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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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25.望み

 真っ暗な闇の中にいた。シグラバミに飲み込まれたはずの僕は、消化されるのを待つだけのはずだった。しかし気づけば何も見えない空間にいて、身動きが出来ない状態になっていた。


 しばらくすると周囲から声が聞こえ始めた。眼を凝らすと黒い靄が僕の体の周りを漂っていて、それらから聞こえていた。


 妬め、嫉め、憎め、怒れ。黒い靄が僕の悪感情を引き起こそうと語りかけて来る。胸の奥から熱い何かが蠢いていて、それを刺激させないようにと耳を防ぐ。しかし声が小さくなることは無かった。


 声を意識しないように頭の中で拒んでいると、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。気になってどこから聞こえているのかと見回すと、少し離れた場所に太陽に似た小さな光が浮かんでいた。


『―――助けて』


 光は少年の声を出して助けを求めていた。光に手を伸ばして触れると、太陽のような温もりを感じた。弱々しく瞬く光が何を求めているのか気になってしまった。


「君は誰だ? 何から助けて欲しいんだ?」


 光は少しだけ強く瞬く。


『ウィストを、助けてあげて』


 邪龍体になってしまったレイの声が、僕の口から聞こえていた。




 あのとき、僕はシグラバミによって眷属化させられている最中だった。シグラバミの体の中で僕に血を取り込ませて悪感情を引き起こすことが、眷属にさせるために必要な事だったのだのだろう。今まで遭遇した邪龍体から、強い感情を持つ生物ほど力が強化されていた傾向がみられたため同じだろうと推測した。

 あのまま闇の中にいたら、僕は眷属となっていた。しかし僕の中から聞こえたレイの声がそれを防いでくれたのだ。


「僕の体には僕以外の血が二つ取り込まれていた。一つはお前の血、もう一つは邪龍体になったレイの血だ。邪龍体の血を取り込んで強くなったのと同じように、お前の血を取り込んだことでレイの血が持つ意志が強くなったんだ」


 以前レイは僕に血を飲ませていた。あのときも僕を眷属にしようとしていたが、僕は眷属にならずに力だけが強化された。それは僕の中に、邪血によって強化されるシグラバミがいたからだ。今回僕がシグラバミの眷属にならなかったのも同じ理屈だ。シグラバミの血を取り込んだことでレイの血が持つ意志が呼び起こされ、僕を眷属にさせることを拒んだ。

 レイは邪龍体になって多くの人を殺した。だがそれまでは家族を思い遣り、他人のために頑張れる少年だったとウィストから聞いていた。彼の意志が僕の目を覚まさせ、助けを求めたのだ。憧れだった人を守って欲しいと。


「レイのお陰で僕は眷属にならずに済んでいる。その結果、お前はただ僕を強化しただけになったというわけだ」

『……俺様より強い理由はなんだ? 肉体は俺様と同等でも、それ以外の力は与えていないはずだ』


 僕がシグラバミから与えられたのは、ヒトとしての能力を向上させるだけのもの。血を使って体の一部を変化させたり、モンスターのような不可思議な技は出せない。その点がシグラバミが僕より上回っている点だった。

 だがそれは、僕にとっては大きな差にはならない。今まで様々なモンスターと戦ってきた経験が、シグラバミ相手に優勢に出られる要因の一つだ。


 そしてもう一つ。シグラバミを圧倒出来ているのは、こっち理由の方が大きかった。


「巨大な力を持ったらどうするか。そのためのイメージトレーニングをしてきたからね」


 強い力を持ったら、誰にも追いつけない速さで動けたら、捕らえられることのない動きができたら、誰にも止められない技を会得したら。誰だって一度は想像したことがあるだろう。そんな妄想とも呼べる想像を、よく頭で膨らませていた。


 かっこよく敵を倒したい、誰もが憧れるような戦い方をしたい。そのために鍛えながら日々を過ごし、いつかは夢から覚めていく。現実を知って、地に足を着いた道を進むようになる。

 そんな凡人が夢見た力を手にした。今までやりたくてもやれなかった動きを、イメージ通りに出来てしまう。何度も何度も頭の中で思い描いたことが実現できている。今まで手にしたことのない力だから何でもできると思ってしまい、自分の体への心配をせずに動けている。子供が持つような無敵感が、頭から恐怖を取り除き、心と体を前に進ませている。


