21.この日のために
シグラバミの厄介なところは、シンプルに強いということだ。尋常じゃないほどの体力と他のモンスターと比較にならないほどの巨体。様々な能力を持っているが、この二点に比べたらオマケのようなものである。
どれほど攻撃しても決して怯まず、少し衝突しただけで怪我をするほどの体格差がある相手。そういうモンスターと戦った経験は多くの冒険者にあるだろう。そういった相手への対策も各々持っている。だがそれが通用するのは、相手が常識の範囲内の相手にだけ。シグラバミはその常識が通用しないモンスターである。
だがロードはその相手に勝ったことのある数少ない生き残りであり、シグラバミの倒し方を知っているこの場で唯一の冒険者だった。
「全員配置に着きました」
傍に居たエリーが報告する。シグラバミが現れた瞬間、ロードは即座にエリーに指示を出して団員を集めた。そしてシグラバミを倒すための準備を早急に進め、倒すための作戦を皆に伝えていた。
フィールドには先に戦っていた冒険者達が倒れている。勇敢な彼らのお陰で、シグラバミが闘技場から逃げ出す前に準備が整った。ロードは心の中で彼らに感謝の言葉を述べた。
「エギルが仕掛けるまで待機。その後は事前に伝えた通りだ」
エリーはロードの言葉を伝えるべく、団員達の下へ走り出す。ロードはシグラバミと団員達全員の動きを見れるように、闘技場の高い位置にある来賓席から見下ろし続ける。団員達の指揮をするには一番良い場所だった。
前回のシグラバミ討伐時には、前線で戦いつつ指示を出していた。最前線の空気を感じることで細かい指示が出せることと、ロードの戦闘力を活かすためであった。だがそれではロードの眼に届かない場所に指示が出せず、シグラバミの巨体すべてを視界に入れられずに予想外の攻撃を喰らってしまうというデメリットがあった。
しかし今回は違う。ロードの穴を補うどころかそれを上回るほどの戦闘力を持つエギル、ロードの短い指示から多くの意図を理解できる知能を持つエリー、そして経験豊富で優秀な団員達が揃っている。ロードが前線に出る必要が無いほどの戦力が揃っていた。
加えて復活したばかりのせいか、シグラバミの体が前回の個体よりも小さい。前回討伐したシグラバミは、フィールドどころか闘技場を埋めるほどの体躯があった。今回はその半分以下の体格だ。故に前回よりも体力や膂力は劣っているのが道理である。
だがそれは今現在の話だ。もしここで逃がしてしまえば成長し、前回よりも上回るほど巨体になって再び襲いに来るだろう。その時の被害は前回の比にはならないことが十分に予想できる。
必ずここで討たなければならない。それが出来なければ『英雄の道』を設立した意味や、ロードに託した者達の想いが無意味になってしまう。そして何より、準備中に耳に入ってきた情報がロードの気を高まらせていた。
早急にシグラバミを倒す。ロードはシグラバミの挙動を何一つ見落とさないように集中した。
先に動いたのはエギルだった。エギルはシグラバミに接近し、何の迷いもなく湾刀を振るう。シグラバミは敢えて回避も防御もせず、その攻撃を受け止める。シグラバミの体に深い傷がついたが、シグラバミはやはり動揺する様子は無い。
『良い刀だな』
「当然だ」
シグラバミは体を揺らしてエギルを弾き飛ばそうとするが、それよりも前にエギルは距離を取って回避する。その直後に観客席にいた団員達が一斉に弓を放つ。シグラバミは四方八方からの弓矢を受けたが、やはりたいして効いていないようだった。
『それが通用すると思っているのか!』
シグラバミが近くの団員達の方に接近する。衝突する寸前に団員達の横にいくつもの大砲が現れ、一斉に砲撃を行った。大きな爆発音が響き、シグラバミの体が一瞬よろめく。しかしすぐに立て直して再び突進しようとしていたが、その間にエギルがシグラバミの顔に飛び乗っていた。
「余所見してんじゃねぇよ」
エギルが湾刀を振り下ろす。流石に頭を攻撃されるのは避けたかったのか、シグラバミが顔を左右に振ってエギルを振り落とす。エギルはワイヤーアンカーを使って観客席に移動し、無事に着地する。シグラバミが再びエギルを視界に捉えたときには、先程シグラバミを攻撃した団員達は既に退避していた。
『なるほど。ヒトの長所を活かした良い作戦だな』
シグラバミがロード達の戦術を見抜いたような発言をした。その読みはおそらく正しいだろう。これは前回の教訓を生かした作戦だった。
シグラバミを倒すためには長期戦は避けられない。しかし何の策もなく付き合えば先にこちらがダウンする。ただ単に数で押そうとしても、シグラバミほどの高い知能を持つ相手には効果が薄い。必要なのは統率の取れた集団と指揮官、そして敵の注意を引き付ける囮だった。
