険者達の声が聞こえた。雄叫びを上げながらシグラバミに突っ込んで、自分が討伐しようと武器を振るう。一人や二人じゃない。数十人もの冒険者がシグラバミに群がっていた。
『……っ、なんだこいつらは!』
シグラバミが巨体を動かして冒険者達を薙ぎ払う。半数以上の冒険者がまともに受けたが、ほとんどが立ち上がって再びシグラバミに向かっていく。皆の眼はぎらついており、戦意は落ちていなかった。
「俺が仕留めるんだ! 大人しくやられろや!」
「僕が倒すんだよ! 邪魔しないで!」
「お前らは無理すんな! 俺に任せておけ!」
怯むことなく突っ込む冒険者に加え、観客席から弓矢やボウガン、銃を使って攻撃する者や、『英雄の道』の団員達が使っていた大砲や新たに持ち込んできた兵器を使って攻撃する者もいる。大半は直接シグラバミに向かって行く者達がいない箇所を狙って攻撃していたが、数人はそんなこともお構いなしに攻撃していた。
「死にたくなかったら引っ込んでろよな!」
「当たっても責任取らねぇぜ! ヒャッヒャッヒャ!」
「命が惜しけりゃ下がった方が良いぞー」
「てめぇら……後で覚えておけ!」
フィールドにいる冒険者達の怒りの声を無視して、彼らは攻撃を続ける。連携や団結、ましてや協力する気も無い、互いに互いを利用した自分勝手な行動だった。
しかし、この統率の全くない動きがシグラバミを混乱させた。
『ちっ……なんなんだ貴様らは……』
追い払っても向かってき続ける。周囲の味方にかまわず、弓や大砲で撃って来る。しかし身勝手な行動ばかりをしているかと思ったら、シグラバミが闘技場から出ようとして人数の少ないところに移動しようとした際に観客席の冒険者達からの攻撃で足止めされ、その間にフィールドの冒険者達が追いついて来て出られなくなっている。
自分都合の行動ばかりだが、いざというときは即席の連携を行い、終わればすぐに自分勝手に戦い始める。統率が取れている相手なら、パターンや指揮系統を見極めて攻めることが出来る。しかしばらばらで無秩序な振る舞いの冒険者達の行動を読み切れない。隙はありすぎるが、すぐに各々が判断して対応してくるため攻め切れそうで攻め切れない。もどかしい戦況にシグラバミは苛ついているようだった。
だが良いことばかりではない。統率が取れていないため、集中的に攻撃を与えることが出来ない。シグラバミが開き直って強引に抜け出ようとしてきたら止められないかもしれない。今はまだシグラバミが様子見をしているが、いつまでもこの状況が続くことはないだろう。
どこかのタイミングで仕掛ける必要があった。しかし個々で自由に動き回る彼らに指示を出しても、すんなりと聞いてくれることはない。誰かがシグラバミを崩した瞬間を狙って攻めるしかない。もしくは数人だけで意思を合わせた連携をするか。だがこの状況で僕と動きを合わせてくれる人がいるだろうか。
運任せで攻めるしかないかと考えていた時、「ヴィック」と僕の名前を呼ぶ声がした。振り向くと、後ろにはオリバーさんを含めた十人前後の冒険者がいた。その中には、デッドラインに挑戦する前に僕に応援の声をかけてくれた人達もいた。その人達が次々と僕に言った。
「一緒にあいつを倒そう。策があるなら俺達を使ってくれ」
「俺はお前に勇気づけられたんだ。その恩を返すためにも手伝わせてくれ」
「凡人でもあの化け物を倒せるってことを証明したいんだ」
凡人でも戦える。英雄だけに無理をさせない。その想いを引き起こせるために、僕はデッドラインに挑んでいた。彼らの声は、僕が望んでいた言葉だった。
「どの面下げてってお前は思ってるかもしれない。俺のことをぶん殴りたくても仕方ねぇ。だが今はお前と一緒に戦わせてくれ」
ここに来るまでに、色々な葛藤があったのだろう。オリバーさんは真剣な表情で言った。今のオリバーさんは、頼り甲斐のある冒険者の一人だった。
「分かった。みんな、僕に力を貸してくれ」
僕はシグラバミを倒すために必要なことを伝えた。シグラバミは血のモンスターであり、血に変形して逃げようとすること。持久戦になったら数の多いこちらが有利だが、それよりも前にシグラバミは強引に逃げ出す可能性があること。弱点らしき球体の固形物が、シグラバミの頭付近にあること。
「つまり、逃げ出す前に弱点を潰すってことだな。できれば血を出させる前に」
オリバーさんの言葉をきっかけに、おおまかな作戦は決まった。大勢でシグラバミの気を引き、その間に頭上まで移動して強い一撃を加える。シンプルすぎる作戦だが、短い時間で皆で共有するには作戦は単純で分かりやすい方がいい。
そして、その一撃を決めるのは僕になった。この混乱のうちに火杭が補充できたことと、皆の強い推薦によって決まった。曰く、「今一番もってる奴だからな」ということだった。
行動に移し始めた時、シグラバミはようやく落ち着いてきたのか、冒険者達が参戦してきた時よりも周囲を見渡す余裕があるように見えた。しかし体に傷が多い。近いうちに逃げ出す可能性があった。