 正直に言おう。今の僕は、心から戦いを楽しんでると。


「お前の与えた力のお陰で、僕の理想の動きが実現できている。何度も考えた戦術を使えるようになった。考え抜いて洗練された動きと戦術の差が、僕とお前の差だ」

『僅かな可能性を信じて備えて来たということか。ならばその力が失われるとしたらどうする? 俺様を殺したら力を失い、凡庸な冒険者に戻ってしまうぞ』


 その可能性は考えていた。邪龍体を倒したら眷属はどうなるのか、力を失うのではないか。だがそんなことは、どちらでもよかった。


『その力を使い続けたいのなら、俺様に下ることだ。そうすれば一生強者でいられ続け―――』

「構わないよ」


 シグラバミが言う前に僕は答えた。

 強くなって初めて分かった。誰しもが憧れるほどの強大な力を持つと、どう使うべきかと考えるようになる。他人のために使うか、ただ自分のために使うか。力無き者の側で居たままでは、あまり考えなかったことだった。


 これほどの力を持ったら、普通じゃできないことをしたくなる。そんなことを考えるようになっていた。偉業をなす、他人のために使う、ただ自分のために行使する。色んな選択肢が浮かんだ。

 大きな力には責任が伴う。ソランさんやロードやウィストのように、大きな責任を負うことを考えてしまう。ウィストが英雄になろうと思った気持ちが分かった気がした。

 ウィストの気持ちが理解できた。それだけでもう、十分だった。


「お前を倒して僕は普通の冒険者に戻る。それが出来たら、この力はもういらないよ」

『いらないだと……』


 シグラバミの顔が険しくなる。初めて見せた憤怒の表情に、思わず身を引いてしまった。


『この世界で必要なものは力だ。力を持つ者こそが頂点に立ち、力無きものは排除される。その世界に生きていて力がいらないだと? ふざけるな!』


 シグラバミの体が膨張する。体から湯気のようなものが出てきて、熱が伝わってくる。

 おそらくシグラバミの逆鱗に触れてしまったようだ。シグラバミは怒りを露わにして叫んだ。


『もういい! 貴様を部下にしてやろうと思ったがもういらん! ここで一緒に殺してやる!』

「……やれるもんならやってみろ」


 シグラバミがアルバさん並みの速さで突っ込んでくる。近づくとアランさん並みの力で拳を振るい、アリスさんと同じ速度で連打する。僕が盾で受けていて勢いに押されたところに、ヒランさんのように鋭い蹴りを繰り出してきた。盾で防げたが、強化された体でも腕に響くほどの威力だった。


 強い。僕が今まで出会ってきた人達の中でも、一際強い人達と同等以上の力を持っている。体が強化されていなかったら、今ので死んでいたと言えるほどだった。

 だからと言って守勢に居続けるわけにはいかない。僕も同じように高速で動いてシグラバミに仕掛ける。剣を振るうとシグラバミは受け止めずに回避する。硬質化では防げないと判断したのだろう。回避後、シグラバミが踏み込んで拳を振るう。僕はそれを受け流して反撃するが、また回避された。


 シグラバミは激しく動くことで、僕の攻撃を喰らわないようにしている。素早く動き、かつ突進の勢いをつけた攻撃をまともに受ければそのまま押され続けるだろう。どこかでシグラバミの勢いを削ぐ必要がある。そのための答えは、すでに持っていた。

 シグラバミは動きを止めることなく攻め続ける。一撃一撃が重く、気を抜くことができない。その勢いに押されて距離が開くと、シグラバミが右脚を鋭く蹴り上げる。盾で防ぐが勢いを止められず、更に距離を空けられて体勢を崩してしまった。


 その瞬間、シグラバミの体から出ていた湯気の量が増す。体が赤く染まり、シグラバミの足元にヒビが入った。

 最大の一撃がくる。僕はすぐに盾を向けて待ち構えた。


『クタバレ!』


 轟音が鳴ると同時に、シグラバミが今までで最高の速さで向かってくる。走った後の地面が抉れ、土埃が舞う。全身全霊の一撃を繰り出そうとしていた。

 目にも止まらぬ速さで向かってくるシグラバミを前にして、僕はいつも通り盾を構える。どれほど速くても、どれほど力強くても、やることはいつもと同じだ。


 力の向き、衝突するタイミング、敵の意識の先、自身の状態。全てを見極めれば、後は培ってきた技術を信じ、力の流れを操るだけ。思い浮かべるのは、心地よい水音を奏でる川の流れ。