囮がシグラバミの注意を引き、その間に団員達が安全な弓や投擲、大砲で体力を削る。団員達が狙われたら注意が外れた団員と囮が攻撃して注意を逸らさせ、その間に狙われていた団員達は移動し、別の場所から攻撃を再開する。
言うのは簡単だが、実行するのは難しい。各々が即座に判断し、かつ周囲の仲間だけじゃなく、全ての団員と連携して動かなければならないのだ。離れた場所にいる味方と協調するのは難しい。その数が多ければ多いほど困難となる。
故に、それが出来るように訓練をしていた。
『英雄の道』を設立して多くの冒険者が入団した時から、それが実行できるための訓練をしてきた。定期的に行われた訓練で、ロードは心を鬼にして彼らをしごき続けた。
個人戦闘や少数による戦闘に慣れている冒険者にとって、大人数での集団戦闘は相性が悪かった。そのキツさに音を上げて退団する者も何人かいた。しかし元々の能力の高さとロードの想いに共感した冒険者達は、今日という日まで訓練を続けてくれた。その成果が今、報われようとしていた。
更には運も味方していた。闘技場という地形は、この作戦にうってつけだった。シグラバミをフィールドに閉じ込めて、高所にある観客席に遠距離武器を持った団員や兵器を配置すれば一方的に攻撃できる。更にフィールドを囲んでいるため、団員達の逃げ道が無くなることは無い。常に四方八方からシグラバミを狙い続けることが可能だった。
そしてこの作戦に絶対の自信があったのが、エギルの存在だった。エギルは天性のセンスと広い視野、そして並外れた身体能力を有している。エギルならば的確な箇所へと攻撃を仕掛けることや、至近距離でもシグラバミの攻撃を回避すること、仲間の動きを察して的確な行動をとることが出来た。これは才能の力だけではなく、仲間を利用しつつ、たった一人で未知なるモンスターと戦い続けた経験から得た力だった。
エギルならばシグラバミの注意を引きながら団員達と協力し、更にはシグラバミに肉薄することが出来る。これはソランにも出来ないことである。例えソランがここに居たとしても、ロードはエギルにこの役目を任せていたと断言出来たほどだった。
最高の環境と最高の戦力がロードの手にあった。後は最後まで集中力を切らさなければ、確実に勝利を得られると確信していた。
シグラバミは再び団員達の方に向かっていく。その度に大砲を撃って動きを止め、直後に他の方向からの砲撃とエギルの攻撃により注意を逸らさせて、その間に団員達が移動する。今度はエギルに攻撃を仕掛けるが、ワイヤーアンカーと高い身体能力を活かして回避し、その間に団員達が弓や投擲で攻撃をする。彼らに注意を向ければ、今度はエギルが攻撃を仕掛けて注意を引きつける。
淀みのない連携だった。団員達はともかく、あの自己中心的なエギルが仲間を庇う動きをしていることにロードは驚いていた。団員達が攻撃されるときにエギルがそれを無視して自分勝手な行動をするのではないかということだけが懸念事項だったが、珍しく献身的な行動をしていた。
団員達が居ないと勝てないと思ったのか、それとも何か心境の変化があったのか。何が理由にせよ、都合の良い変化だった。エギルが協力的なら勝率は更に上がる。一方的に攻撃し続けてシグラバミの行動に変化が現れたのを見て、ロードは次の段階に移行することにした。
全く敵の数を減らせてないことに焦ったのか、シグラバミの回避行動が目立つようになった。大砲に撃たれそうになれば避け、弓矢が撃たれたら体を回転させて弾いている。傷を減らして体力の消耗を抑え、先に団員達の体力を削り切ろうとしているのだろう。
団員達は常に移動し、攻撃の手を緩めない。長引けば体力だけじゃなく、弓矢や砲弾も尽きてしまう。かといって手を緩めたら、その隙を狙って攻撃してくるだろう。体力の多さを活かした作戦である。だがその作戦は想定内だった。
ロードはエリーを呼んで団員達に伝言を頼む。エリーはシグラバミに見つからないように、死角や障害物を利用しながら団員達の下へ進む。そして彼らに伝えると弓矢を置き、大砲に今まで使っていた黒色の砲弾ではなく白い砲弾を装填して撃った。
砲撃に気づいたシグラバミが回避する。白い砲弾は地面に落ちると破裂し、白い煙を出し始める。それを合図に他の団員達も白い砲弾を撃ち始めた。シグラバミがそれらを回避したことで、フィールド中が白い煙で埋まってしまった。
『む、何だこれは』
予想外の攻撃にシグラバミが周囲を見渡す。シグラバミは体を上に伸ばしているため煙で視界を遮ることはできない。しかし煙で地面さえ隠せば十分だった。
「俺様を見なくていいのかよ」
エギルは観客席から跳んでシグラバミに斬りかかる。シグラバミは体当たりをして弾き飛ばそうとしたが、エギルは剣の向きを変えて受け流し、ダメージを最小限に抑える。その後はワイヤーアンカーを使って離れた場所へと着地する。