オリバーさん達は早速行動に出た。雄叫びを上げながら向かって行ったり、大きな音を立てる銃を使って攻撃をし始めている。僕はシグラバミの体を挟んだ反対側に移動した。
彼らの音に反応し、シグラバミが彼らの方に顔を向ける。その隙に僕は接近し、シグラバミの体に登って頭上に向かって駆け出した。僕以外にもシグラバミの体に乗ってる者がいたので、一人増えただけでは注意を向けないだろう。
皆が気を引いている隙に、どんどんとシグラバミの頭上に近づいていく。頭が上にあるので首から先は急斜面になっていたが、剣を突き刺して跳び上がりながら登って行った。強化された体のおかげで、数秒で頭上にまで辿り着いた。
これで終わりだ。そう思って杭撃砲を構えた瞬間にシグラバミの双眸が向けられる。まるで待っていたかのような笑みを浮かべながら。
シグラバミは突然頭を振って僕を頭上から振り落とす。振り落とされて空中に浮かぶ僕を見ると、シグラバミは口を開け、その前方に黒紫色の光が集まり出す。邪龍が放った光線とよく似ている色だった。シグラバミは僕が着地する寸前に光線を放つ。着地した瞬間では避けられない。受け切れるのかと、やぶれかぶれな想いで盾を構えた。
光線が当たる寸前、僕の前に大きな体が現れる。デッドラインで僕が倒したはずのモンスターの死骸を、何者かが僕の前に持ってきて盾にしようとしていた。そのお陰か、光線の威力で吹き飛ばされたものの、それ以外の衝撃を受けずに済んだ。
「……ったく、世話が焼けるんだよ」
僕の前にいたベルクが、笑みを浮かべながら言った。盾越しとはいえ光線を受けたせいか、すぐにその場で膝をついた。
「あんたはそのまま休んでなさい。私が近くで守ってやるから」
ミラさんがベルクに近寄って言う。
「ヴィックのことは任せろ」
「そうそう。あとはあたし達にまかせなさーい」
カイトさんとラトナが、僕に近づきながらベルクに言った。最初の方でシグラバミに倒されたと思ったが、皆無事だったようだ。
「あいつの頭上まで行きたい。手を貸してくれ」
「当然だ」
「オッケーい。後方支援は任せてー……っね!」
ラトナがシグラバミに向かて銃を撃つ。銃弾はシグラバミの目の前で爆発し、強い光を放った。シグラバミは目が眩んで顔を背ける。その隙にラトナが煙玉をシグラバミの眼前や足元に撃ちまくった。
「ついてこい、ヴィック」
カイトさんが先導し、僕は後をついていく。煙の中を進みながら、カイトさんは周囲の冒険者達に当たらないように走っている。煙の中に入ると僕自身も周りが見えなくなるのだが、カイトさんの背中を目指して進むだけであっという間にシグラバミの体にまでたどり着いた。
『こざかしいっ!』
二人でシグラバミの体に上ろうとしたとき、シグラバミが体を激しく動かし始める。僕はぎりぎりでシグラバミの体にしがみつけたが、カイトさんは耐え切れずに吹き飛ばされていた。助けに行こうかと思ったが「行け!」というカイトさんの言葉を聞き、僕は体を上り始めた。
『しつこい奴らだなっ!』
シグラバミの体に乗った瞬間、体から赤い棘は生え始める。生える直前に体の一部が膨らむので分かりやすいが、棘の数が多くて進み辛い。どうにかして進もうかと考えてると、左右から人影が飛び込んでくる。ハルトとカレンが既に生えている棘を斬り落とし、ユウが生えてくる棘を叩き潰していた。
「はっはっは! 面白れぇな、これ」
「棘は私達が何とかするから……」
「拙者達が道を作る。続け!」
ハルトとカレンが先を走って棘を排除し、僕の近くで生えてきそうな棘はユウがメイスで叩くことで生やさないようにしている。これなら安全に進めそうだ。
頭の近くまで進むと再びシグラバミが体を激しく動かしたので、体にしがみついて振り落とされないようにする。しかし同時に体から棘を生やして刺そうとしてきたため、それを避けようと体を動かした瞬間にシグラバミの体から離れてしまった。空中に投げ出された僕を、シグラバミが見つけた。
『これで終わりだ!』
空中にいる僕に向かって、シグラバミが黒紫色の光線を放とうとする。空中では身動きが出来ない。何とか盾で防ごうと思ったが、先程の威力を見て耐え切れる自信は無かった。
シグラバミが光線を放つ。盾を構えて耐えようとした瞬間、突如横から何者かに体を掴まれて光線から回避する。僕は掴まれたまま空中を移動し、ワイヤーアンカーを巻き取ることでシグラバミの頭上にまで運ばれた。
「やろう、ヴィック」
ウィストが僕の隣で言った。
「あぁ。これで終わりだ」
『ま、まて!』
シグラバミが頭上にいる僕に視線を向けていた。
『俺様を殺せば、お前は力を失うぞ! それどころか以前よりも弱くなり、ウィストとの差が開くことになる! 本当にそれでいいのか?!』
「さっきも言ったはずだ」
僕は剣を振り上げる。
「お前を倒して、僕達は普通の冒険者に戻るって」
渾身の力で、僕は剣を振り下ろした。