 シグラバミの手が盾に触れた瞬間、僕は割れやすいガラスを持つように、丁寧に盾を外に動かす。盾は何の抵抗もなく動き、シグラバミの体が横に逸れる。シグラバミは僕に触れたことに気づかなかったかのように、勢いを落とさないまま進む。体には何の衝撃も伝わってこなかった。受け流しに成功した後、僕はすぐに振り返って通り過ぎたシグラバミを追いかけた。


『っ―――!』


 僕を通り過ぎたことに気づいたシグラバミが足を止める。シグラバミが振り返った直後には、僕はすでに間合いを詰めていた。シグラバミは驚愕の表情を浮かべながら防御をしようと両腕を交差させて前に出す。それが悪手だと知っていたにも関わらず。

 渾身の力で振り抜いた剣が、シグラバミの両腕ごと胸を切り裂く。胸を深く切り裂かれたことで、その奥に小さな固形物が見えていた。直面した時から感じた邪血の気配がより強く伝わった。


 あれを破壊すれば終わりだ。続けて剣を振るおうとしたが、それよりも先にシグラバミの体がまた膨張する。また体を大きくするのかと思ったが、シグラバミの体が突然破裂する。同時にシグラバミの血が勢いよく飛び散った。

 攻撃かと思って盾で血を遮ったが何も起きない。もしかして今ので死んだのかと思ったが、飛び散って地面に落ちた血が移動し始める光景を見た。四方に飛び散った血が、既に死骸となったシグラバミの蛇の体の方に向かっていた。


 シグラバミがグロベアの体に入り込んで復活した時のことを思い出して、すぐに蛇の死骸に向かう。死骸に向かう血の中にあの固形物があるはずだと思って、視界に入った血に向かって剣を振り下ろす。しかしどれだけ切っても血の動きは止まらなかった。

 いくらかの血が死骸に入り込んだ後、蛇の死骸が動き出す。グロベアに入り込んだ時と同じように死骸が膨れ、膨れた先から別の蛇の体が飛び出てきていた。


『フハハハハハ!! しくじったな、ヴィック!』


 シグラバミが高らかに笑う。先程の蛇の体よりも一回りも小さく、肌に伝わる威圧感は小さい。明らかに最初に比べるよ弱くなっているのが分かった。にも関わらず、シグラバミは勝利を確信したかのように笑った。


『今回は貴様に勝利をくれてやる。だが俺様は死なない。貴様にこの体を止める術はなかろう』


 いくら力を増していても、大蛇となったシグラバミを止めるほどの力はない。圧倒的な体重差がある巨体のシグラバミを止めようとしたら、逆に押し負けてしまうだろう。それを見越してシグラバミはヒトの体を捨てて、大蛇の体に戻ったのだ。


『ここから出て力をつけたら、今度こそ決着をつけよう。野望を叶えるために、俺様は必ず戻ってくる。それまでは呑気に安寧の日々を過ごすといい』


 上機嫌にシグラバミは勝ち誇る。もう僕にはシグラバミを止める手段はなく、せいぜい足止めに攻撃をしてくる程度で、それすらも耐え抜いて逃げ切れると思っているのだろう。

 たしかに、僕一人ではシグラバミを止められない。あんな巨体の動きを一人で封じる手段なんて知らない。僕だけでこの場に止めることは不可能だった。


 そう、僕一人では。


「聞こえないのか? シグラバミ」

『は?』


 僕の肉体はシグラバミによって強化されている。それは筋力だけじゃなく五感も対象となっていた。以前よりも物が繊細に見え、匂いも強く嗅ぎ分けられる。そして遠くの音も聴こえるようになっていた。

 闘技場の外から、人々の声と足音が聞こえた。一人や二人ではなく、多くの音が徐々に大きくなっていた。


「すぐそこまで来ているよ。お前を倒そうと意気込んでいる冒険者達がね」


 観客席やフィールドの出入り口から、大勢の冒険者達が雄叫びを上げながら走り込んでくる。その数は最初に倒した『英雄の道』の団員達を圧倒的に上回るほどだった。


『な、なぜこれほどの数の冒険者が…………』

「当然だよ」


 突然の乱入者達に動揺するシグラバミに、僕は言った。


「ここは冒険者の街エルガルドなんだから」


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