17.討伐前夜の兆候
「つーわけで、お前らも参戦することになった。断るなよ」
ベルク達の家で、ベルク、ミラさん、カイトさん、ラトナと僕を前にして、アリスさんが言った。問答無用の言い方に、ベルク達は困り顔を見せた。
「すみませんが、もう少し詳しく教えてくれませんか?」
チームリーダーのカイトさんが代表して尋ねた。僕達と一緒に訪れて急に言われたのだ。そう言うのもおかしくない。だがアリスさんは嫌そうな顔をした。
「どーでもいーだろーが。理由なんてよ。名売りと儲けのチャンスなんだぜ。黙って受けろよ」
「そういうわけにはいきません。俺は一応リーダーですから、仲間が危ない目に遭うのはごめんです。そうならないために、よく分からない依頼は受けられません」
「ドグラフの討伐。警備組ではなく討伐組。班分けはお前ら四人で一班。最低でも群れ一つは討伐すること。これだけ分かれば十分だろ」
面倒臭そうにアリスさんがかなり端的な説明をするが、カイトさんが「いえ」と答える。
「俺達が聞きたいのは、なんで俺達がその依頼を強制されるのかということです」
カイトさんの問いに、アリスさんは鋭い眼で睨みつける。モンスターに向けるのと同じそれに、傍にいた僕の方が恐怖を抱いた。
だがカイトさんは、それほどの眼光を前にしても全く怯むことなく毅然としていた。アリスさんは変わらず睨み続ける。
そして先に折れたのは、二人のどちらでもなかった。
「その……ごめんね、みんな」
ラトナに皆の視線が集まった。
「あたしが悪いの。ししょーはそれを庇って―――」
「庇ってねぇ。人手が足りねぇから仕方なく使うだけだ」
アリスさんが遮ったが、カイトさんはそれを無視して「説明してくれる?」とラトナに聞いた。
舌打ちしてさらに不機嫌そうな態度を見せるアリスさんをよそに、ラトナが皆に説明した。
会議中にナイルさんが来て支援したこと。そこから娘のミラさん達のことを話し始め、冒険者を辞めさせようと考えていること。それにラトナが反発したこと。
その結果、ラトナはベルク達と一緒にチームを組んで、ドグラフ討伐任務に参加することになった。しかもそれなりの成果を出さなければ、ミラさんが強制的に実家に連れ帰られることになるという条件で。
一連の説明を聞いた後、ミラさんが今までで最も怖い顔を見せていた。
「あのくそ親父……私に知らないところで勝手に……冗談じゃないわ。そんなの無視すればいいのよ!」
立ち上がって憤りを表すミラさんに、「ダメだ」とアリスさんが言った。
「お前らが参加しないと分かったら、強制的にお前を連れて帰るってよ。私兵や傭兵、場合によっちゃ兵士を使ってでもってな」
ミラさんが「うっ……」と呻く。ナイルさんのことを一番知っているのはミラさんだ。そういうことを実際にすると予感したのだろう。スティッグ家は名のある貴族だ。それができる権力はある。
「じゃあ受けるしかないってことか」
「当たり前だ。つーかそれしかねぇよ。断ったら今までの苦労が水の泡だ」
「なんでですか?」
「あいつがなんて言ったのか知ってるか? 『おや? 局長が変わってから冒険者の育成が進んでいると聞いていたが、それほどでもないんだな』ってな。あぁん?! めっちゃ育ててんだろうが! 依頼達成率の数値を昔と比べて見やがれってんだ!」
今度はアリスさんが憤怒する。会議中は耐えていたようだが、限界寸前だったようだ。
実際に依頼の達成率を含めたデータを見ると、マイルスの冒険者達が昔に比べて格段と成長していることが分かる。全依頼の八割は一週間以内に達成され、残りの二割も二週間以内に完遂している。さらには冒険者の生存率、現役としての活動年数、個人の依頼達成数や収入等、様々な数値が向上していた。
これらの成果は局長がネルックさんに、ヒランさんがギルド職員になってからの功績だ。アリスさんやソランさんを始めとした冒険者達が協力したこともあり、そのお陰でマイルスの冒険者達の評判は上がり、他の町からの評価されるほどだった。その成果が疑われたのだ。アリスさんが怒るのは当然のことだ。
「けれど俺達はドグラフと戦ったことは無い。しかも今回はダンジョンでの戦闘とは違う。野外で森の中だ。そこでの戦闘経験が少ないうえ、準備時間もない。非常に危険な依頼だ」
「だからって断れるか? ミラの親父に侮られるのも、こいつが連れて帰られるのもオレはごめんだ。だったらやるしかないだろ」
「ベルク……」
ベルクの台詞に、ミラさんが嬉しそうに笑みを作る。守ってもらってると思っているのだろうが、多分ベルクはそんな事考えてないと思う……。
「ならばこの町から逃げればいい。最初にこの街に来たのは伝手があったからだけど、それなりの実力をつけ、資金もできた。今なら他の町でも十分に稼げる」
「その場合はお前ら三人だけだぞ。ラトナは行かせねぇ。こいつにはまだやることがあるからな」
ラトナがアリスさんの下で仕事兼修行を受けているのは、犯した罪を償うためでもある。その期間は二年間。それが終わるまではマイルスから離れることはできない。