エギルが離れたことを確認したシグラバミは、近くにいる団員達に襲い掛かろうとする。だがシグラバミの体は少し移動すると突然鈍くなり、体が前に進まなくなった。移動しようとして何度も体を揺らすが、一向にその場から動かなかった。
『これは……』
シグラバミが視線を下に向ける。丁度その時になって煙が消え、フィールドが見えるようになった。
フィールドには白い縄が格子状に広がっている。それらは元は粘着性のある細い糸だったが、何本も束ねて太い縄にして白い砲弾の中に詰め込んでいた。砲弾が破裂すると煙と一緒に縄が広がり、触れたものを離さない罠になる代物だった。それらをフィールド上の至る場所に撃って展開し、更には煙で隠すことが出来れば、体の大きいシグラバミが避け切ることができないのは当然だった。
「さぁこれで逃げるどころか、避けることすらも出来なくなったな」
『っ……!』
初めてシグラバミが動揺したのを察した。いくら桁外れの体力があっても、動けずに攻撃を受け続けたら耐え切れるわけがない。そしてこの罠は永続的に続くわけじゃない。時間が経てば粘着力が弱まってしまう性質がある。
故に、ここで仕留めなければならなかった。
「全員、集中砲火だ! 撃て!」
全ての大砲がシグラバミに向けられ、一斉に砲弾を放つ。砲弾は途切れることなくシグラバミを撃ち続け、シグラバミの顔が苦悶の表情に歪む。
さらにこの機まで待機させていた兵器を投入する。モンスターの搬送用の門が開き、中からは巨大な槍を撃つ『破城槍』が出てくる。本来は城門を破壊するための兵器だが、ロードは対モンスター用に改良したものを用意していた。
破城槍が数名の団員に押されながらシグラバミに近づく。既にいつでも発射できる状態になっており、近づけばすぐにでも撃たせるつもりだった。
しかしあと少しで射程距離に入るところで、シグラバミが破城槍に気づく。するとシグラバミが罠にかかっていない部分を動かし、破城槍に体当たりをする。破城槍は簡単に壊れない作りになっていたので無事だったが、一緒に移動していた団員達が衝突した衝撃で吹き飛ばされてしまう。更に罠が千切れ、シグラバミが動けるようになってしまった。
シグラバミは息を吸った後、観客席にいる団員達に向かって紫色の小さな球体をいくつもまき散らす。それらは速くまっすぐと飛んでいき、団員にぶつかると破裂しだした。前回も見たことのある、爆発性のある攻撃だった。まともに受けば肉が抉れ、下手すれば致命傷になる攻撃だった。
『な、なかなかだったぞ。しかし俺様を倒すには至らなかったな!』
動けるようになって一安心したのか、シグラバミが安堵の声を出す。ロードは動ける団員を探そうと見渡すが、フィールドを見て探すのを止めた。
シグラバミは油断しているのか、破城槍の射程距離にいる。おそらく誰も兵器を使う者がいないと思っているのだろう。
だが一人、こういう窮地に輝く男が破城槍の傍にいた。
「何度も言ったはずだぜ。俺様を見なくていいのかよって」
エギルが破城槍の後部にある発射台を叩く。爆発音が響き、直後に巨大な槍が勢い良く前に突き出される。槍先はシグラバミの体を抉って大きな穴を空けた。
『がっ……』
シグラバミが悶絶し体がよろめく。エギルはワイヤーアンカーをシグラバミに刺して飛び上がる。そして頭上に向かって落下しながら湾刀を抜いた。
「なかなか楽しかったぜ」
エギルの湾刀がシグラバミの頭を切り裂く。それが致命傷になったのか、シグラバミは大量の血を吐き出し、ゆっくりと地面に倒れていく。痙攣したかのようにピクピクと動いたが、すぐに微動だにしなくなっていた。
「討伐だ! 討伐成功だ!」
団員の一人が叫んだ後、全員が歓喜の声を上げて共に戦った団員達と喜びを分かち合う。邪龍と同等の危険性のあるモンスターを倒したのだ。喜ぶのも無理はない。
ただ一人、ロードは浮かない顔をしていた。
弱すぎる。あまりにも呆気なさすぎる。あれは本当にシグラバミか?
前回戦った時に比べたら今回のシグラバミは小さいのは確かだ。その分体力が少なく、攻撃力が劣っているのも理解できる。だがそれを踏まえても納得できない。前回の個体には、瀕死にまで追い詰めても生きようとする生への執着や、怪我を負った状態で海に逃げるほどの生き汚さがあった。
性格の違いからだろうか。前回の個体が強すぎただけで、本来はこの程度の生物なのか。邪血を持っている以外はたいして強くないのか。
手応えの無さに納得できず、シグラバミの体を調べようとフィールドに向かおうとした。だがそれよりも先にシグラバミに近づく者がいる。観客席で戦況を見守っていたウィストだった。
タイミングをずらそうかと思って足を止め、ウィストの姿を目で追った。そのとき視界に妙なものが映りこんだ。
シグラバミが吐いた血が、動いているように見えていた。