そのことをラトナも分かっていて、「うん」と頷いていた。
「あたしはまだ行けないから、その時は置いて行ってね」
気丈に振る舞いながらどこか寂し気なラトナの表情に、カイトさんは気まずそうにした。
「それは……ごめん。今の発言は無しだ」
「参加することになるけど、いいの?」
「ラトナを一人にする方が問題だ。それなら戦う方を選ぶ」
カイトさんが覚悟を決めたことで、「そうね」とミラさんが仕方なさそうに言った。
「それで、計画はどうなっているんですか? 詳しくお聞きしたい」
「おう。参加する以上、お前らもオレらと同じ条件で動いてもらうからな」
僕とラトナが会議で聞いた内容を、アリスさんがベルク達に説明した。
依頼の達成条件は、森に潜むドグラフの半数以上の討伐、もしくはダンジョンに帰らせることだ。半分以上、つまり五十頭を超える数を倒せば、とりあえずの危機は去るとの考えだ。ダンジョンへの強制帰還も同じ理由だ。
ただ討伐中に、ドグラフ達が街道に出て人を襲う可能性もある。その対策として、集めた冒険者を討伐組と警護組に分けて作戦に当たることになった。討伐組は森に入ってドグラフの討伐、警護組は街道を行き交う人々の周囲について守る役割だ。都合上、ベルク達は討伐組に入れられていた。ちなみに僕とアリスさんも討伐組である。
各組では四人前後で一班に構成され、各班で依頼にあたる。ただし僕とアリスさんは二人組で、ソランさんは単独で動くことになった。アリスさんとソランさんは、一人でもドグラフの群れに対抗できるからという理由だ。ちなみにヒランさん、ノーレインさん、ネグラッドさんは警護組である。
討伐組の各班は、割り当てられたエリアでドグラフを探して討伐する。ベルクチームもそのうちの一つとして動くことになっている。ただ、唯一の中級冒険者だけの班のため、比較的安全なエリアを任されている。そのうえ僕とアリスさんが隣のエリアに割り当てられ、いつでもサポートできる体制になっていた。その状況でドグラフの群れを一つでも倒せば、ナイルさんがミラさんを連れ帰ることは無いという話だ。
地図を広げ、探索エリアを確認しながら説明し終えた後、「なにか聞きたいことはあるか?」とアリスさんがベルク達に聞いた。ベルクは問題なさそうに「無い」と答える。残りの二人は地図を睨むように見ながら考え込む。
「別の班への連絡手段はないのですか?」
少ししてから、カイトさんが尋ねた。
「信号銃と信号弾を各班に渡す。それで連絡を取り合え。一日の探索に十分な量だから無くなる心配はねぇ」
「重傷を負って離脱した場合、その班が抜けた穴はどう埋めるつもりですか?」
「空けておく。その後に警護組か手が空いている討伐班を回す。お前らは免除されてるから心配するな」
「それから……」
カイトさんが次々とアリスさんに質問していく。リーダーなだけあって、慎重で注意深い。頼もしさを感じる振る舞いだ。
そんなリーダーらしい姿を、ラトナは落ち着いた表情で眺めていた。不本意な形でもチームに戻れたのだ。内心、喜びもあるのだろう。
「あと……ドグラフと戦うときの注意点を教えてくれませんか?」
いくつかの質問をした後、カイトさんが尋ねた。
「それはこいつらに聞け。ドグラフとの戦闘経験が豊富で、お前らのことにも詳しい。いいアドバイスをくれるはずだ」
アリスさんが僕とラトナに説明を振った。いきなりの出番に、少し面食らう。
「アドバイスだなんて……そんなことできるほどじゃないですよ」
「問題ねぇよ。今日まで何十頭ものドグラフと戦ってきただろ。そんくらいできる」
突然の無茶ぶりに動揺するが、今更どうこう言ってもアリスさんは撤回しない。諦めて説明することにした。
僕とラトナは、自分達が得た情報を元にベルク達に説明をした。その間、皆は真剣な表情で聞き入っていた。ドグラフとの戦闘経験が無い分、こういった情報が貴重だということだった。
ひとしきりの説明を終えてから、一つ息を吐く。急な事だったが、上手く説明はできたという自信はあった。
「とりあえずこんなところだけど、何か質問はある?」
「おう」
ベルクが声を上げる。僕がそっちに向くと、ベルクの表情に硬さを感じた。
「お前らは、もうドグラフを倒せたのか?」
「個人ではまだだけど、次辺りは大丈夫だと思う。結構慣れたし、昨日の調査で手応えも感じたから」
「あたしもそんな感じかな。ヴィッキーと一緒なら、一群れは確実に倒せるかも」
「そうか」
ベルクはソファに深く腰を掛けた。なぜそんなことが聞きたかったのか分からなかったが、そのベルクの態度が気になった。
「質問はそれだけでいい?」
「あ? ん、あぁ……」
硬い表情の中に苛立ちがある。似た性格の僕じゃなきゃ、聞き逃してしまうほどの小さな違和感。
その兆候に、どこか既視感があった。
「あとはこいつらが聞くだろ。それで十分だ」
落ち着いた風の声。だけど黒い靄を感じた。
特徴的なその声に、胸の辺りがざわついていた。




